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連載エッセイ
「暮らしのあとがき」
#06
リノベの威力、恐るべし

text: naoko arai  photo: naoko arai , ondesign

フリーライターの荒井さんが体験した自邸ができあがるまでの赤裸々エッセイ。今回はリノベーション工事の真っ只中の現場で感じた空間を再構成する醍醐味、また荒井さん自らタイル貼りに挑戦したDIY裏話などをレポートします。

 

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 オンデザインの扉をたたいてからおよそ1年半。プランがほぼFIXし、コスト調整も終わると、いよいよ現場での工事がスタートした。どんな建物においても同じだが、建物を実際につくっていくのは、「建設会社」や「工務店」といわれる施工会社と、そこに束ねられる多種多様の専門業者と職人たち。建築家が描いた図面を正確に理解し、立体に変換してつくりあげていく過程には細かいコミュニケーションが必要になる。とくにハウスメーカーなどの商品化された住宅とは異なる建築家の建物は設計から素材選びまでチャレンジングなことも多く、感性も技術も高いレベルが求められる。

 今回、現場の施工全般を請け負ってくれたのは、リノベーション専門の工務店『月造』。オンデザインと組むのははじめてとのことだったが、能作淳平氏をはじめ建築家の設計するリノベーション現場の実績が多く、それまでのやりとりからも(オンデザインの)佐野さんたちが全面的に信頼を置いていた。

 月造の棟梁は、月森忍さんと島本貴浩さん。棟梁というと昔気質の無口な職人さんをイメージしがちだが、お二方はちょっと違って、おしゃれでカジュアルな雰囲気。世代もほぼ私と同じくらいでコミュニケーションも取りやすそう。おもに現場を見てくれることになる島本さんは自身も一級建築士であり、図面はもちろん、建築家の設計意図まで読み取るプロフェッショナル。

 その棟梁のもとで実際に作業をしてくれる大工さんは、おもに10人。そのうちの3人は『Cutter Knife』という名のロカビリーバンドでメジャーデビューしているプロのミュージシャン。まさに二刀流の先駆け。ユニークな面子が出そろった。

 

解体だけでリノベーションの威力を実感

 わが家が購入した中古住宅は築35年ほどの鉄骨4階建て。設計前に建物の現地調査は行っていたものの、やはり実際に解体してみてわかることもある。

 解体作業には佐野さん立ち合いのもと、解体業者とともに慎重に進めてもらった。築年数が経っているため内装はかなり傷んでいたが、(内装を)はがしてみると思っていた以上に鉄骨の状態はよさそうだ。力強いH鋼、X型にかけられたスッキリとした梁、工業製品らしいフォルムのボルトと、建物の構造体はなんとも美しい。

内装をはがすと美しい梁が現しに。築年数を感じさせない状態の良さだった

 大まかに内装をはがしたあとは、図面に従って吹き抜け部分の床や壁の一部を抜く作業がはじまる。スケルトンの状態まではもとの間取りの残像があるような気がしたが、ほんの少し新しく床や壁を繰り抜くと一転、新しい間取りのイメージが立ち上がってくる。

内装を解体すると新築当時の工事指示が各所に現れた

 吹き抜けは1畳半程度という小さいサイズながらも視線が奥に抜け、2層の境界線が曖昧になる。もともと吹き抜けを要望したわけではなかったが、やはりほんの少しでも上下階をつなぐ装置ができると空間の感じ方はまったく違う。吹き抜けをつくってよかったと、この時点で実感する。

吹き抜けができると新しい間取りのイメージが立ち上がる

 また、階段室はもともと完全に壁に囲われた独立した空間だったが、今回、吹き抜け側の壁を取り払い、吹き抜けと合わせて縦空間に抜けをつくった。これが空間に広がりをあたえて、ワンフロアあたりの小ささもやわらげてくれる。

