建築家の職能
#06
難題への挑戦者
建築家はなぜ、難しそうなことを実現できるのだろう。
建築家が都市で担う「機能」や「役割」を言語化しながら整理する「都市を科学する〜建築家編〜」。#06は、台形の部屋が連なる「風景を探す家」をケーススタディに、前例が無いことや困難なことを手掛けて実現していくマインドと技術を深堀りします。
「やろう!」という決断
地道に泥臭く
創造力を最大化する
台形の部屋を連ねて家にする
神奈川県鎌倉市の自然豊かな山中に、来日30年のアメリカ人銅版画家のMさんと日本人妻の夫婦がアトリエを兼ねて建てた木造住宅がある。「風景を探す家」と名付けられたその家の最大の特徴は、台形型の小部屋が9部屋も連なる空間設計だ。
設計を担ったのは、秋元俊介さんをはじめとするオンデザインの建築家たち。「部屋の形が長方形ではない家をつくりたい」という、あまり一般的ではないMさんの想いを試行錯誤を重ねて実現した。
そのプロセスを紐解くと、難題を引き受け、挑戦し、実現する建築家のマインドのようなものが浮かび上がってきた。
①未知を面白がって「やろう」と決断する
台形の部屋を連ねる住宅は、設計も工事も難易度が高い。Mさんが当初に相談した別の設計事務所にも、最終的には「長方形の部屋ばかりを並べた設計」を提案されたという。
だが秋元さんたちはMさんの話を聞いて、設計を引き受けることを決めた。
「今だから言えるんですけど、正直、こんなに難しいと思っていなかったんです。この難しさを知っていたら、もしかしたら引き受けなかったかもしれない」
ただ、その真意は単に「無知だった」というのとは少し異なるようだ。
「Mさんの話を聞いて『このお施主さん、めっちゃ面白い』『実現したいな』と感じたんです。その感情を大切にしたくて。だから、難しさを『知らなかった』というより、『敢えて考えないことにした』『見ないふりをした』という方が正しいかもしれませんね」
大切なのは、「やろう」と決断する勇気。 「面白そうだ」「できないことはないだろう」という直感を信じ、「実現できるのか、どのくらい難しいのか」を考えることを積極的に放棄したのだ。
②地道に泥臭く
さて、決断できたは良いが、「台形の部屋を連ねる」という設計には多くの困難があった。
家や道路に囲まれた長方形の敷地と異なり、間取りを考えようにも「頼るべき軸」が決まらない。図面を書こうにも、X軸Y軸のグリッドが使えない。台形の床と壁の家の天井の形を決めるために、思いのほか複雑な計算を要することに気付く。ようやく建材の形が決まっても、直交しない梁や柱の加工が普段の工務店では対応できない。
秋元さんはこうした困難を、どう乗り越えていったのだろうか。
「これはもう、何かコツがあるわけではなく、『諦めず、地道に、泥臭く』としか言いようがないです」
試行錯誤して完成させた図面を、工務店に「これではつくれない」「つくった家に何かあっても責任取れない」と叱られたこともある。角が直角でない部屋の柱は、真四角だと片方の壁にしか釘を打てない。どんな形の柱なら現実的に可能なのか。秋元さんは何度も現場に足を運び、大工との相談を繰り返しながら、図面には書ききれない「ミリ単位」の調整でこうした課題をクリアしていった。
直交しない梁や柱の特殊加工も、いろいろな工務店や知り合いに相談し「もしかするとあそこなら」と別の業者を紹介してもらう。何度もそれを繰り返し、特殊な加工に必要な機械を持っている日本で唯一の業者に行き着いた。
「こっちへ進んでダメなら、あっちへ行ってみる。その繰り返しですよね。最近の言葉だと“アジャイル型”というのか、絶対的な“正解”がない中で、最適解をひとつひとつを見つけていく感覚です。ものづくりを好きでやっているのだから、『試行錯誤はいくらでもしよう』『できるまでやろう』と」
③創造力を最大化する施主との関係性
「風景を探す家」の設計にはもうひとつ、秋元さんの創造的な試行錯誤を後押しする要素があった。
それは施主であるMさんとの関係性だ。
「Mさんはお施主さんでもあるんですが、それ以上に、対等な関係というか、“家をつくる”という目的をともにする“プロジェクトパートナー”のような感覚があるんです」
たとえば、梁と柱の加工業者が見つからないときも、Mさんは事情をよく理解してくれた。隣県の材木屋を訪ねる秋元さんにMさんも同行し、いろいろな木材を見比べながら和室のことを一緒に考えた。やがてMさんは、家の素材に一層の興味を持つようになり、旅先で見つけた柿渋の和紙をふすまに貼り付ける提案や、輪島塗のテーブルを和室に置くアイデアなどを積極的に出すようになった。
