トレンド研究部
#03
「タイニーハウス暮らし」
近年のコロナ禍の影響は、私たちの暮らしに大きな変化をもたらしています。
「トレンド研究部」では、
そんな変化の大きな今〈現代〉だからこそ注目されている、“トレンド”なキーワードをピックアップ。
体験した実感値と建築的目線をもとに、新たな“建築的コトバ”へとアップデートしていきます。
第3回目の気になるトレンドワードは・・・
「タイニーハウス暮らし」
“タイニーハウス暮らし”。あまり聞き慣れない言葉かと思いますが、近年のコロナ禍の影響で、新たに注目を集めています。そこで今回は、タイニーハウス暮らしを実践されている相馬由季さんと紙谷哲平さんにお話をお伺いしました。日々の生活で感じるタイニーハウスの魅力や、暮らしの本質とは何か、お二人との対話から紐解いていきます。
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相馬由季 yuki soma渋谷の個性派住宅メーカー勤務を経て、これからの暮らし方や働き方の提案を行うソーシャルデザインカンパニーに所属。移動式の住まい・タイニーハウスを自らセルフビルドをして暮らす夢を構想期間5年、建築期間2年を経て実現。「もぐら号」と命名し、夫の哲平さんとともに横須賀の地で穏やかに暮らす。好きな時間はもぐら号の窓から森を眺めて、四季の変化を感じるとき。 |
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紙谷哲平 teppei kamitani築地の寿司職人を経て、現在は長年の登山経験を生かし秘境・登山ツアーガイドを行う。これまでヒマラヤ、中南米、アフリカ、欧米まで幅広く30カ国以上 を訪れ、キリマンジャロ、マッキンリーをはじめ6000~7000m級の山々に登頂。ガイドの側写真家としても活動し、個人のポートフォリオ撮影から、企業のインタビュー、動画制作まで幅広く請け負う。 |
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出会いは、“アメリカ”でした。
編集部 タイニーハウス暮らしを始められた、キッカケは何だったんですか?
相馬由季(以下、由季) 8年ほど前、アメリカでタイニーハウスのことをはじめて知りました。家のサイズの小ささや移動しながら生活する様子が、今までの自分の暮らしの概念とは180度違うことに衝撃を受けたのを覚えてますね。
編集部 アメリカが最初の出会いだったんですね。小さな暮らしにもともと興味があったんですか?
由季 ひとことで言うと、そういう暮らしがずっと夢だったんですよね。ただ小さい空間に住むだけではなく、そこでの生活をきっかっけに自らの暮らしを見つめ直したいなと。知れば知るほどその魅力にどっぷり浸かっていったというか……。アメリカに行って肌で感じたタイニーハウスの暮らしを自分でも実践してみたいと夢を抱き、気がついたらスタートしてましたね。
編集部 夢との出会いだったんですね。その出会いをきっかけに、今では実際に作って住まわれてるなんて、すごい行動力と実行力ですね!
生活の距離感と暮らしへの愛着
編集部 タイニーハウスに暮らしてみて感じたことがあれば教えてください。
由季 サイズが小さいからこそ、こだわりを詰め込むことができるのは魅力のひとつです。部屋が広いとお金が掛かるし、どこかで妥協したり、建てるのにも時間が掛かってしまうと思うんですよね。でもタイニーハウスくらいのサイズ感だと、暮らし方はもちろん部屋のインテリアまで、すべてにこだわれるのは魅力だと感じてます。哲平さんは何かある?
紙谷哲平(以下、哲平) 手がとどく距離に生活が広がっている快適さは気に入っています。起床して梯子を降りたら、すぐにキッチンがあったり、キッチンの後ろで歯磨きができたり。住みはじめた最初の頃は、少し狭いかなと思ってたんですけどね……(笑)。
由季 生活の距離感は独特ですね。狭いからこそ過ごし方を選べるような“生活の距離感”がいいなと思います。掃除がらくなのもわたし的には推しポイントですね(笑)!
