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Housing Story
#06
家族の成長と共に
最適化する家

text:naoko arai  photo:akemi kurosaka
translation:masako nishizawa

窓越しに広がる風景と吹き抜けの心地よい空間が印象的な<steep_roof>。竣工から12年、家族の暮らしはどう変化したのでしょう。

 

@東京・聖蹟桜ヶ丘
(竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます)

 家に対する憧れや理想というものは、知らず知らずのうちにそれまでの住まい履歴が影響していることも多い。子ども時代の家を理想郷と思う場合もあればもちろん、その逆も。

 今回訪れた〈steep_roof〉の施主であるSさんは、東京生まれの東京育ち。

 「これまで23区のマンションしか暮らしたことがなかったので、中学生の頃から一戸建てに漠然とした憧れがありました。でもときはバブルの真っただ中。子どもながらに東京で一戸建てを持つなんて夢のような話だと思っていました。それから数年経ち、社会人になった頃、たまたま雑誌で“小さい家ならあなたでも持てる”みたいな特集を見たんです。そこに出ていた人たちは、小さい土地だけどおしゃれな感じに住んでいて、しかも出ていた金額も思っていたほど高額じゃなかった。もちろん当時はお金のない学生ですから家を持てるわけはないんですけど、将来自分でも建てられるかもしれないという希望にはなりました」(ご主人)

 そんな漠然とした夢がにわかに現実味を帯びてくるのはそこからわずか数年後。結婚して少し経った頃だった。

 「賃貸マンションに住んでいたんですが、家賃が月10万以上ってやっぱりもったいないって気持ちになりますよね。じゃあ家を建てようか、と言ってもやっぱりどこかまだ夢物語的な感じもあって。ただちょうど金利が下がっていた時期で、自分たちでも買えるかもという気持ちになってきて。予算は限られていましたけど、土地が狭くてもおしゃれに住めることはわかっていたので小さい土地に絞って探しました。当時はまだ20代でしたし仕事はフリーランスだったので不動産屋さんに相手にしてもらえず苦労しましたね。ずいぶん時間はかかりましたけど、今の土地に出合ったときはほぼ即決。妻は出産間近で現地を見ることもできなくて、携帯電話で写真を送って決めたくらいですから(笑)」(ご主人)

建物南側には自然豊かな緑地が広がる

 土地探しと並行して建築家を探しはじめ、土地が決まると同時にいよいよ依頼する建築家を決める段階に。

 「何しろ小さい土地だったので、普通の住宅メーカーだと難しいだろうと思ったんですよね。お隣の家との距離も近くなるだろうし、窓の位置なんかも自由に考えてくれるところがいいねと。だから当初から狭い土地を専門にしているような建築家や、狭さを生かした家づくりをされている方を探していて、その一番候補がオンデザインさんでした」(奥さま)

 「当時、“9坪ハウス”みたいな狭小住宅がさかんに雑誌で取り上げられている時期だったんですよね。雑誌やネットにたくさん情報があって、狭小住宅の巨匠みたいな方もいらっしゃって気にはなったんですけど、その人のカラーがけっこうはっきりしていて。もちろん巨匠のカラーに染めてもらうという考え方もいいと思ったんですけど、自分の家ってそう何度も建てられるわけじゃないですから、やっぱり自分たちの意見を遠慮なく言える方のほうがいいかなという気持ちに傾いてきて。そんなときに西田さんのプロフィールを見たら同い年だとわかって、だったら話がしやすそうだなと思ってコンタクトを取りました」(ご主人)

二階の寝室側にベランダを設置

 

“暮らし”から家を組み立てる

 オンデザインの事務所に訪れると、すぐに西田さんからヒアリングを受けることになる。

 「今でもそのときの衝撃ははっきり覚えています。家の要望をお伝えするときって部屋数とかキッチンの位置とかどんな設備がほしいとか、そういう具体的な話をするものだと思っていたんです。でも西田さんは、どういう空間に居るときに幸せと感じますか? とか、この先のライフプランをどう考えていますか? とか、休日は何をして過ごしますか? とか聞いてきて、全然具体的なカタチの話にはならないんです。確かに私たちは家に関して素人で、要望として言える家の形なんて天井が高くて明るいほうがいいとかそんなレベルなんですよね。だから逆にそういう要望を言う必要はなくて、どんな暮らしがしたいか、何が好きかだけでいいんだということを教わって。家を建てるってこういうことだねと、そこからふたりとも俄然やる気になりました」(奥さま)

 ただ理想の暮らしやライフスタイル、好きなことを伝えた初回の打ち合わせ。驚いたことに、それだけのヒアリングで2度目に打ち合わせに行ったときには模型が完成していた。

「すでに模型が出てきたことに驚きましたし、やっぱり模型って感激しますよね、図面だけだとイメージできる範囲が全然違いますから。リアルに家を建てるんだという気持ちになりました。そのとき西田さんから提案されたのは、部屋のどこにいても、立っていても座っていても隣の緑地が見えるようにというコンセプト。あとから思い出すと、最初の打ち合わせで『この土地に決めた理由はなんですか?』と聞かれて、『南側に緑地があること』って答えているんですよね。要望としては部屋から見えるようにとは言っていないのに、ちゃんとポイントとして押さえてくれている。そういうところもすごいなって思いました。スキップフロアで家全体がフワッとつながっていて、その雰囲気もひと目で気に入りました。細かな変更はありましたけど、基本的なフォルムやコンセプトはそのときの模型とほとんど変わらずに実現しました」(ご主人)

