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往復書簡
リモート講評会
「白熱! 建築家の自邸論」

text:satoshi miyashita photo:akemi kurosaka

 

ちょうど一年前、建築家による「往復書簡」が好評のうちに終了しました。このシリーズは、30代の女性建築家が同時期に手がけた自邸〈小さな家〉と〈北沢のリノベーション〉について、設計から竣工までを手紙形式で報告しあう連載企画。今回は、その連載終了時に行われたオンラインレクチャー(講評会)の模様を「建築家の往復書簡」特別編として、ダイジェストでお届けします。(開催場所は、〈北沢のリノベーション(B面)〉)

 
<小さな家>の訪問記は、こちら
<北沢のリノベーション>の訪問記は、こちら

 

講評会のゲスト・クリティックには、建築家の長谷川逸子さんと永山祐子さん、進行役は建築家の門脇耕三さんという豪華な顔ぶれ。beyond architecture初のオンラインイベントということもあり、当日は19時のスタート直前まで編集スタッフみんなで準備に大わらわ。

慌ただしく配信準備を行う編集部のスタッフ

すこし緊張感の漂う中、配信がスタートすると、まずは進行役の門脇さんに口火を切っていただいた。

 

講評会のその前に

門脇 女性に囲まれて大変緊張しております(笑)。最初に今日の講評会の趣旨についてお話します。先日、オンデザインに所属する梁井さんと萬玉さんのふたりにbeyond architectureで連載中の「往復書簡」が今度終了するので、仕上げとして、「きちんと建築の議論をしたい」という相談を受けたことが、今回のきっかけでした。
 僕はもともとギャラリーIHAで、「理論としての建築家の自邸」というシリーズのキュレーションをしています。これは自邸をつくった建築家にご協力いただき、見学会とレクチャーをセットで開催する内容です。「建築の理論」というのは、実物の作品とセットで語られないと不十分なところがあって、お客さまには「作品を見る」と「レクチャーを聞く」の両方を体験していただき、議論を深めてきました。残念ながらコロナ禍で、現在は見学会もレクチャーも気軽にできない状況ですが、ちょうどオンデザインのおふたりが自邸をつくられたというので、それなら番外編としてbeyond architectureとギャラリーIHAのコラボ企画を実現しては? となったわけです。

門脇 では、さっそく登壇者のおふたりをご紹介させていただきます。まず萬玉直子さんはオンデザインに所属する建築家。オンデザインとは別にご自身の設計事務所「B-side studio」でも活動されていて、〈北沢のリノベーション〉は、その第1弾ですよね?

萬玉 そうです。

門脇 オンデザインでのお仕事では、最近ですと〈TOKYO MIDORI LABO〉や〈まちのような国際学生寮〉が話題です。

TOKYO MIDORI LABO photo: kouichi torimura

まちのような国際学生寮 photo: kouichi torimura

門脇 梁井理恵さんもオンデザインに所属する建築家です。主に住宅作品を多く手がけており、〈軒下と小屋裏の住宅〉、〈「なか」と「そと」〉などは僕もたいへん記憶に残っています。

軒下と小屋裏の住宅  photo: kouichi torimura

「なか」と「そと」 photo: kouichi torimura

門脇 さて、本日は講評をいただく、ふたりの豪華ゲストをお招きしています。最初に長谷川逸子さん。あらためて紹介するまでもありませんが、建築家として大変多くのご実績をお持ちの方です。新しいところでは、「第1回ロイヤルアカデミーオブアーツ建築賞」の受賞は大きなニュースになりました。また作品集や著作集も多く上梓され、精力的に活動を続けてらっしゃいます。長谷川さん、よろしくお願いします。

長谷川 よろしくどうぞ。

門脇 もうひとりは永山祐子さん。僕とほぼ同年代で、青木淳さんのアトリエを独立されてからも、いろいろな雑誌で作品を発表されています。近年では〈ドバイ万博〉のプロジェクトや東京駅近くの超高層ビルの低層部の設計などでも活躍中です。

永山 よろしくお願いします。

門脇 それではプレゼンテーションを、それぞれ30分程度していただきます。最初に梁井さんの作品〈小さな家〉です、お願いします。

梁井 はい。長谷川さん、永山さん、お忙しい中、貴重なお時間をいただきありがとうございます。

門脇 あ、すみません、途中、突っ込みを入れても、構いませんか?(笑)。

梁井 大丈夫です。うろたえるかもしれないですけど(苦笑)。

<小さな家>を設計した梁井さん

長谷川さんと永山さん、ふたりの建築家をゲストに迎えてはじまった講評会。梁井さんも萬玉さんもすこし表情が固かったが、門脇さんの絶妙なフォローが場の雰囲気を和らげていた。

 

梁井さんのプレゼンスタート

梁井 最初に私は大学を卒業してからオンデザインに所属して10年以上になります。主に住宅設計を中心に担当し、個人では最近「AYATORI DESIGN」という設計事務所を設立して、この自邸もその個人活動のひとつとしてやらせていただきました。プライベートでは小さな子どもが2人、仕事のかたわら、あまり得意ではない家事や育児をこなし、いわゆるトリプルワークのような生活を送っています。主人は公務員です。(自ら描いたスケッチを見ながら)今回、住宅ローンという年齢的な限界も近づきつつあり、家を建てることになりました。さっそく建物の紹介をさせていただきます。

