連載エッセイ
「暮らしのあとがき」
#05
家づくりのリアル
本連載の筆者であり施主でもある荒井さんが自ら体験した家づくりの道程をつづるエッセイ。5回目のテーマは気になるコスト問題です。家づくりに抱いていた理想と掛かる費用の現実のはざまで揺れ動く心の葛藤、そして設計するオンデザインとのシビアなやりとりなど、将来、家を建てようと考えている人にとっては必読の内容です!
多くの人とって、家づくりの過程でもっとも頭を悩ませるのがコスト問題ではないだろうか。誰もが好きなように好きなものだけを選んで家をつくりたいと思うもの。建築家とつくるのならばなおさらだ。でも、一般人がそれに見合う潤沢な資金を用意することはなかなか難しい。結果的に、「叶えたいこと」と「コストをかける部分」の優先順位をつけ、取捨選択していくことになる。
これまでいろいろな家づくりを見てきた経験から、まずは“今しかできないこと”と“住みはじめてからでもできること”を分けることからスタート。計画当初、1階のピロティと外構、最上階のルーフバルコニーもつくり込みたいと思っていた。とくに1階は、今回の家づくりで大きな要望だった“街とのつながり”という意味では重要な場所。オンデザインからの提案でも力が入っていた部分だと思う。
ただ、屋外にあたるピロティと外構は建物の構造や性能とは切り離された部分であり、住んでから手を加えていくことが可能な場所。テーブルや椅子を並べてアウトドアダイニングのように使う、ブランコやハンモックを掛けて子どもの遊び場にするなど妄想は膨らんではいたが、明確な使い方は決まっていなかった。だったら、実際に住んでみてからゆっくり考えてもいいのではないか。同じように、最上階のルーフバルコニーはデッキを敷くことも、ベンチをつくることも後からどうにでもなる。こうして1階と4階は今回のリノベーション計画から外すことになった。
外部空間を外したことで大きく減額されたものの、この時点ではまだ1.7~1.8倍ほど予算をオーバーしていた。かなりの減額の必要があったため、改めてベースとなるリノベーション計画と減額方針をみんなで話し合う。オンデザインとしては、「せっかくのリノベーションなのでなるべく“リノベーションした感”があったほうがいいのではないか」と言う。もちろん私たちにも異論はない。
結果、“リノベーション前後の変化が大きい住宅に”という軸はぶらさずに計画することに。外観は既存のままにする案も出たが、せっかくのリノベーションが中途半端な印象になってしまうのではもったいない。リノベーションのシンボルとなる外観や、室内の造作家具など全体コンセプトはなるべく崩さず、設備や仕上げで減額を目指すという方向で調整することに決まった。
いくつも発生する“見えないコスト”問題
これまでも仕事でリノベーションや新築の工事費用の内訳書を見たことがあった。ただ、やはり自分ごととして見ないと気付かないことがあると痛感した今回。たとえば、見積書のはじめのほうに出てくる「仮設工事」という項目。これはよく工事現場で見る仮囲いの部分のことで、足場を組んでシートがかけられるのが一般的な方法だ。足場は主に外壁工事に利用されるが、サッシまわりやエアコンなどの設備工事の際にも利用される。
この仮設工事というのが、想像以上にコストがかかるものだった。とくにわが家は4階建て。1層増えるごとに足場の数も難易度もあがるため必然的にコストがアップする。見積もりではこれが軽く100万円を超えていた。
また、リノベーションでは必ず発生する「解体費」。これは建物の規模によるのだが、わが家の場合、200万円近いコストが見込まれた。つくる以前に発生する費用というものが案外大きいのだと知った。
そのうえ、家づくりではさまざまな職人さんの力を借りることになる。工事項目が増えるほどさまざまな職種のプロに依頼することになり、人件費もどんどん増える。モルタル塗りの部分があれば左官職人、タイルを使えばタイル職人といった具合。加えて今回は内装設計に合わせて造作家具をつくるため家具工事を行う家具職人の手も必要だ。もちろん、電気設備工事、ガス設備工事、給排水設備工事と、基礎的な設備工事は欠かすことのできないベースの工事。住宅はさまざまな建材、設備を組み合わせてつくっていくもの。そのアイテムが増えるほど人の手も増えていく。たくさんの人の手がかかっているのだということも改めて思い知らされた。
結論としては、タイルを貼る部分を減らして本格的なタイル工事は削除。一部タイル貼りの部分は想定していたが、少ない範囲ならば佐野さんと私でDIY対応することになった。人に頼む費用が出せないなら自分たちでやるのはどの世界でも同じこと。夫も私もDIYの経験はなかったが、「佐野さんがいるから大丈夫だろう」と都合よく判断した。
また、たくさんあった造作家具も絞りに絞った。暮らしの中心となる2階はなるべく計画に近づくようにしたが、3階の子ども部屋、4階の書斎の本棚やデスク、階段室の本棚などは諦めることに。リノベーション時にひと揃えできるに越したことはないが、最悪、造作家具なら住みながら工事することも可能だろう。そう言い聞かせながら、計画をどんどん縮小させていった。
『モダンリビング』は見るな!?
