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Another City
#01
孤独のレッスン

text : makoto saeki   photo : yoshitaka matsumoto

文 筆 家 ・ 佐 伯   誠 の
シ ョ ー ト ス ト ー リ ー 。
今 回 か ら は 5 話 連 続 の
ス ペ シ ャ ル バ ー ジ ョ ンを  。

 

コロナウイルスは、どういう試練だったのか、その答えはずっと先に出るだろう。

ひょっとすると、終息するやいなや、人々が路上へ繰り出して祝祭の爆竹を鳴らすかもしれない。

「彼らは、ちょうど、あかりのつき始める夕ぐれどき、連れといっしょに飲み、いっしょに食べ、それから愛の行為をするために、急ぎ足でどこかへ行こうとしていた。」(アーネスト・ヘミングウエイ『移動祝祭日』)

ヘミングウエイは、大戦の後、戦傷を癒すようにパリで享楽的な日々を過ごすアメリカ人たちを描いたが、いずれ、われわれも長い自閉の日々の反動で、これまでになく刹那的な生活へと雪崩打っていくのだろうか?

コロナが強いる変革は、決して小さくないだろう。テレワークに習熟した子供たちが社会に出る頃には、在宅での仕事がスタンダードになっているはずだ。もう、だれも満員電車に乗って職場へ行こうと思わなくなるだろう。大勢で飲食して歓談するのも、むなしいように思えて、そんな習慣も消えてしまうかもしれない。

何もかもが、次の時代に芽吹くものの苗床になっていると気づかない大人たちが、やがて手のひらを返したように歓楽にのめり込むのを、子供たちは冷ややかに見るだろう。その忘れっぽさに呆れるかもしれない。

コロナによって民主主義が変容する、いっそうの監視社会へと移行する、という論者が憂慮しているのは、世界がどうなるかという鳥瞰的な展望だ。それにはうなずく点が多いけれど、気になっているのは、発言していない子供たちのことだ。大きなマスクに顔を隠して、目だけがおびえているような子供たち。

手を洗いなさいという習慣は、さておいて、人とは離れた距離で接しなさい、食事は横並びでとりなさい、というような社会的な「しつけ」が、どんなパーソナリティを育むのか、それを気づかう余裕がない。

放っておかれた子供たちは、いきなり分断されて、孤独のレッスンを強いられることになった。

彼らが、いずれ大きくなって恋をしたとき、愛おしさに相手を抱きしめながら、どこかで離れなさいという声を聞いてしまうかもしれない。ハグを禁止されて育ったせいで、抱擁もどこかぎこちない。

stay homeといわれた記憶で、旅をするのも、恋をするのもためらいがちな二人は、ぼんやりと子供のころにみんながひっそりと身をひそめるようにしていた日々のことを思い出している。🖌


profile
佐伯 誠 makoto saeki
walker+cyclist+文筆家。ヨコハマには、路地と、行きつけの喫茶店と、古書店と、小さな映画館と、友人たちがいる。それが、足しげく通っている理由だが、消えていくものも多くなって、少し胸騒ぎがしている。

松本祥孝 yoshitaka matsumoto
photographer +横浜関内にてmatsumoto coffee roasters 主宰。料理写真、街歩き写真が得意分野。コーヒー焙煎と白黒暗室の奇妙な関係を探索中。コーヒーの出前屋台や出前授業なども行う。横浜野毛ジャズ喫茶ちぐさで日替りマスター隔週金曜日担当中。