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銭湯通信
#06
銭湯を通して
暮らしを拡張したい

text : akiko nishioeda photo : asahi naito , kosugi-yu tonari

高円寺の風呂なしアパートに異分野のクリエイターが集まり、銭湯と暮らしにまつわるクリエイティブな活動を続ける「銭湯ぐらし」。始動から3年が経過した現在は、法人化して新たな拠点「小杉湯となり」もオープン。今回の『銭湯通信』は、この実験的なプロジェクトの代表を務める加藤優一さんに、これまで会得してきた、組織マネジメント・拠点運営・まちづくり論などについて伺いました。

 

聞き手>編集部:長堀美季・湯浅友絵・西大條晶子・内藤あさひ

@東京・高円寺(小杉湯となり

 

自分の暮らしをまちへ広げて

編集部 取り壊し前の風呂なしアパートを舞台に生まれた「銭湯ぐらし」ですが、新たなに「小杉湯となり」のような「場」をつくろうと考えたのはなぜですか?

加藤 銭湯って、家で完結することを、わざわざまちの中でシェアして、そこから豊かな暮らしやつながりを感じられるところがいいな、と思っていて。ここ数年、「まちやど」とか、「アルベルゴ・ディフーゾ」のように、まちで自分の暮らしをシェアするケースがだんだんと増えて、話題にされることも多くなっているけれど、そういった観光目線ではなく、日常的に地域を「家」として捉え、ここはお風呂、ここは台所、ここは書斎……というように「まちにに暮らす」体験をつくりたいと思ったんです。ここ高円寺はアットホームな雰囲気のまち並みですし、気軽に外を歩けて、いろんな人たちを受け入れてくれる土壌があると思ってました。

小杉湯となり1F。湯上がりの1杯も楽しめる、食堂スペース。

 

編集部 「小杉湯」や「小杉湯となり」のほかにも、新たに拠点をつくることは考えていますか?

加藤 今は、近くの空き家を借りて、そこを「小杉湯となり はなれ」とし、まちの「個室」みたいな感じで、書斎よりももう少し落ち着いて過ごせる場所を増やす予定です。「小杉湯となり」の会員も、ここだけの会員というよりはまちの「会員」という感覚で広げていって、その会員になると「自分の暮らしが拡張されていくのを楽しめますよ」というふうにできればと思っています。

編集部 すごくワクワクしますね!

加藤 「まちに暮らす」って、建築やまちづくりに関わる人たちにとってはある程度イメージできると思いますが、そうじゃない人にも伝わるサービスをつくりたいんです。今、自分も家賃3万の風呂なしの部屋に住み続けていますが、例えば、ここ(小杉湯となり)に課金したとしても、家賃と合計5万で、ベッドもあり、広い書斎や食堂、個室も……と使い方が広がっていきます。そう考えれば、高円寺で6、7万のワンルームを借りるよりも絶対にいい暮らしができると思っています。

編集部 確かに費用的なことも含めると一気に現実味が増して、さらに惹きつけられそうです。

小杉湯となり2F。ちゃぶ台や本棚のある、書斎スペース。

加藤 銭湯を起点にして、そういうまちづくりを広めていきたいんです。このモデルってきっと他にも転用ができると思うんですよ。

編集部 高円寺だけでなく、ほかのまちでも?

加藤 はい。でも、まずは高円寺からです。きっと、まちによっても状況が違うから、同じやり方をフランチャイズ化して横展開できるような話でもないでしょうし……。自分がやらなくても、そのまちのプレーヤーによって、その土壌ごとにカスタマイズされていくべきだと思っています。

小杉湯となり最上階。広いバルコニーやシャワーも備わる、和室スペース。バルコニーからの眺め。

 

全部、銭湯から学んだ

編集部 会員の数は、高円寺にお住まいの方が多いのですか?

加藤 8割くらいが高円寺に近い方ですね。小杉湯に入ったことがないという方も1、2割います。

編集部 会員さんになる条件はあるのでしょうか?

