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「箱根本箱」を読む
#03(完)
本との関係を
都市で応用するには?

text; akihiro tani, photo; koichi torimura & ondesign

 

オンデザインがブックホテル「箱根本箱」で行った研修旅行のレポート「箱根本箱を読む」も最終回。建築家たちによる「読む時間」の議論は、箱根本箱の設計やディレクションに携わったゲストも交え、「本が生み出す人と人の関係性」から「都市空間への応用」まで広がりました。

 

建築家にとっての「読む時間」とは
その周辺の時間と空間から生まれる
「本と人」や「人と人」の関係を
考えることなのかもしれません。

 

(これまでの記事)
「箱根本箱」を読む#01 Ondesign is On Reading
「箱根本箱」を読む#02 本との出会いから味わうまでを考える

編注:コメンテーターを務めたゲストは、箱根本箱のブックディレクションを手がけた染谷拓郎さん、箱根本箱の設計を担当した建築家の海法圭さん、「丸の内朝大学」や「六本木農園」などでコミュニティづくりに取り組む古田秘馬さんの3人。オンデザイン社員の発言には、名前の冒頭に「OD」をつけてあります。

 

ダンディズムを読んでいたら、人が集まってきた!

「本が生み出す人と人の関係」を考える上でキーになるのは、本と人が「1対1」の関係を超えること。第三者が現れると、どんなことが起こるのでしょうか?

OD近藤 ぼくたちは、「本を読んでいる人自体がコンテンツ」という側面があると考えました。つまり、本を読んでいる人を見ることによって、見た側の人も「どんな本だろう」と本に興味を抱いたり、「あの人どんな人だろう」と人に興味を持ったりするんじゃないかな、と。

OD西田 箱根本箱には18部屋あって、その時泊まった別のお客さんと、お互いに何を読んでいるのか、ちょっと知ることができると良さそう。

染谷 面白いことがあって、「元の位置に戻すのがめんどくさい」時のための返却台には、読み終わった本が積まれるんですけど、「ああ、この本手に取られていたんだ」というのが分かるんですよ。

photo: Koichi Torimura

 

古田 泊まった人が「ここで、こんな時間に読んだら良かった」と、本の内容だけでなく体験を合わせて共有してくれると、本屋さんが書くレビューと少し違って、より読んでみたくなる、というのもあるよね。

OD伊藤 私がソファーで「ジャパニーズ ダンディ」という写真集を眺めていたら、みんなが集まってきたんです。あと、「夜空はいつでも最高密度の青色だ」という本を持ち歩きながら、その話の映画を勧めることもできました。本を手に持つことは、自分が発信力を持つことにもなると思うんです。

photo: Koichi Torimura

OD谷 伊藤さんが「ジャパニーズ ダンディ」を眺めていたから、人が集まって「ダンディズム論」が始まったわけですよね。本だけあっても、伊藤さんだけいても、それは成立しない。

OD近藤 「ジャパニーズ ダンディを読んでいる」は、たとえば「野球をやっている」「みかんを食べている」というのと同じように、その人を説明する“形容詞”の一種だと思うんですよ。だとすると設計の立場からできるのは、「その“形容詞”をより分かりやすく見えるようにしてあげる」こと。本の空間だけでなく、都市を考える時にも応用できるんじゃないですかね。

 

本を開けばパーソナルスペースが生まれる

「本が生み出す人と人の関係」をめぐり、「発信力」だけでなく、適度な距離感を保つ「バリア」の要素について考えたグループもありました。

OD秋元 本を開いた瞬間に、パーソナルスペースが生まれて、人と人のちょうど良い距離感が保たれるようになる。人と人の関係へのそういう効果もあると思い、「程良い距離感」というキーワードが浮かびました。

染谷 本を開くと一種の「バリア」になるので、知っている人同士が気持ち良い距離感を保つために使うことができます。自分が気持ちよく過ごせる空間をつくる、という意味で、本と空間づくりは通ずるところがありそうですね。

共有資料より。一人ひとりが絶妙な距離を取って本を読んでいる

OD萬玉 パーソナルスペースという意味では、たとえば本がスマホに変わると、何か違いがあるんでしょうか?

