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働き方をデザインする
#02
今の環境だから
できる仕事がある

text:satoshi miyashita photo:akemi kurosaka illustration:awako hori

前回に引き続き、日建設計の三井祐介さんとオンデザインの萬玉直子さんによる「働き方」対談。内容はそれぞれ仕事の話から、最近の萬玉さんの悩み相談へとシフトして−−。

@日建設計(飯田橋)

 

固定化しない職場

三井 僕は入社13年目ですが、これまで部署を10回も異動しています。入社当初は大阪に転勤になり、東京に長期出張で来て「スカイツリータウン(ソラマチ)」のプロジェクトを担当しました。その後、大阪に戻って、ふたたび東京に転勤。それから4年になりますが、すでに部署を3回かわっています。

萬玉 なんでそんなにかわるんですか?

三井 うちの会社、組織をかえるのが大好きなんです(笑)。僕の場合は、たまたま新しく部長になる人の部に投入されるケースが3回ありました。あと、「こういう仕事をやりたい」と言うと移してもらえることもあります。やっぱり、学校系が強いとか、病院系ばかりやっているとか、某不動産会社ばかりやっているとか。会社側もそれぞれのキャリアを考えてくれています。

萬玉 そう言えば、西田さんがある生物学者による「ずっと変化し続けることが生物的な安定状態だ」っていう名言をよく使っています。

三井 なるほど。

萬玉 オンデザインも設計チームは固定ではなく、プロジェクト単位で編成するスタイルです。あとは基本的に「来る者拒まず、去る者追わず」の考え方で、デスクがないのに今年も6人採用しちゃうみたいな。結果、新入社員はみんな打ち合わせテーブルで作業しているという……。

三井 それは仕事がたくさんあるからできることですよ。

萬玉 いや、本当に来る者拒まずっていう理由なんです、たぶん(笑)。

三井 最近はどこの設計事務所に聞いても「人が足りない」という話を耳にします。アーキテクチャーフォトの後藤さんが運営している「アーキテクチャーフォトジョブボード」のサイトを見ていると「世の中のアトリエ系設計事務所ってこんなに求人しているんだ」って思います。僕らが学生の頃は、(アトリエ系事務所が)求人しているなんて考えたこともなくて「どうやったら入れるんだろう」っていう感じでしたから。

萬玉 そうですよね。

三井 その中でも、オンデザインのようにドサッと就職希望者が来るってすごいなと。入社を希望されているみなさんはオンデザインの組織についていろいろ調べてから来られるんですか?

萬玉 だいたいインターンを経験して、雰囲気を知ってからというケースがほとんどです。

三井 なるほど。そこでさらにファンになるわけだ。

萬玉 たぶん働くイメージが湧くのだと思います。

 
組織に学ぶ体系化

萬玉 私自身、今は神奈川大学新国際学生寮の現場工事がはじまって、まさにチームでやっているところです。

三井 確か卒業生じゃなきゃ応募できなかったコンペでしたよね?

萬玉 はい。

三井 応募者の名前は萬玉さん?

萬玉 そうです。ただ、あくまでオンデザインとしてのプロジェクトです。

三井 何平米ぐらいの規模ですか?

萬玉 6,000平米に210人が住む国際学生寮で、規模としてはオンデザイン史上最大です。

神奈川大学新国際学生寮の模型(photo:kouichi torimura)

三井 チームは何名ですか?

萬玉 メインが私を含めて3名(萬玉さん、西田(幸平)さん、神永さん)で、コンペの時から一緒にやっているメンバーです。もちろん代表の西田(司)さんとも議論しますし、社内には主任やテクニカル部分のお目付役もいます。

三井 なるほど。

萬玉 あと、ちょうどこのプロジェクトが進みはじめた頃に中途採用したスタッフも。

三井 結構いますね。

萬玉 寄宿舎6,000平米の規模ですと日建設計さんの場合、何名くらいでやっていますか?

三井 プロジェクト内容やチームにもよりますが経験的には2名くらいでしょうか。僕の場合だと「3,000平米程度の建築は完全に自分ひとりでやってね」という感じで育ちました。

萬玉 図面描きの際のCADオペは?

三井 基本設計までは自分ひとりで実施からオペレーターさんとっていう感じです。

萬玉 担当メンバーは期間中、他のプロジェクトにも同時に関わりますよね。

三井 そうです。ひとりは専属になるかもしれないですが、主担当クラスは複数のプロジェクトを並行して回します。報酬に対する人工の割合、つまり「原価率」についてはプロジェクトのスタート段階で目標を定め、計画よりオーバーすると、その都度アラートが鳴ります。ツールとして共有し効率化できるものをどんどん使うのも重要です。

萬玉 私たちの場合はようやく回っているというか……、図面を描くツールは技術的にも未熟な部分がどうしてもありますし、とにかくファーマットがないので、おさまりの仕様とかも物件ごとに決めていく感じです。

三井 そうか。そういうのも体系化する時期かもしれませんね。

萬玉 そうなんですよね。

三井 参考になるか分かりませんが、これが社内向けポータルサイトです。例えば実施設計だと、仕上げとか建具だとかが全部、このようにフォーマットになっていて、標準詳細図もデータベースになっています。あくまで物件の標準的なものなので、みんなこの通りにはやりたがらないんですけどね。

萬玉 でも、これがフォーマットにあるとアレンジしやすい!

