update

僧侶と語る建築“法談”
#01
実家とお墓を
軽くする方法

text:satoshi miyashita photo:hanae miura illustration:awako hori

 

今回のケンチクウンチクのゲストは、東京・神谷町光明寺の僧侶を務め、「未来の住職塾」の塾長としても活躍する松本紹圭さん。お寺にまつわる現状に疑問を抱き、自らMBAを取得。マネジメントという視点から、新たな「お寺」像を創り出そうとしています。土地所有や地域コミュニティといった課題とも密接に絡み合うお寺の最新事情を、今後3回にわたり建築家の西田司さんとトコトン語り合っていただきます。

 

@東京・神谷町光明寺

神谷町光明寺の境内入り口

 
宗教とマネジメント

松本 光明寺の宗派は「浄土真宗本願寺派」という西本願寺系のお寺です。私は大学を卒業後、このお寺に就職し、住職の弟子として、お坊さんのいろはを学びました。今年で15年目になります。

西田 松本さんのように、いわゆるお寺の後継ぎでなく、就職というカタチで入門される方って結構いらっしゃるのですか。

松本 いや、少ないです。現在、日本全国には約7万という数のお寺がありますが、その多くが世襲で、私のようなケースは珍しいと思います。

西田 7万も!

松本 はい。これってすごい資源だと思います。お寺って、べつにお坊さんの所有物じゃないですし、先人から受け継がれてきた、言うなれば「みんなの資産」です。

西田 その地域の?

松本 そうです。お寺をより身近に感じ、活用してもらうにはどうしたらよいか。「お寺をひらく」とでも言うのでしょうか。こうした宗教の現状に問題意識をもつようになったのは、ちょうど高校生の頃に起きたオウム真理教事件がきっかけでした。

今後のお寺について語り合う、松本紹圭さん(左)と西田司さん(右)

西田 なるほど。

松本 今は、お寺をひらく活動として、例えば、お寺カフェなどをやっています。

西田 「神谷町オープンテラス」ですよね。

松本 そうです。ただ、そういうことをいろいろチャレンジしてきた結果、思ったのは自分がやれることには限りがあるということです。そして、ひとつのお寺ができることにも限りがあるということ。
 だとしら、やっていることが点じゃなくて面となっていくにはどうしたらいいか。お寺を預かる一人ひとりの住職たちが、もっと自由な発想でチャレンジしていくことが必要だと思いました。

西田 それは、今言われた地域の資源として(お寺を)活用されている住職さんが、まだまだ少ないということですか?

松本 そうです。お寺は、昔から先代がやってきたことを「取りあえず」やっている、いわゆる「葬式仏教」がメインの仕事です。もちろんそれも大事ですが、それ以上のことがあまりできてない。何かもっとできないかと考えて行き着いたのがマネジメントでした。
 そして、2010年にMBA*を取得して、そこでの学びをお寺の世界に翻訳するつもりではじめたのが、「未来の住職塾」です。

* 2010年ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得

西田 そうだったんですね。

「未来の住職塾」の模様

松本 このままじゃいけないとか、何かを変えていかなきゃいけないっていうことをほとんどのお坊さんが漠然と思いながらも、でも何からやっていいのか分からない。
 先ほど申し上げたように、今あるほとんどのお寺が世襲で、つまり家族経営であり家業的なものなので、お坊さんになるための教育の中には、宗祖、祖師の教えを学ぶ機会はあっても、「寺をどうするか」を学ぶ機会が全然なかったんです。

西田 お寺という建物をコミュニティとして活用するための?

松本 ええ。それが「マネジメント」っていうことになるのでしょうけど、お坊さん(住職)って当然、宗教者であると同時に経営者でもあるわけです。その視点が決定的に足りてなかったと思ったんですね。

西田 なるほど。

松本 未来の住職塾は、そういう思いからはじまって今年で7年目になります。おかげさまで多くの方にご参加いただき、卒業生も600名を超えました。

西田 僕はふだん建築の仕事をしているので、建物とかコミュニティとか、あと土地という観点から、都市部に点在しているお寺の状況を見ると、例えばオフィスビルだったら、従業員は建物の中に入れるけど一般の人は入れないとか、映画館やスタジアムはお金を払っている観客は中に入れるけど、そうじゃない人は入れないみたいな。
 都市、あるいは街ができていくときにどうしても線引きというか、所有が明確化されればされるほど入れない場所が増えていきます。その中で、お寺って気持ち的にはすこし入りづらさもありながら、実際には「入っちゃいけないよ」って言われない感じがします。松本さんの目線は建築側から見たときに、「資源に対しての導き」だと思いました。

