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「暮らしのあとがき」
最終回
見飽きない風景のある家

text & photo : naoko arai

フリーライターの荒井直子さんによる家づくりエッセイもついに最終回。竣工から2年半が経過した今、すっかり日常風景となったリノベ空間を見渡しながらあらためて考えたこと、そして設計チームと企画している新たなプロジェクトとは?  

 

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 工事がほぼ終わると、施主検査(写真下)、微修正にその確認、引き渡し、引っ越し準備に引っ越し本番と、怒涛のような日々がやってきた。そうでなくても年度末という多忙な時期。さらに子どもの進学が重なり、年度末も年度始まりも行事だらけ。引っ越しにはインフラの変更や手配もたくさん必要で、どうやってあの日々をやり繰りしていたのかはもはや記憶がすっぽりと抜けている。とにかく、早く穏やかな生活がやってくることだけを願って粛々と片付けつつ、仕事・家事・子どもの世話と用事をこなしていた。

 
廃材や本棚をアップサイクル

 まだまだ段ボールが積まれてはいたものの、なんとか日々の暮らしは不自由なくできるようになった初夏頃から、1階のピロティの計画が始まった。もともと1階は街との接続ポイントとしてリノベーションする予定だったが、予算の都合上、断念していた。ところが、佐野さんの同期4人で結成している建築家ユニット《ゲンバカンズ》の実験・研究の一環として、解体作業で出た廃材を使って何かできることにチャレンジしてみたいという夢のような提案をいただいていたのだ。なんとありがたい。

 解体作業で出た廃材のなかで、柱や引き出し、本棚など使えそうな材料はピロティで保管してあった。ゲンバカンズからの提案は、廃材でベンチやテーブル、カウンターをつくり、ピロティに新たな“居場所”をつくること。リノベーションの計画段階ではモルタルのベンチなど外構工事の要素のある大掛かりな計画だったが、廃材のアップサイクル、しかもそれが可動式という提案。むしろ固定式のモルタルより使い勝手がいいのではないかと思うくらいうれしい提案ではないか。もちろん即OKだ。

 工事は2回に分けて決行。初回は佐野さんをリーダーに千代田彩華さん、中村遥さん、濱本真之さん。2回目はリノベーションを担当してくれた澤井さんも合流。柱を電動のこぎりでカットしたり、ペンキを塗ったり、ベンチに脚を付けたり、文化祭や学芸会の大道具係にでもなったようなお祭り気分でDIY。ベンチがふたつ、テーブル、カウンターが完成した。何の変哲もないピロティが一気に、ひとつの居場所へと変貌した。

ゲンバカンズと一緒に、廃材を使用してつくったベンチとテーブル

 
いくつもの“見飽きない風景”がある暮らし

 新生活スタートがあまりに怒涛の日々だったこと、さらに工事の最終段階はかなり頻繁に現場に来ていたことも相まって、完成したわが家を改めて感慨深くかみしめる節目は正直あまりなかったような気がする。でも、ゲンバカンズとのDIY、そして住み始めて2年半という月日のなかで、季節が変わるごとに、じわりじわりと、この家をリノベーションしてよかったという思いが深まっている。ここからは住んでみて好きな風景をいくつか挙げてみたい。

好きな風景① 
玄関ポーチとそこから見える風景

 模型の段階から気に入っていたのが玄関部分。リノベーション前は玄関が外壁に囲われ、暗くて閉鎖的だった。その外壁を大きく開口してくれたことで街と玄関がグッと近くなった。近いけれども2階という高さの違いがほどよい距離感になり、安心感にもつながっているような気がする。子どもが学校や習い事に行くときや、子どもの友だちが帰るときにポーチから姿が見えなくなるまで見送っているが、視界も広く心地よい。また、外から家に帰ってくるときにお気に入りのブルーグレーの玄関扉を見ると、2年半経った今でもいい風景だとうれしくなる。

好きな風景② 
キッチンからダイニングを見たときの風景

 キッチンはコンパクトなサイズ感だが、袖にカウンターを造作してもらったことで、ちょっとしたお店のような雰囲気になった。実際、夏場に子どもの友だちが集まったときはかき氷機とシロップを並べてお店のように使っている。また、当初の予定どおり、料理の準備にも仕事の場としても使える便利な場所になっている。キッチンに居ると家のなかの様子がほぼ把握できるのもとてもいい。おそらく私自身はいちばん多くの時間を過ごしている場所だと思う。

photo: kouichi torimura

好きな風景③ 
ベンチに寝っ転がって見上げる吹き抜け

 もともと吹き抜けを見上げることはあまりないだろうと予想していた。でも、思い返してみたら寝っ転がるのが大好きな私。仕事の間、ちょっと眠くなってきた午後、夕飯のあとと、一日に何度もゴロゴロしてしまう2階のベンチ。吹き抜け越しの窓から見上げた空で天気や季節も感じられる。もちろん4階まで続いた飾り棚もお気に入り。できたら今後、ベンチをもっとフカフカにして寝心地をよくしたいという欲すら出てきてしまった。

