odp×arg 座談会
「小さなまちの図書館、
本のある場所」
昨秋、パシフィコ横浜(みなとみらい)で行われた『図書館総合展』(2023.10/24-11/15)が、今年も11月5・6・7日、同会場で開催予定です(詳細はこちら)。
今回は、本展会期中にアカデミック・リソース・ガイド(arg)とオンデザイン(odp)による共同ブースで行われたトークショーの模様を抜粋してご紹介。ゲストにブックディレクターの山口博之(good and son)さんを迎え、「小さなまちの図書館、本のある場所」というテーマで語り合います。
ゲスト:山口博之(good and son)
ホスト:李明善(アカデミック・リソース・ガイド)、西大條晶子(オンデザイン)
@パシフィコ横浜アネックスホール
ブックディレクターの仕事
李 アカデミック・リソース・ガイドの李です。よろしくお願いします。そして……。
西大條 オンデザインパートナーズの西大條です。よろしくお願いいたします。
李 今回のゲストは、グッド・アンド・サンの山口博之さんをお迎えしています。
山口 よろしくお願いします。肩書きは「編集者」と「ブックディレクター」のふたつを名乗っております。
李 ではまず、山口さんご自身から簡単な経歴を話してもらってもいいですか?
山口 はい。ではざっくりと(笑)。僕は大学時代に、雑誌の編集部でアルバイトした後、東京・青山にあった旅の本屋〈BOOK246〉にオープン直後から約3年間ほど勤務していました。10坪ぐらいの小さな本屋で、旅に関する書籍が1,500~ 2.000冊ぐらい置いてあって、いわゆるインディペンデントなセレクト型本屋のはしりです。そこにはディレクターとして元ユトレヒト(現在は蒸留家)の江口宏志さんとバッハの幅允孝さんもいて、僕はその後、2006年から9年ほどバッハで仕事をしていました。独立後はブックディレクターとして選書や編集の仕事をして今に至ります。
ブックディレクターという仕事は、本の売り場や図書館の本棚など、いわゆる本による場づくりやコミュニケーションを図ったりするほかに、本やウェブなどメディアの編集、企業のブランディングなどの仕事もしています。先日、シンガーソングライターの折坂悠太さんの歌詞集を版元として企画、編集して、出版流通もやりました。
ここ数年は全国的に本屋の数が減少傾向で、日々どんな本が出版されているかを定点観測できるちょうどいい本屋さんがなくなっています。なので結果的にSNSの偏った情報から本と出合ったり、探したりすることになります。でも僕はやっぱり本屋にしかつくりだすことができない「本との出合い」があると思っています。
本屋や本がある場所に来る人にはそれぞれ理由があって、なぜこの場を選んだのか、ここでどんな時間を過ごしたいか、周辺にはどんなライフスタイルがあるのか。そういう状況って場所ごとに変わるわけで、それぞれ違った状況から選書を考えることができるんじゃないか。「あいうえお順」や「出版社順」とは違う、好きな世界観にチューニングしていくようなある種の非効率が、結果的にユーザーにとって効率的であるという場合もありますから。そういう状況をつくりだすために、僕らみたいな仕事が成立してるのではないかと思っています。
李 本屋さんもそうですが、とくに図書館の場合は、「こうしなければいけない」みたいなことがきちんと定められているケースが多いですね。いわゆる国立国会図書館とかはべつとしても、一般的に図書館ってスペースが限られているし、いろいろな制限を引き受けて、いかに「知る自由」をつくることができるかが問われています。バッハの幅さんもそうですけど、山口さんのような民間の立場からのアプローチは、そこに対して素直という感じがします。
ここでさっそく山口さんが最近、選書のディレクションをされた図書館〈らいわ弥彦〉について、お話いただければと思います。
弥彦村に生まれた小さな図書館
山口 新潟県西蒲原郡にある弥彦村は、人口約8,000人の小さな村です。周りに神社や温泉があったり村営の競輪があったりで財政的にも比較的恵まれています。ちなみに弥彦村の前村長は以前、東京で編集の仕事されてた方でした。地元に戻り村長となり、村には公民館に付設する図書室しかなかったことから図書館を含むコミュニティ施設の新設と既存建物の改修をしてつなぐ計画がなされました。
新設された〈らいわ弥彦〉のライブラリースペースである本館2階の内部はワンフロアのシンプルな構成で、そこに本棚が並び間に椅子やテーブルが配置されています。もともと公民館の図書室には絵本や小説などの文芸書が約1万4,000冊以上あって、僕は新たに約4,000冊を選書し、全体で1万8,000冊程度を蔵書とする図書館となりました。
選書については図書館新設のきっかけでもあった「本を読むことは健康にいい」をはじめ、「世代間交流」が「非認知能力の向上」というテーマからはじまりました。本を読むことで脳機能やコミュニケーションなどの向上によって健康長寿につながるみたいなことなのですが、そのテーマに至るまでのプロセスについては、あらためて考え直す作業が必要でした。
李 そのプロセスとは具体的に?
