アーキテクチャーの在処
#02
新しい建築の強度
ツバメアーキテクツのみなさんとのケンチクウンチク後編。期せずして同じタイミングで事務所の“1階”に建築の新たなポテンシャルを見出す両事務所。今後、どんな仕組みや強度が醸成されるのか? 白熱の議論はさらに続きます。
@下北沢〈洞洞〉
「アーキテクチャー」の在処
西川 BONUSTRACKは幸いいろいろな方々に見ていただく機会があるんですが、賛否両論さまざまな感想をいただきます。とくに“場所”としての新しい価値をつくっているが、建築単体として見たときの“強度”がないのではという指摘は多いです。
我々としては、建築をつくる前の枠組みから考えていることや、竣工時をいちばん良い状態としないために、継続的に手を加え続けられる内装監理の仕組みなど、実験的な試みが展開できているプロジェクトだと思いますが、なかなか議論が難しい場合もあります。どのような建築のこれからを考えていくか、建築家としてのスタンスを問われることも増えてきて……。最近、事務所内でもそういったことを話しあう機会が増えました。
山道 突っ込みを入れる人たちの建築と僕らがやろうとしている“アーキテクチャー”の在処(ありか)がたぶんズレていて、どうしても相容れないというか。もちろん言われている意味も分かるけれど、こちらも「持続的な建築を目指している」みたいなことを言うと、「持続とはなんだ?」……って。そういう押し問答のフェーズになりがちで。
西田 そういうとき、事務所の中には無視すればいいじゃんっていう意見と、いや、無視しないでそれはそれで求めたほうがいいっていう意見と、両方あるの?
山道 僕らとしては両方を取り込みたいんです。「街のアーキテクチャーだ!」と言いつつ、それなしでも建築的に迫力があるっていうところまではもっていきたい。でも、異種格闘技戦のように、考え方が違う人と、フラットに議論するのって今の建築業界では難しいのかなって正直思うことがあります。
萬玉 私はBONUSTRACKを見ていて、下北線路街(小田急線「東北沢駅」~「世田谷代田駅」の地下化に伴い、全長約1.7kmの線路跡地の街)って、もともとは線路だったからすごく軸が強くて、今どんどん開発されているけど、やっぱり住宅地が裏に向いてたりして、なかなか横につながりづらい状況下で、それをオセロのように白黒をひっくり返すような将来像を描きながら、ツバメはつくっているんだと思いました。
西川 1階にお店があって2階に住みながら商いをする、そういった複合的な使われ方が自分の家や周辺の空き家にインストールされる風景は想像されやすくなったのではないかと思います。考えてみれば、難しいことはないんですけど、それを実践して、誰もが自分ごととしてイメージできる状態にもっていってくことが、重要なのではないか。それは新しい“建築の強度”と言えるようにも思います。洞ビルの1階が通り抜けになっているのも同じで、誰もが参照できる建築の型(かた)をつくってみることが大切だった。
佐藤 たしかに洞洞でドーナツを買って「裏から出られますか?」って聞きながら家に帰ってくみたいな。家に帰っていく通り道として、ここを使ってくれるお客さんは結構いらっしゃいますね。今、聞いてたら、本当にそうなってるじゃんって(笑)。
萬玉 3人の話を聞いてると、それぞれ洞ビルやBONUSTRACKに対して、たくさんの知恵があって、対話が蓄積され、それが今の発言として言葉になって出てきてるんだなと感じました。オンデザインもそうだけど建築家って、そうやってチームとしてやっていることが、すごく健康的な在り方だなと思うんでですね。
そう考えると、建築をつくるというよりもプロジェクトをつくってる。そのために建築が手段としてあるっていう(建築家の)スタンスは、強度もあるし現代的だと思います。
山道 そうですよね。人それぞれがカラーを持ちながら集まることって自然だし、僕らはプレゼンや講演会も、それぞれのチームが個々にスライドをつくってやっていますから、同じプロジェクトでも説明の仕方もそれぞれ違ったりする。それでいいって思えたのは、以前、ASSEMBLE(アッセンブル)が日本で集中的にレクチャーをしたときに、建築家や社会学者などバックグラウンドが違うメンバーが同じプロジェクトを、それぞれの視点で説明していて衝撃的だったんです。でも、考えてみたらそれって普通のことなんですよね。
西田 例えば、ランドスケープはすこし前までは「刺し身のつま」のような扱いだったと、(ランドスケープをデザインする人が)よく言うんです。「設計事務所が建築をつくり、僕たちは敷地の中に余白があると、そこに呼ばれて、余白を消して……」みたいな。でも、ヨーロッパではそこに垣根がなくて、「生態学的にはこうでしょ」、「建築的にはこうでしょ」ってそれぞれに発言する人がいて、人間中心か非人間中心かみたいな話も含めて、みんながこの衝突面をどうしたらいいかって考えるわけ。