改修ボリュームを大きく変えずに金額調整をするということは、かなり地道な作業だ。サッシ交換は数も場所も厳選。一般的なフローリングは高くて使えず合板に変更。床のモールテックスは1㎡単位で減らしていくなど、佐野さんと澤井さんは涙ぐましい努力をしてくれた。
一方、大きな金額が動くのがキッチンやバスルームなどの衛生設備機器。もともとキッチンとダイニングを中心にした家にするほど食いしん坊一家だけに、キッチンにはたくさんの夢をもっていた。「キッチン特集」の雑誌を見れば隅々まで目を通し、「キッチン選び」の本をいくつも買って読み込んだ。もちろんこれまで仕事で取材した家のキッチンも頭のなかにインプットされている。できたらキッチンは造作でオリジナルのキッチンをつくりたい。収納も自分の使いやすい機能にカスタマイズ。海外製のガスコンロ、オーブン、食洗器と果てしなく夢は広がっていたのだが……。ある日、そんな私の心を見透かすかのように澤井さんがピシャリと言い放った。
「荒井さん、『モダンリビング』は見ないでくださいね」
建築に携わっている人ならよくご存知だと思うが、モダンリビングとは、出版社のハースト婦人画報社から出ている雑誌『モダンリビング』のこと。特集によって紹介される家はさまざまだが、基本的には“豪邸”と言われるようなラグジュアリーな家がメイン。数百平米の個人宅も当たり前のように掲載され、高級外車が買えるような値段のオーダーキッチンや、ホテルのようなバスルームが紹介されることも珍しくない。あまりに別世界なので日常的には読んでいなかったのだが、ちょうどそのときに発売されていたのが、奇しくも「キッチン特集」。買っていた。読んでいた。心のなかで密かに澤井さんに謝罪する。
『モダンリビング』の定番企画となっているキッチン特集号
「決して、ポーゲンポールとか、ユーロモービルとか、ボッフィーのキッチンを入れられるとは思ってはいません。とても小さな家ですから、ラグジュアリーなキッチンが似合う家ではありません。でも、でも、じつはちょっとだけ、ミーレやアスコの食洗器とか、ガゲナウのバーベキューグリルやスチームオーブンとか、リープヘルの冷蔵庫とか、入れられたらうれしいなと思っていました。ショールームの情報も集めていました。でもよくよく調べると、ガゲナウってスチームオーブン1台で100万円くらいするんですね。リープヘルの冷蔵庫ってちょっと大きいサイズだと150万円くらいするんですね。驚きました、まったく無理です。『モダンリビング』は別世界ですね、澤井さん。おっしゃる通りでした、ごめんなさい」
救世主は、toolboxとサンワカンパニー
『モダンリビング』に目を通していたことは事実だが、一方で、『Casa BRUTUS』(マガジンハウス)といった雑誌のリノベーション特集やキッチン特集、「建築家のつくる造作キッチン」みたいな本も読んでいて、自分たちの予算と価値観からすると後者の世界観が近いことはわかっていた。さらに、リノベーションを計画する前から東京R不動産やtoolboxが大好きで、ホームページを見ては妄想を膨らませていたほど。煌びやかな世界ものぞいてはみたけれども、やはり結局のところ、toolboxの世界に帰ってきたというわけだ。大きさや機能にもよるが、toolboxならばキッチンも数十万円。食洗器を入れても、だ。
また、洗面化粧台やトイレの手洗いカウンターはサンワカンパニーに助けてもらった。同社は建材や住宅設備機器を幅広く扱う企業で、比較的、手頃な値段のものも揃えていることで知られている。デザイン的にも、武骨なステンレスやヴィンテージっぽい雰囲気の面材、モダンでシンプルな素材などリノベーションの空間とよく合うものが多く、おそらく限られた予算のなかでリノベーションをしたことがある人には馴染みのある会社だろう。
カタログを熟読し、ショールームで実際に見て、予算と金額を付け合わせしながら一つひとつ選んでいく。コストダウンという作業はまさに現実を突きつけられるシビアなことではあったが、その分、家のことはもちろん、今後の暮らし方、そして働き方も含めて、改めて自分自身、家族と向き合う時間にもなったような気がする。さまざまな葛藤と戦いながら取捨選択を終え、最終的には予算を少し上回るところで着地。ようやく工事のスタートラインに立てたのだ。
次回は、いよいよ工事スタート、
オンデザイン・佐野さんとのDIY&ゲンバカンズとの家具づくりについてお伝えします!
〜after talk 〜
「コストダウンはなかなか切ない気持ちになる作業でした。とくに日々素晴らしい建築、住宅を見るという仕事柄、どこか夢見がちなところが抜けきらないのです。「どちらかが仕事で大成功したり、宝くじに当たったら、今度はガゲナウ入れようね」などと懲りもせず夫に言ってしまう私でした(仕事、頑張ります)」(筆者)
連載「暮らしのあとがき」
#04「コロナ禍の家づくり」
#03「ついに模型とご対面!」
#02「資産価値より利用価値」
#01「ストリートを探す?」
profile |
荒井直子 naoko arai東京生まれ。大学卒業後、住宅情報雑誌の制作に携わった後、フリーランスのライター・編集者に。住宅・建築・インテリア・街づくり・不動産といった住まい・ライフスタイル関連を中心に、旅・お酒・カルチャー・スポーツ・人物インタビューなど、興味のあること・興味のある人を取材・執筆しています。 |
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