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Housing Story
#07
造作家具が叶えた
心地よい暮らし

text:naoko arai  photo:akemi kurosaka

 

シリーズ第7弾は竣工から10年が経過した<MADORI>です。これまでと違い、家づくりのプロセスがちょっとレアケースなこの住宅。Iさんご夫妻は、当時のいきさつと現在の暮らしぶりについてフランクに語ってくれました。

 

@神奈川・保土ヶ谷
(竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます)

 

リビングの壁全面を使ったテレビボードの裏側には、玄関横に隣接していることもあり、シューズなどの収納スペースに。

家を持つタイミングでもっとも一般的なのが、結婚や出産、子どもの進学など家族構成やライフスタイルの変化だろう。十分な資金を蓄えている人もいるかもしれないが、そういった変化が起こる時期は20~40代が主流で、資金的にシビアなことも多い。ましてや、建築家に設計してもらいたいと願うならなおさらのこと。そんな悩ましい状況をクリアしたI邸が、今回の訪問先だ。

実は施主のIさんは、オンデザインの西田さんと中学校時代の同級生。同じクラスにはならなかったが、ともに学年中に知れ渡る将棋の名人同士。修学旅行に向かう新幹線のなかで初対戦すると意気投合し、それ以来の友となった。学生時代から建築家として注目を集める西田さんは常に気になる存在で、いつか家を建てる機会があればオンデザインに相談したいと思っていた。Iさんにそのチャンスが巡ってきたのが、結婚をして子育てをする未来が見え始めた頃だった。

「子育てを見越して妻の実家の近くで家を持とうと探しているときに今の土地に出合いいました。新しい造成地で人気があって、実は最初の抽選で外れてしまったんです。その後、たまたまキャンセルが出て声がかかり、すぐに判断しないといけない状況のなかで決めてしまったこともあり、いったんそのまま土地を販売している会社が提携していた建設会社と設計事務所で建てる方向で進めました」(ご主人)

ご自宅で取材に応じていただいた、ご主人と奥さま。

当時、ご主人は専用ノートに、家づくりの工程をこと細かくメモしていた。

 
躯体と内装を分けて発注するという選択

ところが、打ち合わせで提案されるプランがまったく心に響かない。家づくりには夢や楽しさがあると思っていた夫妻の心に小さな疑問が生まれ、ここではじめて西田さんに相談を持ちかけることに。

「購入した土地は建設会社が決まっている“条件付き売地”でしたが、その条件を外すことも可能でしたので、西田さんにイチから新築設計をお願いするという選択肢もありました。ただ当時、西田さんは忙しくてすぐに計画を進めることができなかったのと、建築コストを考えると予算的にちょっと厳しそうだということがわかってきて。そのとき(西田さんが)提案してくれたのが、今、話を進めている建設会社で建物はギリギリ完成近くまで建てて、内装をオンデザインで仕上げるという方法。建売業者が建てる家はパターン化されている量産型なのでローコストで施工期間も短く、そのうえ瑕疵担保保証も10年間はつく。そのメリットは残しつつ、内装で好きなことをしよう、という画期的な提案でした」(ご主人)

建築家とイチから家を建てようと思うと、十分に時間をかけたヒアリングから始まり、基本設計、実施設計と通常でも数か月の時間を要し、長いケースになれば年単位の時間を要することもある。すでに土地を買っている身からすると時間はそのままコストとして積まれていくことにもなるため、なるべくコンパクトに進めたいというのが本音だろう。

住宅造成地に建てられたI邸。外観は建設会社が手掛けた。

それにしても、建物をあえて建設会社に任せるという提案を建築家からするのは珍しいこと。その点を、当時、西田さんのパートナーとなって一緒に担当したオンデザインの元スタッフ、原﨑寛明さんに伺った。

「確かにちょっと珍しいケースかもしれませんね(笑)。今回はIさんが西田さんの同級生でフランクな関係だったというのもあるかもしれませんが、オンデザインという事務所は自分たちがつくりたいものをつくるというより、お施主さんの要望をどうやったら実現できるかに興味がある事務所なんですよね。決められた条件のなかでお施主さんの希望に近い形に着地させるにはどの方法がベストなのかと。でもけっしてそれは建築家として譲歩するわけではなくて、自分たちの新しい関わり方はないだろうかという前向きなアプローチ。だからこの家の場合も、時期、タイミング、資金計画含めて、だったらこういう形でオンデザインが協力するのがベストなんじゃないか? というストーリーだったんです」

右は、当時設計を担当した原﨑さん。現在はオンデザインを独立し、建築設計事務所Hi architectureを設立。

サイドボードのガラスケースには様々なコレクションが置かれている。

 
造作家具や照明も含めてトータルコーディネート 

建物と内装を別々に発注するという特殊な進行ではじまった新築計画。あとから内装の手を加えやすいよう、玄関の方向を変えたり、1階はほぼ間仕切りや造作家具のないワンルームにするなど、とくに内装工事では変更のできない部分については建物の施工者にも融通を利かせてもらった。

