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スタジアム×都市
#10
都市のシンボル
として育っていく

人々に共通する記憶を提供し
シンボルとして“育って”いく。
都市のそんな期待に応えるのは
どんなスタジアムだろうか。
都市の人の「多様性」と「共属感」。
2つのキーワードが浮かび上がった。

 

野球を「まちづくり」のきっかけにする「I ☆ YOKOHAMA」

DeNAベイスターズの本拠地・横浜スタジアム。試合中盤のイニング間のイベントとして、ライトスタンドに「I YOKOHAMA」と描かれた巨大フラッグが登場する。応援歌に合わせてスタンドのファンの手で左右に揺られ、大きな存在感を放つ。「I YOKOHAMA」は「アイ・ラブ・ヨコハマ」と読み、ヒーローインタビューの締めくくりにも選手とファンが声を揃えて叫ぶのも定番だ。

横浜スタジアムのライトスタンドに揺れる「I ☆ YOKOHAMA」の巨大フラッグ

I YOKOHAMA」は実は、「まちづくり」のプロジェクト。ベイスターズなどが「横浜を愛する人たちと共に」進める取り組みだ。同じロゴは企業や店舗も自由に活用できるため、スタジアム内にとどまらず、まちのいろいろな場所で活用されている。

I YOKOHAMA」が野球の枠を超えてまちの合言葉になりつつあり、スタジアムはその発信源になっているのだ。

 

都市のシンボルになる。

「スタジアムは、都市において、どのような役割を果たすのだろう?」というこの連載に対する、大きな答えのひとつではないだろうか。

そのために必要な要素を整理しながら、そもそも都市の「シンボル」とは何なのかを、あらためて考えてみたい。

 

スタジアムの外を意識する「考え方」や「デザイン」

スタジアムや球団が、野球だけでなく都市にも目を向けるのは、ひとつの方向性だろう。

チーム名も「野球」の文字も入っていない「I YOKOHAMA」は、そんな意識の現れと言える。「ベイスターズという一企業ではなく、まちやエリア全体を盛り上げる」という形にすることで、公平性を重視する行政との連携がスムースになる側面もある。

 

都市のシンボルだと感じさせる、視覚的な仕掛けやデザインも大切だ。

たとえば、「I YOKOHAMA」の巨大フラッグは、ベイスターズ前社長の池田純氏が、アメリカのスタジアムで見たMLBオールスターゲームの演出をヒントに実現させたもの。

カウフマン・スタジアムのフィールドを埋め尽くさんばかりのアメリカ国旗。スタンドでは、観客用に紺、赤、白のTシャツが配布されそれを着たファンを遠くから見れば巨大な国旗となる――。その演出に触れ「横浜スタジアムのライトスタンドにも大きな旗を作ろう」と実現したのが、「I LOVE YOKOHAMA」のフラッグだった。
スタジアムミシュラン「カウフマン・スタジアム」#05より

カウフマン・スタジアムでのMLBオールスターで登場した巨大なアメリカ国旗, Public Domain


 

都市の景観を活用している事例も多い。

「ミクニワールドスタジアム北九州」は、関門海峡を望むスタンドと、船のマストをイメージした吊り構造の屋根のデザインで、まちを象徴するスタジアムを目指す。

関門海峡を望む「ミクニワールドスタジアム北九州」(北九州市提供)


 

新幹線の車窓から球場やグラウンドまで見えるマツダスタジアムのように、多くの人の目に触れる立地を活かし、外からの見え方を考慮することもできる。

新幹線の車窓から見えるマツダスタジアム(筆者撮影)

スタジアムは、都市を意識し、景観をつくっていくことで、都市のシンボルに近づいていく。

 

「シンボル」は、”コト”の共有の積み重ね

ここで、あらためて考えてみたい。これからの都市が求める「シンボル」とは、そもそもどのようなものだろう?

スポーツファシリティ研究所代表の上林功氏の、「スタジアムが街のシンボルとなるためには、人々に共通の思い出を与えられるような場所にすることを優先すべき」という考え方を参照する。

 「日本は1つの学校に体育館とプールというスポーツ施設がある世界的に見ても稀有な国です。そこには、体育の授業や部活動に励んだ人々の思い出がある。共通の記憶があるということがシンボル的な空間になっているということだと思うのです」
 「観るスポーツも、するスポーツも、支えるスポーツも一括りにした上でシンボライズできるような仕掛けを考える。その方が、街のシンボルにするためにはリアリティーがあるのではないかと考えています」(上林氏)
多機能化は正しい道か、スタジアム「街のシンボル化」(スポーツイノベイターズオンライン)より

スタジアムが都市の「シンボルであるかどうか」は、人の心情によって決まるもの。

「目立つランドマークならばシンボルだ」という単純な話でもなさそうだ。

大切なのは、スタジアムがあることで「どれだけ多くの人たちが、どんな“コト”を共有できるのか」。

都市のシンボルは「最初から完成している」のではなく、都市の人の心情の中で「育っていく」ということになる。

 

スタジアムの応援風景。「スタジアム」は「応援した思い出の場」として記憶に残るのかもしれない

 
シンボルとして育っていくのは?

では、シンボルとして「育っていく」のはどんなスタジアムだろう?

