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Special Report
『オンデザインの実験』
出版記念トークイベント

text & photo:aya sakurai 

 

後半は、オンデザインの萬玉さんと小泉さんがトークに参加しました。

 

プロセスについて

萬玉 今回、私と小泉のふたりは、オンデザインに所属しているからこそ切り込みたいと思っています。藤村さんと青木さんはもちろんですが、西田さんにも切り込みたい、聞きたいと思っています。
 まず1つ目の切り込みたいキーワードが「プロセス」です。言語化というキーワードがありましたが、私は実際に協働設計、チーム制の中でやっていて、言語化したものがカタチになった時に建築としてどう定着させられるのかが大事だと思っています。そのあたり3人はどのようにしてプロセスを経ているのかお聞きしたいと思っています。
 実験(=前提条件を立てた上で結果がついてくる)というテーマに引き寄せると因果関係をどのくらい想像してプロセスを考えているのか気になっています。私の印象ですが、藤村さんはリーダーシップを発揮していくタイプだと感じてます。一方、西田さんは一般的な「PDCA(plan-do-check-act )」サイクルではなく、まずはやってみる「D」を先にもってくる「DCAP」サイクルで、アジャイル型を良しとし、受け身を良しとするなど、ふたりは対照的だなと感じています。プロセスの振る舞い方と前提条件と結果の因果関係をどのように考えているのか、そして言葉とカタチをどうつくっていくのか。切り込んでみたいと思います。

西田 ちょっと補足すると、藤村さんの考える「超線形プロセス」は、そのプロセスの中でいろいろ変わっていくことを良しとしていて、変わっていくものに名前を付けたり、仕組みとしてどう位置付けしているかだと思うんです。その不確定に変わっていく感じが良いなと思っているのは僕も同じで、僕は今、自分以外の他者を設計の中に取り込んで、自分の中で発見できないことに触れられる環境をつくった方がいいのではないかと思って協働設計をやっています。似ているようで違う感じもあるので、藤村さんからみて、または藤村さんがふだんやられていることを通して、どう感じているのか聞いてみたいです。

藤村 言葉とカタチの関係については、東工大では「言葉とカタチが一致するように設計しなさい」ってよく言われていて博士課程に行きたいと塚本さんに話した時に、博士課程の目標は「言っていることとやっていることをつなげる練習をすることだ」と言われて納得しました。それは、現実的で部分的な対応を重ねていき、その都度言語化していくこと。どちらかというと帰納的なアプローチだと思います。
 ある程度キャリアがあって、スタイルもある青木さんの場合は行動が演出されていて、それに対して依頼がくる。若くていきなり社会に出た人たちは結構振り回されると思うんですよ。そのことをむしろ良しとするけど、そこに一本の筋道をどう見出していくかの方法論ががないと、建築家には見えないし、作家にも見えない。つまり、その人が何をやってきたかがわからないと思うんです。

西田 効果測定というか使い方の良い悪い、ピークがくる時期など、仕組みをつくってから気がつくことって多いのでは?

藤村 いや、効果測定とか考えたことなかったです。

一同 (笑)

藤村 むしろ一貫しているのが大事。一生同じ方法を続けた建築家っていないので、それが僕にとっての実験です。

西田 なるほど。僕はかなり効果測定を意識していて、自分以外の他者と協働してできたもので、どこまでが共有できていて、どこまでが共有できていないのかを、一回振り返るっていうことを意識するようにしています。やってみて発見が多い少ない、ストレスがあったとかなかったなど、そういうことを効果測定している感じがします。

藤村 僕の場合は一貫させようとする意識のほうがわりと強いかも知れません。

西田 ちなみに青木さんは、プロセスに関して、または言葉とカタチのつながりに関してはどう考えていますか?