加藤 スタッフと面談して、この場所のコンセプトを説明した上で、入会してもらっています。できるだけ多くの人に使ってもらいたいのですが、会員制だと場所の限界もありますからね。そもそも会員制にするかも悩んだんですが、銭湯のコミュニケーションに立ち返って決めたんです。

編集部 というのは?

加藤 例えば、銭湯って、常連さんがいるから秩序が守られて、初めて来た人でも「こうやって使うんだ」って学べるわけです。だから番頭さんのワンオペでも成立する。スタッフがいない場所で、ふつうはあんなふうに秩序って保てません。みんなが湯に気持ちよく入って、「気持ちいい場所をつくろう」と思っているからこそ場も荒れないんだと思います。「小杉湯となり」でも、そういう考えから「湯がない銭湯」的な場を提供していきたいと考えています。そして、その理想像に近づくために、今のコロナ禍でどうしたらいいのかを考えた結果が「会員制」でした。会員さんは銭湯で言うところの「常連さん」。まずは「小杉湯となり」の使い方を理解し、一緒につくりあげてくれるような人たちを集めて、コロナが収束したら、その会員さんたちによって使われ方が伝わっていくことを目指しています。

銭湯の「番台」を模した1Fカウンターを前に、説明をしてくれる加藤さん。

編集部 加藤さんは、会員さんとの面談で何を説明しているのでしょうか?

加藤 「銭湯のような程よい距離感と自由な居心地を目指している」と伝えています。「ここはただのコワーキングスペースでなければ、交流を前提にしたコミュニティースペースでもないので、銭湯のようにお互いに気を配りながら使っていただけると嬉しい」ということですね。

近隣住人の方々が持ち寄った本が並ぶ2E本棚は、ご近所の縮図。

 

コミュニティをつくらない

編集部 加藤さんたちが小杉湯のとなりのアパートに住み始めて1年くらいして、メンバーのみなさんと一緒にここで何ができるかを構想されたということでしたが、メンバー同士で熱い想いがぶつかり合うことはなかったのでしょうか?

加藤 それが、なかったんですよね。銭湯が好きな人に悪い人はいないという説もあって。

(一同 笑)

加藤 頑張り過ぎちゃうタイプの人ばかりなんです。社畜のように働き、身も心もボロボロの状態で、銭湯に救われたっていう人が多くて、だから一日一回でも力を抜いてホッとできる生活がフィットしていたし、そもそも、そういう生活を求めている人たちだから、あんまりゴリゴリしていないんです。

編集部 なるほど。 

加藤 あとはクリエイターの職種に多様性が生まれるようにしています。みんな得意分野が違うので、お互いをリスペクトしあえる関係性を心がけています。

編集部 モチベーションという点でも、きっとメンバーそれぞれ違いますよね。そんな中でそれなりの人数が同じプロジェクトに関わり続けられているってすごいことだと思います。持続させていくためのコツとか、意識されていることはありますか?

加藤 今、「銭湯ぐらし」のメンバーは30人くらいですが、みんな自分の働き方や暮らし方をより良くしたいと思って、ここにやってくるんです。それが実現できるように、関わり方や報酬のあり方にグラデーションを持たせています。近所に居場所をつくるために少し手伝ってくれる人もいれば、自分のスキルを活かして本業ではできないビジネスをはじめる人もいます。
 最初はみんな自己実現が目的でここにやってくるんです。自分の仕事がどう社会で役立っているのか、本業のクライアントワークでは規模が大きすぎてつかみにくいけど、ここならフェイス・トゥ・フェイスの関係性でわかりやすいし、面白そうだって。逆に、ここでの経験が本業の仕事にも生かされたりしてるみたいです。

編集部 プライベートな活動が仕事に生かされるって最高ですね。

塩谷歩波さんによる小杉湯全景イラスト。塩谷さんは小杉湯での活動をきっかけに全国的な銭湯イラストレーターに。

 

加藤 あと続けられている秘訣としては、「強いコミュニティをつくらない」というのが重要かなと。

編集部 コミュニティをつくらない……!?