好きな風景④ 
屋上から眺める空

 今までワンフロア生活の経験しかなかった私は多層、しかも4階建てということを少し警戒していた。何しろめんどくさがり屋。4階、屋上をどこまで使いこなせるのか? という不安があった。でもその心配は杞憂に終わった。生活動線を工夫してくれたので上下移動の負担もなく、4階・屋上は日に3,4回上がる程度。朝、洗濯ものを干す時間は朝陽がいっぱいでテンションアップ。そして洗濯物を取り込む夕方はまったく違う雰囲気に気持ちもリラックス。太陽光パネルを置きたいほど日当たりがよいため爽快な季節は短いが、いつか屋上にもベンチやデッキを設けて居場所をつくりたいと妄想している。引っ越してから東京オリンピックのブルーインパルスや月食などのイベントもあり、屋上からの風景は思いのほか楽しんでいる。リノベーションでこの高さを維持して正解だった。

好きな風景⑤ 
食器棚とそのまわりの造作家具

 インテリアのキーアイテムともいえる古道具の食器棚。佐野さんが合わせてデザインしてくれた造作家具とともに、見ているだけで幸せな気持ちになる場所。玄関扉の前にあるので来客時も目に留まりやすく、古道具や器好きな方にもとても好評だ。

 
子どもたちが集まる“まちかど”の暮らし

 連載 #3にも記したように、設計調書の最初に書いたことが「街とのつながりをどうつくるか?」だったわが家。1階ピロティの本格的なリノベーションはあきらめたものの、ゲンバカンズのみなさんのおかげで必要最低限の装置は揃ったといえる。では、実際の暮らしはどうだったか?

 生活が始まってみると、驚くほど子どもたちが集まる家になった。このエリアの子どもたちの住居形態は、感覚値として「マンション7~8:一戸建て2~3くらい」の割合と思われるため、まず階段のある一戸建てという建物が楽しい様子。また、普通の住宅のように玄関扉を開けたら廊下があるような間取りではないため、子どもたちからすると玄関扉を開けたときの風景がインパクト大。なんだか変わったおもしろい家、という認識が広まっているようだ。「夢の国」と言ってくれる子どももいて、わが家としてもうれしい限り。

 そしてもちろん、外から見えるピロティの存在はとても大きい。1階のベンチで友だちといっしょに宿題をやったり、多いときには週4日くらいわが家は子どもたちの遊び場だ。ピロティで水遊びしたかと思えば、1階から4階まで使ってかくれんぼ。なんなら、わが子が不在でも友だちが遊んでいたりするほどだ。春休みにはピロティでクイズ大会を開催したり、夏休みには流しそうめんで夏祭り。ベンチもテーブルも動かせるので使い勝手もとてもいい。

 “居場所”があると、人は知らず知らずに近寄ってきてくれるのだと実感した2年半。こうやって子どもたちが集まる家になったことが、じつはいちばんうれしいことかもしれない。

 やがて子どもは大きくなって、どんどん外の世界に羽ばたいていくだろう。その際はいっとき、地域とのつながりも薄れていくかもしれない。大人主体の暮らしになったとき、今の形がベストであるかはわからない。でもきっと、そのときはまた違う形でアップデートしていけばよいとも考えている。家族の暮らしの変化に添って、無理のないよう自然発生的な形で“まちかど”の暮らしを楽しんでいきたいと思う。(了)

 

 全7回にわたって連載したフリーライター荒井直子さんによる「暮らしのあとがき」、いかがでしたか? 「家づくり」とは、たんに家を建てるまでの工程をいうのではなく、「これから先、新しい家で、どんな暮らしをつくっていくのか?」といった未来のこともさしているのかもしれません。竣工してから2年半が経過し、日々の暮らしに追われながらも荒井さんの「家づくり」は、まだまだ続きます

 

過去の連載「暮らしのあとがき」

#06  リノベの威力、恐るべし
#05「家づくりのリアル」
#04「コロナ禍の家づくり」
#03「ついに模型とご対面!」
#02「資産価値より利用価値」
#01「ストリートを探す?」

profile
荒井直子 naoko arai

東京生まれ。大学卒業後、住宅情報雑誌の制作に携わった後、フリーランスのライター・編集者に。住宅・建築・インテリア・街づくり・不動産といった住まい・ライフスタイル関連を中心に、旅・お酒・カルチャー・スポーツ・人物インタビューなど、興味のあること・興味のある人を取材・執筆しています。