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#08
ローカルな営みが、
やりがいと幸せになる。
鎌倉・長谷寺の参道沿いにある本屋兼ギャラリー『Books&Gallery海と本』やウェブ制作会社『鵠沼三丁目デザイン』など、地元・湘南を拠点に商いをする鎌田啓佑さん。日本各地で暮らした経験から見えてきた地元の魅力、また起業した経緯、ローカルで仕事をしていく価値などを伺います。
@Books & Gallery 海と本(鎌倉)

ビル3階のフロアには4つのショップが入居中

『Books&Gallery海と本』は、長谷寺(鎌倉)へと続く道沿いにある
ローカル感漂う江ノ電沿線ののんびりとした街並みに鎌田啓佑さんの落ち着いた語り口がよく似合う。約35年前に鎌倉市に引っ越してきて以来、ずっと湘南で暮らしている。高校時代はラグビーに熱中する傍らサーフィンと出合い、大学に入ると本格的にサーフィンにのめり込んだ。大学卒業後は湘南の波情報を発信するウェザー情報企業に気象予報士として就職し、毎日のように波のチェックをしながらサーフィン三昧。海、サーフィンとどっぷり湘南ライフを満喫していた。

近くにはサーフィンのスポットとしても知られる由比ヶ浜海岸が広がる
ところがそれから数年後、興味のあったデザインの仕事も経験してみたいという思いが高まり、一念発起して東京都心のウェブ制作会社に転職。大企業のCSRに関わるようになったものの、大学卒業以降ビーチサンダル+海パンで仕事をしていた鎌田さんにとって、東京でのビジネスはギャップが大きかった。
「CSRの仕事は、主に大企業がクライアントになることもあり、真面目でしっかりとした世界なんですよね。サーファー的な感覚でビーチサンダルで出社したら、怒られてしまったり(笑)。もちろん、そういう企業文化も慣れれば全然大丈夫だったんですが、続けていくうちに自分の気持ちはもっと生活者の近くにあるかもしれないと思うようになりました。大きな会社の仕事自体はやりがいがあり楽しかったんですが、もっと身近な人が喜んでくれるような、商店街の八百屋さんのような温かい仕事がしたいと感じるようになり、『鵠沼三丁目デザイン』として独立しました」

『鵠沼三丁目デザイン』オフィシャルサイトのトップページ(抜粋)
その名のとおり、当初は鵠沼限定という狭域エリアでスタート。ウェブ制作だけに限らず、地元の高齢者向けにパソコン教室を開くなど“鵠沼お困りごと相談所”のような役割も担っていた。
「身近な人を喜ばせたいと思ってはじめたんですが、鵠沼だけではビジネスとしては成立しないとわりと早い段階で気づきました(笑)。でもやっぱり地元でやりたいという気持ちはなくならなくて。だったら、鵠沼だけにこだわらず、湘南くらいに範囲を広げてもいいのかなと。このエリアに縁のある方ならわかると思いますけど、湘南と言っても“茅ヶ崎”と“平塚”と“藤沢”と“鎌倉”ではカルチャーが違いますし、なんなら江ノ電の駅ひとつおきでも微妙に変わる。さらに海側と山側とでも違う。そういう地元の人しかわからないルールや価値観を自分は細かく理解できるので、言葉ではうまく伝えられない部分で地元の力になれるのではないかと思いました」

『Books&Gallery海と本』と『鵠沼三丁目デザイン』の代表を務める鎌田さん

店内の窓からは長谷寺の深緑が望める
徒歩や自転車で打ち合わせにいけるような範囲から始まった仕事が鎌倉など徐々に拡大していくなか、あるときから事務所の一角に本を置くようになった。
「もともと個人的にアートブックを集めていて、事務所でなんとなく値段をつけて置いてみたんです。もちろん人が頻繁に来る場所じゃないので売れるわけはないんですけどね。でもぼんやりと『定年後に本屋でもできたらいいな』くらいのことは考えていました。そんなとき、弟が亡くなるという思いもよらないことが起こって。遺品の洋服とかは友だちに引き継ぐことができたんですが、唯一残されたものが本棚で。本棚って冷静になって見ると、人格というか人生そのものなんですよ。幼少期に読んでいた本もあれば、仕事に関連した哲学書や建築の本もあって。その本棚を見て弟の人生に思いをはせたことと、命の儚さみたいなものを感じたことがきっかけで『本屋をやろう』と決めました」
コロナ禍の影響もあり本格スタートまでに思いのほか時間を要したものの、決意が揺らぐことはなかった。そんなある日、鎌倉R不動産のサイトで『つたやビル』の存在を知った。

