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建築家の職能
#03
イノベーター

 

建築家はなぜ
新しい発想で
空間をつくる
ことができるのか

 

大きなすきまのある生活

建築家は、「イノベーター」としての職能を兼ね備えているのではないか。

それを分かりやすく感じさせる住宅が、東京都文京区に建っている。

木造住宅に挟まれた僅か3.6m幅の敷地にある3階建ての「大きなすきまのある生活」。その名の通り、大きな隙間が敷地の真ん中を貫き、ただでさえ狭い間口をさらに2つに分けている。隙間の正体は、居住部への動線となる通路だ。

木造住宅に挟まれた「大きなすきまのある生活」

 

設計したオンデザインの萬玉直子さんに訊くと、「スペースが限られていたので、通常であれば外周に設ける採光や通風スペースを、真ん中で兼ね備えることにした」のだと言う。

 

イノベーションを「全く新しい技術や考え方を取り入れ、新たな価値を創出する」ことだとすると、この建築はまさにそれなのかもしれない。

では、新しい考え方から新たな価値を創出するのは、建築家のどのような「特性」や「能力」なのだろう。

「大きなすきまのある生活」の設計プロセスと照らし合わせながら、整理してみたい。

 
「隙間を真ん中に」という「逆転の発想」

大きな隙間は「逆転の発想」から生まれたものだった。

幅3.6mという狭い間口に、階段の折返しが必要になる3階建てるという設計案件。敷地両端に幅50cmの隙間を確保し、さらに階段を配置すると、ただでさえ狭い家の3分の1が階段になってしまった。

 

「さて、どうしようかと思った時に、両隣との間の隙間が気になった」と萬玉さん。

住居の設計時には通常、プライバシーへの配慮や通気等のために、敷地の端に50cm以上の隙間を設けることになっている。しかし、この敷地は両隣も端まで木造住宅が建っていて、ジメッとした隙間になることが容易に想像できたのだ。

 

限られたスペースの一部を、隙間のためだけの「使えないの隙間」にするのは、あまりにもったいない。

どうせ必要な隙間なら、人が主体的に「使える隙間」にすることはできないか。

 

萬玉さんはそんな思考を重ね、ひとつの発想に行き着く。

「だったら風の通り道を、光の通り道、人の通り道も兼ねて、真ん中に持ってくれば良いのではないか」

 

形に落とし込み、お施主さんの賛同や、両隣の家の合意を得ることによって、間口幅を最大限に活かした「大きなすきまのある家」は実現した。

「大きなすきま」は風、光、人の通り道を兼ねている

 

イノベーションを実現する3つの「要素」

では、このように「新しい形」を生み出すのは、建築家のどのような「特性」や「能力」なのだろう。

「大きなすきまのある生活」のプロセスを紐解くと、3つの要素が浮かび上がってきた。

 
①「常識」や「前提」を疑う

まずは「常識や前提を疑う」ことだ。

住宅密集地に新たな住居を建てることになれば、通常であれば「しっかりと隣家との間を取らなくては」という意識になるだろう。

だが萬玉さんは、「隣の家との間の隙間って、本当に必要なのか」と疑うことができた。そして、「通気のために隙間は必要だが、必ずしも隣家との間でなくとも良い」と気付くことができ、ブレイクスルーにつながった。

 

「自分は何でもまず疑ったり、“屁理屈”をこねたりする」と萬玉さんは言う。それは、問題の本質に迫るために前提や常識を疑うプロセスが、ときには“屁理屈”にも思えるということかもしれない。

屁理屈を辞書で調べてみれば、「道理に合わない理屈」などとあるけれど。本質に迫るために「道理そのものを疑ってみること」は、単に「道理に合わない理屈をこねること」とは、似て非なるものなのだ。

「隣の家との間の隙間は、本当に必要なのだろうか?」という問いが、ブレイクスルーにつながった

 

②人の生活を高解像度で想像する

次に、新しい発想を形に落とし込むプロセスでは、何が必要になるのだろう。

「大きなすきまのある生活」では、萬玉さんが大切にしている「ヒューマンスケールの衣食住」へのフォーカスが重要だったという。その土台になったのは、大学で学んだという「生活環境学」だ。

 

「生活環境学の根底には、『人間をとりまく環境、つまり衣服から都市まで多様なスケールをもって、生活の豊かさにアプローチする』という考え方があります。たとえば、真ん中に階段があったら、住んでいる人はどんな過ごし方をするのか。朝起きてからどこで何をして、その時どんな景色が見えて、どんな風に思うのか。そんなことを、細部までとことん想像しながら考えるんです」

