晴耕雨読
#01
本と街と建築に
愛を込めて
今回のケンチクウンチクのゲストは、一冊の本を売る本屋さんで知られる森岡書店銀座店の店主、森岡督行さんです。ここ数年、「本」という枠を超えた幅広いジャンルで活躍中の森岡さん。時代とともに変わりつつある本屋さんの役割について、また本というアナログな物体の価値とはいったい何なのか? 昭和の旧建築が大好きという森岡さんと、本好き建築家の西田さんとがとことん語り合います!
@森岡書店銀座店(東京・銀座)
建物ありきの仕事選び
森岡 1998年に東京・神田の一誠堂書店に就職しました。仕事自体は徒弟制度のようなところもあって、店内を掃除したり、古本の表紙をきれいに磨いたり、落丁がないかチェックしたりと……、当時はお客さんと会話することがほとんどありませんでした。
西田 接客の仕事ではなかった?
森岡 ええ。その後、2006年に独立して、茅場町にある古いビルの3階で「森岡書店」をはじめました。オープン当初は、お客さんが来ない、売り上げが立たない、そんな状況が続き、精神的にもギリギリでした。そんなとき、ある方から「ここでギャラリーをしてみたらいいよ」とアドバイスをいただき、写真集と合わせて展覧会をやってみたんです。そしたらお客さんがけっこう来てくださって。
西田 自分が落ちこんでいるときに、それは有り難いアドバイスでしたね。
森岡 せっかく来てくださるのだから何かしら言葉を交わそうという気持ちが芽生えて……。次につなげるために、もう野生の勘を頼りに……。
西田 生きるための習性みたいな。
森岡 そうですね。
西田 でも、きっと、そうした気持ちのベースには森岡さんの本への「愛」があったのでは?
森岡 はい。あと最初の勤務地だった神田・神保町という街も好きでしたし、勤めていた一誠堂書店の社屋も昭和5年築で、内装も大理石で造られていて趣がありました。
西田 建物自体にも惹かれた?
森岡 そうなんです。これまでアルバイトも含めてさまざまな場所で仕事をしてきましたが、勤め先は全部、古い建物ばかり。なので、建物で仕事を選んでいると言っても過言ではないくらいです(笑)。
西田 場所や建物に対する思い入れがすごく強いんですね。
森岡 自分の中で「銀行員になりたい」とか「公務員になりたい」「出版社に入りたい」とかいうのはなくて、「この場所で働きたい!」からすべてがはじまってますね。ここ(森岡書店銀座店)も、建物ありきで決めました。
西田 すごい!(笑)。 振り返ってみて通底しているのは「その“場所”がもっているキャラクターに影響を受けてきた」ってことでしょうか?
森岡 そうですね。古い建物の中に入ると、たちまち現在でも未来でも過去でもない不思議な感覚になります。場所もどこか異国の地にやって来たような。時間と空間の狭間で気持ちを揺さぶられるというか、そのワクワク感が建築の醍醐味だなと思うんです。
西田 まさにそうですね。
人生は、瞬間の連続
森岡 そう考えると、住む、寝る、食べる、その一つひとつの「動詞」に、2、3秒でも気持ちいいことやプラスのイメージを与えてあげると、その集積で人生はより良くなるんじゃないかって、最近は考えています。
西田 仕事の打ち合わせとかも、好きな喫茶店でやるとか?
