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アーキテクチャーの在処
#01
ド研って何だ?

photo:akemi kurosaka text:satoshi miyashita
illustration:awako hori

今回のケンチクウンチクはツバメアーキテクツのみなさん。昨年、事務所を下北沢に移転したのを機にビルの一階にギャラリー付きのドーナツカフェ・洞洞(ほらほら)をオープン。「なぜ、設計事務所がドーナツ?」、対談はそんな素朴な疑問からスタートしました。

 
@下北沢〈洞ビル〉

右から、ツバメアーキテクツの西川日満里さん、山道拓人さん、ド研の佐藤七海さん、オンデザインの萬玉直子さん、西田司さん。

 
「洞洞」誕生秘話

西田 ツバメアーキテクツと言えば、2022年8月にオープンしたギャラリー付きのドーナツカフェ〈洞洞(ほらほら)〉のインパクトが大きかったですよね。今回のケンチクウンチクは、オンデザインから僕と萬玉さんのふたりで、ツバメの新事務所を訪れ、山道さんと西川さん、そして、(洞洞の)店主・佐藤さんとで、いろいろお話したいと思います。

山道 設計事務所でギャラリー付きのドーナツカフェって、まさに“ビヨンドアーキテクチャー”ですからね(笑)。

西田 本当に(笑)。さっそく山道さんから洞洞を立ち上げるきっかけというか経緯について聞かせてもらえますか。

山道 きっかけは、洞洞の並びにある商業施設「BONUSTRACK」です。2018年初頭から僕たちは小田急線の線路跡地を利用した開発事業に関わることになり、「そこに何を誰のためにつくるのか」という企画立案の業務をしていました。結果的に「下北沢の文化を引き継ぐ現代の商店街」というコンセプトで進めることになり、そのままツバメアーキテクツが設計も担当し、2020年にBONUSTRACKがオープンしたわけです。

小田急線の線路跡地に生まれたBONUSTRACK(提供:ツバメアーキテクツ)

ツバメアーキテクツHPから引用(提供:ツバメアーキテクツ)

山道 それと並行して近隣のさまざまなプロジェクトにも関わっています。例えば「シモキタ園藝部 こや」は、「シモキタ園芸部」という、まちの植物の手入れを通じてさまざまな活動を行なう市民グループの拠点です。その隣りの、「SRR Project Space」は駅や街中にある既存の空間ストックを使いながら、街ぐるみでアート活動を展開する拠点となるギャラリーです。これまで線路によって分断されていた街や人がその跡地を通してつながる、そうした自治的な建築を担当しました。駅の反対側の〈空き地〉、〈BONUSTRACK〉、〈シモキタ園藝部 こや〉、〈SRR Project Space〉、そして、ここの洞洞が入る〈HORA BUILDING(以下、洞ビル)〉が5つめのプロジェクトになります。
 洞ビルの特徴は、線路跡地である商業エリアと、落ち着いた住宅地をずるずるとつなげていることです。設計の途中から段々「このビル、ツバメで借りようか」っていう話になって、だとするとビル一棟全部を設計事務所にするよりも線路側と街側とをトンネルのように貫通させて、1階を気楽に入れるカフェやギャラリーにしたらどうか。こっち側の空間と向こうの住宅地側をつなげられるんじゃないか。じゃあ1階部分のお店をどうしようか。 
 そうやって辿り着いたのが、こちらの佐藤さんです(笑)。キャリア的なところは佐藤さんに聞いてもらいたいんですけど、彼女はもともと建築出身です。昨年2月に「ド研」っていう会社をつくりまして。

西田 「ドケン」?

山道 いわゆる土建(ドケン)業とドーナツ研究所の「ド」と「ケン」。空間や場の運営をする会社として、佐藤さんには社長になってもらいました。

ツバメアーキテクツの山道さん

佐藤 はい。私は東京藝術大学の建築学部を卒業後、とくに就活とかせず……、べつに建築が嫌になったわけではなくて、デザインや絵を描くのが好きで、1年くらいデザインやインテリアの事務所で働いていました。そのころ、たまたまAFURIっていうラーメン屋でデザイナーを募集していて面白そうだったので面接に行ったら、そのまま入社。約2年間、そこのデザイナーとして働きました。で、そろそろ転職したいなあと考えていた矢先に、山道さんと出会って。

山道 飲み屋で(笑)。

佐藤 そう、飲み屋で山道さんと私の共通の知り合いがいて、「はじめまして」から気付いたら一緒に会社をつくることになりました(笑)。

山道 もうちょっと言うと、この人、建築の分野でもじつはとても優秀で。

佐藤 優秀じゃない!!

