スタジアム×都市
#09
野球を魅せる
野球は、スタジアムのメインコンテンツ。
何万人もの観衆を、”筋書きの無いドラマ”で魅了する。
そんな「見る娯楽」としてのスポーツの価値を高めるのは、どんなスタジアムだろうか?
選手のパフォーマンスを高める競技環境
まず大事になるのは、選手が実力を最大限発揮するための競技環境だ。グラウンドやフェンス、照明、空調など、さまざまな要素が絡む。
野球のグラウンドでは、天然芝を求める声が選手からもファンからもよく聞かれる。人工芝に比べて地面が柔らかく、選手の身体的な負担を抑えられるからだ。それは、一流のスター選手の価値を、より長く享受することにもつながる。
ただ、日本のプロ野球本拠地で天然芝を使っているのは、準本拠地を含めても4球場のみ。導入がなかなか進まない理由は、いくつか考えられる。
たとえば、太陽光が差し込まないドーム球場での天然芝の育成は現実的ではない。屋外球場であっても、雨が多い日本の気候での芝の育成は簡単でないとされる。
また、グラウンドの多目的利用を考えても、人工芝の方が融通を利かせやすい。コンサートなどの大規模イベントによっても、天然芝は多かれ少なかれダメージを受ける。
「臨場感」や「一体感」を活かす観戦環境
観戦するスタンドの環境も、競技環境と同様に大切だ。
生観戦の醍醐味は「臨場感」と「一体感」だろうか。マツダスタジアムを手がけたスポーツファシリティ研究所の上林功代表が、次のように分析している。
「観客席がピッチに近い人ほど臨場感の評価が満足につながりやすい」。そして「観客席が後ろの人ほど一体感の評価が満足につながりやすい」。つまり前の席の人は、臨場感が得られるから満足度が高くなる。そして後ろの席の人は、一体感が得られるから満足度が高くなる。
「マツダスタジアムを手がけた上林功が見る、日本の競技場が抱える課題」(AZrena)より
この「臨場感」と「一体感」は、スタンドそのものの設計にも大きく左右される。
たとえば、東京ドームや横浜スタジアムなどにある、両翼のファールグラウンドにせり出すような観戦エリアは、グラウンドレベルの視点からの臨場感を得られるのが大きな長所だ。
逆に、陸上競技場を兼ねたサッカー場のように、スタンドがグラウンドから離れると、臨場感は損なわれやすい。
理想環境と現実のバランス
「野球を魅せる」ための環境と、運用やコスト、さらには都市においてより多くの役割を果たせるスタジアムを追求することは、相反することがしばしある。
技術開発や工夫で両立を図りつつ、折り合いを付けていく必要がある。
たとえば芝の問題ならば、人工芝と天然芝を組み合わせて耐久性を高める「ハイブリッド芝」の開発や、開閉式のドームによって日射を確保して天然芝を育成する北海道ボールパークの構想などがある。競技ごとに異なるグラウンドとスタンドの最適な距離感は、可動式の客席で調整する方法も考えられるだろう。
その上でコスト等も鑑みながら、「スタジアムをつくる上で大切にしたいことは何なのか」を整理し、何を諦めるのかを判断することになる。
「野球を魅せる」テクノロジー
スタジアムにおけるテクノロジーは課題解決にとどまらず、特にIT技術はスポーツを魅せるためにも活用できる。
たとえば、大型ビジョンを使った映像再生。チームの歩みをまとめたプロモーション映像で応援意欲を高めたり、野球のホームランや好守備、サッカーのゴールなどをリプレーして再度の大歓声を誘ったり。そんな光景は、大型ビジョンの普及とともに、当たり前のものとなった。
さらに、2018年6月に「沖縄セルラースタジアム那覇」で開かれたプロ野球公式戦では、KDDIが「自由視点映像」をリアルタイム配信するという実験を成功させている。
KDDIによるプロ野球リアルタイム自由視点公開実験の紹介動画
複数のアングルからバッターボックスに向けられたカメラ映像を同期し、3Dモデルを作成して配信する。観客は手元の端末で自由な視点から試合を観戦することができ、生で見た好プレーを別角度からリプレー確認することも可能だ。