Illustrator:rie yanai

梁井 土地自体は2019年4月頃から探し始め、最終的に実家近くの土地を購入しました。私たち夫婦が共働きで、平日不在ということも考え、両親との近居という選択をしました。
 購入した土地の界隈は50年以上前に大手デベロッパーが山の斜面を開発して分譲した地域だそうで、南北に道路が碁盤目状に走り、整然と区画されています。私は結婚して10年ほどこの町から離れて暮らしていましたが、今回、土地を探しながら改めて空き家や空き地が増えていることにびっくりしました。
 これは昭和40年当時の町内の写真です。母が言うには、私が生まれる前は近所の家の前に黒塗りのハイヤーが何台も止まっていたとか。ちょうど近くにある多摩ニュータウンの開発が始まった頃で、このあたりは比較的富裕層の購入を想定し、広い区画にしたのではと思います。
 昭和40年当時、住み始めた方が30歳から40歳ぐらいだとして、現在は50年以上経つので90歳ぐらいでしょうか。2世帯住宅にして息子さんとか娘さんと暮らしている方、あるいは駅近のマンションに引っ越しされた方、施設に入る都合で娘さんがお掃除に来られているケースもたまに見かけます。また、相続の関係で売られる方も多いようで、不動産情報を見ると想像以上に多くの物件が出ていました。
 用途地域の区分ですが、住居地域は100平米もしくは125平米が最低敷地と決められていますが、この地区は125平米。この125平米ルールには私も賛成ですが、一方で最近は空き家が増え、たまにハクビシンとかタヌキが出るという話も聞くので、何とも言えない気持ちになります。このまま住環境の悪化が進むと防犯的な問題も出てきます。都心から電車で近い場所ですけど、過疎化みたいな現象が起きはじめているのではと。
 今回、私たちはまだ見ぬ将来に備えるぐらいの気持ちで200平米の土地を購入しましたが、とはいってもそれまで40平米の賃貸に住んでいたので、かなり広大です。

昭和40年当時の町内の風景(ご近所の方より提供いただいた写真)

梁井 所属しているオンデザインは、お施主さんとの対話を重ねながら、その方の将来像を思い描いていきます。設計業務を10年以上してきた中で、自由に設計できたらいいなって思うことが何度かありましたが、いざそうなったら、どこに重心を置いて設計していいかが分からなくなりました。そして、条件があるってありがたいことだとはじめて思いました。

梁井 この図の左側に「ふだん」ってありますが、私が「Aはどうでしょうか」って提案し、その隣にいるお施主さんが、「Aはいいけど、BもCもDも欲しいわ」っていう対話を重ねていく。その下の「思考」は、お施主さんと対話させていただいた内容をオンデザイン内で思考して、それを住宅設計に落とし込んでいくという流れです。
 右側の「自邸」は、私が「A」って思ったらそれで終わり、思考のみ。もちろん下に小さく「家族」がいて、彼らが「B」といったらBを入れる感じです。でも、ほぼ自分の思考のみで完結します。
 さっき長々と説明した、「郊外の中で仕方なく広くなってしまった土地のこと」に話を戻します。もし、大きな土地を魅力的に使うケースを示せれたら、もっと郊外が救われるんじゃないか。一番下に「汎用性」と書いたのですが、もうちょっとライトに、誰でもまねできる「モデル」とか「タイプ」を追い求めることも住み手の希望を追求する以上の価値があるのでは思いました。
 そこで大切になるのが「配置」だと思います。住宅は人によって計画がまちまちになる。郊外の広い土地での配置計画は普遍的な魅力を示すことできるはず。

 その考えのヒントになったのが、家族へのヒアリングでした。当時、4歳の長女に、「どんな家がいい?」と聞いたら、答えは「公園みたいなおうち」。公園って屋外だからあんまり例えにはなり得ないと思うのですが、彼女の口からそれが出てきた時は面白いなと思いました。つまり外のことも建物と同等に考えられたら、結果的に広くなってしまった土地の価値を考えることにつながるんじゃないか。
 家の外の「庭」の定義って詳しく調べたことはありませんでしたが、国語辞典には、「屋敷内で、ある広さをもって空けてある地面」って書いてありました。「空けてある」っていう表現が、もう建物のことを完全に意識した表現だなと。建物が建つということで自動的にそこが庭になる。つまり建物があってこそ庭は生まれる。

 ニワトリが先か、卵が先かの原理で、逆に何もないところに庭があって、そこに建物が建っている。そのほうが庭の環境を内部空間に取り込めて、より豊かになるのではと思いました。それはさっきお伝えしたような、ある程度、広い土地だからこそできる特権的な空間なのではないか。
 200平米の敷地の南側に、庭を取るために北寄りに建物を建て、庭のど真ん中に配置することで、1階部分を庭の一部のようにしつらえる。つまり、南北にそれぞれ庭ができるような構成です。

梁井 わが家の平面のスケッチになります。庭との連続性を生み出すように、東西に細長いプランです。窓から窓までが芯々で3.6m。構造的に限界まで大きい開口部を南北に取り、おなかと背中がくっついたようなプランにしました。
 さらに南と北の庭にはヒエラルキーがなく、裏と表がなく、ひっくり返しても同じ点対称の平面プランにしました。そうすることで、庭の真ん中に位置している印象を強くしたかったんです。