山道 いやいや、三大学卒業設計合同講評会で賞を取ってたりしてるんだよね。

佐藤 ちなみにグランプリ(笑)。

山道 すごくないですか。

佐藤 だけど、それは私が変わり種だったということなので、マジで。

ド研の佐藤さん

 

ドーナツ屋があることの価値

山道 佐藤さんと出会って洞洞の開店準備を開始したのは、3年ぐらい前。ちょうど洞ビルの設計をしていたころで、佐藤さんはほかで働きながらツバメの前事務所の一角をテストキッチンにして、毎週のようにドーナツのメニュー開発をしてました。あとBONUSTRACKにはシェアキッチンがあるので、そこでドーナツを揚げ、ポップアップストアとして何度か出店し、開発と研究を重ねながら、オープンまでこぎつけた感じです。
 今後は、いろんな企画をこの場所でやりたい思っていて、建築的に言えば、住宅地の中でプログラムをどんどん“実装”していきたい。

西田 佐藤さんとしては、最初からドーナツ屋の構想があったんですか? それとも飲食系のお店ぐらい? あるいは、もっと引いた視点?

佐藤 最初に山道さんと話したときは、「1階をカフェに……」くらいのイメージでした。大学のときパン屋でバイトしたことがあったからパンづくりくらいならできるかもみたいな会話で一瞬盛り上がったりして。

山道 洞洞のドーナツは発酵させているので、制作工程は比較的パンに近いんです。寿司とかと一緒で型があるから、中身と上に乗せる具材のバランスを変えてくと、次から次へと新メニューの開発ができる。それって建築のタイポロジーにも近くて、パンよりも手法が限定的なので、そのぶん面白いっていうのはあります。

西田 設計事務所のツバメアーキテクツにとって、下階にドーナツ屋があることの価値って何なのかな?

ツバメアーキテクツHPから引用(写真:新建築社)

山道 ツバメアーキテクツ的には、洞洞の奥の土間空間で展示をやったり、トークイベントやったり……、いわゆる社会実験とか、プログラムの実験をやっているっていう感覚がありますね。学生の持ち込み企画とか、そういう実践支援みたいなこともやっています。

西川 一般的に建築事務所って、カフェや花屋と違って何となくは入りにくいですよね。なので、地域で暮らす方々と建築家が話す機会って、本当に限られた機会しかない。
 でも家や店舗の設計についてどのタイミングで誰に相談したらいいか分からない人ってたくさんいらっしゃると思います。そういうときに、ふらっと入れて、おいしくて手軽なものを食べながら話せる空間があればと思っていました。

西田 今のおふたりの話って、設計中からイメージされていたこと? 

山道 建物自体が住宅よりちょっと大きいくらいのサイズ感だったので、階で区切るよりは連続してたほうが面白そうだなとは思っていたけど、そもそも自分たちで借りる予定じゃなかったから、最初はもうすこし階ごとに分かれたテナントビル的設計でしたね。

西川 計画当初、クライアントの小田急電鉄さんとは「1階は大家さんがお店を開き、2,3階に学生が住みながらお店の運営を手伝うといった、相互にコミュニケーションのある寄宿舎のようなものにしてはどうか」と話していました

西田 そうだったんだ。

オンデザインの西田さん

西川 計画を進めつつ、将来的に寄宿舎にするとしても、当面はBONUSTRACK と協力関係のある用途にしてもいいかもしれない、用途が決まった建物ではなく、いろいろな用途で使えるものにしてもいいかも、などいろいろ小田急さんと雑談をしているうちに、「じゃあ、しばらくツバメアーキテクツさんのほうで使いませんか?」ってなって(笑)。

山道 僕らも段々その気になってきて、佐藤さんにも出会ってしまったし、それなら「ビルを借りて何かやろうか!」みたいな。

佐藤 私自身で言えば、お店をやれるってなったときに、厨房や什器など置かれるものに自分の希望が反映されることってまずないので、そこで思い通りにできたのは大きかったんです。これってお店をやりたい人にとっては、とてもありがたい話で……。あと実際、ツバメの所員さんが上階にいると私も安心感があります。

