建築家の職能
#05
「まち」と「ひと」の
共創コーディネーター
地域の小さな拠点の運営を、建築家が任されるのはなぜだろう?
建築家が都市で担う「機能」や「役割」を言語化しながら整理する「都市を科学する〜建築家編〜」。#05は、地元の人たちが日替わりの“オーナー”として出店する「みなまきトライスタンド」の事例から、立場の異なるステークホルダーの思いを重ね合わせていく視点や考え方を整理します。
「まち」への価値の意識
使い手である「ひと」の目線
重ね合わせる
地域の人の「やってみたい」を叶える店舗
横浜市郊外のとある街角に、営業内容が毎日変わる「小さなお店やさん」がある。相模鉄道いずみ野線・南万騎が原駅前の宝くじ売り場跡地に2019年にオープンした「みなまきトライスタンド」だ。
ある日は手作り雑貨の販売、ある日はパステルアートの体験、またある日は整体サービス。地元の人たちが日替わりの“オーナー”として出店し、「特技が販売やサービスにつながるか試したい」「自分の好きなことを地元で披露したい」などの思いを実現するチャレンジの場になっている。
トライスタンドの運営を任されているのは、西大條晶子さんをはじめとするオンデザインの建築家たち。業務内容は出店者の募集から、出店ルールの作成と運用、店舗の環境づくり、出店者のシフト調整、“大家さん”にあたるクライアントとの調整、地元への情報展開に至るまで多岐にわたる。約2年間の運営期間で34組の「小さなチャレンジ」を叶えた働きぶりは、「プロデューサー」さながらだ。
では、建築家を敢えてプロデューサーとして見てみると、どんな個性や特徴を持っているのだろう? どんな価値を創出できるプロデューサーなのだろう?
トライスタンドの事例から紐解こうとすると、西大條さんから最初に返ってきたのは意外な一言。
「そもそも私は、自分を『プロデューサー』と位置づけることに違和感があるんです」
その言葉の真意を紐解いていくと、「まち」と「ひと」という異なる立場の“願い”を汲み取り、重ね合わせ、応えようとする建築家のキャラクター像が浮かび上がってきた。
①「まち」への価値を意識する
西大條さんが自分をプロデューサーだと思わないことには、いくつかの理由がある。
ひとつ目は、仕事の責任を「まちが魅力的になること」に対して感じているからだ。
トライスタンドは、相模鉄道のグループ会社による、沿線のエリア価値向上を目的とした事業。クライアントは相鉄グループであり、クライアントの期待は「地域の方々のチャレンジが実現することによって、沿線が魅力的なエリアになっていくこと」。
西大條さんはそれを踏まえ、出店者に対して「まちの第三者との接点を意図すること」を求めたり、出店者同士のコラボレーションを生み出すように働きかけたりしている。「人と関わる楽しさ」と「まちの魅力」が相乗効果を発揮するように高まっていくと考えているからだ。
西大條さんの「公共への意識」は、建築を学んだ学生時代に遡る。雑誌に掲載されていた建築の設計に「まちを意識した視点」のようなものが読み取れないことがあったのだ。
「私に読み取る能力がなかっただけなのですが、そういうことにひっかかってしまった経験が、仕事の選択や進め方につながっているのだろうと思います。当時は違和感を覚えてしまうことに、悩んでいたのですけれどもね」
西大條さんは、「ひと」ではなく「まち」のプロデューサーであらねばならないと思っている。この責任感があるから、クライアントの信頼を得られ、トライスタンドの事業が継続的なものになっていくのだろう。
②使い手である「ひと」の目線で場をつくる
西大條さんが自分をプロデューサーだと思わない理由の2つ目は、出店者に対する自分の役割を「プロデュースすること」ではなく、「個性を自由に発揮できる場を整えること」だと考えているからだ。
「『まちが魅力的になる』って、地域の人たちが自然体で楽しくいろいろなことにチャレンジすることで、『結果』として後から付いてくるものだと思っているんです」
「まち」を意識した事業だからこそ、集まる人たちに「まちのため」を求めるのではなく、その「ひと」の自由な振る舞いから自然ともたらされる魅力を信じているのだ。
そんな信念に基づき、空間の設えや、家具や備品の選定、さらには出店ルールなどの運用面も工夫する。店舗前の広場で使える「ミニ屋台」を試験的に導入したのは、その一例。商品ディスプレイやインスタレーション、来店者とのコミュニケーションツールのほか、コロナ禍での密対策にも活用され、出店者の表現の幅を広げている。
現場目線での細かい配慮は、オンデザインに息づく「マインド」と重なる。
「オンデザインって、設計するときも、住宅であれ公共施設であれ『ひと』のスケールの視点をすごく大切にしていますよね。でもこれが、もっと大きな『まち』のスケールのミッションになって、自然やモノやいろんな事象が絡んできても、『ひと』がその大きな構成要素であることには変わりないんです。だから、そこに立つ人が何を感じるのか、どんなアクションを起こすのか、そうして次にどんなことが生まれるのか、などを考えるべきなのは私も同じだし、そういうメンバーが周りにいる環境を大切にしながら、『まち』のことに生かしていけたらいいなと、思っています」
オンデザインの建築家たちが設計などにおいて大切にしている「使い手の立場で空間を考える」ことを、拠点運営のスペシャリストとしてトライスタンドで実践しているのだ。
そして西大條さんには、連載#02の公開研究会で同僚から「情熱発掘応援団」という肩書きがつけられたように、情熱的な一面もある。
