ZINE企画第2弾“取材”
『金田ゆりあ』の
リサーチから出版までの想い
オンラインメディアを主戦場としてきた私たちbeyond architecture(以下、BA)は、2021年にプロモーションの一環としてZINEを発刊しました。メディアのあり方が変化し続ける時代に、あらためて紙媒体で伝えることの価値を実感し、以来、ZINEを通してさらなる展開を模索中です。この連載では、ZINEの制作+発信を行う方々への“取材”、さらにZINEフェスなどの“イベントレポート”といったさまざまな視点とアプローチから、ZINEの魅力を深堀りしていきます!
自社制作したZINE vol.0
今回ご登場いただくのは、『日本の壁 WALL JAPAN』ほかさまざまなZINEを刊行する、金田ゆりあさんです。
金田さんは都市やまちのリサーチ活動をベースに、アーカイブの編集、デザインを自ら行い、手製本のZINEを制作されています。日本のさまざまなまちに自ら足を運び壁の痕跡を採集し記録した『日本の壁 WALL JAPAN』(WALLJAPAN刊)は、手製本にこだわる金田さんの想いが詰まった一冊です。ZINEという紙媒体とご自身のリサーチ活動がどのように繋ぎ合わさっているのか。ZINEへの想いや今後の展望をお聞きしました。
右から金田さん、淺野さん
BA 今日は取材よろしくお願いします!
金田・淺野 よろしくお願いします。
BA はじめに、金田さんがZINEを作りはじめた経緯やきっかけをお聞きしたいです!
金田 きっかけは友達が出ていた文学フリマでした。『働きたくない』(嫌働舎 刊)というZINEを作っている友人やstudioTRUEのおふたりなど、大学時代からZINEを作ってきた人たちが周りにいたこともあって、前の会社を辞めたタイミングで、私も文学フリマに出ることにしました。でも登録してみたものの、出店当日に何もないテーブルを想像したら急に怖くなって、はじめての文学フリマだったのですが、『日本の壁 WALL JAPAN』を含めて、3冊のZINEを作って参加しました。(これまでに制作されたZINEはこちら)
BA 3冊同時に? すごいですね。2023年に文学フリマに参加されてからここにあるZINEすべてご自身で制作されたのですか?
『日本の壁 WALL JAPAN』のほか、金田さんがこれまでに制作されたZINEが並ぶ
金田 はい。
BA 1年半でこの量はすごいです。この『日本の壁 WALL JAPAN』は、私たちも最初に拝見したとき、壁というトピックが面白いなぁと思いました。
金田 『日本の壁 WALL JAPAN』は、壁の写真を撮ってInstagramにあげていたのが150枚ほど溜まったので、まとめとして作ったものです。
じつは出店するまで文学フリマには一度も行ったことがなくて、どういう人が来るのかまったく分かっていなくて。建築が好きな人だけではないとは思っていたので、写真集のように楽しめるものを目指しました。壁の写真を撮りはじめたのは、空き地・空き家について研究していたのがきっかけです。空き地は私有地だから介入できないし、ネガティブなイメージが多いことに疑問をもっていたんです。そんなときに見に行ったのがゴードン・マッタ=クラークの展示でした。『WALLS』という解体される空き家の壁の写真をまとめたポスター作品があって、それがすごくかっこよくて。それを見て「あ、わたしは外壁だ」って思いました。外壁を撮って、「空き家はかっこいいものだよ」って言えたらっていう思いから作りはじめました。
『日本の壁 WALL JAPAN』の表紙、実際にまちで採れたトタンを使用している
BA この表紙のビジュアルもかなりインパクトがあります。
金田 ありがとうございます。表紙はどうしようかと迷いました。本当は透明トタンを新たに購入して綺麗に仕上げようと思っていたんです。でも友人に相談したら、「廃トタンにしたら?」と言ってくれて。X(旧Twitter)でトタンを譲ってくれるところを探して分けていただきました。
BA 『日本の壁 WALL JAPAN』はすべて手製本なんですよね? 作ったのは合計で何部ですか?
