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メディア横断企画
『TECTURE』は、
建築界の救世主か?

text:naoko arai  photo:akemi kurosaka

YADOKARI×BEYOND ARCHITECTURE、協働取材!

今、気になるヒトやコトを様々な角度からキャッチアップしていく、YADOKARIとBEYOND ARCHTECTUREによる協働企画。第2弾は、話題の『TECTURE』です。
自社オフィスの一角にある新しいカタチの飲食事業「社食堂」にはじまり、風景を活かした不動産活用を提案する「絶景不動産」やネイチャーデベロップメント事業「DAICHI」など、近年は建築の周辺の世界に活躍の場を拡げてきた建築家の谷尻誠さん。そんな谷尻さんが2019の7月に建築業界に向けた新しいサービスをスタートさせた。代表には建築業界からITへという異色の経歴をもつ山根修平さんを迎え、ローンチからすでに2年が経過しようとしている。日々、様々な反響が届く中、そのユニークで画期的なサービスは、建築業界にどんな新風をもたらしたのか、そして今後、『TECTURE』はどこへ向かうのか、じっくり聞きました!

@社食堂(代々木上原)

 

はじまりは、設計と検索作業への疑問

新事業の核となるのが、建築家やインテリアデザイナー向けのウェブ検索サービス『TECTURE(テクチャー)』。このサイトに掲載された住宅や店舗の事例写真上の黄色いピンをタップするだけで、使われている建材や家具のメーカー、商品名がひとめでわかるという驚くべきサービスだ。気になった商材は製品情報からワンタップでメーカー担当者に直接問い合わせも可能と、そのあとのアプローチも実にスムーズ。実務従事者にとってはまさに、「こんなのが欲しかった!」と膝を打つサービスの登場といえるだろう。近年は“建築のまわり”に事業を拡げていた谷尻さんだが、『TECTURE』は建築業界のど真ん中に直球を投げかけた印象だ。アイデアの源が気になり、まずは谷尻さんに尋ねてみた。

谷尻 僕は事務所に自分の席がないんで、いつも所内をウロウロしてる。そうするとスタッフの仕事の様子が見えるんですけど、あるときスタッフ全員がパソコンで何かを検索していることに気づいたんです。それで思ったのは、パソコンやスマートフォンという便利なものを手に入れてネットでなんでも情報が手に入るようにはなったけれど、それってつまり「考えること」よりも「検索すること」に時間を奪われているんだなって。みんなパソコンやスマートフォンの中に答えがあると思い込んでいて、ちょっとガッカリしたんです。
 本来、建築って考えること、知恵を絞ることが大事なはず。これは何も僕の事務所だけじゃなくて、いまやPinterestで写真を集めて企画書を作ってしまう人も増えているって見聞きするし、建築業界のあらゆるところでそういうことが起きていて、それって実はものすごい問題なんじゃないかって。「クリエイティブなことに割く時間が検索に奪われてしまっている」って本末転倒で、建築の未来のためにも検索に時間が奪われるこの社会を変えるしかないなって思ったのがスタートだったんです。

課題を見つけるとすぐに解決に向けて動き出すのが谷尻さんらしい。さっそくアイデアをまとめて企画書を作り、投資家にプレゼンテーション。2019年2月には法人を設立した。

検索サービス『TECTURE』のトップ画面より

谷尻 僕はアイデアを思い付いたらまず会社を作っちゃうんですよ、“趣味は、法人化”だから(笑)。真面目な話で、なんですぐに会社を作るのかというと、「アイデアには価値がない」って思っているから。だってアイデアなんて誰にでもあるじゃないですか。それを形にするからいいことも起こるし、問題がわかるし、それを乗り越えて物事が前に進むわけで、「アイデアがあるならさっさとやろうよ」っていうのが僕の考え。
 今回もまずは会社を作って、とにかく一番の課題である検索時間をシュリンクさせるために何をするかということを具体的に考えはじめた。はじめるからにはしっかりやりたかったので最新のIT技術を採り入れたいと考えて、ITに詳しい知り合いと話していくうちになんとなく方向性が見えてきて。ただ、いきなりITとかプラットフォームに強い専門企業に任せるっていう発想はなかったんです。なぜなら建築業界の課題をみんなが自分ごととして考えてほしかったし、本気で変えたいと思ってほしかったから。そんなときに気づいたんです、「LINEに山根って男がいるぞ」と。

 

なぜ、建築からITへ?

