One day
#05
ペーパームーン
i n t r o d u c t i o n
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近くにドブ川があるからか、大きな蝿が飛んでる。
その界隈では、急ぎ足になるか、ゆっくりになるか、どっちかだ。
見つけた酒場へ入ると、
目が慣れていなくて、薄暗さに立ちすくんだ。
知らないコトバの歌が、ラジオから流れている。
カウンターの端っこに、髪を逆立てた女がいて、こっちを睨みつけている。
怒ってばっかりじゃ、トゲだらけのサボテンになっちまうぞ。
ぬるいビールを飲み干してから、女に一杯おごった。
鳩が豆鉄砲食らったような顔してる。
急にあどけない子供みたいになった。
一本のタバコを、唇がヤケドするくらいケチくさく吸ってから、
上へ上がると主人に言って、
狭い階段を上がると、女がついてくる。
窓から川がすぐそばに見える。
川の向こうにストリップ小屋があって、
壊れたネオンが点滅している。
サイダー瓶に挿した枯れかけの花に、たそがれの光が射して、一瞬燃え上がる。
外が暗くなる頃、
女がタバコをねだって、痩せた膝をかかえてうまそうに吸う。
かすれ声で、クスクス笑いをする。
楽しいことを、かきあつめて思い出してるんだろうか?
「名前を教えて」と言われて、不意を打たれた。
名無しの街じゃ、名前は聞きっこ無し。
ガキみたいに、隠れん坊したり、おままごとしたり、
どうした風の吹きまわしの一日だ。
窓から半分欠けたお月さんがのぞいてる。
Everytime we say goodbye, I die a little.
profile
佐伯 誠 makoto saeki
walker+cyclist+文筆家。音楽、映画、文学、アートの分野に造詣が深く、雑誌、ウエブ、広告など、多様な媒体で執筆を行う。「よそ者として無遠慮にヨコハマをうろつくのは、occupied japanの残り香を嗅ぎたいから。この街には、東京が隠蔽してしまったものが残されているから」
松本祥孝 yoshitaka matsumoto
photographer +横浜関内にてmatsumoto coffee roasters 主宰。料理写真、街歩き写真が得意分野。コーヒー焙煎と白黒暗室の奇妙な関係を探索中。コーヒーの出前屋台や出前授業なども行う。横浜野毛ジャズ喫茶ちぐさで日替りマスター隔週金曜日担当中。