Housing Story
#03
13の個室が生む
暮らしの愉悦
住み続けることで育まれる、家の価値とは何か? シリーズ3回目は「紅葉坂の家」を探訪します。異なる趣味をもつご夫婦から生まれた表情豊かな個室たち。はたして竣工から10年が経ち、どのように変化したのでしょうか。
@神奈川・桜木町
(竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます)
多くの人にとって、家を建てる機会は基本的に一生に1度。建物の形、間取り、素材、色、家具など、ひとつの好みに決めるのはなかなか困難な作業だろう。しかも、家は何十年と暮らす場所。自分の年齢はもちろん、家族構成、暮らし方、そして好みそのものがその間に変わっていくとしたら――。
そんな不安を抱えながら家づくりをしたKさん夫妻の家〈紅葉坂の家〉が今回の訪問地。2006年に計画がスタートし、総床面積は約70㎡と小ぶりながら、竣工するまで約3年間を費やした思い出深い建物だ。
施主のKさん(夫)はデザインに対する意識が高く、家を建てるのであれば建築家に頼むと決めていた。建築家と計画を進めるとなると打ち合わせも頻繁になるだろうと思い、建設地の地域で活躍する建築家に絞って検討。そのなかで出会ったのがオンデザインの西田さんだった。
「(西田さんが)想像していたよりずっとフランクな方で、最初からとても相談しやすかったですね。しかも当時の西田さんのオフィスが好みの内装で、自分の感性を理解してくれるだろうと感じて、すぐにオンデザインさんにお願いすることに決めました」
当時のKさんは、「エアコンもトイレも黒に塗ってほしい」と要望するほどダークトーンのスタイリッシュな空間が好み(当時はまだ家電といえば白っぽい淡いトーンのものばかりだった)。さらに、生活感を感じさせないつるっとした素材が好き。といいながらも、木の温もりも案外落ち着くと思っていたりもする。加えて、奥さんは花柄などかわいらしい雰囲気が好み。
趣味も、プラモデル制作をする夫と、読書や裁縫が好きな妻とではまったく別世界。それぞれ異なる世界観をどうやったら成り立たせることができるのか……。
「当時は夫婦ふたり暮らしだったこともあって、互いに干渉せず自由に過ごせるようにしたいというのが大きな要望でした。趣味も好みも違ったので、お互い自分の部屋の外を侵害することがないようにしようと(笑)。
あと、自分自身の好みもいろいろなテイストがあったので、なかなかひとつに絞り切れなくて。そんなわがままな要望を言うだけ言ったら、部屋ごとにまったく違う印象になるこの設計を提案されました。みんなバラバラのテイストなのに、部屋をつなぐアールの境界壁が不思議な統一感をつくっていて、全体がひとつの家として成立している。こんなことが可能なのか、さすが西田さんだなと感心しました」
気兼ねなく趣味に没頭できる喜び
13の個室の集合体から成る〈紅葉坂の家〉は、部屋ごとに内装の素材や色、インテリアの雰囲気を変え、上階にあがるたびに新しい空間が出現する。それはまるでテーマパークにあるアトラクションのなかにでもいるかのような感覚だ。
「実際に暮らしてみると、部屋によってテイストが違うというのは思っていた以上におもしろかったですね。居る部屋によって気分も変わるので、家のなかにいても飽きないというか、いつも新鮮な感じがします。もちろん僕が一番好きな場所は3階の趣味の部屋。平日は仕事もありますし、夜は子どもと過ごす時間が優先なのであまりゆっくりはできませんが、休日は籠ってプラモデルを制作し、自分の世界に浸っています。
去年からは絵本もつくるようになりました。昔から何かをつくるのが好きだったんですが、やっぱり専用部屋がないとなかなかできないんですよね、モノも増えますから。ここはつくる場所も置く場所もあってまさに自分の城のような場所。この部屋があるとないとでは生活の質はまったく違っていたと思います」
子どもが生まれ、家の好みも変化
ここで暮らすようになってから約4年後に子どもが誕生し、今では家族3人が思い思いに暮らす家となった。
「じつは計画当初は将来的に子どもが生まれることも想定していたんですよ。でも、自分たちの要望ばかりに目が奪われてしまって“将来子どもが生まれるかも”という感覚がどんどん薄れてきてしまって(笑)。結果的には子どもには向かない部分もいっぱいあるんです、3階にあがる階段には手すりもないですし……。
でも、小さな部屋がたくさんあるからそのときの状況にあわせて使う人、使い方を簡単に変えていけるので、意外に家族構成の変化にも対応できましたね。妻の部屋は子どもの遊び道具や勉強道具を置く場所に代わりましたが、押し入れみたいな小さな空間だったので逆にそれが子どもには楽しいようですし。
子どもの友達とも遊び道具の部屋に籠っておままごとをしたり、3階は屋根裏部屋に行くような感じがして楽しいのか、みんなあがりたがりますね。ちょっと冷や冷やすることもありますけど、子どもたちが楽しんでいるのを見るとこの家でよかったなって思います。
あと個人的には、子どもが生まれたことも影響しているのか、素材の好みがけっこう変わりました。もともとピカピカつるつるが好きで、傷がつくこともイヤだったけど、生活のなかでついた傷って案外不快ではないと気付いて……。ここに住んでからの心境の変化です」
奥さんのほうはといえば、「自分の部屋をつくってもらったんですが、女の人って家事をしている時間が長いので、キッチンから離れた場所に自分の部屋があると使わなくなってしまうんですよね。しかも冷静に考えてみたら、読書は座ってするというより寝転がってのほうが多いし(笑)。なので、結局私の部屋は子ども部屋というか、子どもの荷物置場のようになっています。でも、まったく後悔がなくて、“どうぞご自由に使ってください”という感じです」と笑う。
さらに強くなった家への思い
建物が建ってから10年も経てば、家族構成も年齢も生活のスタイルも好みも変わる。そして、理想と現実の違いも見えてくる。それはどこの家でもきっと同じこと。Kさん夫妻のように使う側が柔軟な気持ちで向き合えば、家はどのようにも使えるし、“使う家族の形”に育っていくのだろう。そして、ひとつ言えることは、真剣な気持ちで建てたという経験があることで、その後の気持ちや価値観に少しずつ違いが出てくること。
「ここを建てて、住んでみて、家や暮らしのことを考える時間は確実に増えていると思います。たとえば夜に帰って家を外から見ると、“あ、これが自分の家なんだな、いいところに住んでるな”とこの10年間、毎日同じように家のことを思う時間ができました。
自分の部屋もあって、好きなことを思う存分できて、かわいい子どももいて、なんて贅沢な人生なんだ、と。考えているうちに、最近は妄想までもがどんどん大きく膨らむようになってしまって(笑)。娘が大きくなったらこの家を譲って近くにもう1軒建てたいな、とか、今度建てるならもう少しラフな素材でカフェっぽい雰囲気にしたい、とか。
もっと言えば、娘には建築家になってほしい、とか(笑)。こんな妄想が楽しめるのも、この家を建てて暮らしたことが大きいと思います」
お施主さんから学ぶ |
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① | 部屋ごとにテイストを変えれば、いつも新鮮な感覚 |
② | 自分の専用部屋があるのとないのとで、生活の質が違ってくる |
③ | 生活するなかでついた傷は、案外不快ではない |