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Housing Story
#08
アップデートした
理想の我が家

photo:kota sugawara
text:naoko arai
illustration:mayu takahashi(ondesign)

設計した家をあらためて訪れ、そこで暮らす人々にインタビューする連載企画。8回目となる今回は竣工から10年が経過した「丘の上の住宅」です。家づくりの思い出話や暮らしながら気づいたこと、コロナ禍を経てアップデートした子ども部屋など、ご家族の成長とともに変わり続ける“家への想い”をレポートします。

 

@神奈川・鎌倉
(竣工時の写真はこちらよりご覧いただけます)

西側外観。ダイニングにある大きな開口部と隣接するテラス

北側に設置したガレージとメインエントランス

 
生活も遊びも家のなかで完結したい!

未来の家族像や理想のライフスタイルを思い描きながら進める建築家との家づくり。起こり得るであろうさまざまな未来を想像しながら進めるとはいえ、当然ながらすべてを予測できるわけはなく、住みはじめてみると良い意味でも悪い意味でも想定外のことが起こるもの。今回訪ねた「丘の上の住宅」も、約10年間の生活でそんな想定外を経験したご夫妻。

奥さまは海辺の街で生まれ育ち、ご主人はサーフィンが趣味。ふたりにとって身近な存在だった海の近くに仕事場を構えたことから、湘南エリアで住まい探しを開始。海が見える高台で理想の土地に巡り合い、オンデザインに設計を依頼した。じつは奥さま、大学時代に建築を学び、その後は住宅会社にお勤めだったという経歴の持ち主。

「住宅会社で働いていたんですが、営業だったので実施設計には携わってなくて。だから自分の家を設計しようとはまったく思いませんでした(笑)。でもやっぱり住宅のことはある程度わかっているので、A4の紙に主人の要望、私の要望をものすごく細かくたくさん書き出して提出して。収納を多くしたいとか、石や木のような自然素材を使って別荘っぽい内装にしたいといった基本的な要望はもちろんですが、確か収納とかの有効寸法まで指定したんじゃないかな。西田さんも面倒だったと思います」と、当時を振り返って大笑い。

細かい要望を羅列はしたものの、軸となったのは“家のなかで生活も遊びも完結できる”ということだった。

理想の家づくりを語る奥さま

「機能としてただ生活ができればいいとは考えてなかったんですよね。たとえば庭があって、そこで植物を植えたり家庭菜園をやったり、子どものプールを出したりというような、家のなかで趣味や遊びも完結できるといいなと思っていました。日常生活が豊かになるような場所があって、外に出かけなくても楽しめる家をイメージしていました」

要望は膨大かつ複雑ではあったが、全方位に広がる多種多様な課題をクリアすることこそオンデザインの強み。ご夫妻の要望を絶妙に叶えるプランが提案された。

心地よい自然光がさしこむダイニングキッチン

玄関側を背にリビングを見る。窓越しには海が眺望できる

「『こうなるんだ!』って、いい意味で驚きました。空間がシンプルじゃないというか、平面図で見るのと立面図で見るのとでは全然イメージが違うというか。スキップフロアのようになっているところもあって空間自体が多様でおもしろい。振り返ってみると、確かに玄関は2か所とか、リビングにちょっとした階段がほしいとか、キッチンから直接お庭に出たいという要望を書いていたんですよね。その要望を全部叶えようとすると確かにこうなるよね、みたいな(笑)。まったく想像していなかったプランなのに、不思議と要望が全部叶っていました」

「丘の上の住宅」の平面(3階)&立面図
 
いろんなことができる家だと、あらためて実感

海を見渡す高台という立地の生かし方も特徴的だった。敷地は高低差の大きい傾斜地。高さ、方角ごとに景色が変わるため、その多様な景色を室内に取り込むように設計。海が一番きれいに見えるレベルにメインのフロアを大きくレイアウト。ダイニング、キッチン、リビングといった家族が長い時間を過ごすスペースをあらゆる方角に向かって配置した。