まず「やろう」と決めて試行錯誤しながら進めていく設計は、途中で軌道修正や新たな工夫が必要になることも多い。そのたびに、施主から理由や責任を問われるようだと、建築家も難易度が高い設計に積極的になりにくくなってしまう。
しかしMさんは、試行錯誤のひとつひとつを時には楽しみながら、自分のこととして一緒に考えてくれた。
だから秋元さんは、「安全策を取る」よりも「自分のスキルや創造性を最大化して期待に応える」ことに意識を向けることができたのだ。
蛇足になるが、建築家と施主のこのような関係性は、どのように築かれるのだろうか。
秋元さんは「Mさんとの関係に限って言えば」と前置きし、「設計プロセスでの対話の積み重ね」を挙げた。
たとえば、Mさん夫人が廊下の踊り場に「デザイン性の良い障子を入れたい」と言えば、秋元さんは「その障子は開け閉めできるのが良いか、閉めたままにするのか」から、ひとつずつ確かめていく。単に希望を聞くのではなく「開閉できる障子なら、全幅を4等分した障子をつくるのが良く、外の風景と障子の白のコントラストが鮮やかになる」「閉めたままにするなら、光が常に落ち着いた状態になり、格子のデザインの自由度が高くできる」などと判断材料もあわせて説明するのだ。そして、夫人が「それなら、閉めたままの障子にして5等分にすると面白そうね」と言えば、今度は「細い木を交互に組むこともできますよ」具体的な格子のデザインの例を紹介する。
そこにあるのは、専門的な情報を最適なタイミングで十分に伝え、返ってきた言葉をしっかりと受け止める“キャッチボール”を積み重ねることへの、強いプロ意識。
「お施主さん自身の奥底にあった希望を明確にしていく対話の積み重ねが、Mさん夫妻の『家をつくる楽しさ』につながると思うんです」
そうして築いたMさんとの関係は、「建築家と施主の関係」における絶対的な解とは言えないが、確かなひとつの事例ではあるはずだ。
難題を面白がって挑戦する
まず勇気をもって「やろう」と決断し、地道に泥臭く「なんとかする」。そんな試行錯誤をしやすいように、クライアントと「一緒につくる」関係性も築いていく。
住宅設計に限らないオンデザインの多くのプロジェクトで、多かれ少なかれ共通して見られる建築家の姿勢だ。
困難なことを妥協なく実現するためには、具体的な設計の技術だけでなく、こうした姿勢が大切になるのかもしれない。
秋元さんは「風景を探す家」以降も、「高さが10m以上にもかかわらず柱をつくれず、木に直接触れることも許されないツリーハウス」や、「氷点下20度になる環境下でもエアコン1台で適温を維持できる200平方メートルのパッシブハウス」など、一筋縄ではいかないような設計に積極的に取り組んでいる。
「『風景を探す家』を経験したことで、難しそうな案件もあまり怖くないというか、むしろ『新しいことを学べる機会だ』くらいに思うようになりました」
こうして設計の引き出しを増やし、時には建築以外の領域にも試行錯誤を広げていく。自らを成長させながら、社会のいろいろな人に固有の「暮らしの豊かさ」をひとつひとつ実現していくのだろう。
建築家の創造力を生かす
さて最後に、今回の話を一般の、つまり建築家に依頼するクライアントの立場から捉え直してみたい。
たとえば、設計スキルを持たない私が「風景を探す家」のように、「ちょっと難しいかもしれないけれど実現してみたい家」もしくは「実現してみたい空間やイベント」のイメージを持っていたら。
建築家に相談してみると、面白いことが始まるのではないかと思うのだ。
「まだ漠然としたイメージや、『どうしたらいいんだろう?』という段階での相談にも乗ります。僕らも悶々と考えるんですが、そういう時間こそクリエイティブだと思うんです」(秋元さん)
そして、こんな風に難題を面白がって「やろう」と決め、地道な試行錯誤をしてくれる建築家に出会えたのならば。
依頼する側としても、希望を伝えて任せっきりにするのではなく、一緒につくることを積極的に楽しもうと思う。
そんなスタンスがきっと、建築家の能力や創造性を最大限に活かすとともに、自分の想いを妥協なく実現することにつながるからだ。
(文:谷明洋、写真:鳥村鋼一、オンデザイン)
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秋元 俊介 shunsuke akimoto
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「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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