青木 対照的なところがある一方で、ゴールイメージを描かないっていう部分では似ているなっていう気がします。ただ僕の事務所では協働設計という感覚はまったくなくて、僕がドメスティックにやっていると思います。僕の事務所スタッフは、オンデザインとは質が違うというか、スタッフが言うことを聞かないんですよ。

一同 (笑)

青木 時間を掛けて丁寧に指示しているつもりでも、その反応は期待していた内容から往々にして外れているんです(笑)。そうなると、この非効率なキャッチボールを俯瞰せざるを得なくなるというか、否が応でも自分の指示した内容を相対化することになり、最初は的外れだと思っていたスタッフの反応も、翻って面白いかも知れないと思うようになり、皮肉にも自分の想像力が拡張されていくような感覚があります。

西田 楽しんでいますね。

青木 事務所のオペレーションが成り立っていないという根本的な問題はありますが……、この不自由なキャッチボールによって結果的に他者性に触れられているような気はしています(笑)。

西田 青木さんは以前、言葉とカタチの関係を、「恣意性」という言葉を使って説明されていました。青木さんの中で恣意性というのは、社会のありようや現代の建築で自分が興味を持っているポイントが全部自分の中でフィルタリングされたものが恣意性だから、じつは自分の中からではなく、それは社会とつながっていると言っていて、すごくおもしろいなと思ったんですが。

青木 そういう感覚はありますね。恣意性を排除するように設計するのではなく、むしろ作為を投入していくプロセスによって翻って社会と接続し得る回路が担保されているのではないかと思っています。個人の内から出ているものが、すでに外に開かれているというか。

 

チャレンジについて

小泉 僕は「チャレンジ」というテーマでお話しを伺いたいです。今後のお三方の個人的な意欲というのもお聞きしたいですし、40代の10年間と、それから先をどういうふうに建築家が振る舞っていくか、そして、どう社会的な課題に取り組んでいくのか、ビジョン(そこまで明確なものでなくても良いのですが)を、聞きたいなと思います。

青木 答えづらいですね(笑)

西田 設計者ってある意味、中立な立場をとらなきゃいけない時があると思うんですけどその中でも、「こんなことに意欲やモチベーションが高い」「これをやっている自分が好き」など、お聞きしたいです。

青木 まだ作品の数も少ないのですが、ありがたいことに、現在さまざまなタイプの仕事に関わる機会をいただいています。そのような経験によって知恵が育まれていくのは非常に幸せなことです。研ぎ澄まされた感性を武器として携え、建築の実践を通して社会を変えていくこと、そして、それを持続させていくことは、これから先も変わらない、僕のチャレンジですね。

藤村 留学を1年間したことがあって、その時に強烈に感じたのは日本人の建築家は表面的に理解されているということでした。「○○イズム」で理解されているのってメタボリズムくらいでしたから。それを見て世界の建築の潮流の中で日本人建築家として、考えていることが評価される状態をつくりたいし、建築の歴史に参加したいと思いました。

西田 次回のギャラリー間では藤村さんが展覧会をやりますが、テーマもそういう感じになるんでしょうか?

藤村 そのつもりです。

小泉 藤村さんの中で今、言語的でも思想的なことでもいいんですけど、ライバルみたいな人ってパッと思いつきますか。

藤村 海外の同世代には、どんな人がいるのか全然わからないんですよね。海外に行きたいと言っていたわりに35才で東洋大学の教員になってしまったので、週3日、埼玉県に行くようになりました。20代の頃の建築家のイメージって、40才くらいになったら国際線とかバンバン乗って海外にレクチャーしに行ってるイメージだったんですけど、毎日のように湘南新宿ラインに乗っていてこれで良いのかと。

一同 (笑)

藤村 でも自分の中で切り替えようとは思っていて、今はこれをやるべきだと思っているから35から45才くらいまではご縁をいただいて、出身地である埼玉県に戻って建築家として何かパブリックな貢献ができるならありがたいことだからちゃんとやろうとは思っています。
 それをどこかで1度まとめて、いったい何だったのかを言語化して海外に持っていくのが40代の目標ですね。自分が目の前で接していることを、開いていくとそれをもとにしていろんなディスカッションが起こってくると思うんですよ。そういうことが大事だと思っているから、それをパッケージ化して自分の生きている時代ってどういうもので、自分が語っている社会ってどういうものなのか。そういう議論をしたいし、それが次のチャレンジですね。

