update

ヨコハマアパートメント
15周年座談会
「受け継ぐということ」

photo:ryusuke ono
text:satosi miyashita

竣工から15年目を迎えるヨコハマアパートメント。1階の通称「広場」は、これまで数々のアートイベントやワークショップが行われ、地域をはじめとする多くの参加者たちの交流の場として活用されてきました。今回は、ヨコハマアパートメントを語るうえでもかかせないキーマンたちを迎え、いまだ色褪せることのない建物の魅力、そして今後の継承について語り合います。

 
@ヨコハマアパートメント(神奈川県横浜市)
(ヨコハマアパートメント竣工時の写真は、こちらよりご覧いただけます)
 

現在のアパの外観

座談会は広場で行われた。右から、中川エリカさん、川口ひろ子さん、西田 司さん、矢代花子さん

 
アパは、なぜ色褪せないのか?

西田 ちょうど今から8年ほど前に、『BEYOND ARCHTECTURE』の記事で、川口さんに登場していただいたことがあって、それ以来ですね。

矢代 その対談から8年が経って、今回はヨコハマアパートメント(以下、アパ)15周年記念として、設計を担当された中川さんにもゲストとして来ていただきました。

西田 竣工当時は僕もそうでしたけど、中川さんも1ヶ月くらいでしたっけ? 住んでましたからね。

(右)アパの設計を担当した中川エリカさん。(左)アパのオーナー、川口ひろ子さん

中川 そうですね。たしか1ヶ月ちょっと住んで、その後に賃貸募集を出そうってなったんだすよね。このプロジェクトは私がオンデザイン入社1年目にはじまって、竣工したのが2年目のころだったんです。

西田 そう考えると僕らも年をとりましたね(笑)。とにもかくにも、15周年おめでとうございます!

川口 西田さん、おめでとうございまーす!

全員 (笑)

矢代 すこし私からこの座談会の趣旨を説明させてください。今回、こういう会をやりたいと思ったきっかけなんですが、3年前に私がオンデザインに入社したとき、アパは竣工して12年目ぐらいでした。私自身、学生のころに雑誌などを通して見てきたアパと、実際に見たアパとはあまり差を感じなかったんですね。色褪せていないというか。それがとても興味深くて、今回15周年というタイミングだったので、ぜひみなさんと「なぜ、アパは色褪せないのか?」について話したいと思って、この企画を考えたんです。

2年前に運営委員を務めたオンデザインの矢代さん

西田 その辺り、川口さんは実感ありますか?

川口 建物自体は当然、年をとりますし、でも、いい感じに“育ってきている”と思います。今も変わらず月いち運営会議を開いて、みんなと「暮らしやすくしていこう」という基本方針を変えずに続けています。

西田 運営会議自体の雰囲気は変わりましたか?

川口 それは毎年オンデザインから任命される運営担当者のキャラクターで変わりますから(笑)。私にとってはそれがとても面白くてね。

西田 設計した中川さんがここに住んでたころの運営担当者は萬玉さんでしたよね。それから総勢12名ぐらいが運営に関わってきたんですよね。

川口 すごいことですね(笑)

毎月1回、アパの「広場」で行う運営会議の様子 / 写真提供:川口ひろ子

中川 アパに伺うたびに思うんですが、いろんなところが少しずつ変化していますよね。家具に色が塗られてたり、(キッチンの)天板のところにタイルが張ってあったり。 必ずしも竣工時の状態に戻そうっていうことではなく、使いながら時間を重ねていこうっていう姿勢が建設的で創造力を掻き立てられます。それがこの建物のキャラクターともすごく合っている。背伸びするわけではなく、日常の延長でやっている感じがいいなって、ここに来るたびに思います。

川口 修繕しながら少しずつ変わってきてますけど、 基本的な「精神」というかコンセプトは全然変わってないんですよ。 そこがアパの強みかなって思います。そこがブレちゃうと違うものになっていくと思うんですね。

中川 川口さんがおっしゃった「アパの精神」みたいなのって、今の運営担当者にはどうやって受け継がれていますか?

矢代 精神ですか!? う~ん、もちろんルールみたいなところは引き継ぎますけど、精神的なところは私たちが伝えるっていうよりは、川口さんと一緒に感じとってもらうものなのかなっていう気がしますね。

西田 ふんわり3、4ヶ月かけてね。

川口 そうですね。新しい担当はいつもここでやりたいコンテンツを3、4ヶ月、悶々と考えるらしいので、引き継ぎが完了するころには自立した担当者になっているんです。

西田 毎年、新しいイベントが次々と生まれてますもんね。

川口 年末は、ここで年越し蕎麦をつくったり(笑)。そのときは地域の学童クラブの子どもたちも招いて。それも高価なこね鉢を買ってくるとかじゃなくって、ウチにあるボールを使って、ビニールを敷いて……。

西田 演劇もやりましたよね? ヨコハマトリエンナーレに合わせてアパの住人が。

中川 えっ、住人が?

