MINOYA STORY
#02
物語を受け止める
“what’s MINOYA??”
品川区南大井にある築60年のリノベーション、
それは美容室を舞台にした「暮らしの物語」です。
前回は、建物とオーナーさんとの出会いについて振り返りました。
2回目の今回は、この建物が積み重ねてきた物語について、掘り下げていきます。
リノベーションすることに価値を感じた瞬間や、いよいよ楽しいことが始まりそうな予感などもお伝えできればと思います!
date : 5.march.2020
美容室と銭湯
オーナーの長女である安永さんからお話をうかがっていると、美容室と銭湯が隣り合っていることはどうやら偶然ではないようです。
この界隈はもともと芸者さんが多く行き交う場所でした。
芸者さんの仕事と言えば、夕食時間帯。銭湯は15時から。
出勤前、銭湯で湯船に浸かり、その足で美容室に立ち寄り髪の毛を結って、着物に着替え、仕事に出かけます。こうした芸者さんの日常を支え、受け止める美容室と銭湯との関係性や使われ方がとても印象に残りました。
最近は芸者さんの数も減ってきたようで、建物内には使われていなかった「着付け室」という1.5畳の部屋も残されていました。(のちにみんなのお気に入りをシェアする場所となる)
私たちが女性に焦点を当てる理由のひとつは、こうした話が発端かもしれません。
考えてみれば、芸者さんは女性ならではの仕事です。芸者さんにとって美容室は毎日通う「居場所」として存在していたのではないかとさえ感じます。この女性のための居場所という視点を、私は無意識のうちに感じていたように思います。
MINOYAという名の由来
当時の美容室の名は「ビューティサロンタカラ」。
リノベーション後の現在は、「MINOYA」という名称で呼んでいますが、その由来は、ここが美容室になる以前、どんな風に使われていたかに関係しています。70年程前に遡ります。
安永さんのお祖父様とお祖母様がいらした時代に、おふたりで営んでいたのが「美濃屋(みのや)」でした。お祖父様が岐阜県出身だったこともあり、美濃の国にちなんで名付けたそうです。その当時から近くに銭湯があったようで、商店では銭湯の必需品であるタオルや石鹸などの雑貨を売っていたそうです。
お話をうかがいながら、時代は移り変わっても、MINOYAと銭湯はつねに「対(つい)の関係」だったと感じました。
安永さんは子どもの頃、この商店(美濃屋)がとてもお気に入りで、お祖父様とお祖母様に会いによく通っていたそうです。そして、もし自分が将来ここで何かできることがあるならば、漠然と「みのや」という名を継ぎたいと思っていたとのこと。私は、その「想い」をぜひ反映させたいと考えました。とても素敵な話だなと。
それ以降、自然にこのプロジェクトのことを「MINOYA」と呼ぶようになっていました。結果的に、それが正式名称となるのですが、ロゴのデザインを考えていた際に、英表記のほうがしっくりきて……、あっ、そのエピソードはまたあらためて!
date : 7.march.2020
暮らしの場所とすること
昭和30年代に「美濃屋」の改築があった際に隣家に、美容室「ビューティサロンタカラ」ができました。のちにお祖父様とお祖母様が「美濃屋」をたたまれ、業態として美容室が残るかたちとなりました。でも、銭湯と関係しながら積み重ねられてきた物語は変わらぬままで、果たして私たちは今後、ここで何ができるんだろうという妄想からプランの構想ははじまりました。そして、安永さんからいろいろな話をうかがっていく中で思ついたのが……、
「せっかくなら暮らせる場所にしたい」ということ。
さすがに1棟をひとりで借りたり、購入したりは難しい..…、何かいい方法はないかと考えた末、思いついたのがシェアハウス方式です。さっそく安永さんとオーナーであるご両親にも相談しましたが、あまりピンときてないご様子。ならば百聞は一見にしかずということで、当時、私が暮らしていた「水谷基地」をご案内することに……。
ご両親は「自分たちの時代では考えられない新しい暮らし方だ」と驚いていましたが、見学後は、今の建物が暮らしの場所として使われることに、とても期待をもってくれたように感じました。もちろん古い物件ではあったので、その点では不安もあったかと思うのですが……、そのあたりも含めて「今後も一緒に考えていきたい」とお伝えしました。
この時点で、「暮らしの場所」へとリノベーションするプランが見えてきました。そして、もし可能ならば設計後もそのまま住みたいと漠然とですが思いました。設計した物件に使い手として継続的に関われるチャンスはそう多くありません。私が設計した関内のシェアオフィス・コワーキングスペース「G Innovation Hub Yokohama」(以下、G)で、コミュニティマネージャーをしているのも同じような思いからです。
「もし住ませてもらえるなら……」とお伝えしたところ、
安永さんとご両親から「住んでくれるなら、ぜひ!」というご返事。
ここからプロジェクトがまた一歩大きく前進できた感じがしました。
ちなみに、Gでは運営側目線で、使い手の意見をストレートに聞ける価値がありますが、今回は自らが使い手、住み手としてこの物件に関われることにすごくワクワクしたのを今でも覚えています。
date : 16.march.2020
プロジェクトメンバー発足!