森岡 ええ、そうですね。
西田 そういうふうに、ちょっとした瞬間の連続で人生はつながっていると。
森岡 例えば、カレーを食べるときも、もちろんカレーそのものの味も大切ですが、好きな工芸作家のスプーンやお皿で食べれば、食事の時間の「質」は確実にあがる気がします。
西田 なるほど。その話を聞いて、(森岡書店が)作家さんの紹介の仕方や本の紹介の仕方をとても大切にされている理由がわかりました。
森岡 ありがとうございます。かなり適当なことを言いますけど、人間の脳の構造って、ひとつでふたつのことを考える特性があるんじゃないかと思います。例えば、美醜、善悪、男女、天地、陰陽といったように、世の中には良いことと悪いことが必ず対になっていて、私自身、学生の頃は悪いほうばかりを見がちでした。でも今はなるべく良いほうだけを見るようにしています。
西田 なるほど。
森岡 最近は、良いものを見つけると、それをさらに良くしていくにはどうしたらいいかを考えているくらい。
西田 好きな作家さんのスプーンで料理を食べれば、その瞬間、脳の回路が良いほうにつながって、ちょっとした贅沢を噛みしめられる。その感覚を空間全体で味わえるのが森岡書店の価値なんでしょうね。
森岡 そう言ってもらえるとうれしいです。本という二次元のものを三次元にして、お客さんがその中に入ってこられるような、そんなイメージでやっていますね。ただそれがいつもうまくいっているかというとそうではなくて、少しでもその状況に近づけるように、日々、頑張っています。
本屋はコミュニケーションの場であり、メディアでもある
森岡 オンデザインさんは拠点運営のお仕事を多くされていますよね。私も新しいホテルや施設が完成すると、本を選んで納品する仕事をしています。新しいスペースに本を置くと、そこに「厚み」のようなものが生まれるのは確かです。ただ、ひとつ課題に思っているのは、その場の「鮮度」です。納品直後はいいのですが、管理するスタッフが本のことをあまり分かってないと、徐々に(本との)距離感が生まれて、そのスペースだけが孤立していくんです。それをどうしたら解決できるだろうかと。
西田 例えばですが、ホテルなら担当者が「今日はこういう宿泊客が多くいらっしゃるので、(本を)こっちにしてみよう」とか……。それだけでも印象って変わりますよね。
森岡 ええ。そういう使い方をしてくれると、いいのになあと思いますね。
西田 本屋さんの仕事もたんに売ることだけじゃなく、森岡さんのような「本と人との接点をデザインする仕事」に変わってきていますよね。
森岡 たぶんデジタルメディアが人々の生活の隅々にまで浸透した、その反動でアナログ的なものが強く求められているのだと思います。ここ数年、何度か中国へ行きましたが、中国政府は現在、「本屋づくり」に予算を付けていて、いわゆる蔵書がたくさんある大型書店だったり、それを凌駕するような規模の書店も続々生まれています。
西田 最近の中国はスマートシティなどのデジタル分野で大きく進化し、街にウーバーなんかがたくさん走っているイメージですが、一方で、じつは本というアナログな物体への意識も非常に高くなっていると。
森岡 先月、深圳にあるショッピングモール内の書店に行きましたが、まさにそうでした。そこでは、お父さんが子どもに絵本を読み聞かせていて、一緒にいた運営の方も「こういう状況をつくりたかった」「ここができて本当に良かった」と話されていました。
西田 本を売るだけじゃなく、読み聞かせる行為にも最初から着眼していたんですね。
森岡 そうです。その書店は大手不動産会社が運営するショッピングモールの中にあるので、これは私の意見ですが、そこまで本を介在させなくてもいい場所だと思うんです。でも、彼らはそういう状況をつくりたかったし、価値があることだと考えていたんですね。
西田 広場に行って、子どもとスポーツをやったり、遊んだりするほかにも、選択肢として本屋で「本を読む」がありだと。
森岡 恐らくは経済的な合理性もあるのだと思います。「本」や「コミュニケーション」を志向する層は所得が高い人たちだという背景もあるでしょうし、そういう人たちを引き付ける装置として本屋が機能しているのも現実だと思います。
西田 それにしても森岡さんは、本の向こう側にある背景への分析力がすごいですね!
森岡 その意識は、こういう形態で本屋をはじめてから強くなったような気がします。最近は展覧会の仕事、キュレーションの仕事、プロダクトの開発の仕事など他分野の仕事依頼が増えました。
西田 プロダクトの仕事も?
森岡 例えばシャツだったり、カバンだったり、少しですけどファッション関係の仕事もやらせてもらえるようになったんです。その過程で考えることもいろいろと増えました。それが自分の発言する言葉の背景にも影響しているのかなあと思います。
西田 あーなるほど。
森岡 そういう意味でも、本屋は本を売るだけでなくてコミュニケーションの場であり、メディアでもあるんだなあと、最近つくづく思うんです。(了)
次回、後編もお楽しみに!
profile |
森岡督行 yoshiyuki morioka森岡書店代表。1974年生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『Books on Japan 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)など、出展、企画協力した展覧会に『雑貨展』(21-21design sight)、『そばにいる工芸』(資生堂ギャラリー)などがある。2018年に第12回「shiseido art egg 」賞の審査員を担当した。 森岡書店銀座店のお知らせ |
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profile |
西田 司 osamu nishidaオンデザインパートナーズ代表。1976年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、スピードスタジオ設立。2002年東京都立大大学院助手(-07年)。2004年オンデザインパートナーズ設立。2006年横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手(-09年)。現在、東京理科大学准教授、明治大学特別招聘教授、大阪工業大学客員教授。近著に『オンデザインの実験 -人が集まる場の観察を続けて-』(TOTO出版)がある。 |
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