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働き方をデザインする
#01
世代間で違う
育児と仕事への意識

text:satoshi miyashita photo:akemi kurosaka illustration:awako hori

 建築というフィールドで活躍し、父として、また母として子育てにも奮闘する16人。今春刊行された『子育てしながら建築を仕事にする』(学芸出版社)では、そんな彼ら彼女らが、それぞれの視点で捉えた「子育て」と「仕事」をエッセイにしたためた一冊です。

 今回のケンチクウンチクの対談者は、この本にも寄稿している、日建設計の三井祐介さんとオンデザインの萬玉直子さん。
 日建設計は、創業118年という歴史を誇り、約2,500名もの社員を抱える日本を代表する大手組織系設計事務所です。三井さんは「東京スカイツリータウン」「灘中学校、高等学校」「赤坂センタービル」など、これまで都市開発から学校施設まで多くのビッグプロジェクトを担当。私生活では、4歳と7歳になるお子さんの育児にも積極的に参加しています。一方、オンデザインの萬玉さんは、現在、事務所設立以来最大となるプロジェクトのリーダー。昨年はお子さんを出産されるなど、公私ともに多忙な日々を送っています。

 「子育て」と「仕事」。この普遍のテーマにどう対峙し、日々、効率よく取り組むべきか。今まさに実践中であるおふたりに語り合っていただきます!

日建設計の三井祐介さん(左)とオンデザインの萬玉直子さん(右)

@日建設計(飯田橋)

 

時間をデザインする

萬玉 『子育てしながら建築を仕事にする』の本の執筆に関わらせていただいたことで、設計環境をデザインすること、組織に属しながらも一個人として建築と向き合うことなど、自分自身のライフステージも含めた「働き方」を意識するようになりました。まだまだ試行錯誤中の私にとっては執筆されている先輩の方々のエッセイが、とても励みになりました。なかでも、三井さんの「働き方」は組織だからできることと、それを活用しながらも建築家として着実なアウトプットをし続けていることがうかがえて、とても刺激的でした。

三井 ありがとうございます。

萬玉 三井さんは、子育てと仕事の両立、イクメン問題について本の中でも触れられていましたけど、なかでも私がいちばん気になったのは「時間デザイン制度」です。

三井 その制度ができたのは、約2年前です。それまでの過剰残業対策に加え「もっと効率よく働いて、各々のクリエイティブな時間を確保しよう」、「この状態から脱却しないといけない」というトップの強いリーダーシップのもと、「私たちは建築をデザインする会社なので、時間もデザインしよう」ということで導入されました。

萬玉 具体的には、どういうものなのでしょう?

三井 基本的にはフレックス制度ですが、「何時から何時まで」「どこで」といった個人の裁量、つまり時間の使い方を後押ししてくれるものになっています。10時から15時はコアタイムとして在宅を含め「どこか」で勤務していることを決めごととしていますが、例えば「場所」だと、オフィスの自席でもいいし、三井不動産さんと法人契約している「ワークスタイリング」というシェアオフィスでもいいんです。

萬玉 それは、いいですね。

三井 例えば、東銀座にある某デベロッパーさんで打ち合わせが予定より早く午前10時半に終わったとします。次の打ち合わせが午後13時から渋谷だけど、一度、(飯田橋の)オフィスに帰ってからまた向かうのは時間的にロスです。それなら銀座から渋谷は銀座線で行けるので、汐留や渋谷にあるワークスタイリングや、最寄りのカフェで仕事をすればいい。ちなみに、ワークスタイリングのスポットは都内に15カ所ぐらいあります。

萬玉 なるほど。時間に加えて、場所の選択にも自由度があるのですね。

三井 あと、例えば、17時にいったん業務を終えて子供のお迎えに行き、家事を2時間ほどやってから、ふたたび働きはじめるのも可能になりました。

萬玉 夜に、また働くのですか?

三井 ただし20時以降は残業扱いです。残業といっても裁量労働制なのですが、それ以上働くには理由を申告する必要があります。週に1回、専用のポータルサイトから、今週の勤務時間の予定を申告します。それを担当部長が承認する過程が、仕事量や内容に関するコミュニケーションにもなっています。勤務時間は社内で一元化されていますので、良くも悪くもどこの誰の勤務時間が長いかわかる状態になっています。

萬玉 なるほど。 “承認”というひとつのハードルがあると、慢性的な残業体質には陥らなくてすみそうですね。

三井 僕が入社した頃は土曜の夜中に「打ち合わせだから、今から来い!」という指示が普通にあって(笑)、育休を取る男性社員が全然いない時代でした。
 例えば、平日もいわゆる共働きの女性社員が打ち合わせをしながら娘さんに電話して、「そこにあるご飯、あれとこれで作って!」みたいな。土日には会社に子ども3人連れてきて、デスクの横に座らせて働くっていうのもよく見かける光景でした。

萬玉 そう考えると働き方の意識って、世代によってもだいぶ違いますよね。

三井 違うと思います。

萬玉 私も産休の時に世代の違いを実感させられました。

三井 例えば?

