#02
都市に新しい
居場所をつくる椅子
前回の記事ではアウトドアファニチャーがいかに市民権を得て、人々の暮らしに浸透していったかを産業革命以降の歴史から振り返ってみました。今回は、とくに都市空間において、どんな風に使われ、人々に愛されているかを見ていきたいと思います。ニチエス株式会社・田中夏子さんにふたたび、お話を伺いました。
アウトドアファニチャーの定義
アウトドアファニチャーって、そもそもどんな定義がなされているのか、ご存知でしょうか。気持ちのいい天気の日にピクニックに出かけて、ベンチがあって……、というのはとても想像しやすいのですが、そもそもアウトドアファニチャーは屋外に置かれています。実際には雨の日も、風の日も、その他にも紫外線、ホコリや汚れ、バクテリア付着による腐食など、とても過酷な環境にあるのも事実です。
通常、全天候型を基本としますが、最近は雨や紫外線を直接受けない軒下利用に限定した環境でも、アウトドアファニチャーとしている企業もあります。都市の中の利用など過酷な屋外環境に耐えなければいけない、いわゆる「全天候型家具」は、製品として高い品質が求められます。ニチエス で扱うアウトドアファニチャーの場合は、ENという欧州の統一規格を基本に、各社が強度や耐候性試験を実施しています。国際規格のISOも同様で、屋外環境に放置される期間が長いので「キャンプ用品とは別物である」という定義なのだとか。
しかしながら、規格認証を得た家具や気候にあった素材の家具であっても、定期的なメンテナンスはやっぱり必要。田中さんの「アウトドアファニチャーのメンテナンスはクルマと同じ感覚で行って下さい」というお話には思わず「なるほど」とうなずいてしまいました。洗車するように丸洗いできるのも、アウトドアファニチャーならでの特徴です。
都市に新しい居場所をつくる椅子
今回、田中さんからは、たくさんのアウトドアファニチャーの使用例を教えていただきました。その中でもとくに気になったのは、Fermob(フェルモブ)社製の家具です。「あれ、どこかで見たことがあるな」と思わせる馴染みのあるデザイン。はたして映画か、雑誌か、はたまた広告か。お話を聞くとやっぱり、「よく見るあの風景」にはアウトドアファニチャーがありました。
NYC Streets Metamorphosis from STREETFILMS on Vimeo.
まずご覧いただきたいのは「NYC Streets Metamorphosis(ニューヨークストリートの変貌)」と名付けられたこの映像の、冒頭1分間の部分。2005年から2012年にかけて、タイムズ・スクエアが車両優先の道路から歩道を拡幅、その後、完全な歩行者空間となり、広場へと変わっていく変遷が描かれています。
「これってどういうこと?」と思った方へ、以下、ちょっと解説です。
タイムズ・スクエアとは、マンハッタンのグリッド状の大通り(7番街)と、その通りができる前からあった斜めに通る街道筋(現ブロードウェイ)が交差するエリアの名称。もともと人の往来や交通量がとても多かったこの地域では、接触事故も頻発していたそう。それらの問題を解消し、かつエリアとしての価値をより高めるために、1990年代後半から歩行者空間の改善をはじめたのが、“タイムズ・スクエアBID※”でした。
※ BID(Business Improvement District)とは、法律で定められた特別区制度の一種で、地域内の地権者に課される共同負担金(行政が税徴収と同様に徴収する)を原資とし、地域内の不動産価値を高めるために必要なサービス事業を行う組織を指す。
(引用:https://www.projectdesign.jp/201410/2020urban/001635.php)
つまり、その地域の不動産所有者や事業者がお金を出しあい、エリア全体の集客力や売上向上を目的として、自分たちで運営する民間のまちづくり組織を立ち上がったのです。
当時、絶大なリーダーシップを発揮していたマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長とともに、調査・課題検証とワークショップ、実証実験などを経て、第一段階である歩行者道路拡幅、第二段階となる自動車の全面排除・ブロードウェイ全面広場化を実現。さらには、利用者の熱い願望をうけて2010年、タイムズ・スクエア広場の恒久化が宣言されました。そして、2016年には恒久化の整備も終わると、自動車優位から人優位へ、20年近くの時間を掛けて、パラダイムシフトを成し遂げたのです。
先ほどの映像をもう一度見てみましょう。2011年当時の赤いBISTROシリーズが散見できます。
いまやタイムズ・スクエア広場の目印とも言える赤いアウトドアファニチャーは地元ニューヨーカーだけでなく観光客にも憩いを提供しています。実際、まちづくり組織の警備・管理によって犯罪件数が減り、タイムズ・スクエアが広場化されたことで、利用者の満足度だけでなく、このエリアへの人の流入数も格段に上がったと言われます。
現在、タイムズ・スクエアBIDはタイムズ・スクエア・アライアンスと改称され、タイムズ・スクエア広場の維持管理、清掃、警備の他に、エリアとしてのエンターテイメント・プロモーションをも手がけています。もちろん、置かれているアウトドアファニチャーの管理・活用も彼らの管轄。にぎやかな街にひときわ目を引く赤いカラーリングの椅子とテーブルの群像は、ビジュアルとしてもとても印象的です。
ニューヨークではもう一カ所、ブライアントパークもアウトドアファニチャーのある憩いの場所として知られています。芝生になじむ濃いグリーンの椅子、こちらもBISTROシリーズがたくさん置かれています。いまも気候と天気がよければ、満席になってしまうそうです。ご覧の通り、確かに、気持ちよさそう。
ちなみに、この場所の管理や企画を行っているのもやはり地元のBID組織。ブライアントパークは公有の公園ですが、管理・活用は民間が行なっています。
日本にも、あります
ニューヨークを例に、公共空間におけるBISTROシリーズの使われ方を紹介してきましたが、じつは東京でも実践されています。
東京駅のすぐ側、丸の内仲通りでは「丸の内仲通りアーバンテラス」(以下、アーバンテラス)と名付けられた公共空間活用の取り組みが、3年前からスタート。この通りでは平日は11時から15時・土日は11時から17時までの間、車両通行止めとなり、美しい並木道の真ん中で移動式店舗やオープンカフェを楽しむことができます。
そしてここに置かれているのが、黄色のBISTRO。グレーなどの無彩色が使われがちな日本の公共空間において、その鮮やかさは新鮮で驚きます。
アーバンテラスの場合、一日のうち通行止めの時間は限られているため、家具を出し入れする必要があります。その管理は大丸有エリアマネジメント協会(リガーレ)のみなさんがされているとのこと。日本では民間だけでなく行政と連携してまちづくりを行うのが一般的なやり方で、この取り組みも千代田区、東京都、大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会、リガーレの4組が協力して実現しています。このようにニューヨークのBIDとは異なる手法ではあっても、都市におけるアウトドア体験を生み出すことができます。
平日の日中はビジネスパーソンたちが行き交うエリアですが、お昼どきは優雅な憩いの時間が提供されています。もちろん、丸の内以外で働く人や観光目的で訪れた人など、誰でも気軽に使用できます。
アウトドアファニチャーがつくる、都市の中の新たな居場所。ぜひ、空いた時間に「丸の内仲通りアーバンテラス」を訪れ、その居心地を体験してみてはいかがでしょうか。(了)
参考文献
中島直人 ニューヨーク市タイムズ・スクエアの広場化プロセス 大阪市BID制度検討 丸の内仲通りアーバンテラス
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田中夏子 natsuko tanakaニチエス株式会社 専務取締役 |
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