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連載エッセイ
「暮らしのあとがき」
#03
ついに模型とご対面!

text : naoko arai  photo: ondesign

今回のエッセイ「暮らしのあとがき」は、設計プランが決定するまでのプロセスを振り返ります。設計を依頼する施主にとって、思い描いた自邸のイメージをどう伝え、そのイメージは設計にどう反映されていったのか? そして、理想的な施主のスタンスとは? これまで数々の住宅案件を取材してきたライターの荒井さんが自分の家づくりについてつづる顛末記。いよいよ佳境へと向かいます。

都心を見渡せる最上階からの眺望。(撮影:筆者)

 

 ありがたいことに、これまで数えきれないほどたくさんの住宅を見る機会に恵まれてきた。見れば見るほど自分の好みや理想が更新されていくもので、いざ家づくりをする段階になると妄想が膨張するばかり……

 ただ、今回は既存の建物を使うリノベーション。良くも悪くも制約が大きいはずだから、新築に比べて叶うことは限られるだろう。「できる・できない」という物理的な判断はプロに任せ、いったんランダムに要望をまとめて伝えることに。提出した設計調書に書いたことは以下のようなことだった。

 テーマ① 街とのつながりをどうつくるか?
 テーマ② ワンフロアの面積が狭いので、各フロアの立体的なつながりをどうつくるか?
 テーマ③ 機能的な収納計画
 テーマ④ コンパクトな家事動線
 テーマ⑤ 4階を有効活用できる間取りにしたい(上がるのが面倒になって使わない空間にしたくない)

 こうしてあとから見るとかなりざっくりとした要望だが、当初、西田さんとの会話の中では「段差のある家が好き」とか、「土間みたいなスペースが好き」とか、「木や石など自然素材が好き」とか、「前川國男邸が好き」というような好みのキーワードも伝えていた。さらに実際リノベーションに決まってからは、好みの建築やインテリアの写真もどっさりと渡していた。そのほかにも、夫婦それぞれの住まい履歴を記したシートを作成して提出。どこまで参考になるのかわからなかったが、どんな場所のどんな家で育ったか、また大人になってどんな住まい方を選んできたかも念のため伝えたほうがいいという気がしたからだ。

 いずれにしても、あまり具体的な間取りや配置の話はしなかったと思う。三題噺ではないが、ランダムな要望をどうまとめ、どう料理するかはプロの仕事の範疇で、素人がヘタに口出しするのは野暮というもの。思いもつかないプラン、想像をはるかに超えた提案が出てくることこそ、建築家と家をつくる最大の楽しみだと思ったのだ。

 
パートナーとなるスタッフは?

 「オンデザインパートナーズ」について詳しくご存知ないという方もいると思うので、ここで少し補足すると、オンデザインでは、事務所のボスである西田さんが案件ごとにパートナーとなるスタッフを選出し、そのスタッフが中心となってプロジェクトが進む。ほかの設計事務所もボス+スタッフという構図は似たようなものだと思うが、オンデザインの場合はパートナーの権限が大きく、西田さんはパートナーを見守ったり、ジャッジをしたりと、どちらかというとアドバイザー役に徹するという点が大きな違いだと思う。

 私は以前から取材を通してオンデザインのパートナーを幾人か知っていたこともあり、そのなかのひとりにお願いしたい気持ちが少しあった。ただ、こちらから指名するのは仕事の領域を冒すような気がしたのも事実。そこはやはり西田さんの判断にお任せし、パートナーとなるスタッフが誰になるのか楽しみに待つことにした。

 そして今回、西田さんが選出したのは、大きな体と柔和な物腰がシロクマみたいな佐野敦彦さんと、冷静沈着なベテラン澤井紗耶加さんのおふたり。まったく違う個性を放つ3人を前に、たまらなくワクワクしたことは言うまでもない。

【参照記事】
・佐野敦彦さん>>オンデザインの同期で結成したゲンバカンズの記事は、こちらより。
・澤井紗耶加さん>>オンデザインでの活動を語った記事は、こちらより。

 
土地に対するオンデザインの回答は?