編集部 そのエピソード、面白いですね!“狭い”とか“小さい”みたいな言葉だけを切り取ると、一見生活しづらいのかなと思いがちですけど狭いからこそ、物と物の配置関係が大事だったり、生活する行為の連続性を体験できるんですね。
お気に入りの場所は“窓際の腰掛スペース”
編集部 生活する中で、お気に入りの場所はどこですか?
由季 私は、窓際の腰掛けスペースがお気に入りです。建物が小さい分、窓が大きく感じられて自然に寄り添いながら仕事や食事を楽しめるのがポイントです。
哲平 僕も周辺の自然が気に入っているので窓際は好きですね。この場所にタイニーハウスを設置する時も周りの風景の切り取り方や人の視線を意識しながら、実際に椅子を置いたりして、生活を想像しながら考えたのを覚えてますね。
編集部 なるほど。タイニーハウスだと、周辺環境に応じて、配置を変えたりできるのもいいですね。
由季 季節や天候に合わせて、配置を変えられるのはタイニーハウスならではのメリットですね。例えば将来、寒冷地に住みたいと思った時には、タイニーハウスごと動かして、この土地は売却するなんてことも可能ですし。
編集部 組合や村の単位で、土地を交換しながら住み繋いで行くみたいなことも起こると面白そうですよね! 先日は『ノマドランド』という映画も注目を集めたばかりです。
由季 最近は「タイニーハウスヴィレッジ」といった新しいコミュニティの動きも見られますしね。
編集部 まさに、トレンドですね!(笑)
「都心での仕事」と「自然を感じられる住まい」の両立
編集部 ここ(横須賀)の土地を選んだのは、どういう理由からですか?
由季 もともと候補地には山梨などもあがっていました。勤務先がある都心へのアクセスを考慮しつつ、できるだけ自然が豊かな場所がいいなと。地方に移住した場合は、働き方(自営業など)が限定されることもあると思って、できるだけ働き方や暮らし方の可能性を狭めないようにしたいと思っていたんです。
編集部 住む場所や環境の違いで、働き方やライフスタイルにも大きな変化がありますもんね。
由季 都心で仕事をしながら、自然が感じられる場所で暮らすということにずっと憧れがあったんですよね。それで、ここ(横須賀)に決めました!あとは、海まで家から歩いて5分で行けるのも魅力的ですね(笑)。
編集部 確かに、ここに来るまでに海パン姿の少年たちをちらほら見かけました(笑)。そういう光景を日常にあるのはうらやましいです。
由季 すこし涼しい季節になると、畑を耕したり、ガーデニングをやったりすることもできますし。
編集部 BBQとかキャンプなんかもやったりしますか?
哲平 まだやれてはないんですが、いづれはパーティーやBBQを開いたりして、近隣の方々を巻き込めたら楽しそうですよね! 僕は近くに山もあるので、よくハイキングをしに行ってます。
編集部 自然が生活の近くにあると暮らし方も自ずとアクティブになりますよね!
周囲の環境が生活を豊かにしてくれる
編集部 実際に訪れてみると、本当に(タイニーハウスの)周りの自然が豊かですよね!
編集部 通常は住む家の形や大きさは決められているので、余ったスペースに庭などの外部環境をつくると思います。ただ、今日お話を聞いていると、タイニーハウスは、家と庭との関係性が逆転しているように感じました。
哲平 確かに、そうですね。どこか自然にお邪魔するような感覚で、外部環境に答えるように暮らしている気がします。
編集部 庭が広いからこそ生まれた暮らしへの新しい気づきはありましたか?
哲平 隣りの森林はわたしたちの所有する敷地ではないのですが、そこからは鳥たちのさえずりが聴こえ、木々が生い茂っています。野生の動植物が自由に境界をこえて、わたしたちの生活と共存していることを日々実感させられますね!
編集部 周囲の環境がタイニーハウスの小さな生活をサポートしてくれてるんですね! 小ささから生まれた興味深いエピソードです。
みんなで作り上げる楽しさ
編集部 ところで、タイニーハウスは相馬さん自ら製作されたんですよね?