三井 そう。外装とか内装とか、建具とか全部あって、沓摺(くつずり)とか手すりとかもクリックすれば、ダーッと詳細図が出てきます。「ミッドタウン型」とか何とか型とか。

萬玉 まるで宝箱みたいですね。

三井 これを維持管理するにもそれなりのコストが掛かるわけですし、そのまま使えば良いというわけではないのでしょうが。ちなみに隈事務所さんもこういうフォーマットが整備されていると聞きました。

萬玉 すごく参考になります!

対談には、萬玉さんのチームメンバー、オンデザインの神永さん(右)と西田さん(中央)も同席

 
環境が人をつくる

萬玉 私が「今年、出産します!」っていう話を西田さんにした頃に、「オンデザインを少し組織化したいので、チーフをやらないか」っていきなり言われたんです。そんなタイミングだったので最初は「産休前の半年間ぐらいのことなら」という軽い気持ちで、チーフをお引き受けしました。

三井 なるほど。

萬玉 きっと「産後のこと」は産んでからじゃないと分かんないだろうって、当時は思っていましたから。でも、今やっている神奈川大学新国際学生寮のコンペを出産前に選んでもらえて、ようやく覚悟ができた感じです。

三井 ものすごいタイミングですよね。

萬玉 産後2ヶ月半から保育所に子供を預けて、徐々に働く時間を増やし本格復帰後の時短勤務の中、現在なんとか1年が経ちました。ただ、まだ自分のキャリアと自分の頭にあるチーフのイメージが若干、下駄を履かされているというか正直慣れない感覚なんです。

三井 でも、それてってよく「環境が人をつくる」っていうじゃないですか。「まだ全然、部長の器じゃないです」と言っても、みなさん部長になっているので、そういうものですよ。

萬玉 会社として、もともとそういうポジションがあれば何となく前任を見習うこともできるんでしょうけど……。

三井 前任者がいるわけでもないし?

萬玉 はい、何もないところから自分でつくっちゃえっていうノリもあって。

三井 他のチームメンバーはどう思っているんでしょうね。「全然、いいっすよ」っていう感じなのか、あるいはストレスに感じているのか。

萬玉 (チームメンバーに)ストレスあるよね?

神永 いや、ないですよ(笑)。オンデザインは萬玉さんの前にも子育てをしながら働いてらっしゃる方がふたりいましたから。だけど、萬玉さんについては、その方々とは働き方がすこし違う感じがします。

三井 どう違うんですか。

神永 萬玉さんは1日中、働いている感じ。

三井 えっ⁉︎

神永 夜の23時にメールを送ったらすぐに返ってくるし、些細な確認をとりたい時もそのやりとりの速度は以前と全然変わらないんです。

萬玉 つまり事務所で聞いていたことが、単にSlackになっただけだと。

三井 Slackによって働き過ぎが表面化したんじゃないですか?(笑)。このように自分の中で悩みだと思っていたけど、悩みじゃないってケースはよくありますよね。

萬玉 それならいいんですけど。

神永 萬玉さんがチーフになられてから入社してきた社員も結構増えているので、今後、下の世代にとっては萬玉さんのような働き方が当たり前になっていくんだと思います。

三井 僕もそう思う。

 
会社を辞める理由って何?

三井 あと、萬玉さんもそうですが「チーフ」といったように肩書きが上がっていくと、辞める理由がなくなってこないですか。

萬玉 あっ、それに関連して言えば三井さんも辞めてないじゃないですか? 

三井 確かに。僕はチーフではないですが辞めてないですからね(笑)。

萬玉 私は、これまで「辞めるなら今のタイミングだ!」みたいなのが一回ありました。でも、自分自身、独立願望が強いわけでもなく、事務所の設計環境に不満があったわけでもなく……。以前だと「設計事務所は、いずれ独立していくもの」というイメージがありましたが、「組織に属しながら建築をしていくのもこれからはアリなのでは」と、その時に思って今に至っています。三井さんは? 

三井 そういえば先日、ある企業からプロマネ(プロジェクトマネージャー)をやってほしいんだけどっていう話がありました……。

萬玉 引き抜きみたいな?