山道 ひとりでやるよりもね。

佐藤 はい、それは本当に。

西田 そうか。上階にいる人、知り合いだもんね。

佐藤 さっきも話に出ていたけれど、ここって普通の家よりもちょっと大きいぐらいのサイズ感だから、本当に半分、家のような感覚なのかもしれません。そう考えたことなかったけど。

2階、3階は、設計事務所ツバメアーキテクツが入居している

萬玉 2階にいる家族を呼ぶみたいな。

西田 「ドーナツ、揚げたよー!」って(笑)。

佐藤 そんな感じです。みんながお昼食べに行ったり、打ち合わせに出ていったりするとき、絶対目の前の階段を通るから、そこでしゃべったりとかするのも楽しいし。

萬玉 さっきも佐藤さんが「いってらっしゃい!」って、所員さんに言ってたじゃないですか? 普通だったら「お疲れさま」なのに。

佐藤 本当ですか? 無意識に家っぽい気持ちになっているのかな。

山道 それと洞洞のお客さんはこの周辺で暮らしている方が多くて、犬の散歩とか、保育園帰りとか、時間帯によってもいろいろと客層が変わるのも興味深いですね。

西田 リピーターも結構いるんですか? 

日々にアップデートされるドーナツのラインアップ

佐藤 います。「あのメニュー、なくなっちゃったの? 食べたかったのにー」って。

西田 それって、家っぽさのさらに延長で、お隣さんとかご近所さんみたいな感覚?

佐藤 確かにご近所付き合いって感じはめちゃめちゃします。例えば、2、3日に1回、午前中にひとりで買いに来てくれるおじさんがいるんですけど、すこし世間話をして、ドーナツ1個を買って、「また明後日」みたいな。

山道 そういう意味では、この先にあるBONUSTRACKと同じネイバーフッド的建築なんですよね。ただ基本、僕らの仕事は図面越しだから、人と直接対話をすることがない「距離感」のようなものがあります。ツバメアーキテクツは事務所設立当初からワークショップを結構やってきて、街の人々との対話をかなりしてきました。それでも日常的じゃないなっていうのはいつも頭の中に引っ掛かっていて。
 今回、ドーナツ屋をやることで、それが日常的になって、今まで見えてなかったプログラムのムラがすごく見えてきたと思います。まだそんなに解像度高くないんですけど建築家としてできることがもっとあるんじゃないかと。

西田 ドーナツ屋じゃなかったら得られなかった肌感を、上階の設計お事務所とつながっいてることで得られているのは大きな価値ですね。

洞ビルの外観。1階にギャラリー付きのドーナツカフェ〈洞洞〉、2,3階はツバメアーキテクツが入居

変化するコミュニケーション

西田 勝手なイメージだけど、ツバメアーキテクツがラボをやっているのはよく知られているじゃないですか。ラボ自体は「実験室」とか「研究所」のことだけど、分析をしたり、地図をマッピングしてみたり、その中にさっきの「肌感」みたいなものも情報としてはあるんですよね。

山道 そうです。

西田 下北沢において、洞洞がその情報を得られるツールっていうか、センサーになっているのが面白い。

山道 これは錯覚なのかもしれないけど、プログラムを設計したり、あるいは人の話を聞いたりするときに、ちょっと解像度が上がったような気がするんです。もちろんこれまで「お店」も「オフィス」も「家」もたくさん設計してきたけど、洞洞は、実際、オープンした後に足りてなかったことが多くて、こういうことだったんだみたいなのも結構ありました。つまり自分たちで運営してみないと気付かないこと、それまではクライアントが工夫してやっていたことを、今回は佐藤さんがしているんですよね。

萬玉 設計事務所内はもちろん、社外とのコミュニケーション方法も変わったりしましたか?

オンデザインの萬玉さん

山道 めっちゃ変わります。いろんな人がふらっとアポなしで来るようになったし。

西川 洞ビル前の沿道は設計中から日常的に歩いてますが、すれ違う人たちのあいさつも、以前の設計者に対するかしこまった感じではなく、ちょっとラフになった気がします。

西田 地元の住人が来たみたいな?