金田 全部で100部です。とても大変でした。外注してしまえば、すごく綺麗に製本されたものになったと思うんですけど、お金もないからとりあえず手製本でやってましたね。あと、文学フリマまでの準備期間にのんびりしていたら、ネット製本の締め切りが過ぎてしまったというのも大きいです。でも、今思うと大変だったけど、すべて手製本でやってよかったなと。もちろん、はじめてだったので、クオリティの面では反省点はたくさんあるんですけど、廃トタンをビス留めするというのは、手製本ならではのことができたんじゃないかと思ってます。
BA 手製本が『日本の壁 WALL JAPAN」』のよさを引き立たせている気がしますね。
金田 それで去年(2022年)の10月に、『日本の壁 WALL JAPAN」』を持って京島に遊びに行ったら、淺野さんとワークショップをやることになりました。
BA それが京島と繋がるきっかけなんですね。てっきり淺野さんと知り合ってから作られたのだと思っていました。
淺野 金田さんが京島に来られたときには、すでに『日本の壁 WALL JAPAN』は完成していて、最初は「すげぇ本を作ってんなぁ」と思いました。京島にも特徴的な壁がたくさんあるし、京島共同凸工所もちょうどオープンして3ヶ月くらいだったので、イベントとかできたらいいなと思い、「じゃあ何か一緒にやろうか」と。
BA 京島共同凸工所は、どういう場所なんですか?
淺野 いわゆる「ファブ施設」や「メイカースペース」と呼ばれるシェア工房で、3Dプリンターなどの工作機械を貸し出しています。まちの人が自分の作品や、まちで使う物を作りたいときにサポートしています。去年の8月に正式オープンして、週末の3日間を中心に営業しています。
京島共同凸工所の様子。3Dプリンターなど物作りのための機械が並ぶ
BA この建物はもともと何に使われていたんですか?
淺野 もともとは町工場ですね。築90年越えの4軒長屋です。京島の建物に多いんですけど、1階はこういった生産スペースで、2階は居住スペースになっています。古い建物をちょっとだけリノベして、お店をやりたい人に貸し出す活動をこの地域ではいろんな場所でやっています。その中の一環で、制作支援の場所としてはじまりました。じつはこの上階には若者がふたり住んでいます。
BA 上は住居なんですね。
町工場のお話しをされる淺野さん
BA 淺野さんとは、どんなワークショップを行なったのですか?
金田 今年1月にまち歩きとお土産用のミニZINEを作る『京島の壁』というワークショップをやりました。当日は雪予報だったのに、たくさん集まってくれて。京島のいろいろな壁や路地を巡り、京島の個性が感じられる壁をみんなに撮ってきてもらいました。事前に淺野さんが交渉してくださったおかげで、いろんなところからトタンの壁を譲ってもらったりもしました。
BA 壁を譲ってもらうって新しいですね。
金田 はい。和菓子屋さんを解体していた工事現場の方や、京島で物件を活用している知人たちに交渉してくれました。ワークショップでは、みんなで直接外壁からトタン専用の鋏で切り取ったりもしました。参加者もはじめは戸惑っているんですけど、徐々にトタン鋏の使い方も分かってきて。
BA トタンがなんだか貴重なものに見えてきますね。
金田 最後に、写真をポストカードサイズに印刷して、参加者に渡しました。最終的にできたのが、こんな感じです。
2024/10/26に開催された(すみだ向島EXPOの)WSでの一枚、トタンには日付の書かれたシールが貼られている(写真提供:金田ゆりあ)
BA すごい!
金田 そのときに集めてもらった壁で、次は京島の壁のZINEを作りたいと思っています。今年の『すみだ向島EXPO』の期間中にやろうと計画中です。ZINEとは少し文脈がずれるんですけど、メンテナンスにも興味があるので、壁を勝手に補強するみたいなことができたらいいなとも思っています。
BA 切り取った分、お返しするということですか?
金田 はい。トタンって波のピッチがずっと変わらないので、古いものの上に新しいものをどんどん重ねられるんです。『日本の壁 WALL JAPAN』に使っているのは日本のJIS規格のトタンです。JIS規格によると、大波と小波で分けられています。あと最近はあまり使われていないんですが、もともと屋根に使われていた波のピッチが大きいタイプもあるみたいです。
京島の様子、取材時は実際にまちを練り歩きお話しを伺った
BA 自由度がすごくありますね。そもそもトタンって日本だけのものなんですか?
金田 発祥は日本ではないので外国にもありますね。例えばオーストラリアにはトタンを多く使った建物があると聞きました。これは自論ですが、日本の土壁と相性が良かったんじゃないでしょうか。劣化しやすい土壁をどんどん付け足して覆えるというのも重宝された理由なのでは。それに加工のしやすさもポイントだと思います!
BA 今後、『日本の壁 WALL JAPAN』はどう展開していく予定ですか?
金田 素材についてもっとリサーチして第2弾を作りたいなと思っています。『横浜トリエンナーレ』に出展した際に海外の方々の反応がよかったので、英語を併記したヴァージョンにしたいなと。また、京島で行なった壁採集ワークショップのまとめとして、『WALL KYOJIMA 京島の壁』を作りたいなとも思っています。
「取材後に製作した『京島の壁 WALL KYOJIMA』のZINE』」
BA 第2弾と京島、どちらも楽しみですね。金田さんの作るZINEは、自治や政治から壁のリサーチまでとバラエティに富んだ作品が多い印象です。制作のテーマはどのように設定していますか?