リビングから出てすぐのデッキテラス。右奥の階段でルーフトップへと上がることができる

「これだけ眺望が開けているので素直にビューをドーンと見せるというのもアリだったのかもしれないけど、もともと好きだったのが、中庭があるような空間とか、景色が平坦じゃない、ちょっと特徴的な家だったんですよね。だから提案していただいたような、居場所があちこちに散らばっていて、スキップフロアみたいになっていて、ちょっと迷路みたいになっているプランはおもしろいなって思いました」

屋外空間も1階の庭のほか、ダイニングからつながるインナーテラス、リビングから上がったスキップフロア部分のテラス、ルーフトップと多彩。場所ごとに見える風景はさまざまで、ルーフトップはぐるりと360度の見晴らしが楽しめる。

1階の屋外には緑豊かなガーデンスペースがある

「実際に暮らしてみると、家にいることにまったく飽きないんです。ビューがいろいろな方向に向いているし、段差もあるから目線的にも動きがある。部屋のなかはもちろんですが、庭やテラス、屋上と過ごす場所がたくさんあるんです。計画していたときは具体的に庭やテラスをどう使うかイメージできていなかったんですが、テラスで流しそうめんをやったり、ハンモックで過ごしたり、鎌倉の花火を見たり。屋上では流星群を見たり、お月見をしたり。昨年は庭の芝がよく育ったので、ゴルフのカップを掘ってパターゴルフをやったり。住んでみて本当にいろいろなことができる家だと実感しました」

庭やテラスがあることは、“食”への意識の変化にもつながった。
「主人はお庭が好きなので、毎年いろいろな植物を植えてくれて。風と潮があるので植物を育てるのは難しいんですが試行錯誤しながら楽しんでいます。家庭菜園もニンジン、トマト、キュウリ、落花生、ナス、ピーマン、サツマイモといろいろつくりました。春には梅干しや梅シロップなどの梅仕事、秋は干し柿もテラスでつくったり。ちょうど子育て真っ最中だったこともあって、本当に豊かな時間を家で過ごせたと思います」

ダイニングからつながるテラスには、ご主人の趣味でもあるグリーンが置かれている

取材時は、ちょうどテラスで干し柿づくりをしていた

さらに、海と山が近くにある湘南ならではの暮らしも満喫した。
「子どもが小さかったころ、何もやることないなというときは『とりあえず海に行こうか』で、なんとかなりました(笑)。春になるとワカメが海岸にあがるので、子どもたちとそれを採ってきて家でワカメしゃぶしゃぶを食べたり。船に乗せてもらって、アジやサバをいっぱい釣って干物づくりもしましたね。海はすぐそばですし、ちょっと行けば山もある。子どもが小さいときにここに住めてよかったなって思います」

 

2020年に起きた生活様式の緊急事態!

ここに暮らすようになって間もなく第二子も誕生。子どもたちが成長していく幼児期から児童期を心ゆくまで家族で楽しむという幸せな時期を過ごしていた矢先、世界中をパンデミックが襲った。誰もが想像できなかったことであり、生活様式を日に日にアップデートせざるを得ない緊急事態が続いた。

「学校はお休みになるし、家から出ちゃいけないし、人と会っちゃいけないしで、本当に窮屈な暮らしでしたよね。コロナ自体どんなものかわからなくて不安もありましたし。でも、じつは精神的には思ったより大変ではなかったんです」と驚きの言葉。というのも、この家をつくるときの大きな軸となった“家のなかで生活も遊びも完結できる”というコンセプトが意外なところで威力を発揮したのだった。

