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移動×都市
#03
「ながら」で使える
自由時間

 

移動は案外貴重な、
自由時間でもある。

移動し「ながら」、
いろいろなことができる。

そんな時間の価値やあり方を、
未来像も含めて考察してみたい。

 

 

移動し「ながら」何ができる?

あなたは日常での移動中、何をしているだろうか?

電車の中で読書をしたり、睡眠時間に当てたり、ゲームをしたり、スマホで連絡を取ったり。タブレットを取り出して仕事をしている人もいる。

車を運転しながら、音楽やラジオを聴いたり、1人の時空間を楽しんだり、大声を出してストレスを発散していたりするかもしれない。

あるいはコロナ渦でオンライン化が進んだことによって、今までの日常の移動が、無意識的に頭を休めて整理したり、軽い運動をしたりする時間になっていたことに気付いた人だっているだろう。

 

移動時間は、1人で自由に使える時間になり得る。

通勤時間をマラソンの練習に当ててしまう、公務員ランナーの川内優輝は極端な例だとしても、移動しながら、いろいろなことができるのだ。

 

「機能」と「空間」と「心身の自由度」

もし移動中にできることが、移動していない時と変わらなければ、移動にかかる実質の時間コストはゼロとみなすことができる。

ただ現実には、移動中にできることと、できないことがある。

移動中の自由を制限している要素を考えると、「移動中に使える機能」「移動中に使える空間」「移動中の心身の自由度」の3つに分けることができた。

 

たとえば、移動中に一般的なオフィスワークをこなすなら、「機能」はノートパソコンが1台あればたいてい事足りる。

立ちっぱなしの満員電車ではパソコンを使えないが、グリーン車や指定席で「空間」を確保することもできる。

一方で自家用車を運転する通勤は、機能と空間はあってもキーボードを叩く手の「自由」が無いから、仕事をするのが難しい。

 

移動中に歌を歌ってストレスを発散するなら、伴奏のための音楽再生「機能」は簡単に持ち運べる。

ただ、身の回りの「空間」に影響してしまうので、他人と居合わせるバスや電車の中では迷惑になる。

自家用車なら、声を出すための口は運転中も「自由」に動かせるし、プライベートな「空間」もあるので、実現できる。

 

デバイスや通信などのテクノロジーによって「使える機能」が増え、自家用車のような個人空間ほど「使える空間」が豊かで、移動手段を自ら制御する必要性の有無によって「心身の自由度」が変わってくるのだ。

 

「自動運転」でもっと自由に?

さて、テクノロジーの発達を念頭に置くと、これからの移動中にできることは、どう変わっていくのだろう?

まず、持ち運べる機能は、これからも増え続けていくだろう。

 

そしてもうひとつ、大きなキーワードとして「自動運転」が浮かび上がってくる。

人を運転業務から解放し、「個人空間」で移動する際の「心身の自由度」を飛躍的に高めるからだ。

移動中に使える機能を増やし続けてきたこれまでのテクノロジーと、少し意味合いが異なる。

電車やバスと異なる自分専用の空間で、心身も自由になるという、“良いとこ取り”が可能になる。

 

運転を全く気にせず自由に移動できる個人空間が確保できたら、どんな移動が実現するだろう?

ドア・ツー・ドアで睡眠時間にも、仕事や勉強にも、テレビや映画などの余暇にも充てられる。

移動に、燃料コスト(経済コスト)はかかっても、実質的な時間コストはゼロに近づいていく。

自動運転が実現すれば、車内での移動時間はより自由に使えるようになる。画像:iStock by Getty Images

 

さらに、もう一歩踏み込んでみると。

生活に必要な機能をすべて、移動可能な個人空間に盛り込んでしまう、という考え方が出てくる。

 

たとえば、自動運転が可能なモバイルハウスだ。

9時に仕事場に到着するようにセットして、8時に起床し、着替えて、歯を磨く。

現場から現場へ移動しながら、昼食を取り、テレビ電話のオンライン会議に参加する。

帰り道は、映画上映を楽しみながら過ごす。

これらをすべて、移動しながらやってしまうことだって、可能だろう。

移動の時間コストがゼロに近づく、というか、移動空間が生活空間を兼ね備える。

 

自由になる移動時間をどう使う?

移動しながらでも落ち着きや安らぎを得られるか、また、そもそもこんな生活スタイルを望むのか、などの事情は個々人で異なるだろう。

 

人や内容によっては、むしろ移動し「ながら」の方が、うまく進むこともある。

筆者は以前、河川敷を散歩しながらイヤホンをつけて電話会議に参加したことがある。

体を動かし、変わる景色にも刺激されたのか、部屋よりも頭が働き、前向きに考えることができた。

「機能」「空間」「心身の自由度」の制限を補うような付加価値を、移動に見い出すこともできるかもしれない。

 

一方で、移動中の自由度が高まりできることが増えた結果、心身の負担や疲労感が増すことも十分考えられる。

たとえば、移動時間にも業務を進めることが求められ、頭を整理して休めることが難しくなるかもしれない。

 

都市で生活する人にとって、「移動」は「ながら」でいろいろなことができる貴重な時間だ。

そして、移動中の自由度が上がり、できることが増えるという事実は、プラスにもマイナスにも働き得る。

 

移動時間をどう使うのか、どう使えるようにするのか。

都市のデザインにも、移動手段のテクノロジーにも、ひとりひとりの生き方にも、そんな問いが掛けられている。

 

(文章:谷明洋、イラスト:佐野敦彦)

 

【都市科学メモ】

●関連するパラメータ
移動中に使える機能、移動中に使える空間、移動中の心身の自由度、移動中にできることの制限、実質的時間コスト、テクノロジー発展度、外的な刺激、生産性、忙しさ、安らぎ

●浮かび上がる問い
移動中の時間は、どんな風に使うことができるだろう?
移動中の時間の時間の使い方は、どうすればもっと自由にできるだろう?
移動中の時間を、どんな風に使ったら都市の人は幸せになるだろう?

 

「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
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「移動編」は、「都市の暮らしの中での移動」の意味をさまざまな角度から考察・意味づけし、これからの都市での移動を考えるヒントをさぐります。
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