山口 弥彦村っていう地域には天香山命(あめのかぐやまのみこと)をまつる弥彦神社があるのですが、いわゆる豊作を祈願する神話から生きるための知恵とか技術が文化として継承されているんですね。だとすれば今回のテーマとしている健康長寿や世代間交流、非認知能力向上とは現代における「生きるための知恵と技術」と言えるんじゃないか、そうした観点を再設定することで、いろいろと地域の背景に紐付けていきました。
李 なるほど。こうしたプロセスのお話って、もちろん小さな図書館だからできたっていうこともありますけど、たぶん最初の出発点がほかとは違うんでしょうね。つまり図書館の蔵書を配架するときって「NDC分類」によって物理的なバランスを取りながら整理していくわけです。
でも山口さんのお話だとそれとは真逆ですよね。まず地域や社会との関わり合いみたいなものからコンセプトをつくりあげていく。もちろん、図書館の中にはそうされている方はいらっしゃると思うけど、多くの図書館では、ユーザーファーストというよりは管理ファーストであることが否めません。
山口 ちょうど〈らいわ弥彦〉ができたころに、電車だと数分で行ける場所に新しく図書館等複合施設 〈まちやま〉が三条市にもできたんですね。そちらは蔵書が豊富で、NDC分類もされていて調べやすく、ある種既存の図書館が担保されている安心感が僕にはあって、そこと同じようにやる必要はないと思いました。
もちろん開館に向けてのワークショップでは、「なぜもっと本を置かないんだ」「もっと並べられるだろう」という声はありました。本棚を高くして、ぎゅうぎゅうに詰めて5万冊以上並べようとすればできるけど、予算もそこまであるわけでもなく、〈まちやま〉があるなかでそれをやっても……みたいな。せっかく近くに豊富な蔵書がある図書館が新しくできたのなら、それを有効利用したほうがいいと。
李 三条市と弥彦村は自治体がべつですよね。つまり三条市のほうは山口さんがおっしゃったように、規模が大きく配架もNDC分類で、建物の設計は隈研吾さん。つまり中身は従来ののままですが、箱が新しくなったということですね。
山口 そうです。建物のデザインが美しい図書館ですね。
李 ちなみに三条市の新しい図書館を最大限に利用しようと最初に考えたのは山口さんですか?
山口 僕というよりも、そもそもみなさんもそれが前提だったように思います。
李 今日はせっかく〈らいわ弥彦〉館長の徳永(絹枝)さんもいらしているのでそのあたりの話を伺いたいですね。当初からそういうことは意識されていたんですか?
徳永 そうですね、村長には計画段階から「蔵書数が少なくてもいい」と言われていました。山口さんがおっしゃったように、三条市の図書館等複合施設 〈まちやま〉にはたくさん蔵書があるし、隣の燕市の市立図書館にもたくさんありますから。それに県立図書館は相互貸出もできますし、それぞれ自治体の規模感にあわせて、地域課題を解決するための図書館になればいいということは計画当初から話していました。
李 中心地に大きな中央図書館があって、周辺には一般的な資料を充実させた小さな図書館があるというのは同じ自治体の中なら普通にある話ですけど、べつの自治体が「隣町にも図書館がある」って言えるのは、なかなか素敵な考え方だなと思いました。
建築との関連
李 〈らいわ弥彦〉の敷地内にはカフェもありますよね。
山口 はい、テラスもあります。
李 今回、山口さんは本を選ぶにあたって建物とかカフェとか、そういった空間との関係性は意識されましたか?