西田 そう、アパの住人が脚本を書いてるんですよ(笑)

川口 タイトルが生活劇「半ノラ的な」というんですけど、2024年5月のヨコハマトリエンナーレの関連イベントとしてやったんですが、私にはほとんど理解不能でしたね。

全員 (笑)

広場で行われた生活劇「半ノラ的な」の模様 /写真:オンデザイン

川口 世代が違いすぎるのか「それのどこが面白いの?」って。でもね、それって突破してるんですよ、何かを。

西田 あー、分かる。理解できないくらいのほうが、川口さんは喜びますもんね。

川口 すごく楽しいんですよね。

西田 理解できる範囲のものだけだと、逆に「あれ?」ってなっちゃう。

中川 そう、予定調和的になっちゃいますからね。

 
お金がないときこそ脳は動く

西田 生活劇も蕎麦打ちもここのテーブルをつかうけど、このテーブルって、中川さんがいたころからありますよね。

中川 ここに住むころに私がIKEAで購入したんです(笑)

西田 この教会ベンチも?

中川 これは中目黒の古家具屋で買って、私、東横線に担いで乗った思い出がありまんすもん。

川口 あの椅子は一回、バラバラに壊れたんですよ。どうしていいかわからなくて、とりあえず組み立て直して。

西田 そうだったんですね。でも、なんか黄緑色の感じもめっちゃいいでいいですよね。一瞬、木じゃなくてウレタン素材とかなのかと思ったけど……、塗ってたんですね。

中川 こうして少しずつ塗装したり手入れをしながらつかい続けるっていうのもアパのマインドと重なるところがありますね。

西田 オーナーはもちろん川口さんですけど、ただオーナーの手中で修繕されるんじゃなくて、 いろんな人が自由に参加していますよね。

矢代 住人じゃない人も入ってきますし(笑)

川口 でも、そうするいちばんの理由は「お金がない」からです(笑)

西田 わかりやすい!(笑)

川口 やっぱりアパを修繕するのって、すごくお金がかかるわけです。 例えば「水漏れ」もみんなが「水漏れしました!」ってなれば、同時には対応できないし、でもお金はないのにトラブルはいろいろ起こりますから。ただ、お金がないときこそ、脳っていちばん動くんです。みんなで、なんとかせねばならないってね。

西田 それ、めっちゃ共感します!

川口 それから小さなトラブルをみんなで共有することに、じつは大きな意味があるんですよね。ここで暮らしている若い人たちが、1円でも安く解決するために、ものすごく一生懸命になってくれます。それがたまらなく刺激的なんです。以前、住人に勝(邦義)さんっていらっしゃいましたよね?

西田 はい、元オンデザインの。

川口 勝さんが今、石巻でやっている活動がそれにすごく近くて。つまりお金で買えるものじゃないものを目指すっていう、なんでもお金で解決はしないことを思想としているんですけど、それをちょっとだけアパもいただいて、なんでもお金で解決しないし、そういう解決方法を選ばない。これは貧乏だから体得したことですね。

西田 勝くんはアパに住んだあと、気づいたらオンデザインに入って、今は独立して石巻で活動しています。そう考えるとアパが母親で、オンデザインが父親で、その間から生まれた子どもが勝くんみたいな感じですかね。

川口 なんて大胆な発想を! それを言ったら、永田(賢一郎)くんもそうですから。

西田 あー、確かに!

川口 もう永田、鈴木(哲也)、勝で3兄弟ですよ(笑)

西田 全員、地方に出て活躍してます。

川口 日本中でがんばってってますよね。

中川 これからも、きっといろいろ生まれますね(笑)

川口 劇団も生んだし。

西田 そう言えば川口さん、昨年、映画をつくられたんですよね。ドキュメンタリー映画『editor.O 世に出でし文人指にあまるさへ誇ることなし酒よりほかに』っていう。長野の松本が舞台なんですけど、その最初のコケら落とし(上映会とアフタートーク)が石巻でしたね。

川口 それは、勝さんが呼んでくれたんです。なんかね、石巻とは繋がりがあるんですね。

石巻での 上映会で行われた川口さん(右)と勝さん(左)のアフタートーク / 写真提供:川口ひろ子

 

時間と空間と人が生み出すもの

中川 15年も経つと過去のイベントなどでアパに関わった人たちを数えたら、きっと何百というレベルじゃ足りない人たちがここを行き交っていますよね。「公共施設」ではないけど、公共的にひらかれてきたというか。もちろん設計する際に、ふらっと立ち寄れるような場所として、あえて間口を大きくしたりしたけれど、こんなに人が来るとは(笑)

