建築家の職能
#04
つくる楽しさの
伝道師
建築家が「つくる楽しさ」をまちの人に体感してもらったら、どんな価値が生まれるだろう?
建築家が都市で担う「機能」や「役割」を言語化しながら整理する「都市を科学する〜建築家編〜」。#04は、子どもから大人まで大人気の「建築模型づくりワークショップ」の取り組みから、「つくる楽しさ」を伝えるうえで大切なことを整理します。
参加者の創造を引き出す
模型のポテンシャルを活かす
つくる楽しさを知っている
建築模型づくりをワークショップ体験に
小さな木の机や椅子を組み立て、絨毯や食器に見立てた布やビーズを並べて、手のひらサイズの「部屋」をつくっていく。小学生がユニークな“家具”や“小部屋”をつくることこともあれば、大人が「理想の部屋」づくりに夢中になることも。先生役を務める建築家は、参加者たちの自由な発想を見守りながら、時には助言を送り、小さな家を完成に導いていく。
オンデザインの「建築模型づくりワークショップ(以下、模型WS)」は、建築家が住宅設計などのプロセスで行う模型づくりを、誰でも気軽に楽しめる30分〜2時間程度にアレンジしたもの。部屋の内装や家具を、実際の業務と同じ素材でつくる本格的な内容だ。2016年にスタートし、まちのイベントや小学校での出前授業のほか、コロナ禍以降はオンライン教室も展開している。
模型WSは、建築家が、子どもたちを含むさまざまな都市の人たちと接する機会なのだ。
建築家はそれによって都市や社会に対し、どのような「機能」や「役割」を果たしているのだろうか。
模型WSのエピソード
オンデザインでは現在、鶴田爽さん、中村遥さん、渡邉莉奈さん、大西未紗さんの4人が中心となって模型WSを開いている。
「私たちにとっても、すごく楽しくて、やりがいのある時間なんです」
4人が声を揃えるように、ワークショップの風景にはいつも、彼女たちの笑顔がある。では、その楽しさややりがいとは、どんなものなのだろう。
まずは大西さんが、「ワークショップに3回も参加した女の子」の話をしてくれた。
大西さんが入社して間もない2020年の夏から秋にかけてのこと。横浜市内のアート拠点と共催したオンライン模型WSに、立て続けに参加した女子小学生がいた。オンラインWSをきっかけに、アート拠点にも足を運ぶようになり、オンデザインがつくった実際の住宅模型にも興味を持ったという。そして、彼女にとって3回目となる10月の模型WSは、念願のオフライン開催。慣れた手つきで“理想のおうち”を完成させ、大事そうに持ち帰った。
「その子はワークショップの後も、自宅で模型づくりを続けたりアート拠点の住宅模型の展示を見に来たりして、『建築家になりたい』『女性の建築家に教えてもらったから、私も夢を叶えたい』と言っているらしいんです。アート拠点の方からその話を聞いて、自分が将来の夢のきっかけになれているのかな、と考えたらすごく嬉しかったんです」(大西さん)
もうひとつ、鶴田さんが語ってくれた「熱心な保育士さん」のエピソードも興味深い。
「道路から玄関へのアプローチを考える」という大人向けの模型WSでのこと。「何かが違う」などと言いながら、納得いくまで何度も作り直す女性保育士がいた。その女性は後日、鶴田さんに「ワークショップ以来、いろいろな家の玄関に興味が湧くようになって、散歩するのが楽しくなりました」というメッセージを送ってくれたのだという。
「玄関をついつい見てしまう保育士さんを想像して、微笑ましく思えるのもあるんですが。それ以上に、玄関への興味が生まれたら、自分の家の玄関にちょっとした工夫をしたり、装飾を考えたり、新しい家のアイデアが浮かんだりするんじゃないかな、と」(鶴田さん)
「つくる楽しさを実感させる」という価値
2つのエピソードに共通するのは、模型WSの参加者が「空間づくりの楽しさ」を持ち帰ったことだ。
これは、模型WSチームが意識していることでもある。
「自分の模型が完成すると、『できた!』っていう顔になる瞬間があって。達成感っていうのか、形になった喜びというのか。そういう『つくる楽しさ』を味わってもらえたら、その人が『建築家になろう』とまでは思わなかったとしても、私たちは『やって良かったな』と思うんです」(渡邉さん)
建築家として嬉しいのは、「つくる楽しさ」を実感してもらうことで、その人の日常や未来が豊かになること。
女の子が建築家という夢を意識するようになったり、保育士さんが散歩で玄関を見るようになったりした“後日談”は、その分かりやすい例なのだ。
「つくる楽しさの“伝道師”」の3つの「要素」
では、建築家が「つくる楽しさの“伝道師”」たり得るのは、建築家のどのような「特性」や「能力」によるのだろうか。
模型WSチームの振る舞いから、3つの要素が浮かび上がってきた。
①参加者の創造力に任せる
模型WSチームが最も大切にしているのは、「参加者の創造力に任せて、自由に考えてもらうこと」なのだという。
模型WSは「理想のおうち」などのテーマだけが設定され、参加者が「アイデアシート」を自由に描くところから始まる。建築家はあまり口を出さず、行き詰まった参加者に声をかける程度。「どんな部屋なら楽しそう?」などと尋ね、「それなら、こんな方法もあるよ」と最低限のヒントを示しながら、参加者の発想を形にしていくのだ。
「本当の『つくる楽しさ』って、自分のアイデアが形になることだと思うんです。逆に、正解や完成形が決まっていると、『自分でつくった』という実感は生まれにくい。だから、アイデアを形にする作り方なら教えられるけど、何をつくるかは教えられない」(渡邉さん)
