update

「箱根本箱」を読む
#02
本との出会いから
味わうまでを考える

text; akihiro tani, photo; koichi torimura & ondesign

 

ブックホテル「箱根本箱」に滞在し、さまざまな「読む時間」を体験しながら考えたオンデザインの研修旅行。グループの気付きを参加者全員に共有する発表会は、ゲストの示唆に富んだフィードバックも相まって、充実の内容となりました。

建築家たちは何を考え、どんな気付きを得たのか。研修レポート「箱根本箱を読む#02」は、「本を読む時間の前後」にフォーカスして議論を振り返ります。

 

「読む時間」の前後にある
「出会う」と「味わう」を考えました。

 

(これまでの記事)
「箱根本箱」を読む#01 Ondesign is On Reading

編注:コメンテーターを務めたゲストは、箱根本箱のブックディレクションを手がけた染谷拓郎さん、箱根本箱の設計を担当した建築家の海法圭さん、「丸の内朝大学」や「六本木農園」などでコミュニティづくりに取り組む古田秘馬さんの3人。オンデザイン社員の発言には、名前の冒頭に「OD」をつけてあります。

 

本との「出会い」の演出

「本との“出会い”をどう演出するか」は、空間設計が関わることもあり、多くのグループが考えたテーマ。「本棚の見せ方」から、「ほかにどんな方法があるだろう?」と議論が進みます。

OD澤井 「読む時間」には、「探す楽しみや、本との出会い」という読む前までの時間と、「本と向き合う」という読んでいる時間がありそうだな、と。特に前者は、好きな本を誰かと分かち合ったりとか、いろいろな出会い方がありそうで、考えるのが面白そうだと思いました。

議論の際の資料より。各グループとも、「読む時間」の風景にキーワードを書き込んで共有しました

染谷 本との出会いはまさに、箱根本箱の楽しみ方のひとつです。ここにある1万2千冊と、どう出会ってもらうのか。たとえば、表紙を面で見せる本、背表紙で並べるジャンルなど、パッと見た時にどう見えるかを意識しながら考えました。

OD澤井 「泊まった人同士で本をリレーしていく」とか、「ショップで買うんだけど引き落としは2ヶ月後で、それまでに返せば借りたことになる」とか、新しいシステムでを演出することもできるかもしれないですよね。

 

「1万2千冊の“スタッフ”による、おもてなし」

一冊の本をじっくり読むのではなく、1万2千冊もあるたくさんの本と触れ合うことができるのも、箱根本箱の大きな価値。「質の良い試し読み」というキーワードが浮かび上がりました。

OD鶴田 私たちも、「選ぶ時間」が特別だった、という話をしました。静かに籠もって「どっちにしようかな?」と自分の感覚に委ねたり、階段に佇んでじっくり中を見ることができたり。本棚だけでなく、箱根本箱の空間が、「質の高い試し読み」をできるようにしている気がしました。良い音響で試聴させてもらえるレコード屋さんと、似たような感じです。

OD近藤 ぼくも、本棚の横の階段が緩やかにつくられていて、ゆっくり歩くから本と出会う、というのを感じました。都市の中での設計でも応用ができそう。

古田 「本と出会う価値」を運営の視点から考えると、箱根本箱に1万2千冊の本があるのは、お客さんに語りかけておもてなしをする“スタッフ”が1万2千人いるのと同じなんじゃないかな。最初に本を買う費用がかかったとしても、お客さんが自分で楽しんでくれることを考えればリーズナブル。だから、箱根本箱は「素晴らしいな」と思うんだよね。

「質の高い回し読み」を可能にしているのは何か。共有資料より

 

感情に合わせて本が選べる“BOOK プレイリスト”という考え方

「その時に読む本を、何によって決めるのか?」という問いに、「感情」と提案したのは神永さんのグループ。

OD神永 私たちが考えたのは「感情の本棚」。「ジャンル」ではなくて、その時の「気持ち」に合った本が並んでいる本棚があったら、新しい本との出会い方を提供することができると思いました。箱根本箱のあちこちに本棚があって、風呂上がりとか夕食前とか、気持ちが変わる中でいろいろな本に出会ったからです。

染谷 箱根本箱はホテルなので、食事する、温泉に入る、寝るなどの生活があります。浴場の近くとか、リビングとかには、シチュエーションを意識しながら本を置いている。生活の中に、本と出会うきっかけを増やすこともできるのかもしれないですね。

OD神永 たとえば、落ち着いてスッキリさせてくれる「トイレの本箱」、明日も頑張ろうと思わせてくれる「風呂の本箱」、大切な人を待つドキドキを味わうための「待ち合わせの本箱」とか。ワクワクさせてくれる「世界の本箱」も、飛行機で旅に出る前とかに読みたい。i tunesで「テンション上げたい」「恋したい」「泣きたい」みたいな気持ちに合わせて聞く曲を選ぶように、感情に合わせた「BOOK プレイリスト」で読む本をチューニングできそうだな、と。

染谷 「感情で本を選ぶ」という意味では、いつか「心拍数」で本を選べると面白いな、と思っていて。例えば、こんまりさんを読んだあとの高揚感と、東野圭吾さんの本のクライマックスの興奮が同じくらいとか、分かったら、本を探すヒントにもなると思うんです。

感情で本を選ぶ、という考え方。共有資料より

 

本を持ち歩くと、「2つ目の出会い」が…?