出店者が屋台を見事なインスタレーションで飾ったのを見たら、自分のことのように嬉しくなってしまう。思わず「すごいね!」と声をかけたら、出店者のさらなるモチベーションになったようで、それがまた嬉しい。
「自分の原動力は結局、『チャレンジを応援したい』『あなたのやりたいこと、ぜひ実現してほしい』という、仕事とはあまり関係ない私の勝手な想いなんですよね。そのあたりも、自分をプロデューサーだと思わない理由なのかもしれませんね」
西大條さんは、「プロデューサー」というスタンスから極力離れ、使い手である「ひと」にとことん思いを馳せながらトライスタンドの環境を整え、時には情熱的な応援の気持ちも出していく。
だから、個性豊かな出店者たちが楽しみながら、「小さなやりたいこと」を次々と叶えていくのだろう。
③「まち」と「ひと」の思いを重ね合わせる
事業のビジョンや価値を、「まち」の視点で冷静に考える。
トライスタンドの環境を、使い手である「ひと」の視点で工夫する。
西大條さんが担う2つの役割は、それぞれ単独ではさほど珍しいものとは言えないだろう。
なぜなら、それぞれ「クライアント」「出店者」の立場で振る舞うことと大差ないからだ。
しかし、トライスタンドで重要なのは、この2つの立場を踏まえて場をつくっていくこと。視座を高め、異なる立場の事情に思いを巡らせ、重ね合わせていくことだ。
たとえばトライスタンドの運営でもしも、「まちの価値向上のために頑張ってくれる人を探しています」とクライアントの事情だけを前面に出したら、小さなチャレンジをする人はなかなか集まらないかもしれない。
逆にもしも、出店者とその身内だけにとって楽しいトライスタンドを追求してしまったら、まちにとっての価値が分かりづらく、クライアントが事業を継続しないことだってあり得るだろう。
「でも、両者の“願い”はフォーカスが違うだけで、対立する関係ではないんです。だって、ひとが自分の『やってみたい』に集中できて、結果としてまちも魅力的になれば、みんな嬉しい。そんな状況をつくるための関係性のあり方を探っていきたいと思っています」
西大條さんはトライスタンドについて、大小のスケールでの視点、冷静な思考、感情的な想いをすべて大切にしながら、ステークホルダーである「まち」と「ひと」の思いを重ね合わせていく。
だから、たくさんの「ひと」が「まち」で輝き続けるのだ。
異なるステークホルダーの共創を生み出す
こうしてみると、西大條さんが「人をプロデュースした」ように見えるのは、表面的な結果の一部を切り取っているだけに過ぎないのだろう。
西大條さんはむしろ、「ひと」ではなく「ひととまちの幸せな共創関係」の、「プロデューサー」ではなく「コーディネーター」なのかもしれない。
では、建築家のこの職能は、どのように応用することができるだろう。
まず、「まち」と「ひと」の共創関係をつくるという役割自体が、都市のさまざまな場で求められている。
オンデザインの取り組みにも、トライスタンドに隣接する「みなまきラボ」や、トライスタンドの“2号店”とも言える2駅先の「弥生台TRY BOX」などがある。横浜駅近くのまちづくり拠点に集う地元高校生が2019年に開いた“合同文化祭”「ヨコハマTEENS PARTY」もその一例と言えるだろう。
これらは、建築物にあまり依存しない価値の創出でもある。
「トライスタンドも、元はどこにでもある宝くじ売り場だったんですよ」と西大條さん。
小さな場や空間を建築家に預けてみると、まちのひとが輝く場が生まれていくかもしれない。
そしてもう一つ。
この職能はさらに抽象度を高めると、「大小のスケールの視点や、思考と感情を行き来することによって、さまざまな立場のステークホルダーと対話して共創を生み出す」と言い換えることができる。
実際にオンデザインには、さまざまなステークホルダーの関係を紡ぎながら、施設や拠点などの長期的な企画・運営に従事する事例が多い。
トライスタンドは「公共性の高い企業をクライアントに、地元の人がプレイヤーになる」というシンプルな構図だったが、大規模なプロジェクトなどでは、大学や教育機関、行政、社会活動団体、協力企業、アーティストなどが加わるケースもある。
多種多彩なステークホルダーの立場や事情を理解しながら、お互いにとって幸せな共創関係を築いていく。それは建築家だからこそ担うことができ、かつ、社会課題が複雑化する現代の都市のおいて、「まちづくり」に限らないあらゆるフィールドで求められる役割なのかもしれない。
(文:谷明洋)
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西大條さんによる「みなまきトライスタンド開設レポート」(連載継続中)
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西大條 晶子 akiko nishioeda
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「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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「建築家編」は、おもにオンデザインのプロジェクトや建築家をケーススタディとして、建築家が都市で担っている「機能」や「役割」を言語化しながら整理していきます。
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