そういう意味でBONUSTRACKも、ちょっとだけ書割(かきわり)っぽいというか。実際にランドスケープとして、またパブリックスペースとして、こういう場所が生まれて、そこ(パブリックスペース)の一部から階段を上がれたり……。この感覚って、「パブリックスペースとランドスケープにおける建築空間は同義だ」っていう前提の議論ならできるけど、「建築めっちゃいい、ランドスケープあんまりだわ」ってなると、すごい抜け落ちそうだなって。
山道 日本のパブリックスペースには“広場”はないけど、“通り”や“路地”はむちゃくちゃあるっていうのは議論の場でよく言われますよね。下北沢にも路地がいっぱいあって、BONUSTRACKも広場状に通りを引き込んでいる。そう考えると通りとか路地のデザインを日本的なランドスケープとして世界に発信できればいいと思うんです。『江戸名所図会』を眺めていてもヒントがたくさんありますね。
西田 だとすると、BONUSTRACKを「建築です」って言うよりは、「ランドスケープです」って説明するほうがしっくりくるんじゃないかと思って。そうすることで日本的なランドスケープの文脈を踏襲しながら、どうやって現代風に更新できるかっていう話に持ち込めるし、そこから「これは建築の意匠なのか?」みたいな議論になればいい。「建物の1階がお店で、2階が住居兼用」みたいなことだと、どうしてもパッケージ化された既成の住宅モデルになっちゃう気がして。それだともったいないしツバメがやってる解像度の高さが伝わらないんじゃないかと思うんです。
何もしないから何でもできる
西田 いわゆる余白というか、遊びというか、余地みたいなことを建築でやろうとすると、やっぱり東京では難しいのかなと思ったりします。なぜなら経済的な問題が多過ぎるから。でも反面、外空間など使える部分は発生しやすい。BONUSTRACKはそこにタッチする手法論として、分棟してスペースを空けるとか、向こう側の道路に出ちゃうとか……、空間をつくっていく想像力、使い方を決めずに残しながらやるっていう想像力があって、それってあまりやられてないことだからこそ大事なのかなと。
たまたまなんですけど、昨年、オンデザインの事務所を1階にも拡張したんです。もともと2階の事務所にあった打ち合わせスペースを外出しして。その際に、「こういうふうな空間を想定してゾーニングしていったらどうか」って僕が萬玉さんに言ったら、「なにも決めないほうがいい!」って返されて……。
萬玉 言ってないです。あれ……言ったかもしれない。いや、言ったか(笑)。
西田 以前、事務所の2階部分に引っ越した際、僕は使い方を事前に決めていて「ここは打ち合わせゾーン、ここはパソコンを使って働くゾーン、ここは模型つくりなどの作業ゾーン、ここはみんなのコミュニケーションゾーン」といった具合に。かなり機能的なゾーンニングをやったんです。そのせいか、今回イッカイの話をしながらふと余白があると不安になってしまう自分がいて……。入口に打ち合わせテーブルを置き、模型を展示しつつ間仕切りしてみたいな、限られた面積のなかで無意識に余白を埋めるようにゾーニングをしきたから、普段の設計でも、例えば狭小敷地の住宅建築って、狭い中でどううまく建てるのかが美学としてあって、余白を残すことを、あんまりトレーニングされてこなかったんだなと気づかされました。
今回、萬玉さんに、「1階を借りられることになったけど、どうしたらいいか?」って聞いたら、「取りあえず今はつくらないで残しておいたほうがいい」と。間仕切り壁とかつくらず、床もそのまま。家具は取りあえず簡易にして、合板切って箱型にして置いとくみたいな。
山道 空間としては、もうできてるんですか?
西田 いや、できてないんですけど、できてることにしてます(笑)。つまり、「建築家は設計しなくちゃいけない」感覚に捉われすぎていることに、自分の事務所を通して気付かされたという。
山道 じゃあ西田さんにとっては、何もしない勇気みたいな(笑)。
西田 そう! ちなみに僕は事務所の拡張を考えたときに、隣のビルの2階でも3階でも安く借りられるなら、それでいいじゃんと思ってました。でも、所員の3分の1ぐらいが、「絶対に1階がいい!」って言うんですね。最初、なぜなのか意味が分からなくて。でも、オンデザインはこれまでいろんな街づくり案件をやってきているから「1階に事務所があれば人の動きを観察できていいよね」っていうのはあって、実際、借りてみたらめっちゃいい(笑)。
萬玉 コロナ禍のときは働き方もリアルとオンラインのハイブリッドで、出社率50%ぐらいになっていて、でも、この2、3年の間に所員の数も50人に増えていて(苦笑)。ある日、所員のほどんどが出社したときに、もう席が足りない状態になってしまい、打ち合わせスペースはバッティングするし、作業するスペースもないし、模型の置き場所も取り合いで。このままの空間だとやばいっていうのが、半分本音です。今は2階を完全なワークスペースにして、1階が打ち合わせメインで使用しています。オフィスのB面って感じです。
山道 モードをスイッチできる空間があるというのは、萬玉さんの自邸と一緒だね。
西田 萬玉さんの自邸も場所の読み替えが可能なところがすごくいいんですよね。それは、さっきの空間をゾーニングするときに「打ち合わせスペースは入り口付近です」って言っちゃう自分にはできないこと。これはもう世代的な話だと思うけど、昭和の教育問題かな。