2階にある寝室へと繋がる梯子

 

家族のライフスタイルに変化が起こ

 「今でも忘れませんね、引っ越し初日に一番上のフロアで寝たんですけど、まあ興奮してなかなか寝付けなかったです(笑)。あのときの新築の匂いもしっかり覚えています」(ご主人)

 「できあがってみると、自分たちがしたい暮らしに合わせた建物とインテリアになっていて、本当にうれしかったですね。ここからどんな生活がはじまるんだろうって、それはそれはワクワクしました」(奥さま)

illustration:anders wunderle solhøy (ondesign)

 そこからはじまった一家の日々は、この春で12年。うまれたばかりだった娘さんは中学生になった。

 「子どもが小さいときは家族みんながいっしょに過ごしている時間が長かったんですけど、今は徐々に家での過ごし方も変わってきましたね。空間全体がつながっているので子どもからするとプライバシーがなくて、それが気になる年頃になってきて。そろそろ使う部屋をチェンジしようと思っているんですよ。それで思い出すのが、西田さんが打ち合わせのときに言った言葉。模型を見ながら何気なく“ここが子ども部屋になるんですよね”と言ったら、“子ども部屋とか親の部屋とか今の段階で固定しないほうがいいですよ。子どもは大きくなるとどんどん変わるし、部屋数が限られた家なのでいつ入れ替えて使ってもいいような目線でつくったほうがいい”とおっしゃって。
 当時はそこまでピンとはきていなかったんですけど、そこから十数年経った今、すごくその言葉が重かったなって。だってもし今、娘が使っている部屋を子どもっぽい壁紙にしていたら、部屋をチェンジするのもたいへんだったと思うんですよ。でもそういうことをせずにすべてフラットな内装にしていたから、ただ家具を移動するだけで部屋を変えられる。そして今後も、娘が独り立ちしたら夫婦ふたりでどう使うかまた変わる可能性もある。人生って本当に予期しないことが起こるし、時間が経つにつれて家族のライフスタイルも変わってくるから、都度フレキシブルに変えられるほうが空間を有効に使うことができるんですよね。家って建てたときのままじゃないんだってことをリアルに感じるようになりました」(奥さま)

1階のサニタリーから2階のリビングへ続く階段

 子どもの成長、それに従うライフスタイルの変化によって住まい方がどんどん進化していく〈steep_roof〉。さらに未来を語りだすと、夫婦の夢がどんどんと膨らんでいった。

子ども部屋の机まわり

 「これまでは子どもが小さかったので、オモチャを片付けるとか、クレヨンの汚れを落とすとか、とにかく片付けるとか元通りにするというところだけに意識が向いていたんです。でも娘が中学生になって、絵を飾るとか、グリーンを飾るとか、ようやくそういう暮らしも楽しめるようになって」(奥さま)

 「そう、本当に今まではしまうこと、整えることばかりでしたが、今後はディスプレイすることとか、居心地のいいスペースをつくることに意識を向けたい。もう少し遊びのある家にしたいなあと思って。この家を建てるまで熱帯魚の飼育にはまっていた時期があったんですけど、子どもが生まれてしばらくずっと封印していたんです。でもこれからまた、チャンスがあれば再開したいなと」(ご主人)

ご主人のワークスペースにて

 「庭いじりも“やりたいリスト”に入っているよね。もともと週末に庭いじりもやろうと思っていたんですが、庭仕事って重労働で、働きながらだと案外できないもので。だからこれから先、庭いじりという楽しみもあるんです」(奥さま)

 「この“家がまだ完成していない”っていう感じが、ちょっと心の余裕になるんですよね。まだ手を入れる余地がある、もっとよくなるんじゃないかって」(ご主人)

 「ふたりで『古くなって時間が経ったときにいい感じになっている家にしたいね』って話していたんです。完成したときが最高ではなくて、床の傷跡も愛しく素敵だなと思えるような、いい時間の経ち方をするおうちにしたいねって。これからもその気持ちは変わりません」(奥さま)

 

     オンデザインの探訪後記     

オンデザインのヒアリングでは、“どういう空間で何をしているときに楽しい・幸せと感じるか”ということを一番大切にしています。ヒアリングを通じて住まう方の要望や潜在的な希望を整理し、それをより具体的にイメージしてもらいながら互いに確認作業をすることは長いプロセスになりますが、その工程があるからこそ、その方らしい空間になっていくのだと再認識しました。
「たてもの探訪」でお伺いすると毎回思うことですが、住宅は建てたときが完成ではなく、建ってからがスタート。住まう方のライフステージの変化に応じてマイナーチェンジやアップデートが繰り返され、これから先の暮らし方の可能性がどんどん広がっていくのだということを強く感じました。steep-roofもきっと、これからもご家族の成長とともに変わり続け、家を建てたことで増えていく“将来やりたいことリスト”がどんどん更新されていくのではないでしょうか。またいつかお伺いするのが楽しみです。

2階のキッチンまわり

 

お施主さんから学ぶ
心地よく暮らし続けるための3か条

子供の成長とともに、片付ける意識から、ディスプレイを楽しむ意識に
設計時には、部屋の役割を決めず、フレキシブルに変えられるように
「家がまだ完成していない」感覚が心の余裕になる

DATA
竣工:2008年11月
設計:西田 司(オンデザイン)+中川エリカ(元・オンデザイン)
敷地面積:92.37㎡
建築面積:36.93㎡
延床面積:69.88㎡
施工:伸栄
構造:ASD

竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます。