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Housing Story
#05
10年後も
飽きない居心地

text:naoko arai  photo:akemi kurosaka  llustration:eri tsugane(ondesign)

 

シリーズ第5弾は竣工から10年が経過した<FLOATING BOX>。仕事場が隣接するこの家には、家族4人と2匹の猫が暮らしています。はたして、お子さんの成長と共に居住空間はどのように変化したのでしょうか。

 

@東京・中野
(竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます)

 

 前回の訪問先はオフィス兼自宅だったが、今回訪ねた〈FLOATING BOX〉は仕事場と自宅が隣り合わせに建つケース。新築する前は夫妻の仕事場でもある隣の建物でご主人の両親と二世帯同居。専用住居として建てた建物をリノベーションして仕事場を設けたため、住まいの環境としては課題も多かったという。そんななか、たまたま隣地が売りに出されたことがきっかけになり自宅を新築することになった。

 「隣の家はハウスメーカーで建てたものだったので、リノベーションをするときもその関連会社に相談しました。でも、出てきた提案はプランもコストも想像とは大きく違っていて。そのあとに設計事務所に相談してみたらそれとはまったく違って斬新なものができたんです。そのときの“建築家に頼むと想像をはるかに超えるものができる”という体験があったので、自宅の新築も迷わず建築家にお願いしました」と奥さま。

 とはいえ自分たちだけでは建築家の人柄まで知ることは難しいと思ったTさんは、建築家紹介会社に相談。そこで紹介されたのがオンデザインだった。

 「“僕の事務所は決まったテイストがないことが特徴”と西田さんがおっしゃって。それならきっと、私たちといっしょになって、自由な発想でワクワクするようなおもしろい家をつくってくれると確信したんです」とオンデザインに決めた理由を話す。

 家づくりにおいて、ご夫妻がオンデザインに要望した内容は、じつにシンプルだった。

「いちばんは風通しのよさを希望しました。それと、地震が苦手なので丈夫な家であることも優先しました。あとは素材の話くらいですかね。今って木のように見える壁紙とかフェイクな素材がすごく進化していますけど、それが好きじゃなくて。ちゃんとした本物の材料を使いたいと話しました」と奥さま。

 ご主人も「僕らにとって快適であることはもちろんですけど、飼っている動物たちも気持ちよく過ごせることと、おもしろい家にしてほしいことくらいですね、お願いしたのは。西田さんならいいものつくってくれると思ったので、あえてあまり細かいことは言わなかったんですよ」と話す。

 

小さな箱でさまざまな居心地を

 オンデザインから提案されたのは、小箱を家のあちこちに浮かせたような個性的なプラン。ボックス状になったその各空間は階段や吹き抜けを通して互いに連続していて光も風もよく通り、さらに家族が別の空間で過ごしていてもそれぞれ気配を感じられるようになっている。

 「模型をひと目みて、『これはすごい、西田さんの頭の中はどうなっているんだろう!』って思いました。まったく想像できないものだったから。ただ(模型を)見ているだけで気持ちのよい暮らしが想像できました。窓の位置やキッチン奥のトイレとユーティリティスペースなど細かな追加や変更はありましたけど、基本的には提案いただいたコンセプト通りでお願いしました。そのあとの打ち合わせで時間をかけたのは内装の素材ですね。
 本物の素材を使いたいということもありましたし、猫がいるのでどうしたら傷がつきにくいか、(傷が)ついても気にならないか、など猫の習性を細かくお話してアイデアを練っていただきました」(奥さま)

 そして提案されたのは、本物の石や木をふんだんに使ったもので、いわゆる一般的な内装とは大きく違うものだった。

 「正直、『家のなかに石!?』って。でも見たことのないものってワクワクしますし、猫対策で横向きに凹凸が出るように貼っていて、その質感も変わっていておもしろいなと。小さなブロックのような木を積み木みたいに重ねた壁も新鮮でしたね。木の壁の工事は現場の大工さんが本当に大変そうでした。これはあらかじめパネルになっているものではなくて、一つひとつ現場で積み重ねて貼るんですが、大工さんはブツブツ小言を言いながら作業していましたけどね。玄関から3階までずっとこの壁ですから(笑)。その工程を見てきたこともあり、この壁は今でもとても愛着があります」

