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スタジアム×都市
#04
それ自体が
面白い建築物になる

text and photo : akihiro tani, illustration : yuki

野球以上に、スタジアムが印象的だった。
マツダスタジアムを初訪問した2011年。
コンコースを一周できることに、驚いた。
変化に飛んだ空間に、ワクワクした。

スタジアム自体のおもしろさは、
都市においてどんな意味を持つだろう?
7年ぶりに、広島を訪ねてみた。

 

 

広々したコンコースを自由に移動

2018年の広島カープは、リーグ3連覇を目指して首位を快走中。
なんとか入手できたのは安い部類の内野自由席券だが、それで十分だった。
マツダスタジアムは、席種に限らずコンコースを自由に行き来できるからだ。

1塁側のやや外野寄りに座席を確保した。
グラウンドから少し距離があるが、高い位置からのパノラマは気持ちが良い。
雨上がりの空が暮れていき、試合が始まる頃に照明が灯された。

内野自由席より。高さがある分、見晴らしがとても良い

ぐるりと一周つながったコンコースを、たくさんの人が行き来しているのが見える。
さっそく、散策することにした。

コンコースは平らで、とても広かった。
だから、大勢が行き来しているのに、狭さを感じない。
車椅子で移動しているファンとも、何度もすれ違った。

広いコンコースを行き来する人たち。グラウンドへの視界があるのも嬉しい

両脇の店舗は大賑わい。
ユニークなネーミングや店の外装も、気分を高めてくれる。

 

いろいろな角度で、コンコースから立ち見

客席とコンコースを遮る壁がないのが嬉しい。
いろいろな角度から、グラウンドを見ることができる。

コンコースからの眺め。客席で上下が区切られ、映画のスクリーンを見ているような気分にもなる

ホームベースの後方からは、ピッチャーの球筋がはっきりと分かった。
コンコースからでも、あまり遠さを感じない。
これ、ほかの多くの球場では、かなり高価なゾーンではなかろうか。

ジョンソン投手の変化球、キレてました。手前には「座り込み観戦禁止」の注意書き

「座り込み観戦禁止」と書かれた注意書きが、「立ち見なら良いよ。ここは結構いい場所だし。でもせっかくなら、次はこのあたりの席を買ってね」と語っているように思えた。

コンコースで立ち見。空が広い

 

楽しそうなグループ席にワクワク

三塁側を外野に向けて進んでいくと、面白いゾーンが次々と現れる。
まず目を引くのは、メインゲートを入ったところにある「ゲートブリッジ」

空中に架かるゲートブリッジの上も、グループ観戦エリアになっている

ここも、観戦エリアになっていた。

レフト後方には、家族連れやグループ向けのパーティー席が何種類もある。
こうした席を、コンコースからすぐ近くに見られるのが面白い。

テラス席を見ながら、コンコースを歩く

レフト外野席はグラウンドレベルに近いシートも。
上から見下ろすパノラマ感とは対照的な、臨場感があった。
もっと低い「砂かぶり席」ではどんな風に見えるのだろう。

レフト外野席の後方より

センターバックスクリーンの裏手には、恐竜やバルーン滑り台の遊具が。
小さな子どもで、試合中も、常に賑わっていた。

小さな子どもたちで賑わうセンター後方のイベント広場

ライト側に回り込むと、ソファーシートの「寝ソベリア」が見えてくる。
ゆったりしていて、ちょっと羨ましい。

寝ソベリア

もう少し進んだところで、大歓声。
カープに、逆転のタイムリーヒットが飛び出した。
得点時の応援歌「宮島さん」の大合唱とバンザイ三唱を、ファンのすぐ真後ろで体験した。

対戦相手が自分の贔屓チームでなかったこともあり、カープファン体験っぽい楽しい気持ちになりました

ライトのポール際には、バーベキューが楽しめる「びっくりテラス」。
歓声が上がると、肉を焼いている人も後ろのグラウンドを振り返って忙しそう。

びっくりテラス

コンコースを挟んで、グッズ等を売るショップも賑わっていた。
そしてびっくりしたのは、その上にスポーツジムがあったこと。
ガラス張りのトレーニングルームで、試合を見ながらジョギングやエアロバイクするのは、一体どんな気分なのだろう。

試合を見ながらトレーニングできるスポーツジム

こうして、スタジアム一周の散策を終えて自由席に戻った。
たくさん歩いた分だけ、ビールがうまかった。

コンコースや客席にさまざまな空間があり、野球の見え方、時間の楽しみ方も多様だった。
高くから見下ろす席にはパノラマ感が、グラウンドレベルに近い席には臨場感がある。
ビジターファンの応援席がグラウンドから遠く、狭いのは少しかわいそうにも思えたけれど。

