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ISHINOMAKIの視点#02
小さな自転車店と
サイクルツーリズム

text:Kuniyoshi Katsu

ISHINOMAKI2.0」での活動やまちづくりの様子を、石巻に拠点をおく建築家・勝邦義さんの視点で伝える連載シリーズ。2回目の今回は、2016年、勝さん自らが設計しDIYによってつくり上げた自転車専門ショップにスポット。開業にいたるまでの顛末と自転車を通して生まれる地域での活動をレポートします。

地域にとって、なくてはならないショップに

 地域で設計を続けるということは、 そのまちの変化に関わることや変化の契機に立ち会うことでもある。
 変化なんてものはそうそう起こることではないけれども、地域で活動を続けていると微小な変化や設計した場から生まれた有機的な人のつながりに気付くことがある。そしてどう変わったかはダイレクトに自分の生活に直結することでもあるのでとても興味深い。そうしたまちの有機的な動きが垣間みられることにこの仕事の醍醐味を実感させられることもある。
 石巻の市街地から少し離れ幹線道路沿いに「クマガイサイクル」というショップがある。ここは、2016年に大手自転車チェーンから独立した熊谷義弘さんが構えたスポーツサイクルを中心とした自転車専門店だ。
 同じ年(2016年)にオンデザインから独立した私は、元同僚でISHINOMAKI2.0のメンバーでもある小泉瑛一と一緒に「クマガイサイクル」を設計し、そしてほとんどDIYでつくりあげた。
設計するにあたり、都内の自転車店を中心に見て回った。
 元来自転車店にはモノが多い。それもそのはず軽車両を店内に持ち込み陳列しているわけだし、関連したグッズの物量を含めれば店内はモノで溢れかえるということになる。
 もうひとつ気付いた特徴はお客さんの滞在時間が長いということだった。自転車と言えどもスポーツサイクルとなると高価なモノもあり、自動車と同じようにじっくり選んで、商談を交わし購入にいたる。店内では自転車を購入しないまでも愛車のメンテナンス方法や、サイクリングコースの情報交換、走行会の情報交換などもおこなわれる。いわゆる「自転車屋さん」とはいわば呉服屋さんや昔の薬屋さんと同じで、単にモノを消費するだけの近代以降の商空間ではなく、お客さんと対話し「コミュニケーションを売る場所」なのだ。

 そんな理由から僕たちは店内の中心に「出会いを生むテーブル」という大きなテーブルを設えた。このテーブルはお客さんとの商談や喫茶スペースとして使え、季節に合わせて関連グッズを並べることもできる。
 また、テーブルのまわりは自転車を吊ったり、グッズや工具を吊ったりできるように機能的な壁でぐるりと囲っている。立体的に商品や工具を並べることで限られたスペースでも効率的にディスプレイすることを可能にした。

(撮影:鳥村鋼一)

 完成したショップは話し好きの熊谷さんの影響もあり、用がなくても気兼ねなく立寄ることができ、絶えずお客さんが訪れている。確かな技術でおこなう自転車メンテナンスは、ママチャリ修理でも人気で、いまや地域になくてはならないショップになっている。 

 

完成までの悲喜こもごも

 ただ、ここまでの過程が順調にいったかといえばそうでもなく、お店の開業の相談を受けた時点で候補となる物件もなかった。
 週末のたびに小泉とふたりで石巻のまちなかを歩きまわり、めぼしい空き店舗があれば知り合いを通じてオーナーを紹介してもらったり、オーナー宅に突撃訪問したりして候補となる物件を探していった。
 「どこに貸してもすぐに閉店するから貸さないようにしているんだ」と老齢のオーナーから言われた時は、なんだかどこにぶつけるでもない怒りがこみあげ、妙に腹が立ったりした。
 「こんなことだから中心市街地は空洞化する一方なのではないか!」と。空き地や空き物件はたくさんあるのに借りられないことが多い。そして結局は、熊谷さんが地元不動産屋さんを通じて見つけてきた現在の物件に決定した。
 もともと開業資金が限られていたこともあり、改修工事をおこなうつもりではなかったという熊谷さんを半ば強引に説得し、改修はおこなわれた。

20坪に満たない店内には自転車はもちろん、部品やウエアなどの関連のグッズがならび、メンテナンスをおこなう作業スペースが同居する。(撮影:鳥村鋼一)

 というわけで、はじまった改修は特殊な工事を除いてほぼセルフリノベーションだ。
 元陸上自衛隊のレンジャー部隊出身という熊谷さんの仕事量は常人とは比べものにならない。頼んでいた床のビニルタイルを剥がす作業もあっという間に終わっていた。またクラインアントである熊谷さんのとてつもない仕事量に助けられて内装は完成した。
 ロゴマークは同じくISHINOMAKI2.0のメンバーでもあり、アートバイヤーでもある飯田昭雄さんから東京のグラフィックデザイナー土井宏明さんを紹介してもらい、東京で打ち合わせを重ねた。クマをモチーフにしたクマガイサイクルのロゴマークが出来た時はその発想力に皆で感動した。
 私はつくることも、つくらないことも積極的に関わっているが、つくることの手前の問題につくることで気付かされることがある。
 今回は空き家や空き地の問題がそうだが、こうした設計の案件とともに並走しているまちづくりの活動がリンクするところも面白い。そしてサイクリングというキーワードがまちに対してすこしづつ変化を起こしていることも実感している。ちなみにクマガイサイクルができてからは、何人かの知人がここで自転車を購入した。

 

ポタリング牡鹿との連携

 おりしも石巻では IT企業の「ヤフー」と地元の新聞社「河北新報」が中心となりサイクリングイベント 「ツール・ド・東北」を2013年より開催し、少しづつではあるが、サイクリングの認知度は高まってきていた。田んぼが連なる豊かな風景、海が望める沿岸部の起伏ある道、ほどよい高さの山々など風光明媚な石巻の道はサイクリングととてもマッチする。

(撮影:さとう あきほ)

 じつはクマガイサイクルがオープンする前から、すでにISHINOMAKI2.0が企画する夏のスタンドアップウィークで、「ポタリング牡鹿」を開催していた。ポタリングとは「自転車でぶらつくこと」。
 石巻の南東に位置する牡鹿半島をめぐりながらポタリングするサイクリングイベントだ。ツール・ド・東北の主催をつとめるヤフーの協力のもと、東京から建築家の千葉学さんや熊谷さんをはじめとする地元の自転車愛好家たちとともに開催している。
 ポタリング牡鹿は今年2017年で4回目を迎え、東日本大震災で被害の大きかった沿岸部の変わりつづける風景や、海や山を定点観測的にめぐることができる同イベントは県外の建築関係者やメディア関係者に人気が定着してきている。来年の夏はどんなポタリング牡鹿になるのだろうか。

(撮影:さとう あきほ)

 石巻では地域の観光の舵取り役である「観光DMO」が今年設立され、サイクルツーリズムで訪問客を増やす。サイクリングという文化が少しづつ育っていくことを見守ったり、ときに関わったりし続けるのはなかなか興味深いものである。

 

profile
勝 邦義 Kuniyoshi Katsu

1982年名古屋生まれ。2007年東京工業大学卒業。2009年ベルラーへ・インスティチュート修了。山本理顕設計工場、オンデザインを経て、2016年勝邦義建築設計事務所を設立。ISHINOMAKI2.0理事。