加藤 特定の人や目的に依存しない組織をつくりたいということですね。例えば、社長が一人で引っ張ってる会社や、交流が目的のサークルとはちょっと違う状態を目指しています。まず、僕らが集まったきっかけは「銭湯」という場所だし、共有しているのは「銭湯のある暮らし」というライフスタイルなので、人ではないんです。自分の理想の暮らし実現するためのプラットフォームに、あくまで自立した個人が集まっているイメージですね。

編集部 なぜ「コミュニティをつくらない」ほうに、目を向けるようになったのですか?

加藤 特定の人や目的に依存した「コミュニティ」って、窮屈になったり、問題が起きた時にすぐ辞めちゃったり、意外に脆いと思うんですよ。逆に「仕事」だけだと単発で終わって、それ以上の発展がなかったりする。僕もいくつかコミュニティやプロジェクトづくりをしたことがありますが、だんだん疎遠になっていくのって、ちょっと寂しいなあと……

(一同 笑)

小杉湯に足を運べずとも雰囲気を体験できる「銭湯のあるくらし便」、製作中。

 

編集部 法人(会社)にしたのは、どうしてですか?

加藤 事業として育てていくことが前提にはありますが、どうやったら持続可能なチームをつくるか考えた結果でもあります。「銭湯ぐらし」は、お互いのスキルや暮らしを持ち寄って成り立つ組織ですが、これからの時代は「仕事」と「生活」と「趣味」の間のような組織に、いくつか関わる状態が自然だと思うんです。そこに共感できる人たちと一緒に、新しい働き方の選択肢をつくっていきたいですね。

編集部 いろんな選択肢をもっていると、セーフティネットにもなるし、自分の心の安らぎにもなりますね。きつくなくてちょうどいい感じで楽しめるくらいの距離感が続けられる秘訣なのですね。

駄菓子屋さんをやりたい、というメンバーによる、駄菓子屋コーナー。

 

編集部 今、30人のコアメンバーがいるということでしたが、今後、マネージメントはどのようにされていきますか?

加藤 関わり方にグラデーションを持ち続けていたいですね。メンバーの中には転勤や出産などでコミットメントが下がっている人もいるんです。でも、いつでも戻ってこれる環境を保っておきたいと思っています。

編集部 そのゆるさと安心感もまた、心地いいのでしょうね。

加藤 基本、「来るもの拒まず、去るもの追わず」です。組織自体も、環境として設計したいですね。「銭湯ぐらし」というプラットフォームに自己実現したい人が集まって、自分のプロジェクトをやる人がでてきて、そういう人が就職したり、結婚したり……。ライフステージが変化して、例えば、子どもが生まれたときに、今いる5060代のスタッフに子育てのことを聞きに来れたり、ここでも子育てができたり、そういう変化に対して組織としても場所としても受け皿となれるようにしていきたいと思っています。♨️

 

 

『 銭 湯 通 信 #06』 取 材 後 記

名言の連続でした!笑
みんなの場所であり自分の場所である意識を自然に持つからこそ、大事に、程良い距離感として利用できる、まさに「湯がない銭湯」的場所を上手く作られているなと実感しました。
高円寺の今後も楽しみにしています、ありがとうございました!(長堀)

 
profile
加藤 優一 yuichi kato

建築家、 ()銭湯ぐらし代表取締役、(一社)最上のくらし舎代表理事、OpenA+公共R不動産。1987年山形生まれ。東北大学博士課程満期退学。建築・都市の企画・設計・運営・執筆等を通して、地方都市や公共空間の再生に携わる。近作に「佐賀城公園エリアリノベーション(デザイン監修)」「SAGA FURUYU CAMP(設計)」「万場町のくらし(設計・運営)」「小杉湯となり(企画・設計協力・運営)」など。近著に『テンポラリーアーキテクチャー』『CREATIVE LOCAL』など。

 

次回の『銭湯通信』は、いよいよ最終回! 暖かくなったころにお送りできればと思います(情勢次第ですが……) お楽しみに!

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銭湯通信#01 プロローグ「わたしは銭湯が好きだ」
銭湯通信#02 インタビュー・日野祥太郎(東京銭湯代表)
銭湯通信#03 蒲田編「銭湯の数だけコニュニティがある」
銭湯通信#04 インタビュー・山口繁(日吉湯)、星野実(星乃湯)
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