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メディア横断新企画
第一弾!
『神田ポートビル』って何?

text : naoko arai photo:akemi kurosaka

YADOKARI×BEYOND ARCHITECTURE、協働取材!

今、気になるヒトやコトを様々な角度からキャッチアップしていく、YADOKARIとBEYOND ARCHTECTUREによるコラボ企画。第一弾は日本のビジネスの中心地・大手町のお隣・神田錦町に、この春、誕生する複合施設『神田ポートビル』を取り上げます。サウナ、写真館、学校、印刷会社のオフィスという、ちょっと不思議な顔ぶれが集うこのビル。なぜ、そうなったのか? プロジェクトに関わったメンバーにお集まりいただき、「神田ポートビル」誕生までの秘話を伺ってみました。

聞き手:さわだいっせい(YADOKARI 代表取締役 CEO)、みやしたさとし(BEYOND ARCHITECTURE編集長)

 

神田ポートビル1階の工事現場

 

神田でサウナ⁉︎ 東京の真ん中で、ほっとひと休みできる場所を。

まずは「神田ポートビル」の概略を説明しておこう。
立地は1913年から続く老舗印刷会社、精興社の社屋がある場所。築56年が経ち、耐震補強工事が必要になったことを機に、単なる自社オフィスだけではなく、「街の新しい拠点になるような機能を備えた建物」に生まれ変わらせようと始まったプロジェクトだ。
プロジェクトのリーダーとなったのは、神田錦町に本社を持つ安田不動産(ちなみにオンデザインでは、日本橋浜町の「TOKYO MIDORI LABO.」「T-HOUSE New Balance」「Hama House」などでプロジェクトを安田不動産と手掛けている)。
これまで、オフィスビルの供給にとどまらず、皇居ランナーに向けたランナーズステーションや飲食店といった特色ある路面店舗を誘致するなど、神田錦町のエリアリノベーションにも深く関わってきた。さらに近年は神田錦町四町会と共同で『神田錦町ご縁日』といった地域イベントも多く手がけ、神田錦町の建物も人も熟知した、いわば企業版の青年団長みたいな存在でもあった。街づくりのプロである安田不動産が「このビルをどうリノベーションしようか」と考えたときに、まずパートナーとしてまず声をかけたのが、ホテルや商業施設を数多く手掛ける建築家の藤本信行さん。藤本さんは街づくりやホテル、飲食店、商業施設の企画・運営を手掛ける『UDS』に勤務していた時代に安田不動産と協業したことがあった−−。

 

右から、池田さん(写真家)、米田さん(ウェエルビー代表)、藤本さん(建築家)、芝田さん(安田不動産)

芝田 以前、当社(安田不動産)が日本橋浜町で街づくりを手掛けたときに、別の担当者が当時UDSにいた藤本さんとご一緒したことがあって。今回、僕が神田錦町のエリアリノベーションを担当することになり、その日本橋浜町の担当者から、「藤本さんっていう面白い人がいるから、街づくりをするなら声をかけてみたら」って言われて。

藤本 面白い人ですか(笑)。確か、はじめて会ったときは、「この建物で何かをやりましょう」というより、「神田錦町という街に光を当てましょう」みたいな感じでご相談いただいたんですよね。

芝田 そうです。日本橋浜町のプロジェクトでは、デザインホテルを核にして、飲食やショップを街のあちこちに点在させるという方法でした。一帯をガサッと丸ごと再開発するのではなくて、既存の良さをいかしながらエリアをリノベーションすることで魅力をアップさせるという。その手法と同じ流れで神田錦町をどうするか、と。今回はエリアのひとつの拠点として築56年の趣のあるビルを活用してという話をして……

藤本 建物で何かをやるとなると、一般的にはコワーキングスペースを入れるとか、飲食店を入れるみたいなことが思い浮かびますけど、すでに誰もがやっているし、これからやることとしては新鮮味もないからどうなのかと思って。でも正直、この建物で、何をしたらエリアや建物の価値が高まるのか、そもそも人を惹きつける力があるものって何なのか、なかなか思いつかなかったんですよね。で、たまたまその頃、僕がサウナを好きになり始めた頃で、今、自分がその街にあって一番惹かれるのはサウナだよなって。

芝田 いきなり「サウナはどうですか?」って話をいただいたんですけど、僕は正直、「えっ、藤本さん、だいじょうぶ?」みたいな感じでした(笑)。当時はまだ今ほどサウナが盛り上がっていない時期というのもあって。