2階 Illustration:rie yanai

梁井 ちなみにこの図は、「庭をどうしようかな」と妄想したスケッチです。「庭が先」って強調したんですけど、お恥ずかしい話、まだ造成中で、夢だけは広がっています。南北の両側にピロティ空間をつくり、室内と屋外でいきなり空間が分断されないよう、シームレスに続く構成にしています。

梁井 1階の写真で、玄関側からリビング、ダイニング、キッチンの並びです。写真で分かるように、開口同士をなるべく正対させずに微妙にずらし、室内にいても、完全に外というよりも、庭を感じつつも守られているような感覚があります。

北側の庭から見る外観 pjoto:kouichi torimura

梁井 南側の庭から見た外観写真です。1階の窓の向こう側に前面道路が透けて見え、南側の庭にいて北側の庭の気配まで感じることができるような距離感です。
 2階にはプライバシーが高い寝室、水回りを吹き抜けを囲うようにして配置いています。子ども部屋はまだどうなるか分からないので、今は無理につくらずがらんどう状態です。建物の中心にある吹き抜けのおかげで、2階からも南北両方の庭の気配を感じることができます。照明は、岡安泉さんという照明デザイナーの方に制作していただきました。

南側の庭から見る外観

吹き抜け部分に飾られた美しい照明は、照明デザイナー岡安 泉さんの制作

梁井 これが道路側から見たファサード。先ほど見ていただいた断面図のように切り妻型をしているのですが、南北の庭のヒエラルキーをなくしたかったので、切り妻型のフォルムを使い、棟を東西に配置しています。そうすることで求心性が南北の中心にきます。先ほどの点対称プランと同じような考え方です。どっちが南でどっちが北かよく分からないというのが意図したことです。
 内外をシームレスにつなぐ装置として使っているピロティです。ちょっと芯々が1200㎜と1500㎜で多少寸法は違うんですが、これほど南北の概念がない家はないのではと思っています。

梁井 内部空間には傾斜する天井は一切、表出していません。2階の天井がなぜフラットなのかは、見学会に来た方からも、ここいる萬玉さんからも質問されました。答えはシンプルに不要だったからです。
 普段はお施主さまからフィーを頂戴している以上は、居住性とか建物の資産価値を理論よりも優先します。でも今回のように、誰にも忖度せずに、理論を実現するためのフォルムは自邸だからこそできることなのかなと思いました。私の場合、広くなった土地に対して、個人住宅の1回答となることがテーマでした。
 20年3月からここに住み始めて、直後にコロナ禍があり、緊急事態宣言があり、住まい方についていろいろ考え始めた時期でした。これを機に地方移住、郊外移住の方も増えはじめていると聞きます。私の場合は緊急事態宣言中、保育園の幼児2人が時間を持て余していたけれど、自宅の内外に多くの居場所を持つことができ、幾度となくこの住宅に助けられました。たまたま超ビッグなケーススタディーとなりましたが、「住むということ」がこれ以上ない勉強だと思いました。私にとって自邸は、これからの住宅を思考する場なんじゃないかと考えています。

門脇 ありがとうございました。クライアントとの対話を重視するという部分は、長谷川さんがやっていたことと非常に近いですね。長谷川さんも「湘南台文化センター」(1990)の設計に際して自らの考えを直接市民に伝えながら設計を行うという考え方を提案・実践されていましたが、そういう部分は所属するオンデザインにとても近い。長谷川さんがやられてきたことが、ある意味、一般的になりつつあるのかなと感じました。
 あと、2階の「がらんどう」、これも長谷川さんの住宅のキーワードですね。生活者から出発したからなのか、幾つか共通点があると感じました。あと、屋根の妻側を見せないのは、ある意味で象徴性をなくすというか、日常生活に近づけているということなのかなと思って聞いていました。
 では、続いて萬玉さん。プレゼンテーションお願いします。

 

萬玉さんのプレゼンスタート

萬玉 はい、よろしくお願いします。私は、2007年に武庫川女子大学の生活環境学科を卒業し、2010年に神奈川大学建築学科で曽我部さん(みかんぐみ)の研究室を修了。2010年よりオンデザインで設計活動をしています。初期は代表の西田との共同設計という形でほぼ住宅案件を担当。根津の9坪の敷地に木造3階建ての住宅をつくったり、島根県の日本海側の海士町に3年間、毎月オンデザインの中で島流しと言われながら通い続けて、築100年の民家を改修、一部増築をしつくった、公共施設の町営塾で、ここで島の人たちと改修とかワークショップをしたりしました。

大きなすきまのある生活 photo: kouichi torimura

隠岐國学習センター photo: kouichi torimura

萬玉 2019年に竣工した〈まちのような国際学生寮〉は、母校である神奈川大学が、卒業生向けにプロポーザルを実施して選んでいたただいたプロジェクトでした。また、日本橋浜町の〈MIDORI LABO〉にある緑の実験拠点のようなオフィスビルも設計しました。このふたつの案件を進めながら、築50年のマンションをリノベーションしたのが、今回の〈北沢のリノベーション〉になります。
 先ほど梁井さんも触れていたましたが、オンデザインでの設計活動は基本的に共同設計になるので、自邸の設計プロセスとスタンスがずいぶん違いました。ふだんは施主との対話以外にも共同設計者とも対話しながら進めていくので、議論のテーブルに上げる前に一度、自分の中で言語化し、客観視させます。一方、自邸の場合は自分の頭の中でグルグルしているので、感覚にゆだねる部分が多いという印象的です。
 以前は代々木公園近くの古い社宅に住んでいて、建て替えるので退去の通達がきたことがきっかけでした。旦那と私は、ふたりとも出身が関西で、住む場所にはこだわりがなく、今の居住エリアで土地を購入して新築を建てるより、マンションのリノベーションはどうだろうかと話す中で出合った物件が、以前住んでいた場所から近い下北沢と代々木上原の間のエリアでした。

