移動×都市
#06
何かとの出会いを
期待させる
何かとの出会いが
期待できる時、
移動はワクワクした
楽しいものとなる。
これからの都市で、
そんな時間はどのように
実装されていくのだろう。
。
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざがある。
「棒」は災難とも幸運とも捉えられるが、いずれにしても、「出歩いている(もしくは何かをしている)と、何かに遭遇する」というような意味合いだ。
退屈しているなら、家にいるよりも、都市を出歩いた方が、何かが起こる確率が高くなる。
では、実際に出歩くと楽しい都市とは、どんな都市だろう?
考察すると、何かが起こるという「期待感」と、何が起こるのかは分からないという「不確かさ」という、2つの要素が見えてきた。
期待値=ヒト・モノ・コトがある
お気に入りの雑貨が見つかりそうだ。
誰と友達になれるんじゃないか。
角を曲がると、おもしろい景色が見えるかも。
大規模な商業施設も、若者で賑わう渋谷のような街も、大道芸人が集まる公園も、出歩くのが楽しいのはそんなことを期待できるからだろう。
そんな期待感を抱かせる方法として分かりやすいのは、ヒト・モノ・コトを集めることだ。
普段は静かな神社や寺院が縁日で賑わうのも、そこにヒトやモノが集まっているから。賑わいが、さらにまたヒトを集めるような構造になっている。
不確かさ=具体が約束されていない、未知である
ただ、そこにあるヒトやモノ、起こるコトが事前に分かってしまうと、「偶然の出会い」への期待感は小さくなる。
明確な目的が意識しやすくなるが、移動はその目的を果たすための「手段」になってしまう。
逆に、初めて訪ねた旅先の街や、よく知っている商業施設でも店舗や商品が頻繁に更新されようなところは、散策するのが楽しい。
何があるのか、起こるのか、分からないという「不確かさ」があるからだ。
イタリアに滞在した知人から、こんな光景を見たという話を聞いた。
ある町の、数軒のバルが立ち並ぶストリートで食事を楽しんでいると、地元の男がひとり、やってきた。
その男は、友人が同じストリートの「どこかのバル」で飲んでいると聞き、合流するために探しているのだという。
男は適当なバルに入ってはグラスを頼み、「オレの友人を見なかったか」と訪ねながら一杯を楽しみ、次の店に向かっていった。
そうしてストリートを何度も行き来して、やがて何軒目かのバルでその「友人」に出会うことができた。
とても嬉しそうに、その友人ともグラスを1杯ずつ飲むと、男はもう満足そうに帰っていった。
知人から見ると、男は友人に用があったというよりも、「どこでどんなふうに会えるのか」を楽しみにしていたようだったという。
そんなに大きなストリートではないから、友人とはかなりの確率で会うことできる。でも、具体的に「どこで、どんなふうに」会えるのかは、行ってみなければ分からない。
そんな「約束された偶然」とでも言うべきものが、楽しみになっていたのかもしれない。
散策=目的地のない移動
こうした散策的な移動は、どこか特定の場所に到達するための移動とは異なる。
何かに出会うためだから、距離や時間を効率化することにはあまり意味がない。
むしろ寄り道や回り道をして、ときには時間も潰して、ヒト・モノ・コトとの接点を増やそうとする。
出会いたい特定の「何か」が決まっておらず、傍目からは「無目的」に彷徨っているように見えることもある。
約束された「出会い」を実装する
現代の都市ではテクノロジーを活用し、出歩いた際の「出会い」を実装することができる。
拡張現実(AR)と位置情報を活用したゲーム「ポケモンGO」が、その代表例だ。
体験者は、現実世界の都市を歩くと、位置情報が連動したゲーム世界の「ポケモン」と、手に持っているスマホを通じて出会うことができる。
出会う対象の「ポケモン」はゲーム上の情報なので、つくる側は「期待値」や「不確かさ」を柔軟に容易にコントロールできる。
同じシステムで異なるテイストのゲームを実装すれば、同じ都市で異なるターゲットに訴求することも可能だ。
「出会いを期待して歩く楽しみ」のポテンシャルを最大化するには
「ポケモンGO」のリリース以降、ポケモンとの出会いを期待して道路や公園を歩く、どこかに向かうのとは異質な移動をする人の姿が都市に増えた。
結果として、歩きスマホや交通事故、不法侵入等の問題が発生した一方、引きこもりや鬱の解消、運動による健康増進、地域の賑わい等の社会的な価値も指摘されている。
それは、都市に「何かとの出会いを期待して歩く楽しみ」を実装した時の社会の反響や効果が、もっと大きなポテンシャルを秘めていることを物語っているのではないだろうか。
たとえば、端末を持った人同士が接近した際に自動で情報交換する「すれ違い通信」などを活用すれば、技術的にに実装が可能な「出会い」はもっとたくさんある。
ただ、都市の構造や社会の捉え方、あるいは体験者自身のリテラシーが、まだ追いついていないのだ。
今後、コロナ禍でオンライン化が進み、どこかに向かう移動を必要とする人が減って行くならば、都市の散策を受け入れる余白は広がっていく可能性がある。
現実のヒト・モノ・コト、そして時にはバーチャル世界も組み合わせ、「出会いを期待して歩く楽しみ」を実装し、活かしていく。
それが、都市の「移動」の形を変えて新しい価値を盛り込み、都市を魅力的にしていくことではないだろうか。
(文章:谷明洋、イラスト:佐野敦彦)
【都市科学メモ】
●関連するパラメータ
何かと出会う確率、具体の不確かさ、散策する楽しみ、ヒト・モノ・コト、更新頻度、テクノロジー、散策する人の数、散策による事故、人の健康や街の賑わい、目的地に向かう人の数、散策を受け入れる都市の余白
●浮かび上がる問い
現代の都市には、どんな「出会い」を実装できるだろうか?
都市を散策する楽しさと効果を高めるために、都市や、都市の人はどう変わっていけばよいだろう?
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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「移動編」は、「都市の暮らしの中での移動」の意味をさまざまな角度から考察・意味づけし、これからの都市での移動を考えるヒントをさぐります。
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