建築家の職能
#07
まちの有志PJを
自走に導く育成者
まちの人の想いが込もった構想やプロジェクトを、建築家はどう育てていくのだろう。
建築家が都市で担う「機能」や「役割」を言語化しながら整理する「都市を科学する〜建築家編〜」。#07は、静岡市でお医者さんが有志で立ち上げた「サクラノキテラス プロジェクト」をケーススタディに、建築家がプロジェクトを自走に導くプロセスを紐解きます。
「はじめの一歩」への先導
デザインのスペシャリスト
自走に導く見守りと助言
有志によるPJを支援する建築家
地域の人たちが自発的に立ち上げたような有志プロジェクトを、建築家が手助けする価値は何だろう。
もしかするとそれは、表面的・短期的なプロジェクトの賑わいよりも、プロジェクトが関わる人たちの手によって自走するようになることにあるのではないか。
静岡市のとある医院の中庭を拠点に進められている「サクラノキテラス プロジェクト」からは、建築家が創出するそんな価値を感じることができる。
医院の中庭を健康コニュニティの拠点に
「サクラノキテラス プロジェクト」は、地域の健康づくりのコミュニティ形成を進めるプロジェクト。
静岡市の大石内科の医師・大石悠太さん夫妻が「地域の人たちが社会的な交流を楽しめる場をつくり、医学とは別のアプローチで、心からみんなを健康にしていきたい」と考え、医院の中庭をコミュニティ拠点にしようと構想した。
2019年に「健康屋台 大石喫茶」としてスタートしたプロジェクトは、中庭でマルシェを中心としたイベントが定期的に開かれるまでに発展。
大石さんの思いに共感する人たちが「健康」に関する出店で賑わいを創出し、大石さんも夫婦で来場者とのコミュニケーションや健康相談に応じるなど、「地域の健康をつくる」というテーマに向かって進んでいる。
そんな「サクラノキテラス プロジェクト」のサポートにあたっているのが、千代田彩華さん、中村遥さんをはじめとするオンデザインの建築家たち。
「単にイベントを企画運営するのではなく、プロジェクトそのものや、そのプロジェクトを進めるコミュニティをつくるという意識を大切にしています」(千代田さん)
確かに、「地域の人たちを、心から健康にする」という大石さんの思いを実現するためには、イベントが短期的に盛り上がることよりも、主体的で持続的なプロジェクトの取り組みが大切になってくるだろう。
そのための「サクラノキテラス プロジェクト」での建築家の振る舞いを紐解くと、プロジェクトの段階に応じて少しずつ異なる、建築家の立ち位置と役割が浮かび上がってきた。
①「はじめの一歩」への先導
プロジェクトが動き出すタイミングでは、「はじめの一歩」を考えることが重要になる。
たとえばサクラノキテラスプロジェクトは、軒先に屋台を出して大石さんが健康相談に乗る「健康屋台」から始まった。
プロジェクトオーナーである大石さんが中庭を使ったコミュニティ拠点の構想を膨らませていく中で、オンデザインの中村さんが「それではまず、小さな屋台でもいいから、実際にやってみませんか」と提案したのだ。
「ロードマップをガチガチに固めるのではなくて、まずは等身大で動きやすい“はじめの一歩”を考えます。大きなビジョンやゴールはもちろん大切ですが、実際に動いてみて分かったことを反映しながら進んでいけるような柔軟さも必要なんです」(中村さん)
自発的な有志のプロジェクトは、実際に動き出してから方向性が修正されたり、ゴールが明確になったりすることが多い。
定量的な指標を目指したり、形のある建築をつくったりするプロジェクトと異なり、「詳細な計画を設計してその通りに遂行する」というやり方が向かないケースがあるのだ。
サクラノキテラス プロジェクトは健康屋台を開いた結果、地元メディアに取り上げられ、大石さんに共感する仲間が少しずつ増えていった。
有機野菜の生産者、自力整体などのコンテンツを持つ人、ガンを克服した経験がある保健師などが集まり、月1回のマルシェイベントが開かれるようになった。
等身大でできる「はじめの一歩」を提案し、その結果を受けて柔軟に、また次の一歩を考える。
中村さんたちのそんな姿勢が、地元の人たちのエネルギーを最大限に活かすプロジェクトへとつながっていったのだ。
②デザインとコミュニケーションのスペシャリスト
プロジェクトが進んでいくと、建築家は得意領域である設計やデザイン、あるいはコミュニケーションに関する「スペシャリスト」としての役割を果たす場面が増える。
クライアントであるプロジェクトオーナーが自ら、“次の一手”を考えたりプロジェクトメンバーをまとめたりする中心になっていくため、建築家は「先導する」のではなく「支える」立場に回るのだ。
サクラノキテラスプロジェクトでもオンデザインの建築家たちは、医院の中庭で行うイベントの空間レイアウトの検討や、ちょっとした什器をつくる日曜大工、イベントを紹介するフライヤーのデザインなどを受け持った。
「協力してくれる人のキャラクターや地元らしさが感じられるように」と、出店者のお茶業者と相談して、お茶箱を会場の椅子として使う提案をしたこともあった。
また、イベントに集まる人が次第に増えるにつれて、建築家たちが集まった人たちと積極的にコミュニケーションを取る場面も増えた。
大石さんがすべての人と話すことが難しくなったことを受け、ひとりひとりにイベントの趣旨を説明したり、出店者へのねぎらいの言葉をかけたり、地図を使って来場者と対話するコーナーを設けたりして、コミュニティを作っていくための一役を担ったのだ。
空間の設計やフライヤーのデザイン、あるいは地域の人たちとの地道なコミュニケーションは、小さな成功の積み重ねやプロジェクトの発展に必要な要素であり、「プロとして、こだわることができるところ」(千代田さん)でもある。
建築家は得意領域を活かすことにより、「マネジメント」や「先導」とは別の役割で、プロジェクトを支える重要な「メンバーのひとり」になるのだ。
③プロジェクトに関わる人の育成者
そして建築家は、最終的にプロジェクトが自走していくうえで重要な「考え方」や「進め方」を、プロジェクトのオーナーや協力者たちに伝授していく役割も担う。
言葉を選ばずに言えば、プロジェクトを自走させられる「人を育成する」ような立ち位置を取るのだ。
サクラノキテラスプロジェクトでは、イベントの出店者が増えた段階で、千代田さんが大石さんに「出店者さんたちにも、設営や撤収作業を協力してもらうようお願いしましょう」と促す場面があった。
「このプロジェクトで大切なのは、出店者さんに満足してもらうイベントにするのではなく、大石さんの思いに共感して『健康づくりのコミュニティ』をつくってくれる仲間を増やしていくこと。だから、『イベント精神でお迎えする』のではなく、『一緒につくる仲間になってもらおう』と提案したんです」(千代田さん)
千代田さんは、これまでに多くの市民参加型のプロジェクトを手掛けてきたこともあり、 「プロジェクトによって環境は違うし、さぐりさぐりではあるんですが、『ここは変えていかないと、次の段階には進めないかもしれない』というのは何となく分かる」という。
提案や助言をする際には、「何をどうすればよいのか」だけでなく「どういう意図や考え方があるのか」も含めて丁寧に説明する。
もしかすると建築家が自らやってしまったほうが早いかもしれないが、それはせずにプロジェクトメンバーの取り組みを見守るようにする。
「大石さんがプロジェクトに込めた想いを積極的に話すようになってから、共感する人や深く関わる人が一気に増えるようになって。プロジェクトを育てていくことを考えると、想いがある人にしかできないこともあるし、私たちがやりすぎないことも大切だと思うんです」(千代田さん)
こうした繰り返しが、プロジェクトオーナーの気付きや、プロジェクトに関わる人達の関係性を変え、プロジェクトのポテンシャルを高めていくのだ。
自走するプロジェクトを育てる
動き出しやすい「はじめの一歩」を考え、特殊能力であるデザインやコミュニケーションでプロジェクトを支え、プロジェクトのオーナーや協力者を見守りながら実践力を高めていく。
つまり建築家はプロジェクトの局面によって、表面的なイベントの成功だけでなく、プロジェクトのオーナーや協力者の成長にもコミットし、自分自身に対する依存度を下げていくのだ。
だからこそ「サクラノキテラス プロジェクト」は、「地域の人たちが社会的な交流を楽しめる場をつくり、みんなを心から健康にしていきたい」という、短期的な解決が難しい社会課題にアプローチしていくことができるのだろう。
人を育て、長期的な価値を生み出す
「有志のプロジェクトを自走に導く」という役割は、「サクラノキテラス プロジェクト」に限らず、主に市民参加型のプロジェクトでこれまでも多く求められてきた。
ただ、形のある建築をつくる場合と異なり、一番の成果である「プロジェクトの自走力や実践力」が目に見えにくく、短期的・定量的な評価が難しい側面もある。
一番の価値は、そのプロジェクトが持続的な成果を出し続けたり、プロジェクトに関わった人たちがそれ以降も主体的な取り組みをできるようになったりすることにあり、それはどちらかと言えば、プロジェクトが建築家の手を離れて以降に表出してくるからだ。
それを踏まえて見方を少し変えると、「有志のプロジェクトを自走に導く」ことは、「教育」や「人材育成」と重なるとも言える。
なぜなら、より長期的な視点を持ち「人を育てる」「人のマインドに変容をもたらしたり、実践力を高めたりする」ことにほかならないからだ。
「自分たちが教育者や育成者だとは、考えたこともなかったです。でも確かに、クライアントさんの想いが込もったプロジェクトを、クライアントさんたちの手で楽しみながら進められるようになっていく、そのお手伝いができるのはとても嬉しいことです」(中村さん)
「きっとそれが、プロジェクトを通じてクライアントさんが夢を叶えたり、何かを手に入れたり、幸せになっていったりすることだと思うので」(千代田さん)
高校や大学で「プロジェクト学習」が注目されるようになり、社会人の「リカレント教育」への関心も高まりつつある。
数学や社会科や理科といった教科指導ではなく、学習のために用意されたプロジェクトをこなすのでもなく、実社会の中での主体的なプロジェクト実践の場で、関わる人たちの学びを最大化していく。
そんな「プロジェクトを進める経験や能力」は、その人がまた今度、新たな何かを始める後押しとなり、人生を豊かなものにすることにつながり得るのだ。
建築家は、現代だからこそ求められる「人が自らの力で幸せになっていくきっかけ」を、いろいろな人たちに届けているのかもしれない。
(文:谷明洋、写真:オンデザイン)
はじめましての人へ。サクラノキテラス プロジェクトについて|大石悠太(サクラノキテラス 管理人/大石循環器内科医師)|note
次回マルシェイベントは4/3(日)開催(サクラノキテラス プロジェクト instagram)
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千代田 彩華 akaya chiyoda
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「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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