“答え”を簡単には示さないコミュニケーションは、住宅の設計でのお施主さんとの対話の応用だ。
「オンデザインでは、お施主さんの考えを聞かせてもらう対話を大切にしているから、模型WSでも自然とそうなるんですよね。住宅でも模型でも、その方がきっと満足してもらえるし、思わぬアイデアが出てきて私たちも楽しいんです」(鶴田さん)
模型WSチームには、建築家として培ってきた「引き出すコミュニケーション」があるから、本当の「つくる楽しさ」を実感してもらうことができるのだ。
②模型で形にする技術がある
次に、建築家の「模型をつくる技術」は、どう作用しているのだろう。
たとえば、小さな助言や最後の仕上げが、作品の完成度と参加者の満足度につながることは考えられないだろうか。
鶴田さんは「それも、確かにあるけれど」と前置きした上で、次のような考えを示してくれた。
「立体である模型をつくること自体が、そもそも大きいと思うんです。アイデアは妄想でも、模型なら実体として立ち上がってくる。『現実になった』という感覚が絵よりも確かで。そこに『つくる楽しさ』の感動があるんじゃないかな、と」
たとえば、プラスチックコップの中に「居場所」をつくる回には、コップをロケットに見立てた「宇宙のおうち」が出来上がったこともある。
模型は、妄想でも表現できる「自由さ」と、実体化による「現実感」を、兼ね備えたツール。
建築家は「模型づくりの技術」を持っているから、模型の「つくる楽しさを実感させるツール」としてのポテンシャルを最大限に活かすことができるのだ。
③「つくる楽しさ」を知っている
最後に大前提として挙げたいのは、「建築家は『つくる楽しさ』を、その楽しみ方や価値も含めて知っている」ということだ。
「模型づくりをいろいろな人に味わってもらいたい」と模型WSを続けているのは、「それによって、その人の日常や未来が豊かになるかもしれない」と知っているから。
模型の強みとコミュニケーションを活かして参加者の発想を引き出すのは、「それによって、『つくる楽しさ』の感動が大きくなる」と知っているから。
建築家は空間をつくるプロとして、その楽しさや豊かさを味わってきたからこそ、社会の人たちにも「つくる楽しさ」を実感してもらうために、エネルギーと技術を費やすことができるのだ。
応用としての模型WS、そのさらなる応用
参加者の創造力を引き出すコミュニケーションと、模型のポテンシャルを活かす技術と、それらを活かせる「つくる楽しさ」への経験値。
模型WSチームの「つくる楽しさの“伝道師”」という職能は、建築家のこれらの「特性」や「能力」が活かされてのことだった。
ではこの職能は、都市や社会においてどう応用することができるだろう。
しかし考えてみると、模型WS自体がすでに、住宅設計のプロセスの楽しさを都市の人たちに体験してもらうための「応用の形」として十分ではないか。
考察をそう結論付けようとしたところで、もう一転。
さらにその先の可能性として、中村さんが「模型WSを活かす、公園づくりのプロジェクト」を紹介してくれた。
都内の渋谷本町地区の公園の活用を検討するプロジェクトで、様々な年代を対象に模型WSを開いているのだという。参加者はあらかじめ用意された現状の公園の模型を見ながら、「あったら良いな」という妄想を模型で形にする。実際に「ツリーハウス」「煙突付きの小屋」「ウォータースライダー」「昼寝用のテント」などのWS作品がこれまでにつくられた。今後はそれらの作品から込められた希望を読み取って、プロジェクトに反映させる構想だ。
「模型づくりなら、誰でも楽しく『あったら良いな』を形にすることができる。だから、大人でも子供でも、発言が得意でも苦手でも、社会的影響力があってもなくても、みんな対等なんです。ワークショップならいろいろな方の意見を、本当の意味で“フラット”に集められるから、公園のつくり方から新しくできるんじゃないかと思っています」(中村さん)
中村さんは、模型WSの「いろいろな人たちのアイデアをフラットに引き出す」という価値を、実際の公共空間づくりに活かそうとしているのだ。
それは、元々は設計のプロセスだった模型づくりが、社会への幅広い価値提供に向け模型WSとして応用された結果、元来とは少し異なる「いろいろな人たちのアイデアをフラットに引き出す」という価値を得て、いま再び新しい設計プロセスの一部になろうとしているのだと解釈できる。
そして、この「アイデアを引き出す」という価値は、建築家たちが「つくる楽しさを体感してもらおう」と参加者の創造力を信じてきたからこそ得られたのではないだろうか。
建築家が「つくる楽しさの“伝道師”」として振る舞うことは、人の日常や未来を豊かにするだけでなく、都市の人たちの創造性を活かすまちづくりにもつながっていくのかもしれない。
(文:谷明洋)
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鶴田 爽 sayaka tsuruda
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「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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「建築家編」は、おもにオンデザインのプロジェクトや建築家をケーススタディとして、建築家が都市で担っている「機能」や「役割」を言語化しながら整理していきます。
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