萬玉 ちなみにこれがその物件のオーナーさんが暮らしていた間取りです。十分な広さとベランダが南と東にL字に回っているところが気に入り、風通しも良く、広さのわりに手頃な価格帯だったので、ほぼ即決。家族構成は、小さな子供がひとりの3人家族。旦那は建築会社の設計部で、今回のリノベーションは共同設計という形で行いました。
 引き渡していただいた当時、濃い色のフローリングや腰壁が貼ってあり、クロスも途中で剥がれかけて劣化、水回りも極端に小さいなど、いろいろオーナーさんの好みが出ている空間でしたが、そもそも以前の間取りを引き継ぐつもりはなかったので、すべての解体に踏み切りました。

萬玉 これが解体中の風景です。昭和44年に建てられた築52年のマンションなので当時の竣工図と解体後のスケルトンとの対話みたいなことから設計はスタートしました。
 マンション自体は6階建てで、私たちの住居は4階。斜線制限をよけるようにセットバックされた住戸で、小高い壁がイレギュラーにずれ、そこにテラスが生まれ、住戸も広めにとられていました。ただ、その小高い壁が構造壁として通っているので、80平米という十分な広さと思いきや50平米と30平米に分割、かつ構造壁が扉1枚分ぐらいの開口しかないという状況です。結局、既存の竣工図を調べ、いろいろ読み解いても(構造壁を)壊すのは難しいと判明。50平米と30平米に分断する構造の壁をどうポジティブに転換できるのか、さっそく課題として立ち上がってきました。

<北沢のリノベーション>を設計した萬玉さん

萬玉 もうひとつ、RCラーメン構造なので、解体した際、スケルトンのきれいなコンクリートの壁が出てくるといいなと思っていたら、そんな期待は裏切られ……。25㎜プラスターがべったりと壁全体に塗られていて、その上に直かにパテ処理され、クロスを貼られている施工。そのクロスをはがすと、プラスター塗りの上にパテの跡やクロスの糊の跡が残っていました。フロアもはがすとレベル調整もされてない、コンクリート打ち放しの床が出てきたり……。こういうスケルトンの表情とどう付き合おうか。そして構造壁をどう読み解こうか。このふたつが大きな課題でした。

耐力壁の唯一の開口部。A面からB面を見る。photo: naoko mangyoku

萬玉 50平米側から構造壁越しに30平米側を見ると、東側のテラスにもつながっているので、開放感があって気持ちよく、ここを区切るのは避けたい。むしろ50平米側に家族3人なら生活機能は収まるんじゃないか。ここに水回り、キッチン、ダイニング、寝室、リビングを、緩く区切るというか、つなげながら配置する形で考え、30平米側はざっくり残しておくのはどうか。生活機能が入っている50平米側を私たちはキーワードとして「A面」と呼んでいて、30平米側の残地みたいな形の場所を「B面」、そう呼びながら設計を進めました。
 もともとA面、B面では室内の明るさにコントラストがありましたが、仕上げも対比的に考えられないかと思いはじめました。A面は生活機能をまとめて、居住性をアップ。そこで今まで使ったことがないウール100%のタイルカーペットで仕上げ、ゴロゴロしたり座ったりもできるようにしました。壁と天井はAEPを3回ぐらい塗り、既存のスケルトンの表情を完全に白く塗りつぶしました。単にきれいな白というよりも傷跡とかを拾うような白で仕上げています。

A面の寝室から見た壁面。壁の向こうがB面

萬玉 ざっくりと残したB面の床は、フレキシブルボードに全ツヤのウレタンクリア塗装をして、天井はパテの跡とかクロスの塗りの跡をそのまま残しました。プラスター塗りされた壁には、表面にいろんな汚れが付いていて、現場入る前に一回、グラインダーの機械で研磨し、見事に50年前のプラスターの白が出てきました。

B面の空間は、塩ビのフロアに

A面とB面をつなぐトンネル部分

Illustration:naoko mangyoku

萬玉 図面はA面とB面をつなぐおヘソ(幅が850㎜、高さが1800㎜の開口)を、トンネル状につなぐプランです。水回りを既存より拡張し、玄関の奥行きを広く取れるようになりました。手前にダイニングテーブルのあるキッチン、奥のカーテンの向こうが寝室です。それぞれが近い距離感で生活機能を配置しています。間仕切りがあると、どうしても南に唯一ある開口部からの光が全体に回らなくなるのがネックだったので、基本カーテンを間仕切りにしました。水回りは浴室、洗面、トイレを一体にして広々と使っています。また洗濯時の動線をここに集約しました。
 構造壁にはB面につながるゲートを設置。見学会では、「なんで扉を付けずにこういうゲートにしたんですか」と聞かれましたが、A面B面が独立しあうよりは、A面にいる時もB面があることが生活の支えになっていて、B面にいる時も、A面が生活の隣にあるっていうお互い支え合う空間をイメージしました。やっぱり壁厚250㎜だと、部屋にしては近過ぎる気もして、開口の寸法850㎜をそのまま90度回転して、開口幅と同じ奥行きのあるゲートにしました。奥行きがある分、視界は見切れるので空気的にはつながっているけど、視界的につながる感覚はあんまりなくて、何となく向こうで流れている音楽がこっちでも聴けるなという形にしました。