また、レーダーなどの計測機器によって、ボールや選手の動きを数値化する技術も、データによる野球観戦の楽しみを広げている。日本では、球速や打球の角度、リリースポイントや回転数を高速・高精度に分析する「トラックマン」が浸透。アメリカでは、ボールだけでなく選手の動きも数値化する「スタットキャスト」が主流になりつつある。
このように高度化していくIT技術の活用について、横浜DeNAベイスターズ経営・IT戦略部部長の木村洋太氏は2017年に次のように語っている。
重要なのは、IT化は「本当に(スタジアムを訪れる)3万人にとってうれしいか」だ。例えばスマートフォン(スマホ)のアプリによるIT化を考えるのであれば、スマホアプリ利用の普及度がもっと高まらないと現実的ではない。
目指せ、「スポーツ×クリエイティブ」で新産業創出(日系BPスポーツイノベイターズオンライン)より
テクノロジーは、あくまで手段。活用すること自体を目的化すると、過剰な活用で、スポーツの魅力であるライブ感を損なう恐れもある。
「臨場感」や「一体感」が売りのスタジアムでは、どんな使い方が良いのか。むしろ、テレビやインターネットを通じて配信するコンテンツに活かすのか。あるいはサービスとは別に、競技力向上のために活用するのか。進歩し続けるテクノロジーを活かすための、目的意識と使い分けが重要になるだろう。
ファンが選手と時空間を共有する
スタジアムは、ファンと選手が共有する時空間でもある。試合に勝つ喜びから、即席サイン会などのファンサービスまで、共有するモノやコトの形はさまざま。そうして選手やチームの人気が高まり、興行性が増すとともに、次世代を担う子どもたちの競技意欲にもつながる。
選手とファンによる時空間の共有は、本拠地スタジアムだけでなく、練習場や二軍の試合会場においても大切な要素になり得る。
夢舞台での活躍を目指して練習し、成長していく時間を共有することで、選手やチームに対するファンの愛着は深まるだろう。練習が「魅せる」ためではなく「育成」のためのだという前提を踏まえたうえで、一軍公式戦とは異なる体験を提供し、異なる価値を生み出すこともできるはずだ。
スポーツを「やる」「見る」から「魅せる」へ
「野球を魅せる」スタジアムを考えると、競技環境、観戦環境、テクノロジーなどによる演出、選手とファンの時空間の共有、などの要素が浮かび上がってきた。スポーツの興行性を高めることは、スタジアムが都市において果たし得る多様な役割の中でも、最重要項目になることが多い。
野球を「やる」「見る」場所だった旧来のスタジアムから、「魅せる」場へのアップデートが期待されている。
(了)
【都市科学メモ】 | |
スタジアムの役割 |
・野球を魅せる |
生まれる価値 |
・ファンの増加 |
デザインするもの |
・パフォーマンスを高める競技環境 |
問い、視点 |
・スポーツの「見る娯楽」としての興行性を高めるのは、どんなスタジアムだろう? |
具体例 |
・天然芝と人工芝を組み合わせたハイブリッド芝 |
「都市を科学する」は、横浜市の建築設計事務所「オンデザイン」内にある「アーバン・サイエンス・ラボ」によるWeb連載記事です。テーマごとに、事例を集め、意味付け、体系化、見える化していきます。「科学」は「さぐる・分かる」こと。それが都市の未来を「つくる」こと、つまり「工学」につながり、また新たな「さぐる」対象となる。 そんな「科学」と「工学」のような関係を、思い描いています。
アーバン・サイエンス・ラボ記事一覧
「スタジアム編」では、「スタジアムは、都市において、どんな役割を果たすのだろう?」という問いを立て、さまざまな事例を調査、意味付け、整理して紹介しています。
「都市を科学する〜スタジアム編〜」記事一覧
【参考・関連サイト】
日本ハムの新スタジアム構想が凄い!(Number Web)
スタジアムの「芝」も「ハイブリッド」の時代へ!(NHK sparts story)
「マツダスタジアムを手がけた上林功が見る、日本の競技場が抱える課題」(AZrena)
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