階段室の壁を取り払うと一気に開放的な空間がうまれる

解体が終わると電気等の設備工事もはじまる

 さらに大きく印象が変わることを予感したのが、外壁の一部を取り払った玄関まわり。ピロティから階段を上がった2階に玄関扉があり、これまでは玄関扉は外からはまったく見えない状態だった。ところが2階の踊り場の外壁を取り払うことで玄関と街につながりがうまれる。模型で見たときから気に入っていた部分だったが、リアルに見るとよりリノベーションの威力を感じる場所だった。

3階に新しく設けた開口部。床から立ち上がる窓は部屋の雰囲気を大きく変えた

 

床づくりが内装工事の肝に

 解体が終わるとすぐに図面に添って新たな内装をつくっていく作業がはじまる。床のレベルを変えることで居場所を展開させていくというのが今回の設計のベースとなっているため、床づくりが工事の大きな肝となる。フラットな2階の床に1段、2段、3段と床を積み上げると、すでにもとの間取りを忘れてしまうほど空間が大きく変化。吹き抜けとの相乗効果もあり、おおらかで表情豊かな空間が出現した。

床の段差で機能を仕切り、空間に奥行をつくっていく

ダイニングスペースの小上がりがほぼ完成。一部を床下収納に

 3階も同じように、踊り場、ピアノ室、寝室と3つのレベルを設置する。面白かったのが、寝室の床をレベルアップしたときに既存の窓の下のラインと床が同レベルになったこと。記憶に残らないような何の変哲もない普通のサイズの窓が、急に床から立ち上がる大きな窓に変貌。床のレベルの上げ下げは空間の印象を大きく変えてくれるものだと知った。

備え付けのクローゼットなど家具工事もはじまる

 ある程度、床・壁・天井ができあがってくると、次は設備の搬入と設置がはじまる。ここでもっとも大きな変化が現れたのが、最上階のバスルーム。もとは洋室がひとつ、ルーフバルコニーに面して配置されていただけの場所。周囲は頭ひとつ抜けているので見晴らしもいい場所だけに、そこがバスルームになると非日常感もうまれそう。工事の段階でも十分ワクワクする場だった。

見晴らしのいい最上階のバスルーム。搬入途中でも気持ちいい場になると確信

 そして、内装工事のもうひとつの山が造作家具。既存の食器棚と合わせてデザインしてもらったキッチンの収納棚、玄関のシューズボックス、吹き抜けの飾り棚、子どものベッドや梯子が次々とできあがっていく。予算の都合で諦めた部分も多かったが、完成すると十分過ぎる存在感。塗装をすると全体の統一感もうまれ、ますます心地よい場に。

鉄骨の梁や内装デザインに合わせて白く塗り直した

父が10年以上前にDIYした本棚を横に倒して再利用した収納棚

玄関框を上がると、キッチン部分まですべてモールテックス仕上げに

 

ギリギリセーフのピアノ搬入

 家づくりはダンドリが重要であることを痛感したのが、家財の搬入のタイミング。計画時から実家のアップライトピアノを新居に移設する予定にはしていたのだが、ピアノの搬入の大変さというものがすっかり頭から抜け落ちていた。サッシが入り、内壁工事が進むうちに、「あれ? ピアノってどこから入れるんだ?」とはたと気づいたのだ。
 というのも、外階段といい、内階段といい、建物自体は昔のつくりのため傾斜は急で幅は狭い。アップライトピアノは高さもあるうえ何しろ重たい。階段から搬入することはできるのだろうか?

 気づいたのは2020年が間もなく終わろうとしていた12月末。すぐに佐野さんに問い合わせると、さっそく年明け1月6日に現場を見てもらって搬入ルートを検討することになった。

 結果、やはり階段からの搬入は困難であり、クレーンで窓から吊って入れるしかないことが判明。と同時に建物を囲う足場が取れてからでないと搬入ができないことを知る。そうした現状と工事の工程を付け合わせると、西側の窓からの搬入はすでにアウト。北側3階の窓から入れるしかない。ただ、この3階の窓の前には電線が間近に通っている。こんな危険な場所から搬入することはできるのだろうか? 