萬玉 B面はあと構造壁に木製棚を付けたっていうぐらいしかやっていません。この木製棚は、ラワン合板の18㎜と、6ファイの真ちゅうの棒と組み合わせました。
 建物が古いこともあり、階高は2600㎜しかなく、普通に床を上げると、天井高は2000㎜取れるか取れないかの低さなので、極力高さを取りたくて、もとの床のレベルよりも下げました。既存では床貼りしてからプラスターを塗る施工手順で、そのまま床レベルを下げると床のラインでプラスター塗りが切れていてズレたような収まりになっています。

シームレスなA面の空間は、カーテンが間仕切りの役割を果たしている

萬玉 決してきれいではないけれど、こういう新旧のズレがいろんなところで見えています。例えば、寝室を区切っていたカーテンも、カーテンレールは床と水平に設置したてますが、そうすると上階のスラブのたわみが可視化されて、これがもともとの間仕切りのラインでプラスターがポコっと凹んでいるところがあったのでモルタルを埋めて、今は、そのラインが、なんとなく家具を置くガイドになっていたり、既存の間仕切りがここにあったんだなっていうのを感じながら生活をしています。

萬玉 それとB面は解体時のスケルトン状態はどうしても愛せなかったんですが、住みはじめて暇な時に、ボーッと天井を見上げると、リヒターの抽象画みたいだなって思えたり、わりといつまでも見ていられるような壁面に感じられたりと、ふとした時に目をやって、飽きずに眺められる場所があるっていいなって、住み始めてから思っています。
 最後ですが、暮らし始めて数ヶ月のB面です。引っ越して1週間後に最初の緊急事態宣言が発令されたので、一気にワークスペース化が加速をしたり、子どものおもちゃが置いてある場所は遊びのスペースになったり。休日、友人を招いた時は、意外にもA面のダイニングじゃなくて、B面でホームパーティーをしたり、夜はストレッチをしたりとか。いろいろな使い方を試みています。

門脇 ありがとうございました。今日は、まさに〈北沢のリノベーション〉の「B面」から配信しています。さて、〈北沢のリノベーション〉にも、長谷川さんの〈緑が丘の住宅〉のように、ふたつの空間に分け、一方を「がらんどう」に位置付けるところと共通する発想を感じました。
 僕が印象的だったのは、構成のコントラストを体験的には和らげるというか、体験としてコントラストを強調しない手付きが随所にあった点です。例えば、仕上げのズレとか仕上げの跡とか、つい対比的にコントラストを付けて表現にしてしまう場合が多いですが、むしろそういうものを抱擁するようにつくっているなと思いました。

ふたりのプレゼンが無事終了すると、張りつめていた雰囲気も、すこし和らいだ印象。

そして間髪入れずに本題である、それぞれの作品についての講評がスタート。

 
<小さな家>の講評/長谷川逸子

門脇 さて、おふたりの作品について、それぞれにコメントをいただきたいと思います。まず長谷川さんお願いします。

長谷川 では、〈小さな家〉からいきますかね。3点あります。ひとつめは、私も70年代に小住宅を10戸ぐらい設計したのですが、当時、延べ床100平米ぐらい、敷地は100平米もなかったと思います。私の場合、コンセプチュアルなものを設計しましたけど、今はそれよりも優しさが求められているのかもと思いましたね。あるいは、これからコンセプチュアルな仕事に昇華していくのかどうか、そこを聞いてみたかったですね。
 ふたつめは、この広い敷地に対して配置は他にも試みなかったのか。100平米近くの土地の真ん中に建物を置くのは分かりますが、もっと案はなかったのか。さらに北と南で太陽の光はまったく違う。北の樹木のほうが輝いているということを考えたのかしら。

長谷川 三つめは、実際、見てないので分からないのですが、ここの吹き抜けと階段とダイニングテーブルとの関係は私には考えられないと思いました。なぜこうしたのかを聞きたいと思います。その3つについてです。

梁井 ありがとうございます。まずひとつめの強いコンセプトですが、これは「配置」です。「配置」と「誰でもできる」ですね。ただ内部の空間構成みたいなところでは、確かにコンセプトを弱めている点はあると思います。

門脇 今の長谷川さんの指摘、非常に面白いと思ったんですけど、むしろコンセプトが弱いこと自体が、今後の住まいに求められているのかもしれないと。

梁井 そうですね。

門脇 あと、他の配置と階段についてはどうですか。

梁井 はい、配置のスタディはいくつかつくりましたが、じつは別の要素として、2階から南側に富士山が見えたり、近隣に五重塔が見えたりするのも配置を決める要素でした。
 階段の下のダイニングテーブルは、ほこりが舞うことも起きるので、私自身、お施主さんの住宅では絶対にやりません。ただ、個人的にダイニングで仕事をすることもあり、一番、滞在時間が長い場所に吹き抜けを持ってきたいということで、こういう構成になりました。

長谷川 コンセプトの強くない住宅を今のお施主さんは求めているのかなという点で、永山さん、それについてどう思いますか?