川口 アパって建物のカタチとしての面白さと住み方の面白さのふたつがあって、どちらかだけだとやっぱり朽ちてしまう。そのふたつがあいまって15年もがんばれているのかもしれませんね。

中川 もちろん朽ちていくこともあるかもしれないけど、15年という活動が重なってきた結果、総体として得難い価値を生み出している感じがします。

川口 先日ある人から、アパって「創造都市的ですね」って言われたんです。「すごい 古いお言葉をいただいた!」と思いつつ、中川さんの話を伺っていたら、それって創造都市的だなと思いましたね。

西田 そう言えば中川さんがここに住みはじめたとき、アパのブログをつくったんですけど、そのタイトルが『 ぼくたちわたしたちのヨコハマアパートメント』でした。「ぼくたちわたしたち」っていう言葉がそのまま広がって、人が集まるだけじゃなくて気づいたら主体的になって、自分も一員になってますみたいな。それがすごくいいなと思って。

中川 そうですね。匿名的じゃない集まりという感覚がありますよね、そこがまさにアパですよね。

西田 川口さんは「お金もないし、あなたたちも一緒に考えなさいよ」みたいな立ち位置ですけど、 でも、その感じってすごい大事で、与えられるばっかりでもないし、サービスを受けるばっかりでもない。お金がないっていう入り口がオーナーである川口さんじゃなくて、みんなの話になっていて…

川口 そう、みんなの話なんですよね。

矢代 唯一次の担当に伝えられることかもしれないですね、「お金がない」が……(笑)

中川 それは継承されているね(笑)

西田 そういう「自分も関わることによってプラスになるならいいよね」みたいな話って、 建物の話でもあるんだけど、そこに積み上がっていく時間軸の話だしね。

中川 空間と時間と、人ですね。空間と時間だけだとただの時空間みたいになるけど、そこに人がいるとより都市的だし、街だしっていうところがあるのかなと。

川口 人なんですよね、やっぱり。

 
年越し蕎麦と書き初めを続ける価値とは?

西田 矢代さんは今のアパについて、どんなふうに感じていますか?

矢代 学生のころは建築雑誌などで建築的なところに面白さを感じてたんですが、実際に川口さんを中心にいろんな人が繋がっていることを知って、今はその繋がりの中に自分も入れたのがすごく良かったなと思っています。

中川 実際に運営を担当して気づいたことってありますか?

矢代 運営では、代々続いている大掃除とかクリスマスイベントをやりながら、自分がやりたい企画ができるのがいいと思っています。この空間をつかって次はどういう面白いことをやろうかなって、つねに考えていますから。

川口 最近の新たなチャレンジとしてはモルックですね。

西田 木の棒を投げてボーリングのように倒すみたいなゲームですよね。

中川 それは誰きっかけではじめたの?

矢代 あ、私です。アパのイベントのあととかに近くの公園に行って、みんなでやったりしています。

川口 イベントで、タイル張りをしたときに乾くまでモルックやったんですよね。

西田 乾く時間も楽しむために、ですね。

毎回、近隣の公園で行っているモルック / 写真:オンデザイン

川口 チームもアパだけじゃなくて、野毛チームとかいろいろつくって。つまり、チームをつくって参加するやり方ならもっと多くの人が楽しめるんじゃないかと思って。

矢代 モルックは世代問わずですから。

西田 それにしても新しいムーブメントがどんどん出てきますね。

川口 もう、こなしきれないです(笑)

西田 クリスマスパーティーとかは普通に恒例行事になってますからね。

川口 ただ、次の夏祭りとクリスマスのイベントは、ちょっと休止しようと思います。いつもと同じようにやるっていうのはね、やっぱり面白くないですから。

西田 さすが変化を楽しむ川口さんらしい。

川口 いやいや、やりたいことがあり過ぎてスケジュールに入らないんだけなんです。

矢代 確かに入らないですね(笑)

西田 でも僕、さっき矢代さんが言っていたような代々継続しているイベントっていいなと思って。日本って昔から農業の収穫時期ってお祭りがあるじゃないですか。それと似たような感覚で、年末は年越し蕎麦、新年は書初めみたいな。

今年の年始の書き初めイベントの様子 / 写真:オンデザイン

川口 年越し蕎麦も書き初めも、シーズンの行事をすこし追いかけるように。

西田 それを繰り返すって、非常にクリエイティブなんじゃないかって思うんです。季節をいかに彩るかみたいな感覚でやり続けることは、大事なんじゃないかって。

中川 時間を重ねている感じがしますよね。

西田 そうそう。年越し蕎麦とか書初めって絶対この時期にしかないから。

中川 日常の中でちょっとだけスペシャルになりますしね。

川口 蕎麦打ちは林さんの発案だからね。

林 そうですね。でも、じつはネットとかでべつの企画を探していて、そのときにたまたま蕎麦の写真がちらっと目に入ったんです。それで「蕎麦、あるかも!」と思って、そこから調べて……(笑)

中川 そうだったの?