「この席からはどんな風に見えるのだろう」
「次は家族で、あの席で見てみたいな」

そう思わせながら、ファンを増やしていく力が、スタジアムにはあるように思えた。

それにしても、すごい賑わいでした

 
遊具をヒントにしたスタジアム

マツダスタジアムのこうした構造は、実は「遊具」がヒントになっているという。

設計したのは、建築家の仙田満氏が会長を務める「株式会社環境デザイン研究所」。仙田氏は子供向けの施設や遊具の設計に数多く携わる中で、「遊びたくてたまらなくなる遊具」を分析して発見した7項目の「遊環構造」を、マツダスタジアムにも取り入れた。

1.循環機能があること
2.その循環(道)が安全で変化に富んでいること
3.その中にシンボル性の高い空間、場があること
4.その循環に“めまい”を体験できる部分があること
5.近道(ショートカット)ができること
6.循環に広場が取り付いていること
7.全体がポーラス(多孔質)な空間で構成されていること

「誰もがマツダスタジアムに魅了される理由。設計に隠された驚きの7原則」(VICTORY SPORTS NEWS)より引用

コンコースを一周できるのは「循環機能」だし、いろいろな席を見ることができて「変化に富んでいる」。広場もバランスよく点在していたし、グラウンドがいろいろな場所から見渡せるのは「ポーラス」の要素だ。スタジアムそれ自体が、それこそ巨大な遊具のように、散策する楽しみの対象となる。

では、こうした面白いスタジアムが出来上がった先に、何が起こるのだろうか? 仙田氏とともに設計に関わった上林功氏が、スタジアムの「使われ方の段階的な発展」について次のように言及している。

仙田先生は、子どもたちに愛されている遊具は、その後、どのような変化を見せていくのか調べています。これを『遊具構造における段階的発展』といい、“機能的段階”、“技術的段階”、“社会的段階”という3段階に分け、遊具の使われ方が発展して変化すると述べています。
滑り台を他の何か、例えば砦に見立てて遊ぶなど、もはや滑る機能はほぼ意味を成さなくなってきます。子どもたちの発想によって設計者の意図を超越した使い方をされ、新たな意味を与えられた遊具へと変化していきます。

「『世界に通用する日本のスタジアムを』 マツダスタジアム設計者が語る言葉の真意とは?」(VICTORY SPORTS NEWS )より引用

マツダスタジアムでは実際に、コンコースでの新車の発表会や、県内市町村の名産品市場の開催など、野球以外の発展的な使われ方をするようになったという。

 

面白い建築物になることで、ポテンシャルが上がる

スタジアム自体が、面白い建築物となる。

スタジアムが都市において果たす役割が、それだけで大きく変わることはあまりないかもしれない。

ただ、面白い建築物になるということは、「野球の試合の楽しみ方を多様化する」「野球がない日にも人を集める」といった、さまざまな役割を果たすためのポテンシャルを大きく広げるはずだ。
(了)

【都市科学メモ】
スタジアムの役割

・それ自体がおもしろい建築物になる

生まれる価値

・野球の楽しみ方を多様化する
・スタジアム活用法の発展の余地を拡大する

デザインするもの

・スタジアム

問い、視点
・遊びたくてたまらなくなるのは、どんなスタジアムだろう?
具体例
・回遊できるコンコース、デッキ・変化に富む観戦シート
・グラウンドやスタジアムの外への視界
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧
「スタジアム編」では、「スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのだろう?」という問いを立て、さまざまな事例を調査、意味付け、整理して紹介しています。
「都市を科学する〜スタジアム編〜」記事一覧
【参考・関連サイト】
「誰もがマツダスタジアムに魅了される理由。設計に隠された驚きの7原則」(VICTORY SPORTS NEWS)
「『世界に通用する日本のスタジアムを』マツダスタジアム設計者が語る言葉の真意とは?」(VICTORY SPORTS NEWS)
環境デザイン研究所
「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」(Wikipedia)
カープ公式スタジアムバーチャルツアー
COMMUNITY BALLPARK PROJECT | 横浜DeNAベイスターズ
【Theory and Feeling(研究後記)】
初めてマツダスタジアムに行った時に「散策してみよう」と思ったのは、コンコースを歩いている人が球場のあちらこちらに見えて「これ、どこまでつながってるんだろう?」と気になったからでした。その時点で私は、遊具で遊ぶ子どもに近い心境になっていたんだと思います。

ゲームの印象はあまり残っていないのですが、前田智徳選手と石井琢朗選手が代打で出てきたことは憶えています。ベテラン選手が好きみたいですね。

今回も、スタジアムの観察をちょうど終えて落ち着いたころに、今季限りで引退することになる新井貴浩選手が代打に出てきました。「新井さん」の応援歌、昔から好きだったので、本拠地で歌えたのはいい思い出になりました。