(右)藤本さん、(左)芝田さん

藤本 「サウナー」という言葉はすでにあったけど、まだメジャーではなくて、芝田さん、相当びっくりされていましたよね。

芝田 はい(笑)。そんな調子だから、最初は冗談みたいな会話でしたね。でも、藤本さんがサウナの話をするときって本当に目がキラキラ輝いていて。その目を見ているうちに、僕もなんだかサウナっていいんじゃないかって思ってきたんです。で、そのうちサウナの話をすると自分までだんだん目が輝いてきちゃって(笑)。会社でも「今、サウナがヤバいです」とか言い出すから、社内では「なんだこいつ?」って目で見られていました(笑)。

藤本 僕自身、芝田さんがそんなに盛り上がっているって気づいていなかったんですよ、最初の反応があまりよくなかったんで。だから企画書ではサウナ案を一度引っ込めたんですよね。安田不動産と一緒にやるにはサウナはキツイかもなって。

芝田 でも、あの頃、自分のなかではすっかり藤本さんに感化されちゃって、社内で地道な啓蒙活動を始めていましたから。うちの社長、サウナ嫌いなんで(笑)。

昭和の面影を残す階段

 

この時点で、「ビルのなかにサウナをつくる」という軸がおぼろげに見えた。とはいえ、そのときは本当に実現するのかどうか未知数であり、雲をつかむような夢物語でもあった……。 

藤本 この企画がまだどうなるのかまったくわからない時期に、写真家の池田晶紀さんに初めてお会いしたんです、長野県の『フィンランドヴィレッジ』であったサウナイベントで。

池田 藤本さんに初めて会ったのは2017年の6月28日です! 一応、説明しておきますと、フィンランドヴィレッジは、サウナ界のゴッドファーザーと言われている米田行孝さんがやっているサウナの伝道施設なんですね。米田さんは名古屋と福岡でサウナを経営していて(ウェルビーグループ、サウナラボ代表)、昨今のサウナブームをつくった『フィンランドサウナクラブ』っていう一般社団法人のメンバーでもあって。で、1年に1度、日本サウナ祭りをそのフィンランドヴィレッジでやっているんです。そこはサウナの実験施設のようなところで、日本にサウナ文化を広めるために興味を持っていそうな方をたくさん呼んでいるんですよ。そこに集まったなかの一部が、今ここにいる僕、米田さん、藤本さん。なんで僕がいるかというと、僕もサウナーで、フィンランドサウナクラブのメンバーだから。藤本さんとは初対面でしたけど、お互い裸でしたね!

藤本 笑

芝田 藤本さんからそのときの話を聞くと、池田さんはサウナに精通していて、写真家としては「ももいろクローバー」を撮ったり、アーティストとしても活動されていて、人脈も独自のネットワークがあると。それで思ったんですよ、池田さんってすごくおもしろい存在なんじゃないか、今回のプロジェクトのキーマンになってもらうべきじゃないかって。企画書に「サウナ」って書くなら、やっぱり具体的な名前が欲しかったんです、会社を説得するうえで。だから、池田さん本人に相談する前に、藤本さんと僕とで勝手に盛り上がって。

池田 え、そうなの!? それは初めて聞いたよ、びっくりした!

芝田 そのフィンランドヴィレッジが実はけっこう大きなキーになっているんですよ。あの糸井重里さんもいらしていたという。

池田 そうなんですよね。でもそのときは、このプロジェクトに糸井さんが関わるとはまったく思ってなかったです。デベロッパーと建築家の関係が近いのはわかるけど、そこに、ももいろクローバーを撮っている写真家やサウナ経営者、糸井重里さんなど不思議なメンバー同士が近づきつつあった。そう、すべてはサウナに導かれて……。

当時のいきさつを熱心に語る池田さん

藤本 僕と芝田さんで盛り上がって、正式に池田さんに、このプロジェクトのプロデューサー的な役割を担ってくれないか、ご相談にいったんですよ。そうしたら、池田さんの写真スタジオが引っ越し先を探しているって話になって。

池田 けっこう長いこと引っ越し先を探していたんですよね。で、これがまた偶然なんですけど、雑誌のインタビューとかで「次はサウナ付きの写真スタジオを作るのが夢」って言ってたんですよ、俺。だからこのビルのリノベーションの話を聞いたとき、スペース的に写真スタジオにちょうどいいかもしれないってなって思って。