萬玉 私の世代(30代)だと、仕事と子育てを天秤に掛けるような感覚がないんです。わりとナチュラルに継続的な仕事の軸に一時的に出産がのっかった、みたいな。ただ、50代くらいのクライアントの方に「ちょっと出産を控えているので3カ月ほど休みます」と言うと、結構、大ごととして受取られる場面があったんです。
 時間デザイン制度も、三井さんの世代はうまく使われているんだと思いますけど、上の世代の方はいかがですか。

三井 長男が生まれた6年前は、働きながら子育てをする男性が世間で注目されはじめたタイミングでした。でも、まだまだ先輩たちには理解してもらえず、僕自身かなり苦労しました。
 時間デザイン制度が導入されてからは、「そもそもそういうものだ」っていう考えの人たちも増えて、今では一部の人を除いてむしろ応援してくれていますし、組織的なストレスは以前よりも減っていると思います。ただ、共働きじゃない男性社員を見ると「存分に働けて羨ましいなあ」といった、個人的なフラストレーションはたまに感じますけど。

萬玉 あ~、それは私も思います。建築って、なかなか時間で区切れるものでもないですよね。ついつい集中して、気づいたら保育園のお迎えに間に合わない時間になって慌てて帰ることが何度かありました(笑)。

 
人材と働き方の多様性

三井 今、同じ部には東工大出身の後輩がいるんですが、1年間、奥さんと育休を取っています。

萬玉 素晴らしいですね。

三井 育休といいつつ、プログラミングの勉強もしているそうですよ。

萬玉 制度の使い方は人それぞれですからね。最近の「男性も育休を!」という世の中の動向を見ていると、社会のほうから男女のフラットを迫められている感覚もあります。ちなみに日建設計さんは男女比の割合としてはどちらのほうが高いですか?

三井 新入社員は女性が多い年度もありますので、今はもうほとんど男女半々と言っていいと思います。そして4分の1程度が外国人採用ですし、中途で入ってくる人材も毎年かなりの人数います。あと今はどうかわかりませんが、以前は高卒採用もしていました。

萬玉 それは初めて聞きました。

三井 26歳で大学院卒の新入社員に、8年目くらいの高卒の先輩から「いいからどんどん手を動かせよ」みたいな(笑)。そういう、人材の多様性を会社側も求めていますね。とくに僕らより下の世代って設計の専門職では女性の割合がすごく高くなっています。

萬玉 オンデザインは私が入社したときから男女比が半々できていて、パワーバランス的には女性のほうが強いかもしれません(笑)。いわゆるワーママも私を入れて5人いたり、スタッフの年齢も20~50代と幅があります。なので、わりと個人の働き方に関しては柔軟なのですが、まだまだ組織やチームとなると未熟なところもあって……。

三井 でも、アトリエ系の中では断然、進んでいると思いますよ。萬玉さんがこの本でも書かれていた、「自由研究制度」とか「研修休暇制度」とか、一度辞めた人が復職ができたりとか。

萬玉 いったん外に出ると「やっぱり働きやすい」って思うようですね。

三井 そうだと思います。

萬玉 自由研究制度や研修休暇制度は、個人のインプットやアウトプットの場をつくることを事務所が応援してくれる制度なので、とても寛容だなと思います。ただ、その制度を簡単には使いこなせてない場面もありますね。

三井 使いこなせてない?

萬玉 はい、基本的には個人単位でスケジュール調整して制度を活用するシステムなのですが、プロジェクト単位のスケジュールを合わせるとどうしても長期の現場があったりして、休暇を取るのが難しいんです。三井さんたちが「時間デザイン制度」をうまく使っていると聞いて、正直、驚きました。

三井 いや、僕らも有給消化率はやっぱり課題です。それに加え、土日に働くと代休を消化しなきゃいけないのですが、部員が代休を取らないと、部長にペナルティが課せられるんです(笑)。それぐらいの意識がやはり必要のようです。

萬玉 わかります。

三井 ちなみにオンデザインに半休制度はありますか?

萬玉 一応、あります。オンデザインの勤務時間は10時から18時でして……。

三井 10時から18時って、1時間、足りなくないですか?

萬玉 昼休みの1時間も勤務時間として扱われるんですよ。昔は定時が19時だったんですけど、その時刻に終わっても……。

三井 お迎えに行けない?

