スタジアム×都市
#14(総集編)
スタジアムが果たす
役割を整理する
「都市を科学する〜スタジアム編」が、日本建築学会のウェブマガジン「建築討論」に掲載された。「収容」という観点から都市を考える2019年1月号の特集記事だ。
これまで10回以上にわたって掲載してきた連載のダイジェスト版として再掲しつつ、スタジアム以外の「収容場所」にも通ずる「都市への価値」を考えてみたい。
30,929人。プロ野球の、1試合平均入場者数だ(2019年、日本野球機構)。各チームの主催試合は、年間70試合あまり。スタジアムごとの差はあるが、年間で160〜300万人ほどを動員している。リーグ公式戦だけの数字なので、ポストシーズンや野球以外の利活用も含めれば、スタジアムはもっと多くの人を集めていることになる。
数万人の収容力があり、恒常的に開催できる野球というコンテンツがあり、なおかつ野球以外に活用するための時間的な余白もある。プロ野球の本拠地となっているスタジアムは、だから、多くの人を集め、都市に対してより多様な価値を生み出すポテンシャルがある。
近年、「コミュニティ・ボールパーク」あるいは「スマート・ベニュー」という言葉が、各地から聞こえてくるようになった。スタジアムやスポーツ・アリーナを中心に、周辺も含めて複合的な機能を組み合わせ、持続的なエリアマネジメントをしていく取り組みだ。
端的に言えば、スタジアムに、「野球をやるため・見るための場所」以上の役割が期待されるようになったのだ。
では、スタジアムは、都市において、どんな役割を果たし得るのだろうか。そして、その役割は、具体的にどうすれば実装することができるのだろうか。それによって、都市の人たちの、どのような願いに応えることができるのだろうか。既存の事例や情報を整理して捉え直した「スタジアムと都市の関係」をここで共有したい。
オンデザインは、横浜DeNAベイスターズの本拠地である横浜スタジアムの改修や、コミュニティ・ボールパーク化の取り組みに関わっている。そうした中で、都市のつくられ方をもう一段階アップデートさせるために、既存の取り組みや事例を整理・意味付けする必要があるのではないかと考え、始めた研究だ。
本稿は、「収容」という観点から都市を考える特集記事のひとつにあたる。都市におけるスタジアムの価値の考察が、スポーツ・アリーナや文化施設など、収容力とコンテンツと余白がある大型施設の多くに共通する示唆をもたらすことを期待したい。横浜の現場で肌で感じていることを、他の事例に照らし合わせて整理した「視点」や「仮説」は、定量的なデータやエビデンスがあるわけではないが、未来へのヒントとなるはずだ。
スタジアムに人を集めるための役割
情報収集は、既にWeb上にある情報を、体系的に整理した。スポーツ庁と経済産業省による「スタジアム・アリーナ改革ガイドブック」をはじめ、かなりの情報量があった。いくつかのスタジアムを実際に訪ね、現地での肌感も大事にしながら、都市に果たしている「役割」が似ているものをグループ化して整理していった。
たとえば、広島カープの本拠地・マツダスタジアムのスタンドには、バーベキューシートがある。家族やグループの中に野球にさほど興味がない人がいても、観戦の時間を一緒に楽しく過ごすことができるだろう。このバーベキューシートには、「観戦の楽しみ方を多様化させる」役割があると捉えることができる。
米アリゾナ州・フェニックスのチェイス・フィールドのジャグジープールも、形は違えど役割は近い。各地のスタジアムで年々進化しているイニング間の多彩なエンターテイメントイベントも、同じ役割を担っていると言える。
楽しみ方が多様化することで、野球の顧客ターゲットは拡大していくことになる。
同時に、「野球を魅せる」役割もやはり重要だ。
選手がプレーしやすい環境や、観戦しやすい客席の設計、さらにはITや大型スクリーンでの映像などのテクノロジーを生かすことで、メインコンテンツである野球の価値を高めることができる。チームや選手自体が強く、魅力的であることも大きな要素になる。
また、メインコンテンツの開催時以外にも人を集めることで、スタジアムの価値は相乗的に大きくなっていく。
コンコースの飲食店や商業施設を充実させたり、オフィスや住居を併設したり、音楽イベントなどの興行にも使えるようにすることで、「野球がなくても人を集める」ことができるのだ。
収容力を生かして都市に波及する役割
球場から都市に目を移すとどうだろうか。横浜スタジアム周辺の繁華街は試合終了後、観戦後のファンたちで賑わいを見せる。スタジアムの収容力はそのまま、「都市に賑わいを波及させる」という役割を果たしているのだ。
特にホームチームの勝利時は、スタジアムではヒーローインタビューや、花火をつかったセレブレーションイベントなどが、試合後数十分にわたって続く。スタジアム側の工夫で、観衆が退場するピークを分散させ、賑わいを「うまく」波及する役割も兼ね備えている。
スタジアムや野球が「新規ビジネスの拠点」になることもある。分かりやすいのは、各球団が開発を進めているオリジナルのクラフトビールだ。
ビールの他にも観戦グッズやスポーツイベントなど、様々な新規事業の可能性がある。単なる経済効果にとどまらず、地元の醸造家やクリエイターたちの活躍の場を広げるという価値もある。
たくさんの人が集まるからこそ、「社会実験の舞台」となることもできる。
たとえば、プロアメリカンフットボールNFL(National Football League)のサンフランシスコ49ersの本拠地「リーバイス・スタジアム」で、大勢の来場者が一斉にWi-Fiなどの通信を使用する際の負荷のテストや、スマートフォンでリプレーが見られるアプリなどの活用が試された事例がある。
スタジアムがこの先、群衆行動やビッグデータの収集と活用の場となることもあるだろう。
参照記事:スーパーボウルで実証、世界最強の「ITスタジアム」
都市における存在感を高める役割
公共性を高めることも、メインコンテンツ開催時以外に価値を発揮する方向性のひとつだ。
