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晴耕雨読
#02
豊かな暮らしを
顕在化する

text:satoshi miyashita  photo:hanae miura  
 llustration:awako hori

前回に引き続き森岡書店銀座店の店主、森岡督行さんとの対談をお届けします。本はなぜ私たちを惹きつけるのか、その本質的価値について語り合います。

 

@森岡書店銀座店(東京・銀座)

 

その情報は、透過光か反射光か?

森岡 紙で得た情報と、スマホで得た情報って、同じ情報でも何となく違うような気が最近しています。以前、直木賞作家の村山由佳さんとラジオ番組を通してお話したことがあって、村山さんも同じ疑問を抱き、ある脳科学者に、そのことを聞いたそうです。そうしたら、スマホと本とでは得た情報を脳の中で処理する場所が違うから、記憶だったり認識だったりにも差が出てくるだろうと。もしかしたら、その情報から生まれるアイデアも違いが出るのではないかということでした。

西田 なるほど。

森岡 スマホは、透過光から得る情報で、本のような反射光とは違いますからね。

西田 透過光っていうのは向こうからやってくるもので、反射光は自分が見ることによって、また戻ってきますよね?

森岡 ええ、戻りますね。もしかしたらそこに何かがあるんじゃないか。まだ考えている途中ですが。

西田 建築も結構似ているところがありますよ。(周囲を眺めながら)この空間の、ペンキの下に薄く見えている空気孔、そこに目がいく人もいれば、壁に飾られた展示中の写真の並びや色味に目がいく人もいます。同じ空間にいるけど、反射光はその人によって変わりますよね。だから今の話はすごく建築の分野にも適用できると思いました。

森岡 やはり建築でも、光っていうのは重要な要素ですか?

西田 めっちゃ重要です! でも、この話は、どちらかっていうと“感じる側”の身体性にすごく影響されるような気がします。反射光は照明などの光の向きとかではなく、「自分がどう見たいか」っていう結果で見えるし、書かれていることも変わってくるのかなって。

森岡 確かに「自分がどう見たいのか」ですよね。

西田 ええ。例えばですが、豊かな暮らしとか丁寧な暮らしのような漠然としたテーマが、一冊の本と、この空間によって顕在化される。つまり、その空間が見る側に影響を与えるというか……。

森岡 分かります。僕は、そういう「体験」が、すごく大切だと思っています。体験って消えますよね。いわゆる物質としてたまっていかないところに現代性があるんじゃないかって。

西田 それ、面白いですね!

森岡 気持ちの中には残っていくけど、物質的には残らない。

西田 だからこそ、またそこに行きたくなる!

森岡 ええ。本で言えば、今は本屋とAmazonという、ふたつの選択肢があって、いつもそれをどう役割分担させるかを言語化したいと思っています。きっと「体験」っていうのも、そうした違いのひとつだろうと。

 

本を読む姿は尊くて、美しい

西田 森岡書店自体、読み手とつくり手をつなぐ場というか、互いが近づける場ですよね。実際、森岡さんは、本を読む時間、読む場所について「こうであってほしい」という希望ってありますか。

森岡 自分自身がそうなんですが、最近、本を読む時間って、なかなか取れないんです。電車の中ではもっぱらスマホですし。

西田 あー、僕もそうです(笑)。

森岡 先日、画家の諏訪 敦さんとお話したんですけど、諏訪さんは本を読むしぐさが、人間のあらゆる動作の中で最も美しいとおっしゃっていました。「それだけでも(本を)残す価値があるね」って。確かに写真家・アンドレ・ケルテスの作品集『ON READING』を見ていても、人間が本を読む姿って美しいし、尊いような気がします。

西田 あの写真集、僕も感動しました。

森岡 ただ「美しい」っていうのは、機能的な美しさなわけで、その先にはきっと何かがあるんだろうなあと。それが何なのかはまだ分からないけれど……。

西田 そこに何か価値がある?

森岡 はい。例えば子どもの頃、スポーツクラブで自転車を漕ぐ人を見て、すごく不思議だったんです。あとペットボトルを買って水を飲む人も……。でも今では、その動作をごく当たり前と思っています。そう考えると、じつは“”本を読む”っていう行為も意識的に時間と場所をつくってやるべきものなのかどうか。そういうことも背景にあって、昨年(2019年)「文喫」が六本木にできたのかなあと。

西田 僕が「文喫」をいいなあと思うのは、本屋で本を選んでいる時間が、じつは、いちばん本を読んでいるってことに気付かされたところです。

森岡 あー、確かにそうですね!(笑)。

西田 これを買おうか、どうしようかって考えながら本と向き合っている時間って、1週間の自分の行動を見直すと、あの時間がいちばん本を読んでいたんじゃないかって(笑)。

森岡 楽しいんですよね、あの時間。西田さんとは同世代だから、あの楽しさが分かりあえるけど、はたして若い学生たちには分かってもらえるかなあって思います。もしかしたら「文喫」は、あえてそういう時間を意識的につくろうっていうことなのかもしれないです。