由季 最初は勢いで作りはじめたんですが、もともとDIYの能力もないし建築の知識もなかったので、体力的にも精神的にもすごく大変で……。
編集部 絶対そうですよね。
由季 ただ、そんなときに友人やたくさんの知り合い人の手を借りて、何とか作り上げることができました。
編集部 その過程で様々なコミュニティや関係性が生まれるのはタイニーハウスの醍醐味ですよね。家具よりは大きいけど家よりは小さい、その微妙なスケール感が人の手を借りられる関係性を生み出しているようにも感じます。
由季 その通りです。 今後は「自分でタイニーハウスを作ってみたい!」と思っている方の手助けをする側になれるといいなと思っています。
編集部 苦労と楽しさの両方を知ってるからこそですね。素敵なお話です!
タイニーハウスとこれからの暮らし
編集部 近年、コロナの影響で地方移住や在宅勤務が増え、私たちの暮らし方は大きく変化しているように感じます。あらためてタイニーハウスの可能性や魅力って何だと思われますか?
由季 家を持つことへの気負いがなくなるのは大きな魅力のように感じますね。400万円という低予算でこだわりのマイホームを持てたり、土地に定着していないので生活の変化に対して、柔軟に対応できるようになります。家賃といった固定費が省かれることによって、生活に対しての精神的な安心や新しいことに挑戦できるゆとりが持てることもいいですね。
編集部 なるほど。これまでは、家を買うという選択は人生の大きな決断でしたが、そのハードルが下がると様々な選択肢が増えそうですね。例えば、家にこだわるのではなく、家具にこだわったり……、暮らし方を考えるいい機会にもなりそうですね。
由季 もうひとつはコロナの影響で、家族やパートナーシップといったパーソナルな関係性がより自立した強固なものになっていくと思っています。例えば、家族単位でタイニーハウスを数台所有するような新たな共同体のあり方も面白いと思っています。子供の成長や家族の変化に呼応して、増築・減築・移動が軽やかにできるのもタイニーハウスの魅力です。
哲平 僕は新しい生活に踏み出す覚悟がすごく大事だと思いますね。やっぱり新しい暮らしに飛び込むのは不安や覚悟がいりますが、変化が激しい今の時代だからこそ、一歩新しい世界に踏み出すことも大切かなと思います。僕も最初は不安だっだんですが、いざこの環境に飛び込んでみると、好きな人と一緒に暮らす距離感や自分の暮らしについて見つめ直す良い機会になりました。
編集部 踏み出す際のきっかけって何だったんですか?
哲平 僕は由季さんの影響が大きかったですね。彼女は覚悟を決めたら止まらないタイプなので、僕は付いていくだけでした(笑)。「その分、僕も好きなことをやらせてもらうね」とは伝えましたけど(笑)。
由季 お互いを許し合えているのがいい関係かなって。
編集部 素敵な関係性ですね。おふたりの話を聞いていると、タイニーハウスならではの、パートナーシップや共同体のあり方がありそうですね。コロナ禍で家にいることが多くなる今の時代だからこそ、よりフィットしていきそうな大切なキーワードに感じました。
由季 ほんとそうですね。私たちも話しながらタイニーハウスの魅力にあらためて気が付くことができました!
編集部 ありがとうございました! またプライベートでも遊びにきたいです。
由季・哲平 ぜひぜひ、いつでもどうぞ! (了)
【取材後記】
暮らしの選択肢を広げ、身の丈に合った生活を実践する相馬さんと紙谷さん。
暮らしの豊かさとは、単に“家の大きさ”や“利便性”という基準だけで決まるものなのだろうか・・・。
“小さい”、“足りない”からこそ見えてくる“私たちだけの特別な景色”は、
これまでの暮らしでは注視してこなかったもの(外部環境、人との繋がり、物への愛着・・・)への“新たな出会い”や“価値”に気が付かせてくれる。
「タイニーハウス暮らし」は、今〈現代〉の生活では失われていた大切な何かを、教えてくれたような気がする。
社会の変化と接続しながら、これからますます選択肢が拡がっていくであろう私たちの生活。
そんな時代だからこそ、暮らしの本質とは何なのか、日々考えていきたい。
interviewer profile
松井勇介(まついゆうすけ)
1996年石川県生まれ。2020年金沢工業大学大学院修了。同年オンデザイン入社。同年BEYOND ARCHITECTURE編集部に参加。