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スタジアム×都市
#02
野球の楽しみ方を
多様化させる

text and photo : akihiro tani, illustration : yuki

 

スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのか。
そんな「問い」から連載する、「都市を科学する」のスタジアム編。
まずは「野球の楽しみ方を多様化する」ことによって、
顧客ターゲットを拡大しているスタジアムの事例をさぐってみたい。

 

横浜スタジアムの内野スタンドの最上部に、グループ観戦用のデッキ席がある。
テーブル付きのゆったりとしたグループ席で飲食を楽しむスペースは、ビールサーバー付きの「スカイバーカウンター」や、最大10人でソファ席に座れる「プレミアムテラス」など、趣向が凝らされている。

球場全体を見渡しながら、家族や仲間とゆったり楽しむ席

グラウンドから遠く、「野球を見る」場所として好条件とは言えない。
それでも人気は高く、チケットは入手困難だ。
スタジアム全体を見渡す眺望、大空の開放感、観衆の熱気と一体感。
それらを全身で感じながら、プライベート感のあるスペースで家族や仲間と盛り上がれるのが、魅力なのだろう。
「野球観戦」というより「パーティー」のための席なのだ。

 
野球は”つまみ”

こうした導入を働きかけた横浜DeNAベイスターズの池田純前社長は、次のように考えていた。

「野球を見せてやる」ではなくて、野球は“つまみ”でいい。
みんなで肩を組んで歌うカラオケやでっかい居酒屋のような感覚で、(神奈川県下の)1000万人全員にスタジアムまで来てもらうようなビジネスに変えればいい。

「横浜DeNAベイスターズは「野球を見せる」から離れたことで黒字化した」(「ダイヤモンドオンライン」より引用)

同じ考え方の事例は、日米のスタジアムにある。

広島カープの本拠地マツダスタジアムの「テラスシート」で楽しむファン

ユニークな例では、バーベキューを楽しめる席。米シアトルのセーフコ・フィールドのほか、日本でも広島カープ本拠地のマツダスタジアムや千葉ロッテマリーンズの本拠地ZOZOマリンなどに設置されている。

バーベキューが楽しめる、マツダスタジアムの「びっくりテラス」

米アリゾナ州・フェニックスのチェイス・フィールドのジャグジープールも、ユニークな例。酷暑の気候にもマッチした、観客へのおもてなしだ。

ジャグジープールの観客は野球よりも水遊びに夢中?
By Ryan, CC BY 2.0

観覧車やメリーゴーラウンドがあるのは、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地の楽天生命パーク宮城。レフトスタンド後方は、子どもたちにとって楽しい空間だ。

楽天生命パーク宮城のレフトスタンド後方には、グラウンドを望む観覧車がある

 

高級感や落ち着きも、方向性のひとつだ。

参考イメージ。ロジャース・アリーナのVIPラウンジ
By Sébastien Launay, CC BY 2.0

VIPルームやラウンジを備えたスタジアムが増えている。横浜スタジアムもバックネット裏の高層部に個室観戦席の増設を予定している。

スタジアムには、野球の試合の楽しみ方を多様化する役割がある。

コアな野球ファン以外にもターゲットが広がっていく。試合前後やイニング間のアトラクション、さらにはスタジアムフードなどのソフト面も連動させることで、効果はいっそう高まっていくだろう。

音響や照明で演出する横浜スタジアムのヒーローインタビュー

 
「顧客ずらし」という考え方

ベイスターズがこうして動員数を伸ばしてきたプロセスを、フィールドマネージメント代表の並木裕太氏はビジネスの視点から、「企業を再成長させる”顧客ずらし戦略”の好例」と意味付けている。

 「顧客ずらし戦略」は、「企業が持つ本質的なアセット(資産)を生かして、新たなビジネスを展開し、これまでとは異なる顧客をつかまえること」
 ベイスターズは「新たなビジネスを展開した」わけではない。ただ、「企業が営む主事業(プロ野球の興行)のコンセプトを見つめ直し、振り向ける先をずらしたことで、これまでとは異なる顧客をつかまえることに成功した」と表現できる

「横浜DeNAベイスターズは「野球を見せる」から離れたことで黒字化した」(「ダイヤモンドオンライン」より引用)

都市にはいろいろな人がいるから、いろいろなニーズがある。

「試合を真剣に見たい」
「大きな声で応援したい」
「賑やかな場で過ごしたい」
「家族や友人との思い出にしたい」
「出会いや交流が楽しみ」

スタジアムはそのニーズに応え、野球の試合の価値を高めることができる。
(了)

【都市科学メモ】
スタジアムの役割
・野球の試合の楽しみ方を多様化させる
生まれる価値
・動員増
・顧客の多様化
・観戦に好条件ではないゾーンの価値向上
・都市における、シンボル度合いの向上
デザインするもの
・野球の試合を楽しむ空間と時間
問い、視点
・野球の試合の顧客ターゲットとなるのは誰だろう?
・どんな空間と時間を提供すれば、そのターゲットに訴求できるだろう?
具体例
・BBQができるテラス
・ジャグジープール
・パーティースペース
・ビュッフェシート
・観覧車
・イニング間のイベント
・照明や音響による演出
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧
「スタジアム編」では、「スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのだろう?」という問いを立て、さまざまな事例を調査、意味付け、整理して紹介しています。
「都市を科学する〜スタジアム編〜」記事一覧
【参考・関連サイト】
スタジアム・アリーナ改革ガイドブック
「横浜DeNAベイスターズは「野球を見せる」から離れたことで黒字化した」(
ダイヤモンドオンライン)
【Theory and Feeling(研究後記)】
筆者の少年時代、地元の地方球場の外野スタンドは芝生席でした。たまにプロ野球がやって来た時に、グローブを片手に打撃練習のホームランボールを追いかけたのは懐かしい思い出です。

テレビでは、試合中に客席で流しそうめんに興じるグループが「珍プレー」に出てきました。ガラガラのスタンドで勝手にやっていたのでしょうけれど、あれも「野球をつまみ」(というか「薬味」?)にしている例かもしれません。

いま、贔屓チームの試合は連日満員です。ほんの数年前まで、とても想像できませんでした。気軽に当日券を買ったり、ホームランを追いかけて走ったり、勝手に流しそうめんをしたりはできませんが、グループ席には小さな子どもを安心して連れてきている家族の姿が目立ちます。プロスポーツとしても、明らかに健全になったと思います。

大らかだったあの頃を少しだけ懐古しつつ、かつては無かった満員の大歓声と緊張感を楽しみに、スタジアムへと通っています。