この“山根”とは、現在、『TECTURE』を運営する法人組織tecture株式会社の代表取締役社長、山根脩平さんのこと。大学を卒業後に隈研吾建築都市設計事務所に入り、歌舞伎座やホテルなど数多くのプロジェクトを担当。その後、まったく畑違いのLINEに移籍した異色の経歴の持ち主だ。

山根 LINEには、ブランディングを担当する部署の立ち上げメンバーとして入社しました。新しいオフィスを作ることが大きな仕事で、そのとき組んだのがSUPPOSE DESIGN OFFICだったんです。谷尻さんとはそれ以来の付き合いで、LINEのオフィスの仕事が終わったあとにもSUPPOSE DESIGN OFFICEの業務効率を上げたいっていう話で相談を受けていたんですよね。で、何かあればお手伝いしますよ、みたいな感じで話を聞いていて、そのうち新しいサービスの話が出てきて、そこから「社長やるよね」と(笑)。ちょうど僕がそろそろLINEを辞めようかと思っていたタイミングだったんで、「あ、はい、やります」みたいな感じで(笑)。

谷尻 本格的にITを使うのだとしたら、僕が社長やるよりもふさわしい人がいるはずだって思ったんですよ。でもITと建築を両方わかっている人は建築業界にはほぼいない。結局、山根しかいないんです。彼とはLINEのオフィスプロジェクトのときにいろいろ話しましたけど、経歴もそうだし、建築業界に対する疑問とか課題とか、それに対しての考え方とか、そのへんの感覚がおもしろいなって思っていて。

山根 僕が建築からITに行きたかった理由っていくつかあって、そのひとつが「40代若手って言われる建築業界ってどうなのよ?」っていう疑問だったんです。建築業界って、建築学科を卒業してから有名設計事務所に入って数年経って独立。ようやくメディアに作品を出せるようになったらすでに40代とかで、それでも若手って言われて。でもIT業界なら20代で世に名前が出て、莫大な資産を築いている人たちがたくさんいる。建築業界の仕組み自体がヤバくないか!? って思って、一度IT業界を見てみたかったんです。もちろん自分の土台は建築にあるのでITと建築で何かできたらいいなっていうことをLINE在籍時にめちゃくちゃ考えていたし、LINE社内でできないかと模索していた時期でもあって。そんなタイミングで谷尻さんと共同創業することに。SUPPOSE DESIGN OFFICEの業務効率のこともそうですけど、設計業界ってあまりテクノロジーが入ってなくて、働き方が変わらないというか、絶対に長時間労働になる仕組みなので、それを変えたいよねっていう共通認識があったのも大きかったです。

谷尻 僕はなんか、建築業界って、やっていることは立派なはずなのに、経済とか効率面でいうと全然立派じゃないのがすごいイヤだなって思っていて。本来、仕事って、楽しくて、その仕事に誇りをもてて、そのうえで経済的安定性も手に入るっていうバランスがとれているべきだと思うんです。でも、とくにアトリエ事務所ってみんなボロボロになるまで働かされて、給料も生きていくのにギリギリみたいなところもたくさんあって。
 好きでこの業界に入ってきたんだから当たり前とか、そういうことじゃないと思うんですよ。なんかこの業界って売れないバンドマンみたいだぞって思えてきて。「オレは音楽が好きなんだ」、「金儲けじゃないんだ」、「好きなことやってんだ」って、聞こえはいいけどスタッフはボロボロじゃん、みたいな。本当は誰だってメジャーデビューしてお金だって適正に稼ぎたいっていうのが心理だと思う。堂々と好きなことやって、それでいて楽しくて、ちゃんと稼げてっていう当たり前でシンプルな仕組みをつくらないと建築業界に未来はないし、そこを変えていきたいって思うんです。

山根 建築ってクリエイティブな仕事と言われているし、アーティスティックな面を求められがちですけど、実はクリエイティブ業務って18%程度で、残りの72%のうち、もっとも時間を割いているのが42%の検索時間なんです。検索っていっても法律とか建材やプロダクトのカタログとかいろいろあるんですけど、いずれにしても探し物がほぼ半分を占めている。探している時間も長いし、そこから選んでメーカーの営業さんに問い合わせてすぐにカタログ送ってくれるならまだマシで、営業さんから「会って説明します」と言われれば、また時間がかかる。アポイントが1週間後だったりするとそこまで必要な情報が手に入らなかったり。