 改めて3人の設計者と打ち合わせしてから待つこと数週間。プレゼンテーションの準備が整ったという連絡が佐野さんから入る。家族3人で事務所に行くと、すでに西田さん、佐野さん、澤井さんが揃って待っていた。打ち合わせのテーブルにはプレゼンテーションブックと大きな模型らしき物体が……。もしかしたらこの瞬間がいちばんワクワクしたかもしれない。

プレゼン時に提案された模型の内部

 プレゼンテーションは主に西田さんが中心となって行われた。
 周辺から少し浮き出た「塔のような高さ」と、ピロティのある角地の建物であることから「街角」を手掛かりにした設計主旨を聞く。なかでもとくに意識したというのが「段差」だという。プレゼンテーションブックには『生活を彩る段差が生む居場所』というタイトルがついていたように、段差、階層が変わるごとに見え方、居心地が移り変わり、それによって場所の機能も変化するという主旨だ。

 

プレゼンテーションブック『生活を彩る段差が生む居場所』より抜粋 by ondesign

 1階は「街とつながる居場所」と定義され、ピロティにベンチやテーブルを出して近隣の人たちと過ごす場所になる。2階はキッチン、リビング、ダイニングといった生活の主な場所で「寛ぐ居場所」に。3階は子ども部屋と畳の寝室で「横になる居場所」になり、4階は空をのぞむバスルームとルーフバルコニーで「眺める居場所」。

 このゾーニングに関してはまったく異論がなく、まさに「そうそう、こういうの!」 と膝を打つ。とくに気に入ったのが、玄関から入った正面にキッチンと、その横のカウンター越しにダイニングが配置されていること。
 わが家は私自身を筆頭にみな食いしん坊で、家でのいちばんの楽しみは食事の時間。家族での食事が当然多いが、友だちや妹家族が集まることもあり、ちょっとしたお店のようなレイアウトに夢が膨らんだ。

 じつはこの計画が進んでいる時期に雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)のキッチン特集を読んでいて、そのなかの記事に強く頷いたことがあった。

 「(キッチンの場所は)家の中心じゃなくて家の外へ開けているのがいいと思うんです。玄関とか庭とかテラスとか、外界との接点にあるキッチン。玄関ドアを開けたらすぐ土間みたいなキッチンがあり、そこまでは靴を脱がずに入ってもOK。近所の人がお茶飲みに来るのも子供の友達が遊ぶのもウェルカム。キッチンが家でいちばんパブリックな場所(後略)」〜クリエイティブディレクター服部滋樹さんのコメント(『BRUTUS910号/090ページより抜粋)

 このコメントが掲載されているページをオンデザインに送ろうと思っているうちにうっかり忘れてしまい、結局そのままになっていた。なので、靴のままキッチンに入るところまではいかないにせよ、このコメントにかなり近い配置になっていたことは以心伝心みたいな気がしてとてもうれしかった。

模型で提案された2階のキッチンまわり

 また、狭いワンフロアを壁ではなく床の段差や異なる素材で機能分けしていることも気に入った点。しかも奥行き感を出すために床を斜めに切ったり、天井の一部を吹き抜けにして抜け感を出したり、狭さを解消する仕掛けがあちこちにある。
 さらに3階のプライベートゾーンは、秘密基地のような子ども部屋と、まったく違う居心地の和室があり、狭いながらもさまざまな居心地が体験できるようになっている。

ピアノがある3階の空間

 そして最上階は、家の中で一番日当たりも見晴らしもいい場所にバスルーム。ルーフバルコニーに向かって大きな窓を設け、半露天風呂気分でバスタイムが楽しめる仕掛けだ。通常、家の特等席はリビングルームが配置されることが多いかもしれない。でも、この家の場合、物理的に4階にリビングルームは無理があったし、かといって日当たりのいい場所に寝室を配置するのはもったいない。であれば、4階だけちょっと別世界になり、異空間として使うバスルームというのはアリだと思った。

 この時点で大まかなゾーニングはこのファーストプランに決まった。

プレゼンテーションブック『生活を彩る段差が生む居場所』より抜粋 by ondesign

 
次回は、コストダウンの険しい道について!

 西田さん、佐野さん、澤井さんからの提案は、無事に一発で方向性が決定。次回からは、さらに自分たちの生活や好みに合わせてブラッシュアップ。そして、最大の壁ともいえるコストダウンに向けてのせめぎ合いの過程を書いていく予定です。

profile
荒井直子 naoko arai

東京生まれ。大学卒業後、住宅情報雑誌の制作に携わった後、フリーランスのライター・編集者に。住宅・建築・インテリア・街づくり・不動産といった住まい・ライフスタイル関連を中心に、旅・お酒・カルチャー・スポーツ・人物インタビューなど、興味のあること・興味のある人を取材・執筆しています。