松本 確かに言われてみれば、そうかもしれないですね。公園的な感じというか。

西田 ええ。

松本 かといって公園でもない。面白い距離感ですよね。

 

「未来の住職塾」と集合知

西田 例えば、先ほど話されていた「マネジメントの感覚」を取り入れたことで、こうなったという、ご自身の中で実感されている部分はありますか。

松本 よく「経営ってビジョンとかミッションが大事だよね」って言われますけど、じゃあ、「お寺のミッションって何だろう」と考えました。結局、すべてが当たり前になり過ぎていて、「何のために」っていう部分が抜け落ちているのではないか。お寺は公益法人でもあり、つねに地域社会と一蓮托生で、衰退していく地域を再生するためにどうコミットすべきか、もっといろんなことが考えられるはずだと。
 つまり、なんとなく昔からの慣習でやってきたものを問い直すいい機会として未来の住職塾はあって、結果「こうなった」というよりも、それによってお坊さん自身のお寺の見方、捉え方が変わっていけばといいなあと。当塾では、毎年、札幌から博多までの各地域で15人と20人のクラスを編成し、毎年4月の開講以降、全国を巡ります。

西田 開講する場所も1カ所じゃなくて、各エリアの中でゾーニングされているわけですね。

松本 そうです。また、宗派に関係なく参加ができます。お坊さんたちにとっては、「寺っていうのはこういうものだ」と思っていたことが、案外そうでもないぞって気付かされる場でもあるわけです。

西田 そうか、世襲でやってきて当たり前だと思っていたことが、他のお寺では違ったみたいな。

松本 ええ、そういうことが結構あるようです。いろんな事例に触れながら、熱い思いを持っているお坊さんに刺激を与えられると、やっぱり考え方も変わっていきますよね。

西田 未来の住職塾のプログラムは、松本さんがMBAで学ばれた時のプログラムを参考にされているのですか。

松本 そうですね。ただMBAの場合は、毎日フルタイムで1年間みっちりやりますけど、当塾ではみなさんお寺の仕事をやりながらなので、2カ月に1回、年間合計6日間のプログラムになります。
 その間は宿題もあります。といってもドリルとかではなく、「檀家さんの声を聞いてみましょう」というようなヒアリングがメイン。これまで学んできたことについての外部環境分析をやる場合に「お寺を取り巻く環境変化について、いろんな人と対話し、掘り下げてみてください」みたいな課題です。

西田 すごい。

松本 それによって、あの檀家さんは寺のことを「こう思っている」っていうことを知るわけです。「案外この人はお寺について考えてくれていたんだ」とか、「こんなことを期待されているんだ」とか、いろいろ発見があります。

西田 素晴らしいですね。

松本 お坊さん同士も宗派が違うからこそ、ざっくばらんにしゃべれるようです。

西田 なるほど。お互いに距離感があるから、さらけ出せると。

松本 はい。同じ宗派同士でいつも凝り固まっていると逆に話せないことがあったり。ただ、みなさんべつに、ここでひとり勝ちしようとしているわけでもなくて、一緒に盛り上げていこうという考え方なので、そこは仏教的というか、お坊さんの特徴としていい人が多いんですよね。こんな言い方もあれですけど(笑)。

西田 徳の世界ですからね。

松本 ええ。だから毎回プログラムは盛り上がります。いいものを自分だけでため込むのではなくて、お互いによくなっていくような、そういう雰囲気になります。みなさんそれぞれ他の宗派に対して先入観を持っていたりもしますけど、話してみると「なんか全然違ったなあ」みたいな。

西田 「意外にいい人だった」と(笑)。

松本 そう。

西田 それって、いわゆる集合知というか、コレクティブな関係ですよね。未来の住職塾は、最初から宗派を問わないスタンスだったんですか。

松本 はい、最初からです。集合知っておっしゃいましたけど、まさにそうだと思います。

 

分散型で実家を軽くする

西田 檀家さん側も昔に比べて考え方が変わってきたという実感はありますか。

松本 それは感じます。

西田 いわゆる日常の中に仏教があった時代から、今は、もう少し複雑になってきて、日常の意識が仏教以外のことに向かっている檀家さんも多いのではと思います。

松本 そうですね。それは日本社会の構造上の変化としてあると思います。みなさん、地域にとどまらずに流動しているし、あといちばんは「家制度の希薄化」ですね。家を代々守っていこうっていう意識がどんどん薄くなっています。
 最近のお墓を見ると象徴的ですけど、永代供養墓と言って、子供や家族へのお墓の継承を前提とせずに、自分たち一代限りというお墓も増えています。むしろそうじゃないと維持できない時代に変わってきていますね。