谷尻 そりゃブラックにもなるよね。若い子たちの価値観だったら、そんな設計事務所とAppleのどっちに入りたいかって言われたらAppleを選ぶと思うんですよ。その状況って建築業界にとってかなり大きな問題だと思う。労働時間の問題だけじゃなくて、ほかの業界はすごいイノベーティブにどんどん新しいことにトライしているのに、この業界はいつまでたっても「工事費の10%の設計料」っていう仕事の形態が何十年前からずっと同じで。なんで誰も疑問を持たずに同じことをやっているんだろうって、そこは問い直す必要があるなあと。

山根 だけど僕らは業界に対する警鐘とか投げかけをしたいっていうほど上から考えてはいないんです。警鐘っていうと、たとえば「設計料を20%にするように国交省にみんなで嘆願書を出しましょう」とかだと思っていて、でもそれは何十年かかるかわからないし、しかも国に委ねているだけになってしまう。この活動自体は長期的にとても必要で大切なことだと思うけど、どうなるかわからないことに、何十年も待たされるくらいなら今できることをやりたいし、自分たちで自分たちの場所を作っちゃえばいいじゃん、って。だからスピード重視で必要最低限の機能でサービスをリリースしたんですね。

「社食堂」と同じフロアにある設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE

 
『TECTURE』が目指すビジョン

谷尻 建築の人間としては完璧なものにしないとリリースしたくないっていうのもあったんですけどね。

山根 最初は本当にそうだったんですよ。完璧を目指して進めていたんですけど、そうすると重たくなっちゃうし時間もかかってなかなか前に進まない。だから途中で根本的な価値提供ってなんだっけ? って。そこで当初の「検索時間をいかに省くか」って話に立ち戻りました。

谷尻 とにかく無駄な時間を極力省いて答えにたどり着きやすくしたい。

山根 そのうえで、さっきの話のようにメーカーへの問い合わせからカタログやサンプルが届くまでの時間も省略できるように、契約メーカーはサービス内にウェブサイトやカタログのリンク、問い合わせのメールアドレスも載せていて、すぐにコンタクトがとれるようにしました。この動線ならコミュニケーションに1週間かかっていたものが5分で終わるかもしれない。

谷尻 すごいカットですよね。検索時間や労働時間の問題ってうちの事務所だけの課題じゃないですから。IT業界がすごいスピードで伸びているのって、新しく開発されたシステムを独占するのではなく共有する文化(オープンソース)があるからなんですね。

山根 僕らが気軽に「ARサービスやってみる?」って言えるのは、AppleARの仕組みを共有((オープンソース化)してくれているからで、そこに自分たちの実現したいシステムを少し足すだけですごくオリジナルなものになるじゃないですか。それと同じで、建築業界もみんなで情報共有することで業界全体をアップデートできるし、進化も早いだろうと思っています。

谷尻 メーカーさんにとってもメリットになるはずなんですよ。

山根 これまでってメーカーとデザイナーのマッチングが難しかった部分があるんです。設計が採用したものでもメーカー側は積極的にPRできないこともありましたし。でも『TECTURE』なら設計側が自分たちのPRのために写真をアップすればメーカーのカタログ情報が紐づいていくので、メーカーにとってはどこのプロジェクトで自分たちの商品が使われているかを自然にPRすることができます。設計側にとってもメーカーの担当者に納品事例を聞かなくても『TECTURE』上で商品と事例を併せて見ることができるから、比較検討したのちに本当に必要なコミュニケーションだけで済む。

谷尻 それって世の中にある建築に関する情報をすべてアーカイブ化しようっていうことなんです。

山根 今年のはじめに設計事務所専用のオフィシャルアカウントを作ったのも、設計事務所の竣工図書などの紙資料をデジタルアーカイブ化していこうという思いがあります。自社アカウントに登録しているプロジェクトの写真をタップすれば、過去のプロジェクトで使用したマテリアルや家具も一目でわかる。いままでのように分厚い紙の設計図書から情報を探す必要もないし、担当者が辞めてしまっていてもオフィシャルアカウント内には情報が残っている。
 設計事務所って人数が増えてくると隣に座っているスタッフが担当しているプロジェクトで、どんな建材・家具を使っているのかもわからなくなってきますから。それが『TECTURE』上ならすべての情報がアーカイブされているから、誰かに聞いたり探す手間も必要ない。ある意味、『TECTURE』が設計事務所のホームページであり、情報共有のための社内ツールになるんです。