西田 まさにブックハンティングですよね。

森岡 ええ。今の都市社会でハンティングっていうのは、考え方としてすごく面白いですよね。

西田 考えてみると、もともとは本を読む時間って「晴耕雨読」的なものですし。

森岡 ああ、そうですよね。

西田 雨が降ったから、その時間を読書に充てようとか。つまり本とは、そういう晴れた日や生産する行為と対になる静かなインプット的なものとして捉えられる時間の現れであり、行為であるんだと。本屋自体が減り続けて、段々需要化されなくなってきている中で、そういう時間価値をもっと回復したほうが良いですよね。日常的に本屋だけでなく、本をもっとハンティングできる環境があるといいんでしょうけど。

森岡 今、晴耕雨読って言われて、はっとしましたよ。そんな時間、ないなあって。ハンティングとかって言っているけど、僕もギリギリのところで読んでいるわけで(笑)。

西田 そうなんですね(笑)

 

「晴耕雨読」で、イベントしますか?

西田 ちょっと話が逸れるのですが、最近、公園が子どもやお年寄りだけじゃなくて、一般の大人たちにも利用しやすくなっています。その背景には、働き方改革で家の近くで働くこともOKになったり、ライフシフトで結構な年齢まで働かなきゃいけなくなったことで、大人も働くばかりでなく、すこしゆっくりできる時間をつくろうという風潮が生まれて、そういう考え方に共感する人が増えているんだと思います。
 昨年もゴールデンウイークが10連休になったりして、みんな時間を持てるようになっているんですよ。以前から西洋人は長い夏休みを謳歌していると言われてましたが、日本もかなり遅れてシフトしはじめていると感じます……。そのひとつの都市への表出が公園なのかなと。公園っていうのが、子どもが遊ぶだけでなく、街の中でアウトドアを楽しめる場になっていくかもしれない。そんな風潮を感じます。ただ、そのシーンを想像するときって、ほぼ晴れの日を思い描いてますよね。そこに、本が入り込む余地を考えると、意外に雨の日なんじゃないかと。雨だったら本を読む公園とか……。

森岡 あーいいですね。そういう施設を造りたいぐらいです。「晴耕雨読」っていう。

西田 それいいじゃないですか(笑)。

森岡 でも、できれば予定調和的な縛りではなく、偶然性があればもっといい気がします。

西田 日本は平均すると5日に1日が雨だって言われています。

森岡 そんなに!?

西田 先進国の中でも雨の日が多いです。逆にそれをポジティブに捉えて、「そういう時間、大事にするなら読書かなあ」みたいな。

森岡 イベントできそうですね。喜んでくれる人も多そうな予感。

西田 雨降ったらここに行くと、落ち着いて、良い気持ちで読める、みたいなね。

森岡 でも、晴れの日は「耕す」ですからね。何を耕すのか、ちょっとすぐには出てこないけど、なんかありそうですね。

西田 前回、森岡さんは「プラスのイメージを集積していく」って言われてましたよね。それは、どんな時間も環境も、もっと豊かにできると思っているから、プラスに見えているところもあるじゃないですか。この人のキャラクターだったら、もしくはこの本だったら、こう掛け合わせようみたいな感覚で、良い方向から見るとすごいポジティブに見えるみたいな。雨も同じだと思うんです。濡れるからうざいって思う人もいれば……。

森岡 そうですね。

西田 見方を変えるだけで、雨の日が、かけがえない時間になりますよね。

森岡 新しい傘を買ったばかりのときなんて、もう雨が待ち遠しくて(笑)。

西田 そうですよね(笑)。

森岡 「晴耕雨読」……、例えば箱根本箱で企画を提案してもいいかもしれません。

西田 おおー、それいいですねー。

森岡 宿泊客の方も喜んでくれる気がします。

西田 何を耕すのかっていうことも一緒に考えながら、雨の日もポジティブに……。両方あるのがいいですよね。

森岡 「雨読」の中の濁点もいいし。

西田 そこですか(笑)。

森岡 なんかできないかなあ。

西田 やるときには、ぜひ! こちらからもお声掛けします。

森岡 ですね! (了)

 

前編の記事はこちらから!
profile
森岡督行 yoshiyuki morioka

森岡書店代表。1974年生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『Books on Japan 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)など、出展、企画協力した展覧会に『雑貨展』(21-21design sight)、『そばにいる工芸』(資生堂ギャラリー)などがある。2018年に第12回「shiseido art egg 」賞の審査員を担当した。

profile
西田 司 osamu nishida

オンデザインパートナーズ代表。1976年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、スピードスタジオ設立。2002年東京都立大大学院助手(-07年)。2004年オンデザインパートナーズ設立。2006年横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手(-09年)。現在、東京理科大学准教授、明治大学特別招聘教授、大阪工業大学客員教授。近著に『オンデザインの実験 -人が集まる場の観察を続けて-』(TOTO出版)がある。