金田 ジャンルはとくになく、もっと知りたいことや、やってみたいことを自分の好きなように実験している、そんなイメージです。また、印刷製本で完成形を目指すのではなく、作ったあともアップデートしていくことも大切にしています。学生時代、デザインリサーチの研究室にいて、ラピットプロトタイピングという、すぐに試作品を作り、それを反映するという手法がいいなと思っていました。ZINEもやっぱり作ってみないと分からないんですよね。毎回自分のなかでやってみたいことや、はじめて取り組むことをなんとなく決めて、自分の実験も兼ねて作っています。自分の中の現在地、今の興味とかやってみたいことをやるという想いを、ZINEで確認しているのかもしれないですね。だからこそ、「とにかく作る」という手法が合っている気がします。
BA そうなんですね。自分のやりたいことをZINEにする、金田さんの熱量やその動機がこのZINEの冊数にもあらわれている気がします。ちなみに、今の金田さん自身の現在地はどこですか?
金田 今度、 はじめて山形の芋煮会(河原で芋煮をするイベント)に行くので、芋煮のZINEを作るのもいいかもと思っています。ふだん興味をもって深掘りしたいと思っていても、締め切りがないとやる気が起きないタイプなので、ZINEを作ることを理由に半強制的に調べたり、まとめたりしているのかもしれないです。
BA なるほど。ZINEを作ることが、リサーチのモチベーションになっているんですね。作ったあとに金田さん自身が予期してなかった反響や新しい広がりみたいなことはありましたか?
金田 そうですね。前に、沼津のイベントで出店していたらいろいろ購入してくださった方がいて。その後、その方が、『スナック知恵』というイベントに来てくださって、そこでお話ししたら、「自分もZINEを作りました!」と言ってくださったのがうれしかったですね。直接的に、まちづくりをしようとかZINEを作ろうとか言ってないけれど、きっかけにしてもらえたというのは、とてもうれしかったですね。
ZINEを手に語る金田さん
BA 金田さんの熱量やこだわりがあるからこそ、少ない部数でも多くの人に届いているように思います。
金田さんはZINEを作るときに、リサーチから編集、デザイン、製本までご自身でやられてますよね。とくに手製本にこだわる理由やきっかけは何だったんですか?
金田 そうですね。手製本にこだわるというよりは気がついたら、手製本になっていたというほうが近いです。結局、プロに頼めば、デザインも印刷も製本もクオリティは高いし、全部をやってもらえると思うんですね。将来それを仕事にしようと考えるなら、そのほうがいいと思うんですが、ZINEの魅力は「好き勝手に作れる!」ということだと思うんです。製本も自分ですると本当に大変だし、部数も全然ないけれど、実験的に面白いことはできそうな気がします。
あとは、「手製本=物」としての本という意味で言うと、私は仕事で「町史」(=まちの歴史がまとめられた本)を調べることが多いんですが、そうした資料はデジタルアーカイブではなくて、手にとってリアルに見たほうが情報としては絶対にいいと思っています。図書館に行くと、生活の記録のような50年のまちの歴史が細かく記されている謎の自費出版本があったりして。どこに映画館があるかとか、銭湯でこんなことをしたとか。
BA なるほど。やっぱりリアルな“物”のほうがいいということですか?
金田 そうですね。デジタルアーカイブも必要だと思いますが、リアルであるからこそ、コミュニケーションに繋げることができるというか。本を見た人が、「これ自分の近所だよ」みたいな話ができたり。情報の取捨選択の自由がこちら側にある気がしますね。あと、日記や写真を残すということは、未来にバトンをパスすることなのかもとも思っています。仕事でも、このまちに住んできた人はどんな営みをしていたのか、いまの私たちが知ることができるのが面白いなと思うんです。
BA なるほど。いまをアーカイブすると、過去のことを知るだけではなく、未来のことも考えられるんですね。
金田 そうですね。ZINEもそうですが、このまちのいまを仮留めしておくというか、まとめておくことが、まちのアーカイブにも大切だと思うんです。京島もいろいろな人が関わっているのでアーカイブがたくさんあるまちだと思うんですけど、それでも気がついたら解体されてしまう建物があって風景はすぐに変わりますよね。だからこそ『日本の壁 WALL JAPAN』があるんだと思います。変わっていくことを悲観するのではなく、アーカイブすることに意味があるのかもしれないとあらためて思いますね。
BA ZINEがアーカイブの媒体となっているのは面白いですね。ほかにもそういう視点で制作されたZINEはありますか?