「家のなかにたくさん居場所があるし、外部空間が豊かなので、ずっと家にいてもまったく苦にならなかったんです。庭でお花を摘んだり、テラスでのんびりしたり、居場所も逃げ場もいっぱいあって。外食ができない代わりに、テラスで朝ご飯を食べたり、庭やテラスでBBQをやったり。学校が休校になったときも、オンラインで授業するときも全然困らなくて。家のなかに4人いても狭苦しい感じもなく、子どもたちはもちろんですけど、私たち夫婦にとってもそれはよかったです。自宅で楽しく過ごせて、思った以上に有意義なステイホームになったというか。そのときあらためて思ったんです、この家は本当にいい家だなって」

ダイニングに隣接したテラスからの絶景

ルーフトップからの眺望

さらに意外な形で役に立ったのがリビングから一段上がったところにある和室だった。
「誰かが感染したとき隔離するのにちょうどよい場所になって。リビングの近くだからご飯をすぐ持っていけるしトイレも近い。扉を開ければリビングのみんなが見えるから隔離されても寂しくもない。テラスにもすぐ出られるので気分転換にヨガをやったり。日常はもちろん、そういった特殊な事態があっても快適で不自由なく暮らせるんだとあらためて思いました」

海側を背にリビングを見る。ダイニングキッチンとはシームレスにつながる

3階のリビングから2階の子ども部屋へとつながる階段スペース

 
10年を経て、部屋をアップデート

そんなコロナ禍を経て、新築後に生まれた長男は小学3年生に、未就学児だった長女は中学生になった。それを機に子ども部屋を想定していた個室をリフォームしてふたつに分割。各々に個室を与えることになった。

家族の寝室を、右を長男、左を長女とふたつの部屋に分割

「ずっと主寝室にベッドをつなげて家族4人で寝ていたんですが、さすがに窮屈になって。もともと上の子どもが中学生になるタイミングくらいで個室を与えることになると想定していたので、それまでプレイルームとして使っていた個室に壁を立てて、ふた部屋に分けました。まだ下の子はひとりでは寝られなくて大人と一緒ですが、上の子は自分の部屋がうれしいみたいで『寝心地最高!』と喜んでいます。ベッドのまわりに大好きなぬいぐるみを飾ったり、自分の好きなワールドをつくって、そういう楽しみもできたみたいです」

図面の赤い箇所が今回増築された部分

長男の部屋。横長の窓からは海が見える

すこし広い空間となった長女の部屋

 

子育ての期間もそろそろ折り返し地点。これまでの約10年、これからの10年をうかがってみた。
「本当にこの環境、この家で子育てできたことはとてもよかったです。自然豊かな環境なのに駅も近くて、子どもが電車通学をするようになってこの利便性のよさをあらためて感じます。そう、最近、子どもたちもサーフィンをやるようになったんですよ。主人が教えて、後ろから押してあげて。小さいころからずっと海が身近なので怖い感覚もないみたいです。子どもたちもこの環境が好きなようで、娘は『隣の土地が空いたら私が買うから』って今から言ってますよ(笑)。ずっとこの環境に住んでいたいみたいですね。10年後、子どもたちがここに住んでいるのかわからないけど、夫婦ふたりになったらちょっと寂しいかな。主人は一度、平屋を建てたいみたいなので、ここを子どもに明け渡して平屋に住むというプランもあるかも? まだ先のことはわからないけど、ここでの暮らしが子どもにとっても、私たち大人にとっても大きな意味があったことは間違いないと思います」

竣工当時とは大きく変わっているようには見えないけれども、家のなかも庭も少しずつ手を入れ、愛着をもって暮らしてきたことがよくわかる「丘の上の住宅」。家族みんながこの家、そしてここでの暮らしを大事にしていることがしみじみと伝わってくる訪問だった。

 

お施主さんから学ぶ
心地よく暮らし続けるための3か条

高低差の大きい立地条件を生かし、あらゆる方角から多様な景色を取り込む
庭やインナーテラスでの家庭菜園
室内はもちろん庭やテラス、ルーフトップ……、家で過ごせる場所がたくさんある
 

リビングに設置された薪ストーブ