育つには時間が必要だから、歴史や伝統も少なからずものを言う。チームの強さや優勝の回数だって大きく作用する。でもこれからは、それらを補完する方法も考えられる。共有する“コト”に幅を持たせ、質や量を上げてしまうのだ。

そうして考えると、連載で紹介してきた「スタジアムが都市において果たす役割」の一つひとつが、スタジアムを「都市のシンボル」として育てていくことにつながってくる。

#02野球の楽しみ方を多様化させる#03野球がない日も人を集める#04それ自体が面白い建築物になる#05周辺のまちに賑わいを波及する#06都市を更新する#07新規ビジネスの拠点になる#08生活や文化の一部になる#09野球を魅せる―。

具体的な中身が多少異なったとしても、「スタジアムやその周辺で、なんとなく野球が感じられる時間を過ごした」記憶は、都市の人々にとって共通のものとなっていくはずだ。今回の記事で紹介した「I ☆ YOKOHAMA」の合言葉や、都市とのつながりを意識したスタジアムの景観は、いろいろな場面で「なんとなく野球を感じさせる」ために機能する。

そして、スタジアムが都市のシンボルとして育つためには、「いろいろな人がいろいろな形で、なんとなく野球を感じながら関われる“場”を、スタジアム内外で提供する力」が重要だということになる。都市の人々の「多様性」を受け入れ、活かしながらも、「共属感」を抱かせてくれる存在を、現代の都市は求めているのではないだろうか。

 

都市のスタジアムが教えてくれること

これまで10回の連載で「スタジアムが都市において果たす役割」を考察してきた。結果、「都市のシンボルとして育っていく」を含む9つの役割が見えてきた。

これは、スタジアム以外の大型施設にも共通する要素が少なからずあるのではないだろうか。街づくりプランナーの桜井雄一朗氏は、比較対象としてブロードウェイを挙げている。

「ブロードウェイにはたくさんの劇場があり、周辺のカフェやホテルでは、将来劇場に立つことを夢見ながらアルバイトをしている人々が大勢います。街としても、そんな人々を支える仕組みができている。スポーツにおいても、街ぐるみで選手やチームを支える環境をつくることができれば産業として膨らんでいくのではないかと思っています」
スタジアム・アリーナ、「稼げる街のシンボル」への3つカギ(スポーツイノベイターズオンライン)より

いろいろな人がいろいろな形で「劇場」を感じながら、街を「場」にして関わり合っている。賑わいや産業の拠点にもなっているのも、スタジアムとの共通点だ。

スタジアム同士だけでなく、違う分野の大型施設も互いに参照し合うことができるのかもしれない。それぞれの都市において、「スタジアム」と「野球」に当たるものは何か。「劇場」と「ミュージカル」に当たるものは何か。つまり、シンボルになっていく「ハード」と「コンテンツ」は何なのかを考えるところから始まる。

 

社会の変化とともに、都市の大型施設が果たし得る役割も、それを果たすための手段も、拡大していく。

都市に応じたいろいろなあり方を、世界中にあるたくさんのスタジアムが教えてくれる。
(了)

<文、写真:谷明洋、イラスト:Yuki>

 

【都市科学メモ】
スタジアムの役割

・都市のシンボルとして育っていく

生まれる価値

・人々の都市への親しみや誇り

デザインするもの

・都市を象徴する景観やデザイン
・都市の人が共有する“コト”
いろいろな人の、いろいろな関わり方=多様性を活かす
・「なんとなく野球を感じさせる」仕掛け=共属感を抱かせる

問い、視点

・都市のシンボルとして「育っていく」のはどんなスタジアムだろう?
・スタジアムをきっかけに、都市の人が共有できる“コト”は何だろう?
・都市の多様な人々が関わる機会は、どんな形でつくれるだろう?
・スタジアム内外で「なんとなく野球を感じる」場は、どうすればつくれるだろう?
・その都市にとっての「スタジアム」や「野球」に当たるモノは何だろう?

具体例

・まちづくりを意識した「I ☆ YOKOHAMA」のプロジェクト
・景観で都市とつながるマツダスタジアム
・長い歴史と伝統とがある、阪神甲子園球場
・これまでの連載で紹介してきた数々の事例
・劇場を夢見てアルバイトに励む人や、支える人がいるブロードウェイの街

 
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧
「スタジアム編」では、「スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのだろう?」という問いを立て、さまざまな事例を調査、意味付け、整理して紹介しています。
「都市を科学する〜スタジアム編〜」記事一覧
 
【参考・関連サイト】
I☆YOKOHAMA 「横浜、プロ野球のある街。」
スタジアムミシュラン「カウフマン・スタジアム」#05
多機能化は正しい道か、スタジアム「街のシンボル化」(スポーツイノベイターズオンライン)
スタジアム・アリーナ、「稼げる街のシンボル」への3つカギ(スポーツイノベイターズオンライン)
スタジアム・アリーナ改革ガイドブック
【Theory and Feeling(研究後記)】

「記憶」という意味では、スタジアムの「音」も大きな要素かと思います。応援歌、好きなんです。

筆者が野球に興味を持ち始めた80年代、応援歌は既存の曲の流用が多かった時代。子どもにも馴染み深い「ウルトラマン」や「鉄腕アトム」、光GENJIの「カラスの十代」なんかがテレビの向こうからラッパの音で聞こえてきました。原曲を知らないのに印象に残ったのは、大洋の加藤博一選手の応援歌。大人になってから「蒲田行進曲」という原曲の存在を知り、東京に来ることになった時に、発車メロディーで聞くことができるJR蒲田駅の近くに引っ越しました。

音は時代や場所の記憶を、空気感を伴って蘇らせてくれます。鳴り物が無い大リーグのような観戦スタイルももちろん良いけれど、日本の高校野球やプロ野球の応援も楽しい文化のひとつだと思っています。