OD近藤 さっきの“形容詞”の話で、本だと表紙で「何を読んでいるか」が分かって形容詞が明確になるんだけど、スマホだとどんな情報にアクセスしているか分かりづらいから、接点をつくりにくい、というのもあると思います。

 

箱根本箱から読み解く「時間軸」のある空間

もうひとつのキーワードは、「時間軸」。箱根本箱の体験を、建築家として都市に応用しようと考えたグループの発表です。

OD小泉 ぼくたちは、「箱根本箱の空間を、どう都市に落とし込むか」を考えました。たとえば、箱根本箱で見える景色を都市の一部だと考えると、じっくり本を読んでいる人や、背景で行き来している人、あと外の景色の移ろいみたいな、時間軸があると思うんです。

共有資料より。人が静止している2階と対照的に、1階では人が行き来している

OD谷 この写真、下の歩いてる人はぶれてますよね。都市に当てはめると、どんな感じになりますか?

OD小泉 かっこよく言えば、ニューヨークでハイラインを見下ろすアングル。身近なところだと「歩道橋」かな。下では忙しく通行しているんだけど、高いところには止まっている人がいて、時間の対比が見えるという。ブレているのは、「行き来」ですね。

海法 「読む時間」という本は、ある一瞬を切り取った静止画なのに、その前後の時間を感じさせるんですよね。それは読書するという行為自体が、基本的には静止しているように見えるからなのかなと。一方で、読書している人の周りは、いろんなスピードで動いている。日が傾いて山の影が伸びるとか、人が足早に歩くとか。そんな中に、本を読む自分のゆっくりとした時間軸が重なる感覚を得られると、居心地が良い気がします。

 

 

オンデザインの「読む時間」

議論の最後には、ゲストからあらためてフィードバックがありました。

OD西田 同じことをいろいろな人で同時にやると、発見が多くて良かったな、と思います。

古田 読んでいる瞬間や感覚をシェアする、という体験は初めてで面白かった。本と人はもともと1対1のはずで、本屋さんをジャックするっていうのはできないから。リアルで人が集まることに価値があるし、読むという行為自体がコミュニケーションだな、と。ある一定を超えると、行為がコミュニケーションに変わっていく、というのが感じられました。

photo: Koichi Torimura

海法 本を一冊置くと本屋にすることはできるけど、ホテルはそうではない。それが本屋の強さでも弱さでもあると思っています。印象的だったのは、「○○している」と言う形容詞の話。誰が何を読んでいるかという本のある風景が、その場の性質を変えて、それを教えてくれるということです。建築は、箱根本箱でも「シアタールーム」「書斎」など空間に名前をつけて機能主義的に設計せざるを得ない側面があるのだけど、あとから風景によって空間の名前を決めてみるのも面白いな、と考えさせられました。

古田 もうひとつ、運営の立ち位置で、建築の方と一緒に考えて面白かったのは、本が変わっていくことによって、3年後もここは新しい空間であり続けられるだろうし、そういう考え方のデザインって、今まであまりなかったなぁ、と思いました。

染谷 いろいろな使い方や、楽しみ方を考えてもらって嬉しかったです。箱根本箱には、「みんなでひとつのことをやる」というより、「ひとりとひとりとひとりとひとりが、でもバラバラではなくて、それぞれ楽しんでいる」という良さがあって、それが全体として見えるのが気持ち良い。きょうは、それを言語化してもらったと思っています。

 

「読む時間」を追求した研修の議論は、結果的に「読む時間」そのものよりも、前後にある「出会い」や「アウトプット」、もしくは、周辺にある「空間」や「人との関係性」などを中心に展開しました。

でもそれこそが、オンデザインの「読む時間」なのかもしれません。なぜなら建築家は、「“読む時間”の過ごし方は、そこに来る人次第」という立場で、「そのための時間と空間を、どうつくって提供するか」を考えるからです。

箱根本箱での学びが、どういう糧となり、どんな形で次に反映されていくのか。オンデザインの建築家たちが生み出す時空間に、今後も注目です。
(完)

photo: Koichi Torimura

 

【Guest Profile】

染谷拓郎:日本出版販売株式会社リノベーション推進部 / YOURS BOOK STORE プランニング・ディレクター。書店のリノベーションなどを通じた「本を使った場づくり」に取り組み、「箱根本箱」ではブックディレクションを手がけた。
海法圭:建築家。海法圭建築設計事務所代表。「箱根本箱」の設計を担当した。1982年生まれ。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2010年海法圭建築設計事務所設立。
古田秘馬:株式会社umari代表。東京・丸の内「丸の内朝大学」や農業実験レストラン「六本木農園」など、数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がけ、都市と地域、世代を繋ぐ仕組みづくりを行う。
  山本桂司:ながと物産合同会社 COO / 販売戦略プロデューサー
  原田佳南子:UDON HOUSE共同経営 / 支配人

【関連サイト】
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