Another City
#03
止まった時計
文 筆 家 ・ 佐 伯 誠 の
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ずっと家にいたせいで、手巻きの腕時計を巻くことをしなかった。
時間を気にしないで暮らすことに慣れてしまったのかもしれない。
それが、友人と会うことになって、
久しぶりにシャツを着て、時計をしようとネジを巻いたら、手ごたえがない。
ゼンマイが切れてしまったのだろうか?
東銀座にある小さな工房へ持って行って、直してもらった。
昔、ギンズバーグのHowlという詩に、時計を捨てろというくだりがあった。
時間に縛られてちゃ、ヒップじゃないよということだろう。
その教えに従って、腕時計をしないで二十代を過ごしたが、
いつしか腕時計を身につけるようになってしまった。
それでも、せわしないのはイヤなので、旧式の手巻き時計を愛用して、
万年筆にインクを入れたり、コーヒーを淹れたりするのとおなじように、
手間をかけることを愛おしく思っていた。
友人たちも、家にいたせいで、季節のことも、曜日のことも、時間についても
すっかりノンシャランになっていたという。
Tシャツで過ごしていたせいで、身だしなみにも無頓着になってしまったと嘆く。
また、生活は始まった。
腕時計のネジを巻いて、靴を磨いて、ジャケットをはおって、坂道をゆっくりと下りてゆく。
久しぶりに電車に乗って、街へ出て、書店で本を探してからカフェで拾い読みをする。
どうしてだろう、ルーティンなのに、
なんだかぎこちない。
remember that the loss is no disaster.
profile
佐伯 誠 makoto saeki
walker+cyclist+文章家。ヨコハマとの縁は長くて深い。どこを歩いても、何かを思い出す。ヨコハマで、街を一冊の本のように読むというたのしみを知った。街も人も老いる。嘆いても仕方ない、それに対して敬意を持つべきだ。
松本祥孝 yoshitaka matsumoto
photographer +横浜関内にてmatsumoto coffee roasters 主宰。料理写真、街歩き写真が得意分野。コーヒー焙煎と白黒暗室の奇妙な関係を探索中。コーヒーの出前屋台や出前授業なども行う。横浜野毛ジャズ喫茶ちぐさで日替りマスター隔週金曜日担当中。