その日、私の中で決断したことがありました。(勝手に)
プロジェクトメンバーを女性陣でやりたい!
プロジェクトの始まりから、竣工まで一緒にできるメンバーを探したい!
一緒に住む人(同世代)と設計したい!
以上の想いを安永さんも賛同してくれて、さっそくプロジェクトメンバーを結成するところからはじめました。
設計はオンデザインの吉村 梓さん、鶴田 爽さん。また大学時代の後輩で、現在は組織事務所に務める高橋沙織さん、そして私の4名。
施工は、Gの際もお世話になっていた工務店ルーヴィスの重久 萌さんと佐藤 真生子さん。
さらに安永さんには事業企画と竣工後の運営管理を見据えてプロジェクトメンバーという位置付けで入っていただき、そのサポートとして、Gのディレクターである櫻井怜歩さんにも関わってもらうことに。
そしてプロジェクトメンバーが決定しました。
設計者兼住人として
吉村さん、鶴田さんのふたりには、
「設計も一緒にできたらと思うんだけど、そのあと一緒に住まない?」
とそれぞれに声をかけたところ、
「いいね!」
と思ったよりもすんなりと返事をいただきました(笑)。
オンデザインの仕事の内容は、「設計」と言っても多岐に渡ります。
考えてみれば、吉村さんと鶴田さんとはオンデザインのプロジェクトで一緒になることは少なかったけれど、同世代として違う仕事に携わる中で、建築やその周りのことにもいろいろな考えと知恵を持っているなと感じていました。ふたりとなら積み重ねてきた物語のその先に新たなものをつくり、一緒に暮らしてくれそうという直感からお声がけしました(笑)。
オンデザイン代表の西田さんにも相談し、社内の「自由研究制度」を使うことで、いよいよ設計がスタートすることに!!
設計までのお話をしてきましたが、次回からはいよいよ設計で考えていたことです!
次回もぜひお楽しみに!
MINOYA THINKING
「わたしと美容室」
美容室にいる時間は私にとって至福の時間であることに気づきました。
「髪が伸びてしまったから」「染めなくてはいけないから」という感覚よりも、気持ちをリフレッシュしたい時に美容室に行く感覚です。むしろ仕事が忙しい時ほど、なんか行きたくなるというか……、なんか不思議なんですがそんな場所と時間です。
美容室滞在時間が長くて平気で3時間くらいいます(笑)
美容室時間を存分に堪能していたんだと改めて自覚しました。このプロジェクトをはじめてから自分にとって「美容室」で過ごす時間ってどんな時間なんだろうと考え始めました。美容室という場所の力や時間の価値について考えることがこのMINOYA自体の価値に繋がる部分も少なからずあるなと思い、「MINOYA THINKING」では美容室というワードから思考を巡らせていたことについて余談的に語ってみようかなと思います。
DATA
設計・監理:櫻井 彩+吉村 梓+鶴田 爽+高橋 沙織
施工:重久 萌+佐藤 真生子/ルーヴィス
サイン:伊藤彩良
事業企画・運営:合同会社実ノ屋
運営構築サポート:櫻井怜歩
建築主:安永妙子
Instagram:minoya.pj
建築概要
規模:地上2階
構造:木造
建築面積:34.7 m²
延床面積:66.09 m²
CONCEPT
築60年の元美容室を暮らしの場所としてリノベーションするプロジェクト。
これまでの「シェアハウス」は、いかにして集まって暮らすかを中心に語られてきた。このプロジェクトでは、いかにして1人の時間を充実させつつ他人と暮らす豊かさを感じられるか、を中心に考えた。
美容室の特徴的要素である鏡、洗面、水回りを玄関入ってすぐの共有部に主役として配置することで、食事や談話の時間と「身支度を整える時間」が等価に扱われるような暮らしの場を構成している。
集まって同じ時間を共有するだけではなく、1人1人が思い思いの時間を過ごしながらも互いの気配を感じられる。そんな居心地のよい暮らしを実現している。
profile
櫻井彩(さくらい・あや)/千葉県生まれ。千葉工業大学大学院修了。2016年よりオンデザイン。主な作品: シェアオフィス・コワーキングスペース「G Innovation Hub Yokohama」、vivistop 柏の葉リニューアルPJ 「子どもたちが更新し続けるものづくり空間」、DeNAべイスターズ選手寮。「BEYOND ARCHITECTURE」編集スタッフとしても活動中。