山口 お話を伺った際には建物の設計はすでに決まっていて、ライブラリーは広い四角のワンルーム的な空間で、カフェは事業者を選定中でどんなカフェになるかわかっていませんでした。ですので、内容的な意味でそこまで意識することはありませんでした。ライブラリーの空間に関しては、すべての本棚が平行に並んでいるレイアウトだったので、それでは人の動きがほぼ一方向になってしまってよくないだろうなと。できる範囲で途中に溜まり場をつくって視線が流れすぎないようなプランにしてもらいました。ほぼ決定済みのプランではあったので多少怒られながら変えました(苦笑)。
李 山口さんとしては今後の課題として、また未来に向けての意見として何か提言があれば聞きたいです。
山口 それはたくさんあるんですけど(笑)。ただ図書館って普通は教育委員会がプログラムとしてやりますが、今回の〈らいわ弥彦〉は村営の珍しい形態なんです。村役場のいち部署の方々で運営されていたこともあり、図書館を新設するにあたって検討必要なことがなされていなかったり、「こういうプログラムを実行しよう、計画していこう」というような具体的な案を関係づけながら場をつくり切れなかったのは課題ですね。
李 ここまでの山口さんの話を聞いて設計事務所の立場から、オンデザインの西大條さんは何か質問はありますか?
西大條 私自身じつは設計事務所にいながらふだんは運営の仕事をしているので、とても興味深く聞かせていただきました。そこで質問なんですが、今後企画や運営の仕事をしていくうえで、どういった方々にアプローチしたらより広がりが生まれるのか。例えば、地元の学校の先生や農業をやられている方など地域のプレイヤーとか、それ以外の専門職の方とか……?
山口 今回のプロジェクトで言えば、僕が弥彦村に来て最初に来て取り組んだのは、弥彦村に新しく来たり、村に戻ってきたりして新しくおもしろいお店をはじめている人たちに会いに行くことでした。結局、地元の若者たちはあんまり役場に近づきたくないし、むしろ嫌がっている人もいます。新規の移住者はやりたいことがあるから店を出しているし、村から一度出て地元に帰ってきた若い人は地元に何かしら可能性を感じてやっているわけです。そういう人たちのネットワークをつくっておくのはすごい大事だし、おもしろいことができるきっかけになると思います。
西大條 ありがとうございます。そういう視点だったらプロジェクトの効果が一層高まりそうですね。
山口 若い世代が地元に帰ってくるってめちゃくちゃ貴重じゃないですか。ましてやその世代のSNSのフォロワーだけでも合わせたら数千人、数万人ぐらいになるわけで、観光や移住者へのアピール的にもものすごい財産ですよね。
李 ふだん我々アカデミック・リソース・ガイドも図書館のプロジェクトに関わることがありますが、建築のような物理的な強度を持ったものは建築家がやられますが、それと同じくらいソフトの部分も大事だと思っています。図書館は知識や情報、人の行動などすべてが相互作用でできあがっているので、今回のように山口さんがやられたことはすごく意味があるし、実際に僕も〈らいわ弥彦〉に行って、入り口のカウンターに中学生たちが並んでいる光景を見たときに、「あー、いいなあ」って思いました。
山口さんもそうですが西大條や我々がやっていることって今後さらに大事になると思います。なので、ぜひこれからも行政の方々とは一緒になって意識を変えつつ制度を含めて図書館をリデザインできるといいですよね。(了)
連日多くの来場者で賑わった昨年の『図書館総合展』。今年はどんな出展ブースがラインナップされるのか、乞うご期待!
guest |
山口博之 hiroyuki yamaguchiブックディレクター/編集者 |
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host
李 明善/兵庫県生まれ、島根県出雲市育ち。桑沢デザイン研究所卒業。過去に東京大学知の構造化センターpingpongプロジェクトディレクターを務めた。現在、アカデミック・リソース・ガイド株式会社の取締役兼CDO(Chief Design Officer、最高デザイン責任者。
西大條 晶子/宮城県生まれ。明治大学卒業。2018年よりオンデザインで、おもに地域拠点の企画運営を手掛ける。