小泉 ありがとうございます。

西田 ベネチアビエンナーレでは毎回、都市問題的な切り口が多くて、今回、僕たちが出展させてもらったのも、建築家のアラヴェナが、「Reporting from the Front(前線からの報告)」っていう、今の自分たちの切迫している状況をどういうかたちでレポートするかがテーマでした。過密な都市の中でも、比較的ジョイフルないきいきとした状態が生まれているっていうことがひとつの実証として評価されたと思うんですけど、今、言われている藤村さんの話は、そういうふうに切り出して、違うレイヤーで人に届けるようにしているんだなと自覚しました。

藤村 3.11のあとみんな被災地に入っていたけど、僕は、被災地にあまり行かず足元が大事だと思って埼玉県に通いはじめました。あのときに何で埼玉に通っていたかを今まさに考えています。

西田 興味深いですね。僕は共同設計っていう立ち位置をとっているので、自分ひとりで設計しないことの価値って、つねに学びがあると感じています。それはスタッフが見つけるっていう意味での学びと、地域やそこでやっている人たちと話すことによって発見する学びもあると感じています。
 建築が叶えられることと、叶えられないことがあり、またビルディングタイプが叶えられることもあれば、地域性や気候、風土をどう建築的に解釈して返すかで叶えられることもあります。その学びは、歴史の部分が大事ではないかと、最近少しずつ感じはじめています。モダニズム以前から連続している現れ方もあるだろうし、建築学みたいなものがつながってきた中でもう少し計画の文脈で考えると、どこが新しくてどこが連続しているのかを、自分以外のところから知恵として取り込みながら、学びたいなと思っています。

 40歳をすぎて、スタッフとの年齢差をひしひしと感じています。30代と20代で10歳差だったのが、40代と20代で20歳差なので、学びたいと思っている意識を高め続けない限り、気付いたら先生になってしまうなと。それをいかに払拭するかを考えています。

藤村 そうかもしれないですね。こっちが意識しないと、スタッフが空気を読むようになっちゃいますからね。(了)

 

左から小泉さん、萬玉さん、西田さん、藤村さん、青木さん

 


profile
藤村龍至(ふじむら・りゅうじ)
1976年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2005年より藤村龍至建築設計事務所(現RFA)主宰。2010年より東洋大学専任講師。2016年より東京藝術大学准教授。2017年よりアーバンデザインセンター大宮(UDCO)副センター長/ディレクター、鳩山町コミュニティ・マルシェ総合ディレクター。

青木弘司(あおき・こうじ)
1976年北海道生まれ。室蘭工業大学大学院を2003年に修了。藤本壮介建築設計事務所を経て、2011年より青木弘司建築設計事務所設立。2012年より武蔵野美術大学非常勤講師、2013年より東京造形大学非常勤講師、2014年より東京理科大学非常勤講師、2015より東京大学非常勤講師。

西田 司(にしだ・おさむ)
1976年神奈川生まれ 。横浜国立大学卒業後 、2002年より東京都立大学大学院助手 (-05年)、 2004年オンデザインパートナーズ設立 。現在、東京工業大学非常勤講師 、東京理科大学非常勤講師 、 京都造形芸術大学非常勤講師、 町田市中心市街地整備計画検討委員会副委員長 を兼任。

萬玉直子(まんぎょく・なおこ)
1985年大阪府生まれ。2007年、武庫川女子大学卒業。2010年、神奈川大学大学院修了。同年オンデザイン入社。

小泉瑛一(こいずみ・よういち)
1985年群馬県生まれ。2010年、横浜国立大学卒業。2011年、オンデザイン入社。