西田 そうしたお墓のあり方までも、未来の住職塾では考える対象なのでしょうか。

松本 もちろんです。お寺に求められるニーズはどんどん変わりますから。

西田 お坊さんの口から「ニーズ」って言われると、なんかドキドキしますね(笑)。例えば、松本さんの中で、「お墓は、将来はこう変わっていくんじゃないか」みたいなイメージはありますか。

松本 うーん……。

西田 ちょっとだけ僕の考えていることを話してもいいですか。

松本 はい、どうぞ。

西田 先ほどのように家を所有する部分が希薄化している感じは、僕もすごくしていて、それは簡単に言うと土地に根付いていたり、先祖だったりっていうところに関係していると思うんです。
 地方から東京に出てきて実家を継がない人が増えている現状で、人口が減り、物理的に実家を所有できなくなっているという問題があります。僕はそうした実家の「重さ」みたいな意識をもうすこし軽くできないかと思っています。
 例えば、多拠点居住と言われるように、住む場所が複数になれば、「実家」はそのうちのひとつぐらいに考えられるのではないか。今日は仕事だから東京にいるけど、週末になったら海を見に行こうっていうぐらいの感覚で実家を捉えられたらいいのかなと。

松本 ゼロイチじゃなく?

西田 はい。そして、実家を軽くしていくときに、ひとつ紐付いているのが「お墓」だなって思うわけです。

松本 確かにそうですね。

西田 実家にある仏壇もそうですよね。

松本 はい。

西田 仏壇があると、Airbnbで貸すわけにいかないみたいな。

松本 あぁ、なるほど。

西田 最近は精神的に先祖とつながるっていう部分を残しつつ、仏壇も含めてお墓のあり方自体をもう少し軽くすることができないかと考えています。

松本 そういう視点で言うと、例えば、実家を軽くするためのネットワークとしてなら、お寺って活用できるのかなって思いますね。

西田 と、言いますと?

松本 どこかの教徒だとか、信者だとかではなく、シンプルに先祖供養、死者と共に生きることが日本の宗教観の大きな特徴です。だとすれば、例えば、お墓のあり方を軽くするために死者と家族とがつながる場として、全国各地にもあるお寺を「分散型ネットワーク」にして活用できないか。
 阿弥陀さん、観音さん、いろいろなご本尊がありますけど、浄土系はだいたい南無阿弥陀仏の阿弥陀さんです。こっちのA寺とこっちのB寺の阿弥陀さんと何が違うのかと言えば、座っていたり立っていたりの個性は認めるとしても、もとの阿弥陀さんは阿弥陀さんですから(笑)。

西田 確かにそうですね(笑)。

松本 つながっているはずなんです。つまり、それが「心のインフラ」としての仏教であり、お寺だと思うんです。別にお墓自体をお寺から移さなくても、どこかべつのお寺に行けばそこが時空を越えて死者とつながる場所になるんだと。そういう感覚を持っていただくことでお墓も実家も軽くなっていくのかなと思います。

西田 なるほど。

松本 いわゆる、お墓を「建てる」じゃなくて、「借りる」感覚です。

西田 すごく分かります。

松本 もともと墓地ってそういうものなんです。

西田 はい、権利として買っていますよね。

松本 そう。権利を買っているだけで、その土地を買っているわけじゃない。そこの流動性をもうちょっと高める考え方はありかなと思います。

松本さんとのケンチクウンチクはいかがでしたか? 次回第二弾のテーマは「掃除によって“聖地化”する場所」。12月12日に更新予定です。お楽しみに!
profile
松本紹圭 shokei matsumoto

神谷町光明寺、衆徒。1979年、北海道生まれ。未来の住職塾塾長。武蔵野大学客員准教授。東京大学文学部哲学科卒。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講。2013年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選出される。著書に『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカバートゥエンティワン)他。(光明寺オフィシャルサイトより

profile
西田 司 osamu nishida

オンデザインパートナーズ代表。1976年、神奈川県生まれ。横浜国立大学卒後、スピードスタジオ設立。2002年、東京都立大大学院助手(-07年)。2004年、オンデザインパートナーズ設立。2005年、首都大学東京研究員(-07年)、神奈川大学非常勤講師(-08年)、横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手(-09年)。現在、東京大学、東京工業大学、東京理科大学、日本大学非常勤講師。近著に『オンデザインの実験 -人が集まる場の観察を続けて-』(TOTO出版)がある。