萬玉 1階は打ち合わせスペースだけど、朝の時間とか誰も使ってないときは、この一角だけは自分の空間っていうか、「自分の部屋だ」ぐらいの感覚がもてそうで。機能がフワッとしていて、整えられ過ぎてない空間のほうがそうなるじゃないか。つまりみんなの場所なんだけど、自分の場所でもあるように何となくプライベートな感じがもてて、所員も50人ぐらいになると、50通りの場所になる。そうゆうパブリックとプライベートが同居するような場所が、現代的なパブリック空間なのかなという興味が最近とてもあります。
西田 それこそ街中の公園とかカフェにも近いけど、趣味をもちこむとか好きなことを友達と一緒にやるとか、そういうリビングっぽい場所なのかも。さっきの「いってらっしゃい!」みたいな会話を聞いていて、洞洞がリビングっぽくて、家っぽいのは、現代性なのかなと思いました。ぐるっと回ってそういう空間が求められてる時代なのかなって。
山道 確かに。江戸時代に湯屋(風呂屋)の2階がサロン的で、風呂あがりにちょっと呑んだり、ゲームやったり、おしゃべりしながら仲間が来るのを待っているみたいな。それもリビング的ですごくパブリックスペース的。プライベートとパブリック両方の性質をもっていて、めっちゃ家っぽい。そういう状態こそ、じつは日本的な気もしますね。まさに洞洞もそういう場所になったらいいなって思います。仕事している人が上階にいて、地元で暮らしている人たちが集まりつつも、周辺からもいろんな人がやってくるみたいな。
佐藤 そうですね。何もないほうが、何でもできるっていうのは、本当にそう。
山道 西田さんは、1階によくいるんですか。
西田 事務所にいるときは、1階の出入り口近くのカウンターにいると、街を眺められて、なんか街の一部になった気がして気持ち良いです。ストリートの動きが近いというか。
萬玉 今度ぜひ遊びに来てください。
西田 出張で洞洞、やってくださいよ。
佐藤 えー、やりたい。
山道 やりましょう!(了)
建築の次なるフェーズを模索するツバメアーキテクツとオンデザイン。新たな展開にも注目したい!
▶️座談会の動画をNishida Lab(東京理科大学 建築学科 西田研究室)のYouTubeチャンネルにて公開中です。
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山道 拓人 takuto sanndo
1986 東京都⽣まれ。2009 東京⼯業⼤学⼯学部建築学科卒業。2011 同⼤学⼤学院 理⼯学研究科建築学専攻 修⼠課程修了。2011-2018 同⼤学 博⼠課程単位取得満期退学。2012 Alejandro Aravena Architects/ELEMENTAL( 南⽶ / チリ )。2012-2013 Tsukuruba Inc. チーフアーキテクト。2013ツバメアーキテクツ設⽴。2013-2014 横浜国⽴⼤学⼤学院建築都市スクールY-GSA ⾮常勤教員。2015-2017 東京理科⼤学 ⾮常勤講師。2017 関東学院⼤学 ⾮常勤講師。2019-住総研研究員。2020 東京理科⼤学共同研究員。2021- 法政⼤学 専任講師/江⼾東京研究センター プロジェクトリーダー。
西川 日満里 himari saikawa
1986 新潟県生まれ。2009 お茶の水女子大学生活科学部卒業。2010 早稲田大学芸術学校建築都市設計科修了。2012 横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA卒業。2012-2013 CAt(Coelacanth and Associates)勤務。2013ツバメアーキテクツ設立。2017-2021 早稲田大学芸術学校 非常勤講師。2021-2022 早稲田大学芸術学校 准教授。現在、横浜国立大学非常勤講師。
佐藤 七海 nanami sato
1995 岩手県生まれ。2018 東京藝術大学美術学部建築科卒業。その後デザイナーなどを経て、現在洞洞でドーナツを作る。ド研代表。
萬玉 直子 naoko mangyoku
1985年大阪府生まれ。2007年武庫川女子大学生活環境学科卒業。2010年神奈川大学大学院修了。2010年~オンデザイン。2016年~オンデザインにてチーフ就任。2019年~個人活動としてB-side studioを共同設立。主な作品は、「大きなすきまのある生活」「隠岐國学習センター」「神奈川大学新国際学生寮」など。共著書に「子育てしながら建築を仕事にする」(学芸出版社)。
西田 司 osamu nishida
1976年、神奈川生まれ。使い手の創造力を対話型手法で引き上げ、様々なビルディングタイプにおいてオープンでフラットな設計を実践する設計事務所オンデザイン代表。東京理科大学准教授、ソトノバパートナー、グッドデザイン賞審査員。主な仕事として、「ヨコハマアパートメント」「THE BAYSとコミュニティボールパーク化構想」「まちのような国際学生寮」など。編著書に「建築を、ひらく」「オンデザインの実験」「楽しい公共空間をつくるレシピ」「タクティカル・アーバニズム」「小商い建築、まちを動かす」。