萬玉 それもありますが、当時、まだ結婚してなかったので、美容院にも行けないし、観たい展覧会とかも、19時からだと間に合わない。

三井 じゃあ、朝9時の出社にすればいいじゃないですか(笑)。

萬玉 単純にそうなんですけど、なぜか当時の西田さんの判断は、「お昼の休憩時間も労働時間にします!」だったんです。

三井 なるほど。いいなあ(笑)。

萬玉 なので、一応、前の4時間、後ろの4時間で半休制度があります。あと土日は午後までに出社して8時間働いたら出勤扱い。そういうカウントの仕方で、個人で出勤日数を付けるような感じです。

三井 今は、どこのアトリエ系事務所も「働き方」についていろいろ試行錯誤しているようですね。吉村靖孝さんの事務所も、以前「朝8時からはじめようぜ!」ってやってたみたいですし、サポーズデザインオフィスさんでは、社員に1カ月の休暇制度を設けたりしているようです。

萬玉 朝8時は現場常駐並みのタフさが必要ですね(笑)。みなさん、いろいろ試されていますね。

 
デザインボキャブラリーを意識する

萬玉 ところで三井さんは今、プロジェクトをどのぐらいの数、担当されていますか。

三井 コンサルも入れると短期長期含め全部で十数件にアサインされています。そのなかで実際に都市開発チームや設計チームとして動いているのは5~6件、ひとりで対応するのが3~4件です。先日まで、それらをやりながら中国のコンペもやっていました。

萬玉 各プロジェクトは、部署をまたぐ感じですか?

三井 はい、プロジェクトによって部長(=チーフ)も違うので、タスク管理が難しいところではあります。これもあれもって仕事が来ちゃうと、「いや、こっちがあるんだけど」って。それらも含めて基本的には部長が差配すべきことですけど、僕くらいの年次だと仕事は上から降って来るだけではないので、自分で調整しないといけないわけです。

萬玉 つまりトップダウンではない?

三井 はい。来た仕事は「こういう話が来ちゃったけど、どうしましょう」と、まず部長に相談しますね。

萬玉 なるほど。

三井 部長の下で、しばらくひとりでやっていたけど、いよいよ設計段階になると人を集めなきゃっていうケースがあります。その時は、部長にメンバーを増やすお願いをします。

萬玉 その際、設計を一緒に進めるメンバーの相性ってありますか?

三井 それはあると思います。ただし人材は限られているので、「相性」に左右されないようにしています。そして一般論ですが、ずっと同じメンバーだと彼らには逃げ場がなくなると思うんですよ。お互いにとってすごいストレスを感じる可能性があって、そこでハラスメントが起きたり……。だからなるべくそうじゃなく、フレキシブルにチームを組めるようにしたほうが風通しはいいだろうなと思います。

萬玉 なるほど。今はそうした各プロジェクトの実質的なマネージングも含め三井さんが担当されているのですね。

三井 そうです。

萬玉 チームを組むメンバーには、例えば、設計で使う言語の共有認識、相手の思考の癖、プロジェクト内容自体にも相性が合う、合わないとかってありますからね。

三井 今おっしゃった共通言語、いわゆるデザインボキャブラリーに関しては、僕はスケッチなどのイメージより、まず「言葉」で共有を図ります。

萬玉 その場合、コミュニケーションにかなりの時間を割くことにもなりませんか?

三井 そうですね。

萬玉 私は、その時間が大事だって分かりつつも時短勤務だと思うようにできないことがあります。今後は、どこの部分に時間を割くべきなのかっていうのも同時に考えていかないといけないと思っています。

三井 例えば、要点を効率よく伝えるために僕はひとりでいろいろ整理する時間が大事かなと思います。

萬玉 それってインプットとアウトプットの時間ってこと?

三井 そう。僕にとってインプットは、まず本を読むこと。あと、特に商業施設系を多く手掛けているので必要なメディア情報を得るためのネットワークをつくって、少ない時間でインプットできるようにしています。さらに、それをみんなに伝えるための翻訳作業も必要で、その時間をちゃんと確保しないと仕事をするうえで自分自身が息苦しくなっちゃうんです。

萬玉 デザインボキャブラリーという点で言うと、例えば、先日ミラノサローネに研修休暇制度で行っていた弊社のスタッフが、「サローネ報告会」というランチレクチャーを開いて情報を社内で共有する試みがありました。日建設計さんでも、そういう発表会みたいなことはよくやられますか?

三井 ランチレクチャーではないですけど、仲のいい社員を集めて旅行の報告会は結構やっています。もちろん社内全体に告知のあるレクチャーや研修成果の発表会もあります。とにかくそういうのは、組織が大きいだけあって、たくさんありますね。

萬玉 発表の場、つまりインプットとアウトプットが日常的にあるっていうのはいいことですよね。そこは組織の良いところだなと思ったのでオンデザインも見習いたいです。

三井 あとオープンハウスの情報とかは、なるべく興味のある人に拡散していますし、その後の「ここに行って、面白かったよ!」みたいなことも意識的に共有するようにしています。

>この対談は、「働き方をデザインする#02」に続きます!
profile
三井 祐介 yusuke mitsui

1977年生まれ/東京工業大学工学部建築学科卒業、同大学院修了/2004年より(株)日建設計
都市開発、大規模複合施設、商業施設、オフィスビル、学校施設等の設計を担当。近年では「東京スカイツリータウン」、「灘中学校・高等学校」、「赤坂センタービル」「ホソカワミクロン新東京事業所」など。

profile
萬玉直子 naoko mangyoku

1985年大阪府生まれ/2007年武庫川女子大学卒業。2010年神奈川大学大学院修了/同年オンデザイン入社