スタジアム×都市
#08
生活や文化の
一部になる
「広場」や「道」として。
「健康づくり」の拠点として。
スタジアムが都市で果たす、
公共的な役割をさぐってみた。
早朝のスタジアムを無料開放
夏のある日の早朝。横浜スタジアムの外周部、バックスクリーン下のゲートが開くと、緑色のグラウンドが目前に広がった。数十人の大人と子どもがグローブを手に駆け出していき、憧れのスタジアムでキャッチボールを楽しんだ。
横浜スタジアムでナイター公式戦がある日の早朝、グラウンドが市民の一般の方のキャッチボールのために開放される「ドリーム・ゲート・キャッチボール」での光景だ。家族や仲間と、出勤や登校の前にキャッチボールを楽しむ。そんな「スポーツのある日常」が、スタジアムで実現した。
「キャッチボールのできる公園が少なくなっている現代だからこそ。横浜スタジアムをプロ野球観戦の場としてだけでなく、より多くの横浜市民がオープンで楽しめる場所とし、皆さまから愛されるボールパークにしていきたい」(「ドリーム・ゲート・キャッチボール」スペシャルページより)
主催する横浜DeNAベイスターズのメッセージに、「公共的なサービス」や「スポーツ文化醸成」への思いがにじむ。
「広場」と「道」、スタジアムの「内」と「外」
横浜スタジアムは、「横浜公園」の中にある。スタジアム外周部の公園部分では、遊具で園児や親子連れが遊んだり、通勤者が通り抜けたり。周辺に広がる官公庁や民間オフィス、飲食店、鉄道駅などを行き来する市民の、公共の「広場」や「道」としての役割を果たしている。
「ドリーム・ゲート・キャッチボール」は、市民の「広場」となる場を、スタジアムの内側にも拡大し、「スポーツ文化の醸成」という狙いも明確にした。少し高度な公共の事例とも言える。
「ボールパーク」という言葉があるように、スタジアムは都市の「公園」でもある。移動のための「道」として、人々が憩う「広場」として、さらには「文化を生み出す場」として、公共的に機能する力を秘めているのではないだろうか。
タイムシェアで「スタジアム 兼 公園」
米カリフォルニア州のサンディエゴにある「ペトコパーク」には、スタジアムと公園を兼ね備えたユニークなエリアがある。センター後方にある「パーク・アット・ザ・パーク」だ。
芝生が広がり、小さな野球場もある。スタジアムのグラウンドを見渡すのは難しいが、ピクニックには最高の環境。この「パーク・アット・ザ・パーク」は、試合日はスタジアムの一部として有料入場ゾーンとなり、試合がない日は公園として無料開放される。
公園とスタジアムを「空間」で区切るのではなく、空間は共有して「時間」で使い分ける。いわゆる「タイムシェア」の概念は、スタジアム内外がつながっている空間構造も手伝い、試合の有無によらず都市の「広場」として価値を生み出している。
「健康」「医療」などの社会的サービスの拠点にも
公共的な「空間」だけでなく、「サービス」の提供についても考察したい。
サッカーJリーグの横浜Fマリノスの本拠地「日産スタジアム」(横浜市港北区)の一角に、「横浜市スポーツ医科学センター」がある。運営管理は公益財団法人「横浜市体育協会」。「医学」と「スポーツ科学」を掛け合わせた専門的なプログラムが一般向けに用意され、健康づくりや競技力向上を目指す市民の利用が増えている。
同センターには体育館やプール、トレーニングジムに加え、診療所として理学療法室、体力測定室、運動負荷試験室などを備えている。プログラムのひとつ、「スポーツ版人間ドック」は、一般の人間ドックなどでは行われない運動負荷試験や各種体力測定を、医学的検査とセットで実施。競技者向けの「アスリートチェックサービス」は、スプリント力や敏捷性などのより専門的な測定を、種目に合わせて行う。
いずれも、スポーツドクターや、理学療法士、管理栄養士、スポーツ科学員といった専門家から、個別の測定結果を踏まえた専門的なアドバイスを受けられるのが特徴だ。競技力向上を目指す少年少女から、現役のトップアスリート、健康維持を目的とした一般客まで対象は幅広い。横浜市内を中心に全国から利用者が訪れ、行政関係者を中心に視察も多い。
プログラムは設備を備えた診療所と専門スタッフがいれば成立するから、医科学センターがスタジアムにあるのは必須ではない。ただ、「Jリーグのスタジアムにあり、スタッフは専門家としてプロチームにも関わっている。それが評価や信頼につながり、市民の受診を後押ししている側面もある」と、同センター企画運営課長の小倉孝一さんは感じている。
スタジアムは、市民の「健康づくり」や「スポーツの振興」を推進するための、高度な人材と設備を有する「拠点」であり、同時に「象徴」として機能している。
「スポーツ」を軸に幅広い「公共」を担う
スタジアム内外の空間は、都市の日常において重要な「広場」や「道」として機能する。
また、「スポーツ」分野それ自体も、長寿化が進む都市において欠かせないものになりつつある。スポーツクラブの盛況ぶりや「ヘルスツーリズム」への関心の高まりにビジネスとしての発展性を考えることもできるが、ここではまず、この分野の社会的重要度を再確認しておきたい。
さらに、避難所としての機能を持つ吹田スタジアム(大阪府=連載03で紹介)や、市庁舎と複合したアオーレ長岡(新潟県=連載06で紹介)なども、スポーツ施設が公共的な別の役割を兼ね備えた事例として挙げられる。
多くの球場はもともと、都市に暮らす人たちがスポーツを「する」場として、県や市などの地方公共団体が整備・運営する公共性の高いものでもあった。
現代は「魅せる」場として、スタジアムに収益性や興行性が求められることが増え、プロスポーツチームによる「フランチャイズ化」「ボールパーク構想」などが進む一方、都市に暮らす人たちが社会に求めるサービスも多様化している。
これからのスタジアムは都市において、公共的な役割をどの程度、兼ね備えるのが良いのだろうか。公共の形を、どのようにアップデートできるのだろうか。「広場」「スポーツ」「文化」「健康」などさまざまなキーワードから、考えることができるはずだ。
(了)
【都市科学メモ】 | |
スタジアムの役割 |
・都市の生活や文化の一部になる |
生まれる価値 |
・広場や道としての公共価値 |
デザインするもの |
・興行と公共の兼ね備え方 |
問い、視点 |
・スポーツを「魅せる」役割と、公共的な役割を、どう兼ね備えるか? |
具体例 |
・グラウンドを開放するイベント ・試合日以外には公園として開放する空間設計とタイムシェア ・スポーツ医科学センター |
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧
「スタジアム編」では、「スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのだろう?」という問いを立て、さまざまな事例を調査、意味付け、整理して紹介しています。
「都市を科学する〜スタジアム編〜」記事一覧
【参考・関連サイト】
「ドリーム・ゲート・キャッチボール」スペシャルページ
PARK AT THE PARK
スタジアムミシュラン Petco Park #02
横浜市スポーツ医科学センター
スタジアム・アリーナ運営・管理計画 検討ガイドライン – 経済産業省
【Theory and Feeling(研究後記)】 |
小さい頃にソフトボールをやった河川敷のスポーツ広場や、高校野球の応援にいった地方球場、新聞記者時代に草野球を楽しんだ赴任先の町営グラウンド…。最後の段落をまとめていたとき、ふと、自分がこれまで訪ねてきた「スポーツをする場」のことを思い出しました。 久しぶりに、キャッチボールをやりたくなりました。 |