三井 そうですね。でも、単純に規模の大きさとかじゃなくて、僕も日建でないとできない仕事がたくさんあると感じています。いわゆる作品主義的でないことをストレスに感じている人もいるけど、今の僕にはそれがないので、この先もまだまだ楽しいことがあるだろうと思っています。
 ちょうど僕が入社した頃、担当した建築をメディアで発表する際、先に個人名を出して、「/(スラッシュ)日建設計」という表記に変えていこうという過渡期でした。もちろん「ダメだよ、そんな名前なんか出したら、「日建設計」だけで良いじゃないか」っていう人もいます。

萬玉 まずは会社ありきだと。

三井 はい。やっぱり組織的な信頼をベースに仕事をしているので、その信頼って何なのかって考えると人それぞれいろんな解釈があるものだと思います。僕が書籍や日本建築学会の『建築雑誌』に関わらせていただいているのも、ある意味、そういう「組織のレバレッジ」を使ってやらせてもらっているようなものなのです。それはとてもありがたく、かつ貢献すべきことだと感じています。
 他の部署で言えば、例えばコンピューティショナル・デザインの仕事は同業に留まらず各所からかなりの引き合いがあると思います。しかし日建設計には110年以上の歴史の積み重ねがあって、その蓄積とかって半端ないわけで、むしろそのデータを活かしていろいろやるほうが面白い、というモチベーションを持っている同僚もいたりするわけです。

萬玉 そうなんですね。

三井 最近はアトリエ系の事務所から、日建に転職して、またアトリエ系に戻るっていうキャリアの人も増えているようです。そう考えると僕は、今後この会社がプラットフォームみたいになっていってもよいのではと思っています。極端な話、ファッションブランドみたいに、プロジェクトベースで西田さんが日建のチーフアーキテクトになるとか。

萬玉 アンバサダー的な?

三井 期間を限定して、集中的に一緒に仕事をするのもいいと思います。いろんな人と共同で仕事をやる。個人的な意見ですが、むしろそうやって手を組めるほうが組織のブランド力としては強くなるんじゃないかと思っています。そういう意味では西田さんが今やられていることって、本当にすごいなと思います。

萬玉 あ〜なるほど。

三井 アトリエにいながらも、なんでも建てられるっていうのは理想だと思うんですよ。そういうスタンスでは他に誰もやってないですから。

 
20%ルールという理論

萬玉 私がオンデザインを辞めない理由にはもうひとつあって、さっきも言いかけましたが「変化が安定だ」っていう理論に基づくと、会社にいてマンネリ化したことがないんですね。
 依頼されるプロジェクトも、ひとつとして同じよう案件がなく、結果、非効率な部分はもちろんあるとは思うんですけど、つねに新鮮な気持ちでプロジェクトに接することができています。
 同時に、事務所の設計環境も変化し続けています。パートナー制の頃は、自分が考えていることを西田さんにぶつけて、返ってくる答えから建築をつくっていました。今のようにチーム制になってからは、それを客観的に見ることができるというか。いろんな世代で議論をぶつけ合うこともできています。

三井 なるほど。なんかそのうち新しい部署だったり、別会社だったりをつくりそうじゃないですか。

萬玉 確かに(笑)。でも、今のところオンデザインはやらないと思いますよ。

三井 そうなの?

萬玉 基本、「全員フラットだ!」っていうことを表明しているので。

三井 そっちに向かわないと。

萬玉 はい。ただ、「永遠のフラット」っていう限界にも向かいはじめている気がします。

三井 いや、会社は100名ぐらいまでなら大丈夫らしいですよ。

萬玉 そうなんですか! イナバ物置みたい(笑)。

三井 大体ひとりがマネジメントできる人数って100名までというふうに、『サピエンス全史』(河出書房新社刊)にも書かれてあったし、うちもグループマネジャーがいていくつかの部を横軸で担当するんですけど、それぞれ百数十名です。偶然ですけどね。

萬玉 100名ですか。あと、西田さんには実験願望はあってもビジネス願望はなさそうだからなあ。

三井 そう言えば、Googleの「20%ルール」の理論が個人的にはいいかなと最近思います。本業を8割ぐらい、あとの2割は個人的な別のタスクっていう。
 オンデザインは、BEYOND ARCHITECTUREのようなオウンドメディアを持っていたり、まちづくりや拠点運営に関わっていたり、建築とは別にそういう2割の部分をうまく取り入れていて羨ましく思います。つねに自分のアンテナじゃないところから学びを得ていますよね。
 うちの会社も本業100%になりがちなので、そこを自律的に見直すのが本来の「時間デザイン制度」の目的だと思っています。

萬玉 その20%ルールがさっきの自由研究制度の参考なんです。実際の西田さんは、たまにどっちが8割でどっちが2割だか分からなくなることもなきにしもあらずですが(笑)。
 私の次の目標は、自由研究制度を活用して、事務所以外の風も感じたいなと思っています。三井さんとお話ししていると設計環境はまだまだできることありそうだなと可能性感じることができました! (了)

>前回の「働き方をデザインする#01」は、こちらより

 

profile
三井 祐介 yusuke mitsui

1977年生まれ/東京工業大学工学部建築学科卒業、同大学院修了/2004年より(株)日建設計
都市開発、大規模複合施設、商業施設、オフィスビル、学校施設等の設計を担当。近年では「東京スカイツリータウン」、「灘中学校・高等学校」、「赤坂センタービル」「ホソカワミクロン新東京事業所」など。

profile
萬玉直子 naoko mangyoku

1985年大阪府生まれ/2007年武庫川女子大学卒業。2010年神奈川大学大学院修了/同年オンデザイン入社