 

スタディールームが中間地点に 

 自宅が完成後、仕事場と自宅を切り分けた生活になったT夫妻。暮らし方はどう変わっていったのだろうか。

 「自分たちの生活のスペースが格段に心地よくなったことが気持ち的には一番大きな変化ですね。仕事場と生活スペースが明確に切り分けられたことも精神的に余裕が持てました。仕事場とは中二階の渡り廊下でつながっていますが、家があまりに居心地がいいのでちょっと時間があくとこっそりと自宅に戻ってしまいます、スタッフにはすぐにバレているみたいですけど(笑)。
 西田さんの提案で作っていただいた中二階のスタディールームもとてもよかったですね。仕事の事務作業をすることも多いんですが、位置的にも機能的にも仕事場とリビングのちょうど中間地点みたいな感じで。家族で食事したり映画を見たりするリビングとはまた違った使い方ができています」とご主人。

 仕事をともにする奥さまも多様な居場所のある暮らしに心地よさを感じるという。

 「以前の住まいは仕事場がメインといった感じで、その隅っこの狭いスペースに家族が間借りするように住んでいたので、やはりきちんとした住まいを別に持てたことは大きな違いです。実際に住んでみて、空間ごとに壁の素材や色が違うのもおもしろかったですね。部屋ごとに違った雰囲気や景色が楽しめるので10年経ってもまったく飽きません。住んでから改めてすごいと思ったのは、設計前のヒアリングで私たちの生活スタイルや性格をとてもよくわかっていただいていたということ。
 私の性格がせっかちでダイニングテーブルまで食事を持っていくのは効率が悪いというような話をしていたら、キッチンとつながったダイニングテーブルを提案してくれたり、玄関先のウォークインクローゼットとシューズクローゼットもモノが多いと判断した西田さんからの提案。人の性格や習慣ってそうそう変わるものじゃないですから、そこまで考えてくれたことが今の居心地のよさにつながっていると思います」

 竣工当時、幼児期を過ごしていた子どもたちはそれぞれ中学生、高校生に成長した。

 「当時はまだ子どもたちが小さかったので子ども部屋をほとんど使っていなかったんですが、小学校の半ば頃からでしょうか、だんだん自分の部屋を使うようになってきて。小学生くらいになるとドラえもんの押し入れをイメージしてつくった収納部屋を秘密基地のようにして遊んでいましたね。
 今、息子はそこに布団を敷いて寝ていてまさにドラえもん状態で狙い通りです(笑)。個室はありますけど宿題や工作をしたり、映画を見るのはリビングで、子どもたちもそれぞれの居場所を臨機応変に使いこなすようになりました」(奥さま)

 

 さらに、猫2匹はまさに我が物顔でこの住まいを謳歌しているという。

 「すべての空間がつながっているから行き来しやすいんでしょうね。横だけじゃなくて縦方向にも動けるから本当に自由自在。猫って、日当たりや温度で一番快適な場所がどこかすぐ見つけられるんですよね。暑い時期はひんやりしたタイルの上にいたり、寒い日は日当たりのいい窓辺にいたり。一番、この家を楽しんでいるのは猫かもしれない(笑)」(奥さま)

 家族にもペットにもさまざまな居場所があり、習性や五感に任せてそれぞれの場所で過ごす日常。そんな自然体の姿でストレスなく過ごせる家だからなのだろうか、家の中は自由でおおらかな空気で満たされていた。

 

お施主さんから学ぶ
心地よく暮らし続けるための3か条

本物の石や木をふんだんに使った壁には愛着がもてる
部屋ごとに違った雰囲気や景色にしたので10年経っても飽きない
すべての空間が横だけでなく縦方向にもつながっていて行き来しやすい