 

建築工学の「必要な機能を空間にどう割り当てるか」というアプローチに、生活環境学の「生活する人がどんな具体的なアクションを起こすのか」という視点を加えて、異なるスケールを行き来しながら形を考える。

まだあまり前例がない新しい発想だからこそ、理屈や論理だけでなく、その空間を使う人の実際の体験を想像することが重要になるのかもしれない。

新しいものをつくるのは、それ自体が目的ではなく、それによって新たな価値を生み出すためだからだ。

萬玉さんは、住む人がどんな気持ちで、どんな時間を過ごすのかを想像しながら設計した

 
③新しい未来を可視化する

そして3つ目は、「まだ見ぬ未来を可視化する」ことだ。

萬玉さんは、「大きなすきまのある生活」を模型にすることによって、現実に生み出すであろう価値への手応を感じることができた。

 

「人のアクションを想像しながら形を考えても、それはまだ『こうしたら良いかもしれない』という、“仮説”に過ぎないんです。でも、不確かな仮説のまま、現実の家を建てるわけにはいかない。だから小さくても、模型で実際の形を作ってみる。そうしていろいろ議論して、自分もお施主さんも『これなら間違いなく良さそうだ』と確信できて初めて、先に進むことができるんです」

模型で「未来を可視化」することによって、仮説が「これなら良さそうだ」という確信に変わっていく

 

新しい形を考えるだけなら、実はそれほど難しくはない。頭の中や紙の上での思考は、いくらでも「なかったこと」にできるからだ。

しかしそれを、現実の世界に実装しようとすると、一気に難しくなる。物質を伴って空間をつくる建築は特に、失敗しても後戻りができないからだ。

そして、「実装に向かう難しさ」は、発想が新しいほど大きくなる。「これは良さそうだ」と確信するための、参考事例が少ないからだ。

 

萬玉さんは模型によって未来を可視化できたからこそ、「新しい発想を実装する難しさ」を乗り越えることができたのだ。

 

イノベーターとしての建築家

常識や前提を疑い、人の実際の暮らしを想像し、新しい未来を可視化する。

「大きなすきまのある生活」の設計プロセスを紐解くと、「新しい形」を生み出す建築家の「特性」や「能力」が見えてきた。

 

これらの要素は、「大きなすきまのある生活」だけでなく、学生間の交流促進を狙った「まちのような国際寮」など、さまざまな建築プロジェクトでも見て取れる。

小さな“ポット”を吹き抜けにいくつも配置する設計は、学生たちの生活にとことん思いを馳せながら「交流」を考えた末の解であり、模型をつくることができたからこそ提案の採用にもつながった

 

では、建物以外に範囲を広げても、建築家は「新しい発想を取り入れ、新しい価値を生み出す」という役割を発揮するのだろうか?

 

答えはおそらく、「Yes」だろう。

なぜなら、「常識や前提を疑う」「人のアクションを想像する」「新しい未来を可視化する」という3つの要素は、空間づくりに限らない新しいものを生み出す、普遍的なプロセスのひとつだと考えられるからだ。

社会システムや、有形無形のサービス、コロナ禍で新しい生活様式など、さまざまな領域でこれらの要素は応用できるはずなのだ。

 

具体的な事例の考察は、次回以降でまたあらためるとして。

「大きなすきまのある生活」の設計プロセスからは、建築家の「イノベーター」としての職能と、より広い領域での可能性を感じることができた。

(文:谷明洋)

大きなすきまのある生活(ondesign)
神奈川大学国際寮(ondesign)

profile
萬玉 直子 naoko mangyoku

1985年大阪府生まれ。2007年武庫川女子大学生活環境学科卒業。2010年 神奈川大学大学院修了。2010年~オンデザイン所属。2016年~オンデザインにてチーフ就任。2019年~個人活動としてB-side studioを共同設立。2020年~明治大学兼任講師。主な作品は、「大きなすきまのある生活」「隠岐国学習センター」「TOKYO MIDORI LABO.(2020年グッドデザイン賞ベスト100受賞)」、「まちのような国際学生寮(2020年グッドデザイン賞ベスト100受賞/日本空間デザイン賞2020住空間部門金賞受賞)」など。


谷 明洋  akihiro tani

オンデザイン アーバン・サイエンス・ラボ主任研究員 / 科学コミュニケーター / さとのば大学講師

「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧

「建築家編」は、おもにオンデザインのプロジェクトや建築家をケーススタディとして、建築家が都市で担っている「機能」や「役割」を言語化しながら整理していきます。
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