林 はい。川口さんに「蕎麦打ちとかあるんですけど、どうですか?」って相談したら、すぐに「いいわね、じゃあそれで行きましょう」となって。急いで蕎麦打ちを勉強して。年末は運営の担当が入れ替わるので、僕の最後のイベントとしてやろうかなって。

昨年末の年越し蕎麦イベントでの蕎麦打ちの様子 / 写真:オンデザイン

西田 そっか毎年、年末に運営担当者が入れ替わるからね。

中川 卒業プロジェクトだ。

西田 でも、矢代さんは一代前の担当者なのに、気づいたらね、今もやっていますからね。

川口 もうスペシャル担当者ですね。

川口 別展開でね(笑)。私が面白いなと思ってることを、「あれ面白くない?」みたいな感じで、 矢代さんに伝授してます。楽しいですね。

矢代 はい!

中川 もう川口一門だね(笑)

(右)オンデザイン4年目の矢代さん、(左)3年目の林さん

 
改善できるなら不便じゃない

中川 川口さんはアパの20周年に向けて、今後の野望とかはあるんですか?

川口 あまり未来っていうのには興味がなくて。大事なのは今なんです。昨日のこともすこしは振り返ったりするといいんでしょうけど、後ろを向くのも得意じゃないし。

西田 考えたんですが、小学生が運動会とか遠足とかの前日、明日何を持って行こうとかを楽しみにながら考える感覚、そういうすこし先のイベントを考える感じをアパはずっと続けている状態なのかなと。

中川 確かに遠足前日、500円でおやつを何買おうかなって思いますもんね。500円でどうやって修繕しようかなって(笑)

西田 そうそう、500円あったら、意外にペンキはこれとこれだけ用意とか、5色までOKなら、オレンジ、青、黄色、緑、あと……赤かなみたいな。

矢代 いや、本当にそうですね。それを気負わずできるっていうのがアパのいいところかもしれないですね。

西田 そろそろ最後なので今日の本題にちょっとだけ戻すと、僕の世代って建築かソフトかみたいな2項対立の図式で考えちゃって、つくり手はつくり手、つかい手はつかい手みたいな感覚なんですけど、 今日話していて、つかっていると修繕っていう面白い行為が先にあって、なんかふたつを分けて考えるのではなくて一緒みたいな。

中川 そう、たぶん分けるとか分けないという思想すらないな感じですよね。そう言えば竣工した当初、私は川口さんに「こういう変わった建物なんですが、どうですか?」って聞いたら「改善できるなら不便って思わない」っておっしゃられて。もう覚えてないかもしれないですけど。

川口 覚えてないです(笑)

中川 ですよね(笑) でも、それってすごく大事だなって思っていて、私がアパ通して学んだ金言のひとつです。今も設計するときに思い返したりします。最初から完璧を目指さない、目指しても完璧じゃなくていいって。

川口 うん、完璧なんてないですから。

西田 それは「直し続ければ失敗はない」ということですかね。

中川 すごーく大雑把にまとめられましたね(笑)

川口 ホントに(笑)

全員 (笑)

 

DATA
ヨコハマアパートメント
所在地:神奈川県横浜市
竣工年月:2009年6月
設計:西田司+中川エリカ
主構造:木造
敷地面積:140.61㎡
建築面積:83.44㎡
延床面積:152.05㎡

竣工時の写真はこちらよりご覧ください。


profile

川口ひろ子/1951年生まれ。宮城県出身。30代で販売促進会社(株)ブックパワーに参加。自主講座横浜文学学校参加。芥川賞受賞作家・宮原昭夫の出版プロデュースをおこなう。出版と現代アートのジャンルに係る。2024年公開されたドキュメンタリー映画『editor.O 世に出でし文人指にあまるさへ誇ることなし酒よりほかに』で初監督を務める。

中川エリカ/1983年生まれ。東京都出身。中川エリカ建築設計事務所代表、一級建築士。2005年横浜国立大学卒業。2007年東京藝術大学大学院修了。2007〜2014年オンデザイン勤務。2012年JIA新人賞受賞。2014年中川エリカ建築設計事務所設立。第15回ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展 国別部門 特別表彰、住宅建築賞2017金賞、第34回吉岡賞受賞。現在、慶応義塾大学大学院専任講師。横浜国立大学、日本大学非常勤講師。(プロフィール詳細はこちらより)

西田 司/詳細はこちらより。

矢代花子/詳細はこちらより。

林 幸輝/詳細はこちらより。

右から、中川さん、川口さん、西田さん、矢代さん、林さん