One day
#02
バンド・ホテルは、
海の匂い
i n t r o d u c t i o n
ヨ コ ハ マ の ま ち を 彷 徨 う |
いまはドン・キホーテになっているところに、バンド・ホテルがあった。
そんなことをいうのは、昔のことを懐かしがるばかりでなく、記憶していることを話しておきたいからだ。
そうしたことは、どうでもいい糸くずのようなことがらではあるけれど。
次の日にノースピアのstar dustで撮影をするために、前倒しで一泊するためだった。
デザイナー、カメラマンもいっしょで、モデルの女の子もいたかもしれない。
バンド・ホテルのことは日活映画に登場していたこともあって、初めての気がしなかった。
ベッドに倒れこむ前にヒョイと覗いたら、椅子やテーブルの裏に「差し押さえ」の札が貼った。
もう、倒産しかかっていたのかもしれない。
バンド・ホテルは、巨象の足で圧し潰されかかっていた。
そのバンド・ホテルのすぐ脇にはすぐに海がせまっていて、だからこそbund(海岸通り、灘、埠頭)という名を冠したのだろう。
そこにひしゃげたバラック風の店が並んでいて、そのうちの一つが喫茶店で、小窓から海が見えた。
品のいい老嬢がやっていて、あるとき、茶筒のようなものからカリントウを出して小皿に盛ってくれた。
これはワタシのおやつだと言い訳して、それきりいつものように黙ってそっぽを向いた。
あるとき、近くの漁師たちが来て、このおばあちゃんは昔は赤いハイヒールで歩いてたんだよと教えてくれた。
聞こえているだろうに、女主人は知らん顔をして雑誌を読んでいる。
それから、一年後くらいに寄ったら、立ち退かなけりゃいけなくなったと悲しそうな顔をした。
もともと不法占拠していた一画だったにせよ、いつもながら弱いものを蹴散らすようなやり方だ。
せめて、コーヒーをお代わりして、力なく立ち去った。
それきり、そこへは行っていない。
I Guess Everything Reminds You of Something.
photo: yoshitaka matsumoto
profile
佐伯 誠 makoto saeki
walker+cyclist+文筆家。音楽、映画、文学、アートの分野に造詣が深く、雑誌、ウエブ、広告など、多様な媒体で執筆を行う。「よそ者として無遠慮にヨコハマをうろつくのは、occupied japanの残り香を嗅ぎたいから。この街には、東京が隠蔽してしまったものが残されているから」
松本祥孝 yoshitaka matsumoto
photographer +横浜関内にてmatsumoto coffee roasters 主宰。料理写真、街歩き写真が得意分野。コーヒー焙煎と白黒暗室の奇妙な関係を探索中。コーヒーの出前屋台や出前授業なども行う。横浜野毛ジャズ喫茶ちぐさで日替りマスター隔週金曜日担当中。