One day
#03
一杯、二杯、三杯
i n t r o d u c t i o n
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もうずいぶん前のことだ。ロンドンに住んでいる友人がやってきて、酒を飲もうということになって、荒川のむこうにあるモツ焼やでそこだけに置いてあるカクテルと称する黄色い酒を飲んでいた。そのうちに、遠来の客をこれだけじゃもてなしが足らないような気がして、ヨコハマの野毛にある「三杯や」のことを思い出してムズムズしてきた。すぐに勘定をすませてから、いくつか電車を乗り継いで、着いた駅から店へ急いだ。
もう遅いかもしれないと思ったが、ひとすじの糸にすがるような気持ちで路地を入ってみると、看板も出ていない一軒家に、灯りがついている。
木戸の戸に鍵がかかっている。ままよ、無遠慮ではあったが戸を叩いてみた。しばらくして、ガタピシ音をたてて戸が開いた。丸っこい眼鏡をかけたおばあちゃんがニッコリして「あらあら」といった。鳩時計の鳩みたいだった。中には、まだ客がいて、大きな木の卓に空きがある。
相客に一礼して坐らせてもらうと、いきなりおばあちゃんが銀紙につつまれた小さな粒チョコ2コ置いてくれた。一瞬、何のことかとキョトンとしたが、そうか、その日は、バレンタイン・デーだった!
コップ三杯までというのに、その晩は二杯ですっかり酔っぱらってしまった。
2015年の7月の終わり、「三杯や」が店じまいすると知って、前日に馬車道の花屋でバラの花束を買ってから、二人の友人と店の前で待ち合わせた。混んでいて、その日はコップ一杯という決まりで、早々に立ち上がった。おばあちゃんが席に来たので、モゴモゴ挨拶をすると、「ごめんなさいね」という。続けられなくて、という意味だろうか? とんでもないと、こっちが謝りたかった。
通称「三杯や」、武蔵屋は大正八年創業、もう少しで七十年になろうというところで看板を下ろした。その頓着のなさも、なんだか好ましい。この店のことを教えてくれたのは、作家の樋口修吉さんだったと思うが、ずっとじぶんで見つけたような気になっていた。先人たちがたくさんいる店だから、知ったかぶりはやめておく。その店があるということで、心に火が灯るような気がした、そういう酒場だった。おばあちゃんには妹がいて、入っていくと二人はジュウシマツみたいに並んで、ゆっくりこちらに首をひねった。
カポーティだったら、うっとりするような短編に書いたかもしれないと、おばあちゃんの謎めいた微笑みを見ているうちに、いつのまにか歳月が過ぎ去った。
ぶっきらぼうだけど、ブコウススキーの詩のひとくさりがグサリと刺さる。
it appears as if they are waiting for something that will never arrive.
profile
佐伯 誠 makoto saeki
walker+cyclist+文筆家。音楽、映画、文学、アートの分野に造詣が深く、雑誌、ウエブ、広告など、多様な媒体で執筆を行う。「よそ者として無遠慮にヨコハマをうろつくのは、occupied japanの残り香を嗅ぎたいから。この街には、東京が隠蔽してしまったものが残されているから」
松本祥孝 yoshitaka matsumoto
photographer +横浜関内にてmatsumoto coffee roasters 主宰。料理写真、街歩き写真が得意分野。コーヒー焙煎と白黒暗室の奇妙な関係を探索中。コーヒーの出前屋台や出前授業なども行う。横浜野毛ジャズ喫茶ちぐさで日替りマスター隔週金曜日担当中。