永山 はい、わりと私も設計する時には、何かしら強い指標や判断基準としてのコンセプトが必要かなって思います。ただ、そうしたエンジン的役割のコンセプトは、生活していく中で最終的に搔き消えていってもいいのかなと思います。つまりコンセプトを最終的にどのぐらい表現するかは、住む側のタイプによって強めたり弱めたりするのかなと。

門脇 僕もこれまでいろいろな自邸を見たり、自分でもつくりましたが、コンセプトがあまりに強かったりすると、建築のための建築になっちゃうんですよね。そこはすごく嫌だなと。

長谷川 でも、永山さんが言うようにクライアントに対して、建築家がどう関わるのかを考えながら繊細な神経でやる設計と、それに対して自邸の設計とでは関わり方は違いますよね。自邸の場合はコンセプトの強さよりも優しさできているっていうことですよね。そういう建築の在り方は、自邸をつくる時にはありかなと思うんです。でも、建築家が社会に問う時は、思考というものをしっかり表明していかないと、「じゃあこれは誰にでもできるもので、建築家の仕事なのかな?」っていう疑問にもなります。

門脇 むしろ、誰もができるようにつくったんですよね。

梁井 そうですね。「汎用性」っていうキーワードを最初に挙げさせていただいたんですが。

長谷川 汎用性は優しさにつながりますか。

門脇 長谷川さんのご指摘は、建築家がつくったからこその強さもいるんじゃないかということだったように思います。

長谷川 コンセプトは強いものでなくていい。優しさへの積極性が見えないので「建築家」として生きる時にはそこをどうするか。永山さんがおっしゃったように、クライアントに対して私たちは引いたり押したり、いろいろしながらつくります。ただ今回は自邸ですが、優しさがもっと伝わりみえるものであっていいと思いました。

 

<小さな家>の講評/永山祐子

門脇 では、永山さん、〈小さな家〉のご感想いただけますか。

永山 はい。拝見していて、点対称とか、わりとかっちりして構成的な印象を受けました。ただ庭との関係でその構成が薄められているのかなと。南側の光の強い庭と、北の光の弱い庭を内包しているので、ふたつの室内は同じようにつくりながら明るさの感じが微妙に違う。設定した構成が周りからの要素によって色が付けられていくっていうのがやりたかったのかなって思いました。暗い庭と明るい庭はどう使い分けるのか、北側の庭って何に使っているのか。そのあたりはどうですか?

梁井 2階建てなので夏場は北でも明るいです。もともと北側はシンクが付いているので作業的な庭として使う想定でした。今後は使いながら庭を特徴付けていくのかなと考えています。

永山 家って分断することによって違う場所ができるので、性格の違う庭がふたつ生まれたところが面白い試みですね。

梁井 ありがとうございます。

永山 あと、庭とのストーリーの上に2階を乗せるって、結構、大変だったんじゃないかと思いました。1階は庭との関係でつくられるから思いつきやすいけど、2階はそこからまたいろいろ試行錯誤があるんじゃないかな。

梁井 そうですね。

永山 どんなふうに2階を考えましたか。

梁井 2階は、吹き抜けの位置をど真ん中にしました。端のほうが構造的にはベターでしたが、真ん中にあることで両側の庭を感じられると思いました。そもそも建物のフォルムが細いからだと思うのですが、2階からでも庭の様子が分かるよう意識的に計画をしました。なので2階を置き去りにしたというのはあまりなくて、少しでも連続性、シームレスにつながるような思考で設計しました。

永山 空間全体は真っ白ですよね?

梁井 私は真っ白が好きなのですが、じつはこれライトグレーなんです。なぜそうしかというと内外の連続性みたいなことを意識した時に、暗くなるとグレアでガラスの開口部に室内の映り込みがあって、外と中が分断されてしまう。夜間でも外と中が連続していてほしいという気持ちがあり照明をつくっていただいた岡安さんに相談をしたところ、結局、壁に映り込む白さが開口部を「鏡」にしている原因で、多少グレーにしたほうがいいと助言いただきました。見ていただいたとおり見切る場所がないので、外と中が連続的につながっていて、その色が外にも中にもはびこっている印象です。

永山 なるほど。さっき明度がこの家のキャラクターのひとつだって感想を述べさせていただきましたが、その明度を表現する時に、真っ白より色があったほうが、影の色だとか明暗とかにも影響するんじゃないかって思ったんです。だからライトグレーって聞いて、腑に落ちました。

門脇 ありがとうございます。とてもためになる講評会になっていますね。

 

<北沢のリノベーション>の講評/長谷川逸子

門脇 長谷川さん、次に萬玉さんの〈北沢のリノベーション〉のご感想をいただけますでしょうか。

長谷川 平面図を見て、構造体を白くして目立たなくしているのがいいですね。築52年っていうと1970年くらいですから、私が木造の小住宅をつくっていた頃です。当時のマンションには必ず二間続きの和室がありました。ラーメンという壁構造なので、リフォームの難しいマンションが当時たくさんつくられていたわけです。そんな中で、このプランは面白いですね。ちなみに和室二つの間の壁部分はコンクリートじゃなかったんですかね。

萬玉 和室二間続きの壁は、木の壁で間仕切りされていたので、それは解体時に壊すことができました。

長谷川 バルコニーが2方にあるわけですけど、南側と東側?