「そこに本があったから」というような、偶発的な本との出会いを感じたグループもありました。

OD桜井 箱根本箱は、本だけでなく、本を読める「場所」も多様だからこそ、本との「2段階の出会い」があると感じました。まず、本を手にとって、読み始めるまでが1段階目。でも、読む場所を探して持ち歩いていくと、また本棚があって、そこにあった別の本を手に取ることがあったんです。

OD谷 一度は選んだけど、別の本も気になって“浮気”しちゃうような感じですか?

OD西田 “浮気読み”ですね。この話のおもしろポイントは、「本を持って出歩く行為を日常化する」こと。今の日常では持ち歩くのは携帯電話になっているけど、本を持って歩いた結果、別のものと出会える。「持ち歩くもの」と「その先で出会うもの」で2回の楽しみがあって、箱根本箱はそれを日常で体験できるのが価値なんじゃないかな。

”浮気読み”の風景。共有資料より

染谷 箱根本箱は、お客さんが本を持って出歩くことも想定していて。部屋にある「箱根本箱バッグ」は、本を2,3冊入れて持ち歩くような使い方もできるようになっています。

OD谷 持ち歩くことで、「どっちを読もうか」という比較が生まれたり、意外な関連付けに気付いたり、いろいろな作用が生まれそうですね。

 

「出会う・読む」そして「語る・忘れる」というサイクル

読む前の「出会い」が大事なら、読んだ後の「アウトプット」まであってはじめて、「読む時間」は完結するのかもしれません。思わぬ気付きは、ちょっとイレギュラーな1枚の写真がきっかけになりました。

本を読んだ後の温泉タイムまで「読む時間」の一部? 共有資料より

OD田中 これは、古田さんが「風呂行こう」って言うので、みんなで急いで入った温泉の写真です。ご飯まであと10分しかないのに。

古田 箱根本箱で面白いのは、本を読んでインプットしたあと、温泉とかでアウトプットできること。一緒に入った人と語り合ったり、リラックスして振り返ったりしてしっかりと味わうことは、本屋ではなかなかできないですよね。

染谷 各部屋に箱根本箱オリジナルの原稿用紙を置いてあります。それは、読んだものをメモしたり、手紙を書いたりして、アウトプットしてほしい、という思いを込めています。

OD西田 人はものを忘れることができるほど、気付きも増えるという考え方があって。読んだあとの温泉は、大事なことだけ覚えて、あとは忘れる時間にすることができる。そうしてインプットとアウトプットがサイクルする、というのも大事だよね。

 

本との出会いの積み重ね=「箱根本箱を読む」

「本との出会い」や「アウトプット」といった「読む前後の時間」の価値が言語化されていく中で、ゲストから「一冊を全部読まなくても良いかも」という気付きが生まれます。

海法 本は、一冊を最初から最後まで読む必要がないのかもしれませんね。普段から僕らはあらゆる情報をザッピングしながら摂取しているわけです。「箱根本箱には1万2千冊の本がある」ではなくて、箱根本箱というセレクトショップで、興味に合わせて自分なりの1冊の本を作りながら読んでいると考えてみると、色んな本を少しずつ読んで、情報に断片的に触れることにも価値がある気がしてきます。

古田 「箱根本箱を読む」ということだよね。それは、本屋でやると「試し読み」だけど、箱根本箱はそれ自体を読むことになって、また来たくなったりするよね。

箱根本箱それ自体を壮大な1冊の本としてとらえ、その中での情報との出会いをコンテンツとして楽しむ−−。そんな風に場を捉え直して、後半は「本が生み出す人との関係性」や「都市空間への応用」についての話に展開します。

#03:「本と人の関係を都市で応用するには?」につづく)

 

【Guest Profile】

染谷拓郎:日本出版販売株式会社リノベーション推進部 / YOURS BOOK STORE プランニング・ディレクター。書店のリノベーションなどを通じた「本を使った場づくり」に取り組み、「箱根本箱」ではブックディレクションを手がけた。
海法圭:建築家。海法圭建築設計事務所代表。「箱根本箱」の設計を担当した。1982年生まれ。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2010年海法圭建築設計事務所設立。
古田秘馬:株式会社umari代表。東京・丸の内「丸の内朝大学」や農業実験レストラン「六本木農園」など、数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がけ、都市と地域、世代を繋ぐ仕組みづくりを行う。
  山本桂司:ながと物産合同会社 COO / 販売戦略プロデューサー
  原田佳南子:UDON HOUSE共同経営 / 支配人

【関連サイト】
「箱根本箱」を読む#01 Ondesign is On Reading
「箱根本箱」を読む#03 本との関係を都市で応用するには?
箱根本箱
読む時間 -ON READING-