検索サイト『TECTURE』に先駆けて、昨年2月には建築メディア『TECTURE MAG(テクチャーマガジン)』もローンチ。最新事例だけでなく、アートやカルチャー、イベントやコンペの情報、さらには設計事務所の求人など多岐にわたる情報が一気に得られるサイトだ。

山根 建材・家具のカタログでもあり、建築事例のカタログでもあり、建築家を探すためのカタログでもあるのが『TECTURE』です。

谷尻 僕らがやりたいのって、建築に関する情報をデータベースにすること。アマゾンで検索しても建材は出てこないけど『TECTURE』では出てくる。ここを見れば建築業界のすべてがすぐにわかるっていうところまでサービスを成長させたい。

山根 僕も谷尻さんも設計実務者なのでアイデアはいくらでもあるので、将来的にはより実務の中で使いやすくするためのアルゴリズムを設計していきたいと思っています。今のところは驚きや目新しさで注目されていますけど、日常の設計業務にいかに定着させるかが次のステップですね。

谷尻 建築業界の情報をアーカイブ化できれば、設計の仕事がもっと変わっていくと思うんですよ。要求どおりにただ受託で作業するだけの職業にならないためにも、今後はクライアント側の事業をどう作るか、どう成功させるかなどを設計側がアドバイスできるようにならないといけないと思います。

山根 もうひとつ、建築業界が多様化してほしいという気持ちもあります。今の建築業界のビジネスモデルって極論すると、「依頼される」→「建てる」→「設計料をもらう」というひとつのモデルしかなく、ひとつのレールの上をみんなが走っているイメージがあり、かなりギャンブルだと思うんですよ、独立してメディアに取り上げられる建築家は全体の数からするとわずかですから。しかも40代で若手と言われる業界なので、レールの先には60代や70代の先輩方がずらっといて(笑)。谷尻さんみたいに自分の事業をいくつも立ち上げるのはたいへんだけど、いろいろなレールの選択肢と可能性があるということを知ってほしい。

谷尻 これまでの建築業界は、建築専門誌に載せてもらえることが建築家としての価値だったけど、これからは、SNSで発信してフォロワーを増やすことも建築で生きていくための新しい価値になるかもしれないって思う。

山根 そういう意味でも『TECTURE』は新たな畑を耕しにいくサービスですね。

 

【取材を終えて】
現在は建築や空間デザインに関わる実務者向けサービスとしてスタートしているが、『TECTURE』にしても『TECTURE MAG』にしても、建物を建てたいと考えるクライアント側はもちろん、建築やデザイン好きの人たちにも非常に興味深いメディアであり、サービスだ。建築業界全体にとっても、メーカー側にとっても、一般ユーザー側にとっても、『TECTURE』は健全で正しい未来を導いてくれるひとつのツールになるかもしれない。

>>聞き手:さわだいっせい(YADOKARI 代表取締役 CEO)、みやしたさとし(BEYOND ARCHITECTURE編集長)

 

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以前、『TECTURE MAG』にて、オンデザインの西田司、萬玉直子をインタビュー取材していただきました。
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『TECTURE MAG』
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山根 脩平 syuhei yamane

1984年大阪生まれ。 2008年隈研吾建築都市設計事務所入社。建築家として活動し、代表作は歌舞伎座。2015年よりLINE株式会社 にて勤務。会社やサービスのブランディングなどを担う組織のマネジメントを行う。2019年tecture株式会社を創業し、代表取締役CEOに就任。【空間デザイン】×【テクノロジー】を活用し、従来の業界構造を変えるべく、空間デザインに特化した画像検索サービス・メディアを運用中。インターネット時代に最適化したクリエイティブで魅力のあるモデル構築に挑戦しています。

profile
谷尻 誠 makoto tanijiri

1974年広島生まれ。2000年、建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE設立。2014年より吉田 愛と共同主宰。広島・東京の2カ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授、大阪芸術大学准教授なども勤める。近年「BIRD BATH & KIOSK」のほか、「社食堂」や「絶景不動産」「21世紀工務店」「tecture」「CAMP.TECTS」「社外取締役」「toha」をはじめとする多分野で開業、活動の幅も広がっている。