「向こうもこういうケースははじめてだったと思いますが、柔軟に対応してくれて助かりました。でも“内装は完全に仕上げなくていい”っていう感覚がつかめなかったのか、あるいは中途半端な仕上げで引き渡すのが不安だったのか、結局、必要ないと言っていた巾木や手すりがついていたり、ということはありましたね」(奥さま)

造作家具の本棚には、お子さんの本がびっしり。ソファやローテブルもスペースに合わせてつくられた。

玄関に隣接するご夫婦のワークスペース。竣工時はそれほど使っていなかったが、リモートワークが増えた現在はとても重宝しているそうだ。

横軸のカラーバリエーションは、高低のレベルで統一されている。

内装に関しては大枠のイメージや使い勝手の要望をIさん夫妻が伝え、それをオンデザインが具現化していった。

「西田さんからの提案は造作収納を核にしたプランで、造作家具が収納と間仕切を兼用するというおもしろい提案でした。たとえば玄関横にある造作家具は玄関側が靴箱になっていて、リビング側はTVボード。ワンフロアが限られた面積なので、スペースを有効に使う工夫はとてもおもしろいと思いました。建売業者のプランだと当然のように玄関ホールがあって廊下があってとなるんですが、西田さんは廊下はなし、玄関扉を開けたら直接リビングという、僕らでは到底思いつかないものでした」(ご主人)

「収納家具やインテリアをトータルで考えるという発想も自分たちにはなかったので驚きましたね。でも確かに、新しい家に入ったら収納家具もテーブルもソファも椅子買わなくちゃいけないですし、それを自分たちでひとつひとつそろえても全体がうまくまとまるかどうかわからない。だったら最初に内装全体をコーディネートしてもらったほうが暮らし方がいい方向にガラッと変わるんじゃないかって」(奥さま)

「その内装工事費や家具費も含めて、住宅ローンが組めたというのも実はこの計画の大きなポイントだったんですよ。土地を買って家を建てて家具も揃えるって30代にとってはとても荷の重い出費で。家は建てたけど家具はチープで残念……ということにならなかったのは、内装工事すべてを住宅ローンに組み込んだマネープランがあったから。当時の年齢ではこの方法じゃなかったら実現できなかったと思います。それができたということが、実際に暮らした10年間の生活のクオリティに間違いなく反映されたと思います」(ご主人)

2階の寝室にも造作家具の棚がある。

2階へ上がる階段の途中に設置されたオリジナルの飾り棚。

 

住み続けるか? 価値のわかる人に受け継ぐのか? 

実際に暮らしはじめて十年。入居してから生まれたお子さんはすでに小学生になった。

「計画していた当時、造作家具で固めてしまうとそのうち飽きてしまうんじゃないかということだけ少し心配していたのですが、まったく杞憂に終わりましたね。造作家具が家の一部というか風景になっているから、飽きるとか飽きないとかという概念がないんです」(ご主人)

「たくさん収納家具をつくってくれたので、家族が増えても家具を買い足す必要はなかったですね。限られた空間をフレキシブルに使いたいと思って頼んだ折り畳めるダイニングテーブルもとても使い勝手がいい。オンデザインさんの内装は1階のほぼすべてと2階の寝室で、そのほかはもとの建売住宅の内装そのままです。頻繁に使う空間に集中してコストをかけて、いつから使うかわからなかった子ども部屋は手を加えなかった。こういう判断もコストバランス的にすごく良かったと思います」(奥さま)

キッチンに隣接するダイニングテーブルとサイドボードの造作家具。そこにプルーヴェのスタンダードチェアを合わせた。

当時の竣工写真を眺めながら、懐かしそうに振り返る Iさんご夫妻と建築家の原﨑さん。

最後に、今後この家でどんな暮らしをしたいか、どんな風に家を育てていきたいかを伺ってみると、また面白い答えが返ってきた。

「もともとここは子育ての拠点として構えたこともあるので、僕はやはり生まれ育った湘南に戻りたいという気持ちもありますね。それに、ここは資金の都合で建て売りとオンデザインさんの協業という形になったので、次はやっぱりイチから建築家に設計してもらった家に住みたいという夢もあります。そのとき、この家をどうするか。ここの家は西田さんたちと一緒につくった思い入れのある家。壊してなくなってしまうのは寂しいですから、もしこの建物の価値をわかってくれる人がいるなら喜んで引き継ぎたい気持ちもありますね」

確かに、家族構成、年齢、ライフスタイルよって必要な住まいは少しずつ変化していくもの。住まいと住む人が変化に対応できるうちは問題ないものの、場合によっては住み替えもひとつの選択だ。そのとき、どうやって住まいを次代に受け渡し、価値と思いを継承していくか。建築家の手がけた住まいの未来を考えさせられる訪問だった。

illustration:masashi hamamoto(ondesign)

 

お施主さんから学ぶ
心地よく暮らし続けるための3か条

造作家具によって収納と間仕切を兼用し、空間を有効利用
頻繁に使う空間には、集中してコストをかける
建築家にインテリアをトータルでコーディネートしてもらう