萬玉 はい。

長谷川 きっと当時はぜいたくなマンションでしたね。A面とB面、少しつながりながら少し離れているような、アーケードみたいな空間ですね。とてもよくできているなと思いました。
 最近のマンションや集合住宅などの建売業者は、リビングやダイニングの空間にとてもこだわりますよね。でも、住み手は、そういう家族の共有空間を本当にうまく使い生活しているのだろうか、そんな疑問がつねに私の中で湧いてくるんです。
 元来、家はみんなで住むもの。だから私のコンセプトとしてはいくつかの領域をつくることによって、「家族が“共生”じゃなくて“共在”している」、ずっとそう考えてきました。
 公共建築で、私が「はらっぱ」っていう言葉を使う時も、みんなが集まるというよりも、こっちに子連れのお母さんがいたり、こっちには誰かがバイオリン弾いていたり、こっちにはおじさんがいたり、そういうはらっぱのような場にいるような共有空間という考え方です。だから、A面B面、両方あるのは生活の在り方が自由でいいですね。永山さんはどうかしら?

 

〈北沢のリノベーション〉の講評/永山祐子

永山 日常の生活空間の横に、文脈と関係ない空間をもう一個持つというのがいいと思いました。その両方を行き来する時に、やっぱり生活の中で気持ちが切り替わる瞬間がある。たぶん物理的な広さ以上にそこの振幅の大きさが生活の豊かさにつながるんだなって。
 〈小さな家〉の庭もそうなのかもしれないですが、誰のものでもない場所って、占有されず名前も付いていない、もしかしたら長谷川さんのおっしゃる、「がらんどう」にも近いかもしれません。それは日常の生活からこぼれ落ちていくような事柄とか行動とかをすくい上げてくれる場所だと思いました。
 あと、〈北沢のリノベーション〉は、マテリアルがすごく丁寧ですね。私の自邸もリノベーションだったのですが、当時、設計しながら感じたのは、普通の住宅のつくり方と違って、場所を見つけていくような作業だなと。その見つけていく時系列に沿って丁寧に読み解く。自分も経験があったのでよく分かったし、捉え方がすごい秀逸でした。B面の本棚もいいですよね。

萬玉 ありがとうございます!

永山 棚の高さが大人と子どもで分かれていて、こっち側にお子さんが座って本読んだり、絵描いたり、その棚の差だけでも生活の動きが伝わるのがすごくいいなあと。
 あと、カーテンもただ仕切るよりは、質感を与え、レイヤーを壁にかけているような、そういう一つひとつのマテリアルが、空間の質を変えていますね。

長谷川 かつて日本の住宅の和室には床の間があって、絵画とか彫刻を置いたり花を生けたり、日常の芸術性みたいなものが私たちの家にはあったんですね。でも、どこかでそういうのを廃棄してお金がある人だけ特別な絵を飾っているようになってしまった。でも、〈北沢のリノベーション〉は、残されたコンクリートの壁の処理の仕方とか、カーテンの選び方とか、美的というか芸術的な感覚を備えていて、その感性が素敵ですね。
 古い住宅をリフォームする時、そういうアートとは言わないけど感覚的なものを入れながら仕上げていくことはなかなかできないけど、それを持ち込んでいるところがハイレベルだなと思いますね。

門脇 実際に訪れてみると、ふたつの空間が完全に分かれている感じはしないですね。また、例えばA面の中でも、洗面室、浴室、キッチン、寝室なんかを機能的に分節して区切りつつも、一方でそれによって動線がスムーズになっていて切りつつもつなげるみたいなことがたくさん起こっています。B面のほうは、細長い空間だからなのか、いろんな場所があるという感じを受けました。それこそが「はらっぱ」的な家の在り方というのかなと思いました。萬玉さん、どうですか。

萬玉 はい。それと長谷川さんが指摘されていた、最近のリビングってどうなんだろうっていうのは私も考えていて。以前、住んでいた社宅には、テレビとソファの置かれた広いリビングがありました。でも自分たち家族の過ごし方を考えると、リビングにいても、私はノートパソコンで仕事をして、息子はテレビで動画を観て、旦那はスマホでYouTube観て、同じ場所でしていることがそれぞれ違ったりする。その時に、なんでリビングはテレビにソファという形式がじゃないといけないのか、リビングって何なんだろう、みたいなことを考えました。
 今回、リビングのない家で、B面のことを私は私の部屋だと思っているし、旦那は自分の部屋だと思っているし、息子もそう思っていて。さっき永山さんも誰のものでもないような場所って言われましたが、誰のものでもないけど誰のものでもある。みんな自分の部屋と思っているみたいな。そういう所有感の発生の仕方が起きているのが発見でした。

 

講評会の総括

門脇 そろそろまとめに入りますが、今回、梁井さん、萬玉さんの建築から見えた新しさは何か。感覚的でも構わないので長谷川さん、永山さんそれぞれからお話しいただきたいなと思います。長谷川さんから、いかがでしょうか。

長谷川 おふたりとも若い建築家だし、新しい要素をもった住宅をつくっていますね。〈小さな家〉は、南北の庭が外と中との新しい関係を考えたランドスケープアーキテクチュアのような建築でした。〈北沢のリノベーション〉では新しい家族の在り方を感じられました。ふたりともそれぞれ若々しく特徴的な作品を携えてきてくれたんだと思いましたね。

門脇 やはり暮らしを自分自身の生活から組み立てることで、この時代の新しい感覚をつかんだのかなというふうに思いました。永山さんもぜひお願いします。

永山 面白かったのは、実際に生活している写真も見せていただいたのが魅力的でしたね。もちろん竣工写真もすてきですけど、生活している写真がすごく良かったですね。自分のつくったものを検証して発見しているのが見えたのも自邸ならではの面白さだと思いました。
 私は、住宅の評価ってできあがった瞬間、分かるものではなくて、ながく暮らしてみて分かるものなのだと思います。暮らしの中に現れたいろいろな事象みたいなものが、今後、自分がつくるものに対しての参照できる材料になっていくのかなと思いました。

