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ISHINOMAKIの視点#01
寛容な公共空間は
街を変えるか?

text:Kuniyoshi Katsu

東日本大震災後、さまざまな課題に直面してきた「石巻」は同時に多くの挑戦を生んできた街でもある。そんな街の日常を通じて日本の未来へのヒントを探っていきたいと思います。
第1回のテーマは「寛容な公共空間はまちを変えるか?〜橋通りコモンの挑戦」。
宮城県石巻市で建築設計事務所を構え、まちづくりプラットフォーム「ISHINOMAKI2.0」で活動を続ける建築家の勝邦義さんが、今後、月1回のペースで石巻よりレポートしていきます。

photo:古里裕美

街の隙間を活かしてにぎわいをつくる

宮城県石巻市の中心市街地に個性的な小屋たちが並ぶ一角がある。
「橋通りCOMMON(以下コモン)」は、飲食店が入る小屋やコンテナ、テントが立ち並び、椅子やテーブルなどの家具が散りばめられた新しい形態の商業施設。
オープンから2年半をむかえる今年11月5日に惜しまれながら閉場を迎える。

川湊として発展した石巻の中心市街地を流れる北上川、
その北上川に掛かる内海橋のまっすぐ延長線上に位置する橋通りは、
かつては石巻のなかでも有数のにぎわいがあった通りだ。
2011年東日本大震災を経て大きなダメージを受けて通りの多くの建物は解体された。
かつてはぎっしり建っていた建物はすっかりなくなり、空地が広がっていた。
そこに地元の街づくり会社「街づくりまんぼう」が企画してコモンは誕生した。
この小屋たちは、もともとは東京・青山で同じく空地を暫定利用した商業施設「246COMMON」にあったものだ。日建設計の有志たちが掛け合って石巻に送ってくれた。

 

小さな広場を分散させる

小屋群の配置はオンデザインが設計し、大きな広場を囲むように小屋たちが並ぶのではなく、
小屋と小屋のあいだに生まれる隙間を小さな広場とし、分散させることとした。
前面の道路でもある橋通りとの接続の仕方に腐心し、どうやって接続できるかを模型を使ってスタディしていた。

photo:ondesign

現場ではたくさんの人たちが手作りで小屋やデッキやベンチをつくりあげた。
“Do It Yourself”のように自分でやってしまうというよりも、
“Do It Ourselves”といった可能な限りたくさんの人たちを巻き込んで「みんなでやろう」の精神でつくりあげたコモンは、2015年5月に6店舗の開業とともにオープンした。

photo:ondesign

 

小さくはじめて、場を育てる

通常400万から600万円と言われる飲食店の開業資金もここでは50万から100万円。
ミニマムな資金で最大限の客席と共用部が使えることが特徴だ。
そのためUターンや移住者をはじめ、それまで地元で店舗を構えていた人たちではない新たなチャレンジャーを受け入れる器となった。
飲食店経営の経験がなく、コモンの誕生に合わせて新規飲食店をスタートしたオーナーも多い。
メニューもこれまで石巻にはなかったエスニック料理や、フレンチトーストなど一風変わった料理を提供していて食を通じて石巻の新しい文化を醸成している。

photo: Chang Kim Photography

コモンではこれまで3店舗が卒業し、街なかの空きテナントに新たなお店を構えている。常連のお客さんがつき、ビジネスとしてもある程度安定すると、次のステップに踏み出すことになるのだ。街なかに移転した3店舗は、コモンにいた頃のお客さんが多く訪れるという。
常連さんは不思議なことにコモンにも卒業したお店にも足繁く通っている。
彼らはいわば商業施設としての個々の店舗よりも
コモンというつながりに価値を見出しているともいえるだろう。

 

分散型で自立的なルールが伝播する

オープンしてから2年半、ずっと完成形がなかった。
スタートしたときからつねに定まった状態などなく、家具を動かすことからはじまり、テントや日除けの設置、風よけの囲いをつけたり外したりと店主たちがカスタムしながらこれまでやってきた。
運営面でもその姿勢は一貫していた。
ここでは、客席をシェアして店主同士が互いに助け合っている。
飲食店の繁忙期である忘年会や送別会シーズンにはお店が協力しあいながら宴会を受け入れる。
決められたルールなどないが、互いに共有される行動が運営を支えている。
こうした不文律のルールが運営する側だけでなく利用者にも伝播しているところがコモンの興味深いところだ。
利用者が家具を動かすことはもちろん、まったく知らない人たちと席をシェアすることや
利用するだけでなく企画を持ち込んだりすることも、もはや日常的だ。
推奨される行動の規範はないけども、なんとなく共有されている行動がある。
ルールが一方的に押し付けられるのではなく、自律的、分散的に伝播していくことで、誰もがクリエイティブになれるし、場を能動的につくる主役になっていくことにもなる。

筆者撮影

 

かつての橋通りをつくる。みんなで

コモンでの人々のふるまいは、かなり自由だ。
あるイベントでは弾き語りがステージで行われ、その隣りではライブペインティング、かたや空いたコンテナでは演劇が上演中ということもあった。全然バラバラな人々が同じ場に集まっている状態。
トップダウンの計画では到底実現できないようなモノ、コトがてんでバラバラに存在することが頻繁に起こる。そしてそれは偶然の出会いを生む契機にもなっている。
バラバラな目的をもった人たちが、密度をもってひとつの場所に集まっている。
まさにストリート。ただ、この風景はかつての橋通りではなかったか。
かつての橋通りは週末のたびに車道を封鎖して歩行者天国にしていたそうだ。
最近は歩行者天国にする頻度も高くなり、その際はコモンの利用者が企画をもちこんだり、
一時的ではあるが、かつての橋通りのようなにぎやかな状態を生み出している。

筆者撮影

しなやかなコミュニティが街を変える

この“コモン”という言葉はある集団による場所を示す。
誰もが平等に平準化される“パブリック”に対して、
“コモン”は愛着がある人たちのコミュニティとも言える。
まさにいまの「橋通りコモン」そのものだ。
コモンを見ていて驚かされるのは
そのコミュニティがパブリックに対してオープンであろうとしているところだ。
愛着のある場所を誰にも開かれた場にしたいという意識がこのコミュニティの根底にある。
この場所で起こってきたいろいろな景色を見ていると、
橋通りコモンのようなしなやかなコミュニティが街なかの活動をけん引するのではないかと思えてくる。
まもなく閉場を迎えるコモンだけど、
この場が育てた、一人ひとりのパブリックに対する感覚が、
石巻にできる公共の場を変えていくに違いない。
閉場を惜しむよりも、これからの石巻に大きな可能性を感じずにはいられない。

 
profile
勝 邦義 Kuniyoshi Katsu

1982年名古屋生まれ。2007年東京工業大学卒業。2009年ベルラーへ・インスティチュート修了。山本理顕設計工場、オンデザインを経て、2016年勝邦義建築設計事務所を設立。ISHINOMAKI2.0理事。