 数日後、ピアノ専門の運送会社と現場で打ち合わせを実施。これまでもさまざまな難しい現場をクリアしてきたであろうプロフェッショナルはこともなげに「棒で電線をよけながら入れるので大丈夫ですよ」と言う。

 結局、吹き抜けまわりの内壁工事の工程を後ろにずらし、ピアノを搬入してから最後に内壁を設置するというスケジュールに組み直してギリギリセーフで無事にピアノを搬入。その後の工程も大きくずれることなく調整してくれたみなさんの連携、臨機応変な対応、プロの仕事にはいくら感謝してもしきれない。

すったもんだのすえ、ピアノは予定の配置に搬入できた

 

「佐野工務店」とともにタイルをDIY

 造作家具とともに設備がそろってきたところで、いよいよキッチンタイルをDIYする日がやってきた。これまでDIY経験はまったくなし。そんな私たちのことは想定内だったのだろう、佐野さんが接着剤やコテ、ヘラなどタイルを貼るための道具をそろえ、貼り方は動画でチェック済だという。すべてお膳立てしてもらった段階でのありがたいスタートとなった。

タイル貼りに奮戦する、オンデザイン佐野さんと施主の荒井さん

 タイルを貼る前に、まずは貼る部分にタイルの割付を行う。寸法を出して割り付ける作業はさすがに自分だけでは自信がなく、計測に慣れている佐野さんに一任する。タイルと定規で印をつけながらタイルを並べる枚数を算出。タイルをカットするのは難易度が高いため微調整は目地の幅に吸収させるという方法をとる。

自ら土台に接着剤を塗る荒井さん

 割付が終わると、土台に接着剤を塗り伸ばす作業を開始。思ったよりも接着剤の粘度があり、均一に塗るのは力が必要。水平面はまだしも、垂直面は力を入れづらく、なかなか難しい。しかもタイルが接着しやすいように櫛目を入れるため、その凹凸の深さも気をつかう。ときどき棟梁の島本さんにもアドバイスをもらいながらなんとか作業完了。コスト削減のためにDIYをしているのにも関わらず、快く教えてくれる島本さん、道具を貸してくれる大工さんには本当に頭が下がる思いだった。

接着剤の塗りが終わり、いよいよタイルを貼る作業へ

 下地ができたら、ようやくタイルをのせていく。選んだタイルはtoolboxの〈古窯70角タイル〉。比較的扱いやすい小ぶりなサイズとはいえ、案外、ラインをしっかりそろえるのはひと苦労。タイル職人というプロがいる世界、素人がそう簡単にできることではないのである。多少のズレや歪みは味になるだろうと都合よく言い聞かせながら作業を進める。

人生初のタイル貼りが終わり、あとは乾くのを待つのみ

 DIYのためタイルを貼る面積は最小限にしてもらったが、それでもやはり異素材をいくつか組み合わせることでキッチンの表情はグッと豊かになった。初めてのDIY、初めてのタイル貼りは、佐野さんのサポートのおかげで無事に完了。DIYを終えると室内の工事はすべて終了し、現場工事もいよいよ大詰めに。半屋外階段のモルタル左官作業がラスト工事となった。

無事に完成!

 工事も終盤に近づくと、それまで毎日のように来てくれていた職人さんが、ひとり、またひとりと減っていく。完成間近の期待と喜びとともに、工事が終わる寂しさ、棟梁や大工さんたちとのお別れが近づく切なさとが綯い交ぜになりつつ、家探しスタートからおよそ3年経った3月半ば、無事にリノベーションは完了した。

 

住みはじめてから設計チームと新たなDIY工事もスタート! 
最終回ではその様子や今後の野望についてお伝えする予定です

 

連載「暮らしのあとがき」

#05「家づくりのリアル」
#04「コロナ禍の家づくり」
#03「ついに模型とご対面!」
#02「資産価値より利用価値」
#01「ストリートを探す?」

profile
荒井直子 naoko arai

東京生まれ。大学卒業後、住宅情報雑誌の制作に携わった後、フリーランスのライター・編集者に。住宅・建築・インテリア・街づくり・不動産といった住まい・ライフスタイル関連を中心に、旅・お酒・カルチャー・スポーツ・人物インタビューなど、興味のあること・興味のある人を取材・執筆しています。