西川 私自身は設計者の視点で歩いてるときもあれば、洞洞の視点で歩いてるときもあるし、子ども連れの母親として歩いてるときもあります。モードは違うけれど、この地域に関わるいろいろな方々と話せるというのは、ある一定の時間、ここで過ごしていないと得られない関係性で、それが日々少しづつ広がっていくことは素直にうれしいです。
 それから佐藤さんのお客さんとのコミュニケーションは身内ながら上手いと思っていて、設計事務所って模型をつくったり、図面を描いたり、とにかく分かりやすく親切に伝えることに熱意を注ぎますよね。
 佐藤さんは、あえて「分かりにくくするコミュニケーション」を無意識的にやるんです。ドーナツの商品名も「シマシマ」とラベルが貼ってあって、「これ、何味?」みたいな(笑)。
 「もっと分かりやすい名前の方が売れるんじゃないか」といったことをはじめは言ってましたが、分かりにくいことで「これ、何?」と会話が生まれ、楽しそうに説明を聞いているお客さんを実際に見ると、いろいろな正解があることに気づかされます。

佐藤 よく分からなくするっていうのは、大学のときのプレゼンからはじまっていて、つまり「してほしい質問をさせるためのプレゼン」です。一見、分かんないほうが興味をそそるし結果的に盛り上がるんですよね。私にとって建築のプレゼンも、洞洞でのお客さんとのコミュニケーションも同じです(笑)。
>>後編へ、つづく

次回後編は、1階から生まれる新たな“建築の強度”について語り合います。

 


prpfile

右から山道さん、西川さん、佐藤さん、萬玉さん、西田さん

山道 拓人 takuto sanndo
1986 東京都⽣まれ。2009 東京⼯業⼤学⼯学部建築学科卒業。2011 同⼤学⼤学院 理⼯学研究科建築学専攻 修⼠課程修了。2011-2018 同⼤学 博⼠課程単位取得満期退学。2012 Alejandro Aravena Architects/ELEMENTAL( 南⽶ / チリ )。2012-2013 Tsukuruba Inc. チーフアーキテクト。2013ツバメアーキテクツ設⽴。2013-2014 横浜国⽴⼤学⼤学院建築都市スクールY-GSA ⾮常勤教員。2015-2017 東京理科⼤学 ⾮常勤講師。2017 関東学院⼤学 ⾮常勤講師。2019-住総研研究員。2020 東京理科⼤学共同研究員。2021- 法政⼤学 専任講師/江⼾東京研究センター プロジェクトリーダー。

西川 日満里 himari saikawa
1986 新潟県生まれ。2009 お茶の水女子大学生活科学部卒業。2010 早稲田大学芸術学校建築都市設計科修了。2012 横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA卒業。2012-2013 CAt(Coelacanth and Associates)勤務。2013ツバメアーキテクツ設立。2017-2021 早稲田大学芸術学校 非常勤講師。2021-2022 早稲田大学芸術学校 准教授。現在、横浜国立大学非常勤講師。

佐藤 七海 nanami sato
1995 岩手県生まれ。2018 東京藝術大学美術学部建築科卒業。その後デザイナーなどを経て、現在洞洞でドーナツを作る。ド研代表。

萬玉 直子 naoko mangyoku
1985年大阪府生まれ。2007年武庫川女子大学生活環境学科卒業。2010年神奈川大学大学院修了。2010年~オンデザイン。2016年~オンデザインにてチーフ就任。2019年~個人活動としてB-side studioを共同設立。主な作品は、「大きなすきまのある生活」「隠岐國学習センター」「神奈川大学新国際学生寮」など。共著書に「子育てしながら建築を仕事にする」(学芸出版社)。

西田 司 osamu nishida
1976年、神奈川生まれ。使い手の創造力を対話型手法で引き上げ、様々なビルディングタイプにおいてオープンでフラットな設計を実践する設計事務所オンデザイン代表。東京理科大学准教授、ソトノバパートナー、グッドデザイン賞審査員。主な仕事として、「ヨコハマアパートメント」「THE BAYSとコミュニティボールパーク化構想」「まちのような国際学生寮」など。編著書に「建築を、ひらく」「オンデザインの実験」「楽しい公共空間をつくるレシピ」「タクティカル・アーバニズム」「小商い建築、まちを動かす」。