横浜スタジアム外周部の公園部分では、遊具で園児や親子連れが遊んだり、通勤者が通り抜けたりという風景がよく見られる。周辺に広がる官公庁や民間オフィス、飲食店、鉄道駅などを行き来する市民の、公共の「広場」や「道」としての役割を果たしている。
スタジアムの客席がそのまま公園になる事例もある。米カリフォルニア州のペトコパークは、センター後方の「パーク・アット・ザ・パーク」が、試合日はスタジアムの一部として有料入場ゾーンとなり、試合がない日は公園として無料開放される。いわゆる「タイムシェア」によって、試合の有無によらず都市の「広場」として価値を生み出している。
さらに、スタジアムを新しくつくることには「都市を更新する」という側面もある。
2012年のロンドン五輪の会場となった「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」は建設時に、工業活動で深刻化していた土壌汚染を浄化するとともに、外来種の除去と、在来植生の再現に取り組んだ。
参照記事:進化し続けるロンドン五輪の「夢の跡地」クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク
北海道日本ハムファイターズが北広島市ですすめる「北海道ボールパーク」の計画も、スタジアムの他にバーベキュー場やキャンプ場、宿泊施設、商業施設、駐車場なども展開し、現状では森林や草地が大部分の「きたひろしま総合運動公園予定地」を大きく様変わりさせるだろう。
いろんな人の、いろんな関わり方
ここまでを大まかに振り返ると、スタジアムは、メインコンテンツである野球に紐付く「観戦の楽しみ方を多様化させる」「野球を魅せる」や、「野球がなくても人を集める」ことによって収容力を最大限に発揮することができる。結果として「都市に賑わいをうまく波及させる」「新規ビジネスの拠点となる」「社会的な実験の舞台となる」といった、都市に寄与する役割は大きくなる。スタジアムを拠点とする「新規ビジネス」は都市の側から仕掛けていくこともできるし、都市の日常で「公共的な価値を出す」、あるいはスタジアムの新設によって「都市を更新する」ことも、間接的にその他の役割との相乗効果を発揮していくはずだ。
このように、収容力が大きなスタジアムは、都市に対して様々な役割を果たすことができる。
その役割と、都市の具体的なシーンや業界のつながりを、俯瞰的に整理することにした。目の前の都市やスタジアムに対し、「誰」が「どんな」アプローチをすることができるか、考えるためだ。
図は、次のような手順で作成した。
- これまでに挙がった「役割」や、そのために必要な「要素」を抽出する
- 役割や要素は「観客数」や「シンボル度」というように、増減するようなパラメータをつける(定量評価できなくても構わない)
- 相関する要素をつないでいく。(Aが増えればBも増えるならば、A→Bと矢印でつなぐ)
- 都市の事業として働きかけができることを考える
様々な要素につながりそうな、「都市におけるスタジアムの存在感」を図の中心に置いた。黄色いボックスは、何らかの働きかけで現実にアクセスできることを示している。
たとえば球団による「野球関連企画、イベント」から、「観戦の楽しみ方の多様性」を高めることによって、「観客の多様性や動員数」を上げることができ、より多様な人がスタジアムで何かを共有することで、「スタジアムの存在感」が上がり、「野球の人気」がさらに高まり……などと見ていくことができる。
建築の立場からは、「野球を魅せる環境」や「観戦の楽しみの多様性」を通じて動員力を高めることも、「スタジアムと都市の連続性」のデザインによって都市への賑わいの波及力を高めることもできる。
図の右半分にはスタジアムや野球に直接関係する要素が、そして左半分には都市を舞台にした要素が、主につながっている。前者が後者との相乗効果を発揮しながら循環していくことで、スタジアムの存在感や価値が高まっていくことが分かる。
収容力があるから、都市のシンボルになり得る
これは、都市のさまざまな立場の人が、スタジアムを通じて、都市に関わっていくことができることを意味している。都市の側も、多様な人たちが主体的に関わることができ、その多様性を活かしながらも「共属感」のようなものを感じさせてくれるような、「都市のシンボル」となる存在を求めているのではないだろうか。
その存在感は、冒頭で書いたとおり、恒常的に開催できる野球というコンテンツがあり、野球以外に活用するための余白があり、そして何より数万人という「収容力」があるからこそ発揮できるのだ。
「シビックプライド」という言葉がある。市民が自分の都市のことを誇りに思うことを良しとし、都市での振舞いや都市環境がその意識を醸成することを後押ししていく。これまでスタジアムは、スポーツ施設という閉じたコミュニティの場として認知されていたが、いま目の前にある都市とスタジアムでは、都市に生きる豊かさや、都市の活動そのものが行われ得る。そう、自分たちの都市生活のシンボルとしてスタジアムを感じることが可能なのだ。
そして、この感覚はスタジアムに限ったことではない。収容力がある施設がもつクローズドなコミュニティを一つ一つ丁寧に解していくと、都市施設としての価値を拡げられる。いま現在進行形で動いている公共施設再整備や都市空間の更新の際に応用してみてはどうだろう。
現在地を探り、分析し、いま活かしきれていない強みや、生み出したい価値のために不足している要素を明らかにしたり、参画や連携を求める相手を探したり、あるいは自分の立場から起こせるアクションを探したりするヒントになる。それが、収容力がある施設と都市の新たな関係を生み出すことにつながっていくはずだ。私たち「アーバン・サイエンス・ラボ」の研究もその一助になればと考えている。
(アーバン・サイエンス・ラボ)
※本稿は、日本建築学会の月刊ウェブマガジン「建築討論」2019年1月号特集に寄稿した内容です。