藤本 さらに今回のプロジェクトが神田錦町って話をしたら、このエリアにもともとご縁があるっていうんですよ、池田さんが。

池田 僕は10年近く前から千代田区にある『3331アーツ千代田』でコマンドNっていうアートプロジェクトの企画に関わっていて、神田っ子と呼ばれるような地域の人たちとアートを結び付ける試みから、神田で何代も続く老舗の主人のポートレートを撮っていたんです。神田錦町丁目の町会長とか200人くらい撮り続けて、『いなせな神田』っていう写真集も出しました。

神田で暮らす人々が登場する写真集『いなせな東京』

米田 実はこのビルのオーナーでもあった精興社の社長さんも撮ってるんですよね?

池田 そうなんです。撮ってたんです、実際にこのビルに来て。

米田 俄然そこから池田さんの「写真スタジオ移転計画」が現実味を帯びてきて、プロジェクトのプロデュース云々の前にスタジオ移転の話から進んでいきましたね。僕自身はそのとき、このプロジェクトに関わるつもりはまったくなかったし、それどころか、東京にサウナの店を出す意味をまったく感じていなかったんですけどね。

(右)米田さん、(左)藤本さん

ときに本音で語る米田さん、そこからどうやって池田さんたちに巻き込まれていったのだろうか? すべては偶然の産物なのか、それともやはりサウナのお導きか……。その答えは次回に。

 

本記事は、YADOKARIのWEBメディアにも同時掲載中です! 

 


profile
(「神田ポートビル 公式サイト」より抜粋)

池田晶紀 / IKEDA Masanori
写真家 / 株式会社ゆかい 代表。担当:クリエイティブディレクション
私の本業は写真家です。写真家は「会う」ことが仕事ですが、会うことを仕事にしている次の狙いは、「会う場所」をつくることでした。これからつくるこの場所には、いろんな出会いがあります。それは、人であり、物であったり、事であり、はたまた自分自身であったりと、様々なアカデミックな仕掛けとセットでオルタナティブな人たちが出入りする計画です。さらに特異なポイントとして、神田錦町という街や人が持っている気風にも触れながら、この場所に、サウナに入りに来てください。とっても贅沢な時間として、ここで野生の呼吸を取り戻す習慣がつくれたら、と考えています。

米田行孝 YONEDA Yukitaka
サウナラボ / 株式会社ウェルビー 代表
人も自然の一部だと気づき、野生に目覚めるのがサウナです。身体的感覚を取り戻し「ここちよさ」を感じとることが、デジタルの時代には必要だと考え、都市でのストレスを解放する身近な自然として、この街にサウナという木を植えます。サウナは人と自然を繋ぎ、人と人とを繋げる場。新しい出会いがこの街に新たな風景を作ります。

藤本信行 FUJIMOTO Nobuyuki
建築家 / バカンス株式会社 代表。担当:デザイン監修
都会で生活する人を元気にするその効能を盲信したまま、まちづくりの原動力としてサウナを提案したのが2年半前。同じころに池田さんに出会ったのをきっかけに、サウナラボ東京初出店、ゆかいさんスタジオ移転、ほぼ日の学校初の常設、さらには精興社さんとのコラボまで、ファンタジックな展開にすでにととのいさえ感じています。サウナは地面に穴を掘ってつくったのがはじまりだそうです。個人的には、それを地下空間につくることに誰よりも興奮しながら計画に関わらせていただきました。地中から湧き出るサウナエネルギーで、これからこのまちがゆっくりと蒸されながら活性化していくのをとても楽しみにしています。

芝田拓馬 SHIBATA Takuma
安田不動産株式会社。担当:プロジェクトマネジメント
地元民から来訪者と多様な人々が行き交いながらも、祭りや人情を通じて、居心地の良い距離感で繋がっていることが神田の魅力だと思います。そんな神田との”縁”で集まったメンバーが、このまちを「第二の地元にしたい」と夢語り進めてきたプロジェクトが間もなくお披露目です。サウナ・学校・写真館と、単なる言葉の組み合わせでは説明しきれない新たな場は、控え目に言って最高です。この場所で生まれる出会いや旅立ちに、地元不動産会社ならではの、神田の水先案内をさせていただきます。