金田 まちのアーカイブという視点ではないかもしれないですが、体験のアーカイブができたらと、作成したのが、『COPENHAGEN (PERFECT) BOOKSHOP BOOK』です。これは、今年2月に訪れたデンマークで、本屋さんを巡ったので、その記録としてまとめたものです。もしかしたら、2024年2月段階でのまちの本屋さんのアーカイブになっているかもしれないですが、目的はそこではなくて、素敵な本屋さんに行って「本屋をやりたい気持ち」が高まったので、それをまとめたんです。
コペンハーゲン(パーフェクト)ブックショップ ブックの見開きページ(写真提供:金田ゆりあ)
BA 現地の本屋の空気感が、イラストから伝わってきていいですよね。綴じ込みでチラシが挟まっていますが、これは何ですか?
金田 これは製本したあとに追加した「遊び紙」です。実際にコペンハーゲンでもらってきたチラシを遊び紙(表紙と中身の間に入っている紙)として入れてみることにしたんです。それぞれ違うフリーペーパーを挟んでいるので、1冊ごとに違うものになりました。
『日本の壁 WALL JAPAN』も最初は表紙にラベルが貼られていなかったんです。そうやって徐々にアップデートしていくスタイルでやっています。それもZINEの醍醐味なのかなって思っています。
BA 作るたびに見せ方や綴じ方をアップデートできるという話は、手製本のZINEだからこその魅力に感じますね。
金田 そうですね。あとは手渡ししたときに自分で作っているので説明できることもZINEの魅力ですね。イベントやフリマなどで直接手渡せると、こういう人が興味をもってくれるんだとか、このZINEが人気なんだとか、反応が直接感じとれるので面白いんです。
BA それはすごく共感します! 私たちも以前作ったZINEを手渡しで配布したときのコミュニケーションが面白くて。物作りに対しての想いとか、その場の空気感を感じられるのがいいですよね。
金田 やっぱり物になってるからこそ、話しやすいと感じますね。淺野さんが言っていて、私も共感したのですが、「全部に自分が関わっているから、説明できないことがない」ということです。オンラインサイトも作っていて、そこで買っていただいたりするんですけど、リアルでお会いして購入してもらうほうが楽しいですね。「もっと説明させてくれ!」となるというか(笑)。
BA 買う人のZINEへのこだわりもいろいろあって興味深いです。最後に今後の展望はどのように考えていますか?
金田 ひとつのまちで少し根を下ろして、本屋さん兼まちの出版のようなことをやりたいなと思っています。そして、だからこそ、そのまちをいろいろ知っている人になりたいなと。まちに住んで生活して、生業をしているからこそ、まちの成り立ちや、まちの人のことを知っている、そんな人に憧れます。そして、気づいたらそれがアーカイブになっているというのが理想ですね。好き勝手やって(笑)、それが願わくば何かに繋がっているといいなと思います。
BA 今後の金田さんの活動が楽しみです。今日はありがとうございました!
金田 こちらこそありがとうございました!
【取材後記】
その時々で興味を持ったことを徹底的にリサーチし、とことん好きが突き詰められた熱量あるZINEの数々。京島をまち歩きしながら、その熱量から生まれる人やまちとの繋がりを実感し、リアルなものとして作るZINEの魅力にあらためて気づくことができた。金田さんが今後どんなジャンルをアーカイブし、どんな繋がりが生まれるのか、予測不能な展開を楽しみにしたい。(矢代)
>聞き手:BA編集部メンバー:宮下 哲、松井勇介、矢代花子、山倉璃々衣
profile
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金田ゆりあ yuria kaneda1994年鹿児島生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。大学時代は、水野大二郎研究室にてデザインリサーチの手法を学び、フィールド先でのリサーチや実践の大切さを学ぶ。卒業後は、株式会社フォルクに入社。ランドスケープデザインのリサーチやワークショップを担当していた。現在、フリーランスのデザインリサーチャー兼、株式会社リ・パブリックにてリサーチを行っている。「WALL JAPAN」という全国で壁採集を通してまちのアーカイブをする活動や、「LAZY BOOKS」という本屋さんを目指すパブリッシング活動、「スナック知恵」というスナックとポッドキャストを行き来する活動を行なっている。 |
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profile
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淺野義弘 yoshihiro asano / 京島共同凸工所淺野義弘(あさのよしひろ) 1992年長野市生まれ。大学卒業後、研究員として2年半ほど従事したのち、ものづくり領域を中心としたライターとして独立。とある取材をきっかけに、2023年2月に墨田区へ引っ越す。現在は3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を備えた工房「京島共同凸工所」を運営しながら、墨田区での暮らしを満喫している。京島での生活を綴った著書『京島の十月』が販売中。 |
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