店内は入居時に改修し、現在は事務所兼店舗として使用中

古くてレアな雑誌や書籍を集めたコーナー
「自由に改装できて、事務所兼店舗として使えるのが魅力でした。何より紹介文に“クリエイタービルみたいにしたら楽しそう”といったような文言が書かれていて、ピンときたというか、なんとなくビジョンを提示してもらったような気がしました」
もともとアートブックは置きたいと考えていたこともあり、本屋兼ギャラリーという方向性で部屋をDIY。大工の友だちの手も借りながら、鎌田さんのイメージを具現化していった。これまで親しんできた海の世界、そしてサーフカルチャーを大事に扱いたいという思いから、店名は『Books&Gallery海と本』と名付けた。


店内に並ぶ新旧の書籍はいずれも鎌田さんのセレクション。本について質問すると丁寧に解説してくれる
「ウェブ制作もしているのでカメラマンの方とのつながりも多いですし、自分がずっとサーフィンをやってきたので、写真集やZINEも含めて海の本を中心に扱っています。でも海そのものだけを扱うという意味ではなくて、『湘南スタイル』や『ブルータス』のような雑誌も置いていますし、サーフカルチャーやビーチカルチャーを含めて、海を広い意味で捉えています」
入居当初、隣室は空室だったが、2024年秋にギャラリー兼ブックストア『OFF SESSiON』が入居。メンバーは、編集者やデザイナーなど、それぞれ書籍づくりの現場で経験を積んできた3人。もともと彼らのつくる書籍や雑誌のファンでもあったので、すぐに意気投合。部屋の堺の壁を小さく開き、互いの部屋を自由に行き来できるようにした。

左が『海と本』、右が『OFF SESSiON』。お店を仕切る壁には、お客さんが自由に往来できるに小さな出入り口を設置
「できれば隣も借りて、本屋とギャラリーを分けられたらとぼんやり思っていた時期もあったので、『OFF SESSiON』さんが隣に入ってくださったのは本当にありがたいご縁でした。同じものづくりの領域で活動されている方々が近くにいることで、一緒にイベントを企画できたり、日々のやり取りの中で新しい刺激をいただけたり、これまでつながる機会のなかった方々とも少しずつご縁が広がってきました。自分にとって、とても大きな変化になっています。経済的な変化があったわけではありませんが、社会関係的な資本が増えていっている感覚はあります。もちろん経済的資本も増えるに越したことはないですけど、社会関係的な資本が増えたことのほうが今は意味のあることだと思っています。いい風が吹いてきたというか、いい気が回ってきたというか、未来へのビジョンが大きくなった気がしています」
今年2月には、つたやビルに入るテナント全体でアートブックまつりを実施。鎌田さんの心を刺激した“クリエイタービル”が徐々に形になってきている。


観光名所でもある長谷寺の参道周辺には、多くのお店が軒を連ねている。その一角に佇むビルの3階にBooks & Gallery『 海と本』がある
「それぞれこのビルに入った目的は違うと思うので、ゆるやかにつながっていければいいんじゃないかと思います。たまたまベクトルが合えば、また一緒に何かできたらいいと思いますけどね。僕の店は当初、本屋をメインにしていきたいと思っていましたが、今では本屋・ギャラリー・ウェブ制作の3つがトータルでうまく回ればいいという考え方にシフトしています。自分のやりたいことはありますが、外からの刺激も含めて、最終の形は決めずにゆるやかにやっていきたいです」
店がオープンして3年が経ち、小さな店ながら徐々に存在感を増してきた今、このエリアでやっていく意義も改めて感じているという。


ビーチカルチャー関連の写真集、ZINE、エッセイ集などが所狭しと並ぶ
「僕は母の里帰り出産で鹿児島に生まれて、すぐに川崎に引っ越して、そのあと千葉県内で2か所と仙台を経て、13歳のときに鎌倉、高校1年生からは藤沢と、あちこちの地域を見てきました。生まれも育ちも鎌倉で、しかも地元で商売をしている友だちからすると、しがらみがあって外に出たいという人もいるんですが、僕は外に住んでいたこともあるのでわかるんですよ、このエリアの良さが。こんな土地、どこを探してもないです。海があって山があって文化があって食べ物もおいしくて。ほかの土地を知っているからこそ、湘南への愛着が強いのかもしれません。だからこそ地元の役にたてるということがモチベーションになるし、続ける意味にもある。それはこれからも変わらないと思います」
ローカルの幸せと自分のやりがいを重ね合わせ、地域の文化やにぎわいをアップデートする鎌田さん。土地のカルチャーを肌感覚で理解し、無償の愛着をもつ人にしかできないことが、きっとある。

店先のベランダから長谷寺を一望できる。絶景をバックに鎌田さんは「あらためて、すばらしいロケーションだと思います」と微笑む
profile
鎌田啓佑 keisuke kamata
1977年生まれ早稲田大学第二文学部卒、資格:気象予報士。中学時代に鎌倉に移り住み、現在は藤沢在住。高校時代はラグビーに打ち込み、大学以降はサーフィンがライフワーク。サーファー向け波情報・気象情報サービス提供会社~CSRコミュニケーションの支援企業でのデザイナー職を経て、2012年「鵠沼三丁目デザイン」を設立。最近はスケートボードを楽しめるようになりたく、オーリーの練習中。