門脇 ありがとうございます。最後に萬玉さんと梁井さんもそれぞれまとめの言葉をいただけますか。

梁井 はい。自邸っていうことで、なかなか評価をいただける機会が私の場合はなかったので、おふたりにこのように講評をしていただいて本当にうれしく思います。これからもずっと建築の仕事をしていきますが、日々の発見を大切にしながら、自邸づくりの実感値からお施主さんに伝えられることをすくい上げて、新しい住宅に組み込んでいければと思います。本当に貴重なご意見いただいてありがとうございました。

萬玉 自邸をやってみて、オンデザインでの設計活動との共通点と、また新たに発見したことのふたつがあります。まず共通点は、「人が集まる場所」についてです。B面の使い方を考えると、家族も一人ひとり独立した人間で、どう共存するのか、どういうふうに一緒に生きてくのかみたいなことがフィードバックされていて、オンデザインでやっている人が集まる場所をどうつくっていくか、住宅とかビルディングタイプにかかわらず、これからも興味持って取り組んでいきたいなって思いました。

 発見したことは、既存の状態を見ながら、「ここは塗ってみよう」「こういうカーテン合わせたてみよう」「ここにこういうものを置いてみよう」といったように素材と空間とをフラットに考えて、感覚的に組み合わせてみました。それは設計から施工、竣工、住みはじめるまでも同じで、通常分断されるものが連続しながら進んでいく中で、ものづくりの楽しさを、あらためて発見できた気がします。その楽しさを今後の設計活動にもフィードバックしていきたいと思います。

門脇 長時間になりましたけども、皆さん本当にありがとうございました。

梁井・萬玉 ありがとうございました。

配信終了後、緊張から解放され談笑する三人

講評会のYou Tube配信の全編は、こちらよりご覧いただけます。

建築家の自邸づくりを報告しあう「往復書簡」。連載終了から一年が経ち、この秋ついに続編がスタートします。今回のテーマは竣工から一年が経過して、どんな気づきがあったのか。暮らしてみてわかるいろいろなことを手紙で綴ります。お楽しみ!


profile

長谷川逸子(はせがわ・いつこ)
建築家。菊竹清訓事務所入所、篠原一男研究室を経て、1979年長谷川逸子・ 建築計画工房を設立。1986年湘南台文化 センターコンペ最優秀賞、1993年新潟市民芸術文化会館コンペ最優秀賞。射水市大島絵本館と新潟市民芸術文化会館 で公共建築賞。1997年王立英国建築家協会名誉会員、2001年ロンドン大学名誉学位。2006年アメリカ建築家協会名誉会員。2000年第56 回日本芸術院賞、2018年第1回ロイヤルアカデミーオブアーツ建築賞。『海と自然と建築と』(2012)、『Houses& Housing1972-2014』(2014)、『長谷川逸子 1,2,3』(2015)。2016gallery IHAを開設、「NPO建築とアートの道場」を主宰する。

永山祐子(ながやま・ゆうこ)
1975
年東京生まれ。1998年昭和女子大学生活美学科卒業。19982002年青木淳建築計画事務所勤務。2002年永山祐子建築設計設立。主な仕事、「LOUIS VUITTON京都大丸店」、「丘のある家」、「ANTEPRIMA」、「SISII」、「カヤバ珈琲」、「木屋旅館」、「豊島横尾館(美術館)」、「渋谷西武AB5F」、「女神の森セントラルガーデン(小淵沢のホール・複合施設)」など。ロレアル賞奨励賞、JCDデザイン賞奨励賞(2005)、AR Awards UK)優秀賞(2006)「丘のあるいえ」、ARCHITECTURAL RECORD Award,Design Vanguard(2012)、JIA 新人賞(2014)「豊島横尾館」、山梨県建築文化賞、JCD Design Award銀賞(2017)、東京建築賞優秀賞(2018)「女神の森セントラルガーデン」など。

梁井理恵(やない・りえ)
建築家(一級建築士)。1983年生まれ。神奈川県出身。2002年恵泉女学園高等学校卒業。2007年東京都立大学工学部建築学科卒業。2009年首都大学東京大学院修士課程修了。2009年~オンデザインパートナーズ。2020年~あやとりデザイン設立。 主な作品は、「軒下と小屋裏の住宅」、「FIKA」、「[なか]と[そと]」、「パティオリビング」など。現在、「バオバブ保育園改築計画」が進行中。 住宅建築賞受賞(2013年)「FIKA」。

萬玉直子(まんぎょく・なおこ)
1985
年大阪府生まれ。2007年武庫川女子大学生活環境学科卒業。2010年 神奈川大学大学院修了。2010年~オンデザイン所属。2016年~オンデザインにてチーフ就任。2019年~個人活動としてB-side studioを共同設立。2020年~明治大学兼任講師。主な作品は、「大きなすきまのある生活」「隠岐国学習センター」「TOKYO MIDORI LABO.(2020年グッドデザイン賞ベスト100受賞)」、「まちのような国際学生寮(2020年グッドデザイン賞ベスト100受賞/日本空間デザイン賞2020住空間部門金賞受賞)」など。